115.ヴィアンで情報交換するよ
店の中に入ると、そこはいかにも中世ヨーロッパな内装だった。ただしマジェリアで見たような生活感のあるリアルな内装ではなく、そういうコンセプトを基に構築したような微妙な不自然感はあったけど。
それはともかく――
「ええと、確か青い開襟シャツだったよね――」
「いらっしゃいませ、おふたり様ですか?」
「ええと、ちょっと待ち合わせで……」
「かしこまりました」
話しかけてきた店員をやり過ごし、件の青い開襟シャツの人を探す。と、広い店内にもかかわらず割合あっさりと見つかった。
「……初めまして、こちらでしたか」
「初めまして、閣下のご紹介にあった方々ですね。『閣下があなたのお作りになるお菓子をご所望です』ので私も興味がございます」
「そうですか、ただ、『ハニーラスクを作るには材料が少し足りませんね』。ここではしょうがないとも言えますが」
取り敢えずは言われた通りの合言葉を交わす俺たちふたり。すると目の前の人は俺たちを目の前の席に促し、店員を呼んでメニューを持ってくるように頼むと、抑揚を抑えた声に切り替えて話し始めた。
「……初めまして、この一帯を担当しておりますアンネと申します。ミズモト=サンタラ夫妻、お会い出来て光栄です」
「こちらこそはじめまして。青い開襟シャツの人としか聞いていなかったので、女性だとは思いませんでしたが」
「まあ男性とも女性とも言われてなかったからね……もっとも、私は普通にどっちもあると思ってたけど」
とはいえ元日本人的には開襟シャツと言われるとどうしても男性を連想してしまうものなんだよエリナさん。それはともかく――
「アンネさんはこの一帯で長いんですか?」
「いえ、準備期間が3年程度あった以外はせいぜい1年程度ですね。というか、この仕事について初めて任された担当がここなんです」
「そうなんですか?」
「ええ、なのであまり大した情報は共有出来ないかもしれません。流石に夫妻とは比べるべくもないとは思いますが……」
アンネさんは店員からメニューを受け取りながら答える。まあそりゃ、流石にそれは仕事してないとしか言いようがないからなあ……とはいえ聞きたいことは結構あるんだ。
「それにしても、この国は凄い技術発展してますね。国境からここに来るまでの間にあったサービスエリアにはびっくりしましたよ、自動販売機がたくさん並んでて……どこもあんな感じなんですか?」
「ええ、そうですね。御覧の通り、周辺諸国とは比べ物になりません。初めて入国された方々にとってはまるで異世界でしょうね……大きな技術革新を2つか3つ挟んだくらいの差があります」
「ああ、まあ……」
「どうかされましたか?」
「いえ、何でもありません」
まさか目の前の人が俺たちのことを特別転生者と思っているはずもない。ないんだけど、何というか不意打ちのように的確に突かれたからびっくりした。
もっとも俺たちの場合は、あまりに自分たちのイメージする中世風ファンタジー通りの光景だったから驚いただけだけどな……
「話を続けますね? このエスタリスという国は技術レベルもさることながら、内政に関しても周辺諸国とは一線を画しています。言うなれば、限定的な統制社会です」
「……?」
「お気づきになりませんか? この国にこれだけの技術レベルが存在するのに、何故か周辺諸国にはその技術が一端を除きほとんど漏れない。中部諸国連合というシステムがあるにもかかわらず、マジェリアにもウルバスクにも。
あれだけの自由貿易システムを採用しているのに、なおかつ私という存在がいるのに、エスタリスの技術は相当劣化された情報でも噂レベルでしか漏れ出ない。本来有り得ないことだと思いませんか?」
「……ええ、確かにそれは思いました」
そしてそれは、アンネさんに会ったら真っ先に聞いてみたいことのひとつでもあった。最初は彼女が裏切って虚偽情報を流しているのではないかとも思ったが、話を聞く限りではそういうこともなさそうだ。
……裏切っているなら、自分から疑惑になりそうなことに言及することもないだろうしな。
「それで内政面での限定的な統制社会とはどういったものなのですか? ……まあ、大体は想像つきますが」
「ええ、そうでしょうとも。……要するに、魔導技術を類推出来るような内容を通信で外部に漏らすことが出来ないんですよ、この国は。もともと噂話程度で漏れ出てしまっているものに関しては、ある程度お目こぼしがあるようですが」
だろうと思ったよ……ただ話を聞く限り、それ以外のことについては割とファジーなのかもしれない。通信機器を国単位で監視するということはしているだろうけど、情報を抜き出すのはあくまで魔導技術に関することだけ、ということか……
「……あの、アンネさん? 私からも質問ひとついいですか?」
「ああ、もちろんです。どうぞ、エリナさん」
「先ほど話に出てきた中部諸国連合の貿易システムにもかかわらず、って話ですけど、考えてみれば条約で国境都市の中立性は保たれているんですよね? それなのに技術流出を防げるっておかしくないですか?」
「ええ、そのことなのですが……スティビアからこちらにいらっしゃる際、高速道路には乗ったんですよね?」
「はい、とても快適でびっくりしましたが……」
「エスタリスと国境都市の間にも、その高速道路が走っているのです。
ただし――途中、明確にエスタリス側に存在する場所で検問代わりの都市があって、エスタリスの国民以外はそこから先へ通行出来ないようになっているんです。さらにエスタリスと国境都市との間のアクセスは、その高速道路しか存在しません」
「……え、それはいいんですか? 条約で禁止されてたりとかは……」
「国境都市にまたがる検問であれば、確かにその通りなんですが……検問はあくまでエスタリス側にある、エスタリスの管理する場所なので、条約の保護の範囲外ということでごり押しされている状態ですね」
「……なるほどね。つまり俺たちはあの国境で試されていたわけだ」
あの国境を超える際、エスタリス側の役人にはなぜウルバスク側から行かないのかと言ってた。あれは近道があるのに、という意味ではなく、産業スパイ目的なんじゃないかと疑われていたってわけだ。
マジで筋金入りだな……
「ちなみに私はスローヴォ経由でジェルマ側から入ったので、その影響は受けなかったんですけどね。
ただ、この国の内情を……技術的な内情を無線で伝えようとした前任以前の担当は、みんな気の毒なことになってしまいました。マジェリアもウルバスクも抗議したのですが、自分たちは関与していないの一点張りで。
それでも条約から脱退させられないほど、エスタリスからこぼれてくる細々とした技術は周辺諸国にとっては喉から手が出るほど欲しいものなんですけどね……」
「……なるほど」
実際ジェルマやスティビアは、エスタリスからの技術供与がそれなりにあるのだろう。あの船を見ても、少なくとも中部諸国連合の他の国家よりもスティビアが発展しているのは分かる。
エスタリスにしてみれば中部諸国連合間で際限なく技術が流出するより、ジェルマやスティビアの税関に任せた方が効率がいいと思っているのかもしれない。実際、スティビア側の港は車窓からパッと見た感じそれなりに審査が厳しそうだったからな……逆にエスタリス間の国境では特に注意することもないということなんだろう。
条約の不備を突いたと言えばそれまでですけど、それを可能にするにも技術力が必要ですよというお話です。
次回更新は08/17の予定です!