110.さよならスティビア、国境を超えてエスタリスに入るよ
エスタリスで起こっていることが本当かどうかについては入国してから確認するとして……オンディー出発からおおよそ5時間後、俺たちふたりはスティビア側の国境の街であるトーヴィーに来ていた。
とは言えトーヴィーで滞在する気はなく、可及的速やかにエスタリスのヴィアンに向かうことにしていた。当然、駐車場なんかも探す気はさらさらない。
時間的には午後1時、普通であればレストランでも探してお昼を食べるかというところではあるけど――
「あー……んっ。んむ、んむ、んぐ……んーっ、おいしい! やっぱりピッツァはおいしいわね!」
「そうだねえ、ホテルの人にあらかじめ頼んでおいてよかったよ」
「トーゴさんも食べればいいのに……」
「食べるけど、車の流れが止まらないからしょうがないよ」
中部諸国間の国境都市と違って国境の街で止まる必要があるわけでもなし、それだったら時間ももったいないということでオンディーにいる間にお昼ご飯にピッツァをふた切れずつ包んでもらっておいたのだった。
ちなみに具材は海鮮ミックスのトマトソースとチーズの組み合わせという、まあ定番中の定番。ついでに濃いめの麦茶まで持たせてもらって、道中時間が出来たら手早く食べようと思っていたのだ。
いたんだけど……ここまでなかなか車が止まる気配がない。そうこうしているうちにトーヴィーまで着いてしまった。まさかこのままヴィアン到着まで止まれないわけじゃあるまいな……
なんて思ってると。
「……あ、ここから車が行列になってるわね。この先って国境だったわよね」
「ああ。……トーヴィーの街まだ出てないけど、結構並んでるね。いつもこんなもんなのかな」
「あ、トーゴさん。今のうちに食べちゃったら? ほら」
「ありがとう。……あむ、むぐ……うん、ソースうまいねこのピッツァ」
「でしょー」
モノ自体はそこまで難しいものでも特別なものでもないんだけど、こういう時のこういうご飯って不思議とうまく感じるんだよね……
「それはそれとして……なかなか動きが鈍いね」
スムーズにいけば魔動車で10分程度の距離だっていうから、せいぜい3キロか4キロ程度だと思うんだけど。並び始めてまだそれほど経ってないとはいえ、全く動きがないのはどういう事なんだろう。
……あ、動いた。と思ったら止まった……
「……何か、1台ずつしっかり審査してる感じしない……?」
「んー……思った以上に厳しそうなところだね……エリナさん、休憩とか必要ない? 今のうちに済ませられることは済ませておいた方がよさそうだけど」
「と、言ってもねー……あ、あの先のお店でトイレ借りられそうかな? ちょっと行ってくるわね」
「分かった、20分後までに戻ってきてね」
言うが早いか、車を降りて小走りで店に向かうエリナさん。ここまで長かったからしょうがないとはいえ、やっぱり我慢してたんだな……それにしてトイレってはっきり言われたら、せっかくぼかした意味がないんだけど。
「まあ、その辺の遠慮も徐々に測っていくしかないか……」
そんなことをつぶやいてふと窓の外を見れば、そこはのどかなアルプスの田舎町といった風景。オンディーも割合海に近いと思ったんだけど、たった数時間走っただけでもうこんなに山だらけになるとは……
……あ、また動いた。と思ったら1台分動いてまた止まった……
そうして車列に並び始めてたっぷり1時間後、ようやく俺たちの番になった。前を見ると想像通りの車止めが前を塞いでいて、俺たちの前に審査を終えたはずの車は1台も待っていない。やっぱりここの審査が長かったのか……
と、そんな風に思っているとドアの窓をこつこつと叩かれる。それに応じて開けると、今までよりも厳しそうな入国審査官らしき係官が質問を投げかけてくる。
「旅券を。それと入国の目的を」
「はい、旅券はこちらに。放浪の最中でしてね、この車で細々とお菓子を売りながら観光などするつもりです」
「ふむ……連合旅券か。何故スヴェスダ側から来なかった?」
「何故も何も、ウルバスク側と一緒で今閉鎖してるじゃないですか。スヴェスダ側の国境も当分閉鎖が解除されることはないと思って遠回りしたまでです」
「なるほど、筋は通っているか……マジェリア認定の料理人のライセンスがあるのか。月の売り上げを確認したい。総合職ギルドのギルドカードを見せろ」
「こちらで」
「確認する。しばし待っていろ」
言って、旅券とカードを持って事務所に引っ込む係官。……何というか、今までに出会った公務員の中でもダントツに高圧的だな。いや、むしろ国境における入国審査はこれくらいが普通なのかもしれない。
ほどなくして先程のとは別の係官がふたり車に近づいてきて言う。
「積み荷を確認したい。コンテナ部分も立ち入るので後ろの鍵を開けておくように」
「はい」
……あらかじめ不自然にならない程度に積み荷を分けておいて助かった……いや、俺がインベントリにしまったものが果たしてご禁制かどうかは分からないけどな? まあここはどうでもいいトラブルを起こしてもつまらないので、素直に従っておくとして。
「あ、入る時は靴脱いでくださいね。一応宿がない時の宿泊場所も兼ねてるので」
「うむ」
そうしてしばらく車内を物色すると、係官たちはひと言ふた言交わし車を降りて、
「問題なし。車の鍵も閉めて結構」
と、まあ不愛想な声でお許しを頂けた。……何かこの感じ、旧共産圏を旅行した時に似てるな。あの時は空路だったけど。
と、車の検査が終わるのを見計らったかのように最初の係官が近づいてくる。その手には俺たちの旅券とギルドカード。運転席まで近づくと、変わらず不愛想な顔を崩さないまま書類を手渡して言う。
「問題ないので行ってよし」
「ありがとうございました」
俺が旅券等々を受け取ると同時に、入国審査に関わった係官が俺たちの目の前の車止めをどかす。ここまで色々とあったけど、これでようやく俺たちもエスタリスに入国出来るというわけだ。
国境の事務所を通り過ぎ、城門のような場所をくぐると、緊張から解き放たれたといった感じのエリナさんがため息交じりに言う。
「ふー、やっと終わったわね……それにしても不愛想な係官だこと」
「まあ、ああいうのもいるでしょ。それより何の問題もなく入国出来てよかったよ」
「それはそうだけどね……でも、何でスヴェスダ側から云々なんて話になったのかしら。あの辺りがまだ閉鎖していることくらい、入国審査官なら知っていて当然でしょうに」
「……多分牽制したのかもね」
「牽制?」
「そう、連合旅券を持つ者が中部諸国連合外の移動を選択した事実に対して。俺たちの国で変な事したらただじゃおかねえぞ、っていうね」
まあ、それもあながち間違いではないんだけど。何せ普通に諜報活動していて、なおかつマジェリアの内務大臣閣下と常に連絡を取り合ってるんだから。とはいえ通信用魔道具は俺のインベントリに入っているため証拠は何ひとつないわけで。
もうひとつ考えられるのは、スヴェスダ側の国境が閉鎖されておらず、そのことを係官だけが知っている場合だけど……それにしたってカマをかけるには材料として弱いんだよな、ウルバスク国境周辺の封鎖の情報が強すぎて。
とにかくこの様子を見る限り――エスタリスっていう国は、結構深刻な問題を抱えてそうだとは思うがね。
「さて、このままヴィアンに向かうよ。ここからだったら5時間くらいで行けそうだ」
「うう、また5時間もかかるのね……高速道路っぽいのがあればいいのに……」
……うん、正直俺もそこら辺はそうあってほしいね。でも話に聞くエスタリスなら、それくらいあってもおかしくはないのかな? いやいや、あまり期待を寄せすぎるのもよくないか。
とにかく、これでこの世界4か国目。エスタリスに入国だ!
前世の旧共産圏並みの塩対応……こういうのって割と周辺が殺伐としてないと起きないんですよねぇ……(
今回でスティビア通過編終了、次回からはエスタリス・ジェルマ疾走編が開始します。
次回更新は08/02の予定です!