129.愛しの故郷に帰って来たよ
「――とまあ、土産話としてはこんなところですかね」
「う、羨ましい……!」
「私なんて今までマジェリアどころか自分の村とブドパス以外行き来したことすらないので、同じ世界の話とは思えないですね……」
「気持ちはわかります。俺たちも同じ経験しましたから」
――ジェルマを出発した翌日。
俺たちふたりはチェスキア、スローヴォを経由して無事マジェリアに帰還していた。チェスキアから先は中部諸国連合の勢力圏内で国境管理も国境都市方式だったので、思ったよりスムーズに走り抜けることが出来た。
もっとも、そのルートをとれたのもムニスがエスタリスだけでなくチェスキアの国境とも近かったせいだけど。
……というか、ウルバスクとエスタリスの間が封鎖されてなかったら多分同じくらいの時間でここまで来ることが出来たんだろうけど……ウルバスクでそれなりの時間を過ごしていたとはいえ、こんなにスムーズに行けるものだったのか。
「それにしても、あむ、久しぶりのユリ根コロッケ本当においしいです……! トーゴさんたちが出発してから、このブドパスですらまともなお菓子が手に入りませんでしたから……」
「私は初めてミズモト=サンタラさんの作るお菓子を頂きましたけど、このカボチャのミニタルトというものは本当においしいですね! なるほどこれでサンタラ=ミズモトさんは胃袋を掴まれたと……」
「そんなデタラメ……ではありませんけど、誤解を招くような言い方しないでください閣下! トーゴさんと結婚したのはそれだけではありませんから!」
「その辺りもう少し詳しく聞きたいんですよね、一体どんな落とされ方をしたのか……私も将来結婚する身としてはその辺りが気になります」
「馴れ初め、私も気になる……!」
「はいはい、おふたりともそのくらいにしておいてください。うちの奥さんが困ってるじゃないですか……はい、麦茶のおかわりです」
全く、ふたりして女子会トークのつもりなのか、こういうところも前世と変わらないな……というか大臣閣下は大臣閣下なんですからもうちょっとその辺考えてください。総合職ギルドで見せてくれた公族然とした態度はどうしたんですか。
「エリナさんもほら、疲れたろ。ピーチリーフティー淹れてあるから休んでなよ」
「ありがとう、トーゴさん。それじゃちょっとお言葉に甘えて……」
「……ミズモト=サンタラさん、奥様に甘い方だったんですね」
「見せつけてくれますねえ」
……うちではアルコールは出してないはずなのに、何でこの人たちこんなに酔っぱらってる風なんだ?
「そう言えば大臣閣下、非常に遅ればせながらで申し訳ございませんが、依頼の方ありがとうございました。おかげでだいぶ楽に生活出来ます」
「いえ、ちょうど私としましてもあのあたりの情報を手に入れたかったので……そこはウィンウィンですよ。その件はお礼を言われるようなことでもありません」
大臣閣下はそう言うけど……いや、そこら辺も言いっこなしってことなんだろうな。この人は公族然としている以上に政治家然としてる人だけど、変なところで真面目なところがあるし。
……だからカボチャペーストを頬につけて喋るのはやめてください大臣閣下。
とにかく、俺たちはあの依頼を受けることで色々恩恵に与れたわけだ。アレがなければ放浪することも、それに伴う色々な経験もきっと出来なかったに違いない。
欲を言えばエスタリスで新しい魔動車がいくらか見えたので、それに買い替えたいところではあったけど……それは今後自分らでどうにかするのが礼儀ってもんだ。情勢的に買い替える雰囲気ではとてもなかったし、そもそも結構高いんだよアレ。あんな高いの作ってたのか俺。
……まあ、しばらくはこの思い入れのある魔動車でエリナさんと一緒に行けるとこまで頑張るとするかね。
「そう言えばトーゴさん、さっきピーチリーフティーって言ってましたけど、何ですかそれは?」
「これですか? ウルバスクで多めに仕入れたのが余ってたので、在庫一掃みたいな感じで出してるんですがね。桃の香りのするピーチリーフっていうハーブを煎じて淹れたお茶なんです。
味の方は甘みと、少しの酸味があって爽やかなんですが……レニさんもちょっと飲んでみますか?」
「いいんですか? それじゃいただきます」
「へえ、これがウルバスクのピーチリーフですか……」
「あれ、大臣閣下もご存じで?」
「そういうのがあるということは、貿易大臣からお聞きしたことがあります。それ、私にも淹れていただけますか?」
「ええ、もちろんです……それにしても大臣レベルではこのお茶は知られてるんですね」
「というより、一応ブドパスに住んでいる方々であれば存在くらいは知っているかと思いますよ? 輸入物はなかなか入ってこないので、我が国では日常的に麦茶が飲まれていますが」
そうなのか? それにしてはレニさんが知らなかったのは何で――ああ、そうか。
「レニさんはそう言えば、ブドパス郊外の村に住んでるんでしたよね。それでは情報が入って来ようもないか」
「はい、それにマジェリア語での意思疎通がわずかながら出来るようになったのも、本当にここ最近の話ですし」
……まあ、ハイランダーエルフの村に行くような行商人が希少なお茶をリストに載せているわけもないか。
「それにしてもマジェリアでも柑橘が手に入ればいいんですけどね。輸入品ばかりでなかなか入ってこないのか、中央市場でも見ませんでしたし」
「柑橘ですか? ……ああ、確かに中央市場だと手に入らないかもしれませんね。あれも意外と足が早い割に産地が離れてますから。
このあたりだとブドウと……アンズくらいですか」
「アンズなんて採れるんですか?」
「ええ、それなりには。やや値段は高めですが、中央市場でも割と売りに出される食材ですよ?」
……知らなかった。そしていいこと聞いた。
ブドウはワインか何かを作るのに使うとして、ジュースにするか普通に食べるかジャムにするか……って感じだけど、アンズだったらそのままパイだったりジャムにしたりケーキの具にしたりと色々使えるしな。
そう言えばザッハトルテって真ん中にアプリコットジャムを挟んであるんだったっけ……チョコレートがどこで手に入るかとかそういう問題はあるけど、そう考えると夢が広がる食材だよなあ。
あああ、今から楽しみ!
「……ミズモト=サンタラさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です、ええ、大丈夫ですとも」
ちょっとやる気が出ただけなんです、だからそんな不審者を見るような眼で見ないでお願いします。
「んー、それにしても柑橘がないのかー……残念だなー……」
「エリナさんは今一番欲しい時だからね。ウルバスクで買ったジュースが余ってるから、それで我慢して」
「はーい。あ、冷蔵庫で冷やしてあるよね?」
「もちろんですとも」
あれは冷やさないとさっぱりしないからね……
「……って、今一番欲しい時ってどういうことですか?」
「まるでサンタラ=ミズモトさんの気分が優れないかのような言い方ですが……つわりでもあるんですか?」
「つわり? おなかの中に、赤ちゃん? 閣下、それは失礼じゃ……」
「んく、んく、んく……っ、え? ええ、ちょっと私、その辺りが酷い体質みたいで」
「ああ、そうなんですね……」
「へー、そういうのってあるんですね……」
そして、一瞬の穏やかな雰囲気の後――
「「って、ええええええええええええええ!!!!!?????」」
――ハイランダーエルフと大臣閣下の驚き声が、ブドパス中に響き渡るのだった。
というわけでマジェリアに帰って参りました。やれば出来る!(黙れ
ちなみに羽田の帰国は次回になります。
次回更新は09/28の予定です!