130.それからしばらく、月日が経ったよ
そして、俺たちふたりがマジェリアに帰国したあの日が、昔と呼ばれるようになった頃。
「――というわけで、お父さんと一緒にドラゴンを2体討伐したら凄く質のいい素材が採れてね、それで作ったのがあの革鎧――」
「母さん、それ僕に話すの何回目?」
「いいじゃないの、お父さんが凄くてカッコいいって話は何度しても飽きないし」
「聞かされる方は割と飽きてるけどね? まあ、父さんが凄い職人だっていうのは僕も知ってるけどさ……」
俺がキッチンでパプリカスープを煮込む火加減を調整していると、エリナさんと息子のミカの話し声が聞こえてくる。内容はもう何回繰り返したか分からない俺の話なんだけど……うん、息子よ。俺もお前のうんざりする気持ちは分からないでもない。
「パパ、食器の梱包終わったよ」
「おお、ミキ。ご苦労さん」
「んーん。……それにしてもママってば本当にパパのこと好きすぎるよね」
「聞いてたの?」
「大体いつも話してる内容同じだもん。この間は馴れ初めの話してたよ」
「マジかよ……愛されてるのは悪い気しないけど流石に恥ずかしいわ」
「だと思った……まあパパもママのことめっちゃ愛してるよね」
「そりゃあそうだろ……っと、こんなもんか」
俺は最後の灰汁をとった後コンロの火を止め、不可視インベントリに鍋ごとしまい込んだところで娘のミキに言う。……それにしても、エリナさんが妊娠した時はまさか双子が産まれてくるとは思いもしなかったな……
「パパ、また総合職ギルドに行くんだよね?」
「ああ、提出はそっちでお願いしますって言われてるからな」
「わたしもついてっていい? ちょっと製本ギルドで見たい本もあるし」
「ああ、いいぞ。……エリナさん、ミカ、俺たちそろそろ行ってくるわ」
「あ、行ってらっしゃいトーゴさん。ミキも一緒に行くの?」
「うん。あ、パパが困ってたから惚気話はほどほどにね、ママ?」
「え」
「そうそう、もっと言ってやってよミキ姉さん……」
「残念ながらあんたは人柱。お土産買ってきてあげるからタンクは任せたわよ、ミカ」
ブーブー不満を漏らすエリナさんとミカに手をひらひらと振って、家の玄関を出るミキと俺。……ミカの方は程よく俺とエリナさんが混ざった感じだけど、君は一体どっちに似たんだ我が娘……
「ブドパス行くの久しぶりだなー」
「ああ、ミキはそっちの方には行ってないんだったっけか」
「わたしはエステルでの仕事が中心だからね。国境都市での貿易も、慣れればなかなか楽しいものだよ」
ブドパスまでの道を魔動車で移動中、俺とミキは他愛もない話をする。
――あれからしばらくして、俺たちはブドパス郊外に居を構えた。エステルまで戻ってもよかったんだけど、あそこには俺たちと同じ不老不死の特別転生者が近くに……具体的には杉山村に多くいすぎた。
勿論彼らのことを嫌っているわけでも疎んじているわけでもないんだけど、何となく近くに、ましてや一緒になんているべきではないんじゃないかと思ったのだ。
この世界の人間と意思疎通が取れて、それを前提に今まで生活してきた俺たちと彼らとでは価値観が違い過ぎて、一緒にいたらいつか必ず諍いを起こす。とはいえエステルにもブドパスにも一応アクセスしやすい形で落ち着きたい。そこで居を構えたのがブドパスの北部近郊、つまりどちらにも近い場所だったのだ。
結果的に子供たちはどちらでも仕事しているので、いい判断だったと言えると思うけど……いや、むしろそんなところに住んでいるからその2か所で仕事することになったのか……?
ちなみに家自体は少しばかり広めに作られた平屋のログだ。畑も工房も作ったから、生産には不自由しない。
「……さて、検問だ。ミキ、自分のは持ってきてあるよな」
「当たり前だよー、ここで働いてるんだからそんなドジしないってば」
まあ、そりゃあそうか……
滞りなく検問をくぐり、中洲の駐車場に魔動車を置いて総合職ギルド方面のトラムに乗る。ギルドホールにつくと、午前中に依頼をくれたエンマさんがまだ受付に立っていた。
「依頼の品が出来上がったので確認をお願いしたいのですが」
「あ、ミズモト=サンタラ様! お待ちしておりました、どうぞこちらへ」
声をかけ、促されるままに地下のレストランに向かう。案内された席には、既に依頼を出してくれた料理人ギルドの職員らしき人が待っていた。
「料理人ギルドの方ですね? トーゴ=ミズモト=サンタラです」
「おお、あなた様があの……お手数おかけしました、料理人ギルドの方で直接でもとは思ったのですが、何分団体様のご予算が相当絞られまして……」
「まあ団体予約はパプリカスープの消費量が多いですからね。依頼内容から想定される客層向けに味は調えておきましたが、そちらの方でもご確認をお願いします」
「いえいえ、とんでもない! ミズモト=サンタラ様にお作り頂けただけでも、ええ! むしろ貴方様がお受けになると知っていれば、料理人ギルドの方で依頼をお出ししましたのに……!」
「それは次回に、料理人ギルドの方で依頼されても足が出ない料理でお願いします。とにかくこれにて納品ということで……」
「あ、はい! 達成報酬の方お渡しいたしますので、受付階でお待ちください!」
……味と量の確認もしないって、いくら俺が作ったとはいえ問題じゃないのか……? とは言えそんなことを言えば角が立つので、大人しく1階まで戻る。ロビーのベンチに座ったミキは、俺の姿を認めるなり立ち上がり近づいて言う。
「どうだった、パパ。納品終わった?」
「ああ、問題なく。あとは達成報酬を受け取るだけだ」
「よかったー。あいや、パパの腕を疑ってるわけじゃないんだけどね? それじゃ私製本ギルドに行っていいかな?」
「ああ、いいよ……あ、ちょっと待って。俺は夕飯の買い出しに中央市場寄ってから行くから、達成報酬を受け取ってからにしてくれない? 報酬受け取って2時間後に、もう一度このロビーで集合ってことで」
「りょうかーい」
買い物をして戻って、ご飯の支度をして……ってやれば、夕飯の時間ぴったりだな――なんて思っていると、ロビーのドアが開いてシンプルながら身なりのいい若者が入ってきた。彼はそのまま受付に直行すると、カバンから鉱石を取り出して言う。
「依頼完了報告だ、過剰分も買い取ってもらいたい」
「かしこまりました、少々お待ちください」
「ん、頼む」
口調とは裏腹に物腰が柔らかい男性。そんな彼はふとこちらを向くと、俺の顔を見て破顔しつつ近づいてきた。
「いらっしゃっていたのですか、ご先祖様! ミキお嬢様もご機嫌麗しゅう!」
「ああ、料理でちょっとな……それよりそのご先祖さまってどうにかならんか?」
「何を仰います、我が一族のご先祖様にして木屋の創造者ミズモト=サンタラ夫妻を知らぬものなどおりますまい!」
……まあ、というわけで。
実はこの時代、あの放浪から400年ほど経っているのである。
ここ400年で俺とエリナさんで作った子供の人数は42人。不老不死の能力がある俺たちふたりの間に生まれた子供は、もちろん不老不死の力を持つ……訳はなく、杉山村で昔説明された通り普通の人間として普通の一生を送ることになった。
そんな彼らだから、明確にこの世界の人間として穏やかに子孫を残して一族を形成することになった……はずなのだが、そのうちのひとりがあのネヴォグラフ侯爵家――大臣閣下の家に婿入りしたことで状況は一変。
時がたつにつれ尾ひれはつくわあることないこと加えられるわで、今や辺境伯たる侯爵家のもうひとつの先祖として地位を確立してしまったのだ。おかげで新しい子が生まれるたびに挨拶に来られるわ、1年に何回かうちで一族集まってお祭り開かれるわで孤独感はまるでない。
「それで最近はどうなの。……総合職ギルドの依頼を暇つぶしに受けるくらいには順調そうだけど」
「ええ、実は今度子供が生まれるんです。ああ、またご先祖様のお社にお邪魔させていただきたく」
「お宅だから。お社じゃないから」
「お待たせしました、ミズモト=サンタラ様。達成報酬の6000フィラーで……いかがなさいましたか?」
「ああいえ、大したことじゃありませんよ」
……ちなみにエンマさんは同名、なんなら同姓の別人です。もしかしたらあの頃のエンマさんとつながりがあるのかもしれないけど、そこまでは把握しきれません。
「というわけで、そろそろ放浪再開してもいいんじゃないかなと思ってるんだけど」
「何が、というわけで、なのか全くわからないけど……」
夜、娘息子が寝静まって。俺はエリナさんにそう切り出した。
……放浪再開、というのはもともと考えていたことではあるけど、昼のこともあってよりその思いを強くした俺だった。崇め奉られる毎日というのも、それはそれで疲れるものだ。
エリナさんはちょっと考えて、笑顔で返事をする。
「……いいんじゃないかな。子育てもひと段落したところだし、そろそろ不完全燃焼を解消したいところよね」
「ひと段落って、40回は子育てしてるんだけど」
「それは……えっち」
待て、そこで俺が責められるのはちょっと理不尽じゃなかろうか。もとはと言えばエリナさんの方が積極的に……っと、話が脱線した。
「魔動車も新しく大きくなったし、行ってみたいところはたくさんあるし、世界も色々と変わってるだろうし……楽しみだね」
「うん。この家はどうしようか?」
「ミカとミキに任せておけばいいんじゃないかな。通信用魔道具も今やとんでもない発展してるし、放浪と言ってもそんなに長く行く訳じゃないでしょ」
「……そうね。確かにそのとおりね」
「エリナさんは直近の予定は?」
「今のところは……ないわね。トーゴさんは?」
「俺もない……強いて言えば昼に子供が生まれるからうち来ていいかって子孫がいたけど……」
「あのふたりの対応で大丈夫そうね。よし、じゃあ明日出発しましょうか」
随分急だな……とは、思えなかった。正直あの旅は、400年たった今でも今すぐ旅立ちたいと思えるほどに満足出来ていなかったのだから。
「よし、明日だね。さっそく準備しておこう」
「うん、私も準備しておくわね」
――400年越しの放浪に胸を躍らせる俺は確かにここに存在していて。
それと同時に前世から来たばかりのことを、たった今鮮明に思い出したのだった。
というわけで「転生先が同類ばっかりです!」第1ターム終了でございます。最後は400年後の世界とか、まあ途中までがっつり20年後とかみたいなツラで書いてたのでアレですが。
と同時に、ここで一旦休止にします。ここ最近頭をひねり出さないと文章が続かなくなってきておりまして、この小説に関してはこの時代を書くという点においてぶっちゃけネタ切れ感が凄かったです。
第一話からの伏線は大体回収したかな……っていうこのタイミングが、おそらく休止のタイミングとしては一番いい気もしますし。
あ、同人誌にはします。加筆修正も必要だしそもそもイラストもあるしね!!!
次回更新は未定ということで。13か月間ありがとうございました。