111.ヴィアンに直行するよ
ウルバスクとエスタリス両国の出入国審査を何だかんだで終えた俺たちは、無事国境を通過してエスタリスに入国した。入国したと言ってもこの一帯は両国どちらを見ても山岳地帯なわけで、城壁を越えた先もそこまで変わるものではない――
そう、思っていたんだけど。
「……ねえ、トーゴさん。この街、何か凄く見覚えあるんだけど……何て街だったっけ?」
「ええと、ここは……トゥバイヒだね。歴史的にはトーヴィーと同じ街だったらしくて、今の国境線が設定された際にここを分割して国境管理事務所を置いたのが始まり……らしいよ。名前が似てるのもそのせいだって」
「違う言語で同じ意味ってことなのかな……で、そのトゥバイヒなんだけど」
「ああうん、凄く見覚えがあるって話でしょ。分かるよ」
……エリナさんがそう思うのも当たり前だ。実際俺も抜けた先の街をひと目見て、エリナさんと同じ感想を抱いたんだから。
何しろ、いかにも中世のものですといった趣の城門とは対照的に、前世で見た地方都市の街並みそのものだったのだから。
「凄いわよね、城門の向こう側のウルバスクに隠れるように、わざと低めのビルを建ててるって……それも見る限りかなり質のいいコンクリートが使われているようだし」
「あのビルなんか黒石のタイルを全面に貼り付けてるね……この世界に来てからこっち、れんがを積み上げた建物は見たけどああいうのは……」
しかも道路にはアスファルトに信号、見栄え重視の場所は綺麗に敷き詰められた石畳って……これ、うっかりすると前世にいると錯覚しそうだ。初めて降り立った国であるマジェリアがああいう感じだったから余計にとも言えるけど。
「それにしても、こんなに違うものなのかしら……これじゃ、私たちと同じ前世から転生してきた人が技術をもたらしたと言われても信じるわね」
呆然としながらもそう言うエリナさん。……ああ、そうか。そうかもな。
「信じる、というより、もしかしたら本当にそうなのかもしれないね」
「……冗談でしょう? だって私たちがここに来た時も杉山村みたいな人たちがいるだけだったのよ?」
「杉山村みたいに言語に不自由して引きこもってる人たち以外にも、ちゃんとここで暮らしている人たちもいるかもしれないじゃない」
……そう。
みんながみんなあんな風に1か所に固まって暮らしているわけではないはずなのだ。
それこそ俺みたいに翻訳機能をつけてもらったり。
それこそエリナさんみたいに自力で何とかしてみせたり。……エリナさんの場合は俺という教科書があったから話は違うかもしれないけど。
いずれにしてもあんな風に仙人になることを選んだ人たちばかりではないと俺は思う。そういう人たちがこの世界に技術を持ち込んで発展したとしても、何の不思議もない。
「でも、それだったらもっとたくさんの特別転生者に出会っててもおかしくないはずなのに」
「……あのね、エリナさん。みんながみんな、俺たちみたいに特別転生者同士で結婚出来るわけじゃないんだよ。結婚どころか、出会うことも出来ないかもしれない……いや、出来る方がレアケースか」
「あ……」
こうして依頼を受けて旅をして、この世界の人たちと同じような生活をしているとつい忘れがちになるけど、俺たち特別転生者とそうでない人の時間の流れ方は明確に違う。俺たちが何度目かの青春を謳歌しようってときに、周りの人たちは2世代、いや3世代入れ替わっているなんてことも普通にあることだ。
自分は完全に変わらぬ時を過ごしているにもかかわらず、いやだからこそ余計に、周りは急激に変化していく。それを分かち合えるパートナーや友人がいるならともかく、普通はそれも叶わない。
――そんな状況、つい最近まで普通に寿命ある人間として生きてきた特別転生者がいつまでも耐えられるだろうか。
そしてその先に待っているのは、唯一その地獄から解放される道――
「自分で2回目の人生の幕を下ろすことになる、か……そういうことなら、確かに有り得るのかもしれないわね」
「だねえ。そういう意味で俺たちは幸せ者だと思うよ」
「地獄の道を一緒に歩んでいるとも取れるけどね?」
「そんな怖いこと言わない。とは言え、それもあくまで俺の想像だけどね。特別転生者によって技術がもたらされたとか、そういうのも全部」
……もっとも、そんな想像をせざるを得ないくらい、この街の風景はこの世界では異質なんだけどね……それにしても国境の街でこれだけのものを見られるということは、首都であるヴィアンはこれと同等かそれ以上ということになる。
全く、とんでもない国に来てしまったものだ……まさかとは思うけど、街中に監視カメラなんか張り巡らされていないよな?
「それで、この街で少し休んでいくの? 情報も必要でしょ?」
「いや、見た限りヴィアンまでの道はちゃんと標識が出ているだろうし、急がないと遅くなる可能性が……いや、やっぱり一旦駐車しよう」
「何か用事があるの?」
「いや、そうじゃない。この車の1次リミッターを今のうちに外しておこうかと思って」
「1次リミッター? 何トーゴさん、リミッターなんかかけてたの?」
「そりゃここまでの道を見ればわかると思うけど、むしろかけないと危なくてしょうがなかったからね……」
何しろウルバスクの舗装は高速で走るには脆弱で、マジェリアに至っては魔動車自体一般的でなかったものだから、舗装がほぼ馬車専用みたいなところがあったし。そんな場所でも走れる魔動車って結構に貴重だと思うのだがいかがか。
その点エスタリスだと魔動車が普及しているのか、舗装がちゃんと高速走行に対応している。この分だと周りもそれなりのスピードを出せる車で、当然ドライバーもそれなりのスピードで走るんだろう。
そうなるとここで高速走行可能なように1次リミッターを外しておかないと、高速道路で低速走行をするかのごとき顰蹙を買いかねない。
ちなみに2次リミッターは……所謂リミッターだ、安全装置だから外すことを前提にしていない。
「マジェリアで登録した時にはそんなこと全然言ってなかったじゃない」
「まあ、1次リミッターの詳細を聞かれてもめんどくさいし」
「それで? リミッターを外すとどれくらいの速度で走れるようになるの?」
「大体時速120キロくらいは出せるようになるよ」
「前世の自動車と全然変わらないじゃない……」
そんな呆れ声を出されても困るんだけど。それにあくまで出せるだけで、出すとはひと言も言っていない。この国の一般的な制限速度なんかもまだ完全には把握出来てないわけだし。
「……お、あそこが空いてるな。それじゃぱぱっと終わらせるか」
「私少し外の空気吸ってきていいかな」
「あまり離れるなよー」
……さて、駐車場に車を停めて、エリナさんが外に出たのを確認して、と。
運転席の右手に手を伸ばし、少し奥まったところにあるつまみを回す。そのままぐっと押し込んで、エンジンをかけると1次リミッター解除済みのランプが点灯した。
「……ん、よし。これでオッケー」
この作業は走行中どころかエンジンがかかってる状態では出来ないので、高速なんかがあるとすればそれに乗ってからでは遅いのだ。……音も振動も異常なし、リミッター解除はこれが初めてだけど、問題なく出来てよかった。
なんてことを考えていると、エリナさんが戻ってくる。
「ただいまー、大丈夫だった?」
「おかえりー。うん、問題なかった。……外に出た感じはどうだった?」
「何か前世の駐車場そのものって感じ……でもアレね、この車だけど周りと比較してもデザイン的には遜色ないわね!」
「そうだった?」
「ええ、ちょっとレトロ感あるけど全然大丈夫だと思うわよ、あくまで私の感覚だけど……やっぱり私たちの家の見栄えがいいのは嬉しいじゃない」
「……そうだね。見劣りしなかったようでよかったよ」
デザインに関しては、正直武骨に作った自覚があったのでちょっとばかり自信はなかったんだけど……本当に、問題ないようで助かった。
「よし、それじゃヴィアンに行くか。今からなら日が沈む前に到着出来るだろう」
「ええ、そうしましょう」
本日よりエスタリス・ジェルマ疾走編開始です。お騒がせしました(
夏コミ準備なんかでめっちゃかっつかつでして、今回の話が投稿された時も今月分の書き溜めが全部出来ているかどうかわからん状態です……
多分大丈夫かな! というわけでフライング投稿予約でございます。
次回更新は08/05の予定です!