107.ポーリに入港するよ
翌朝7時半、俺たちは朝食をとりにレストランに入った。その際入り口の棚から朝刊を1部借りて、エリナさんに先に食事をとりに行かせて俺は取ったテーブルで新聞に軽く目を通す。
と――
「うーん……」
昨日の夕刊に載っていた国境封鎖の件が、この日の朝刊でも一面に掲載されていた。まあそりゃそうだよな、俺たちみたいに単に人的な移動だけならまだしも、ウルバスクとエスタリスの間で交易をやってる商人にしてみれば死活問題だ。
「お待たせー、トーゴさんの分もご飯とって来たわよ。パンとオレンジジュースとお茶でよかったのよね……って、どうかしたの?」
「ん、ああ……」
俺の生返事を受けてエリナさんが新聞をのぞき込むと、何とも言えない表情で言う。
「国境封鎖、しばらく続くみたいね……早く解消されるのを祈るしかないわね」
「ああ、そうだね……でもちょっと難しいかもしれないなあ」
「難しいって?」
「ほらここ」
エリナさんにも分かりやすいように記事の一部を指で指し示す。そこにはこんなことが記されていた。
「ドラゴンの発生したと思われる場所に調査隊ないし討伐隊を派遣、脅威の排除が確認されるまで国境封鎖解除の見通しは立っていない、か……こりゃ当分通れなさそうだな、こっちに移動してきて本当に正解だった……
なお調査隊ないし討伐隊の結成はエスタリスの責任の下行われる、ねえ」
「……まあ、自然なところよね。幾ら脅威とは言え国境にかかっていない国が調査でも自分たちの戦力を派遣するわけにはいかないでしょうに。それがたとえジェルマであったとしても、ね」
「……そうだね」
……そうなんだけど。何だろう、何かが引っかかるような……
「ところでポーリに着いたらどうするの? 取り敢えずホテルを探して市内を見て回ってからお昼にする?」
「いや、お昼を早めに済ませたら即エスタリスに向かう。この記事を読んでたら、その方がいいような気がしてきた」
もともとこの船に乗ったのはエスタリスへ行くのにスティビアを経由する目的だったわけで、それがより鮮明になっただけの話だ。それに、自分たちが受けた依頼を考えると、スティビアで色々時間を潰しているわけにもいかない。
「オッケー、それじゃそういうことで」
「ごめんねエリナさん、本当だったらゆっくりさせてあげたいんだけど」
「ううん、この船に乗れただけでも十分よ……何せ前世じゃただの移動手段で、気分もへったくれもなかったからね……」
……本当にごめんエリナさん。
そして午前10時、予定通りポーリ入港。魔動車での乗船組は30分前にガレージに集合させられたんだけど、まああの時間は暇でしょうがないね! この船自体はまた乗ってみたいと思うけど。
船体が動かなくなってしばらくした後、ガレージの出入り口が開く。その先には、明らかにセパレートとは空気の違う港があった。
「凄い……全体的にセパレートよりも観光地っぽくない?」
「ああ……」
観光地っぽいというか、全体的に建物が密集してる感じがするな。店なんかも色々軒を連ねてるし、少なくともセパレートよりも栄えてるのは間違いなさそうだな……これが普通に観光だったなら、このまま街歩きとしゃれこみたいところだったんだけど。
「市内中心部に車を停めて、書店とレストランを探すよ。マジェリアの大使館か領事館でもいいけど」
「レストランや在外公館はともかく書店?」
「国境越えするための街がどこにあるか、詳しいところを確認しておかないと。結局船の中ではその手の情報が手に入らなかったからね……」
もちろん船のフロントにも同じようなことを聞いてはみたけど、彼らはウルバスクとスティビアの情報に関しては持っていたもののここから先の国境については知らなかった。その辺りの情報は完全にポーリの街に任せっきりにしている感じだったしな……
「先に書店でその辺りの情報が載ってそうな本を買って、それからレストランで早めの昼食をとる。それが終わったら、エスタリスまで一直線だからね」
「オッケー、それじゃ行こう!」
そんなこんなで中心街まで来た俺たちは、割とすぐに書店を見つけて魔動車道路地図を手に入れた。それも拍子抜けするほどあっさりと手に入れられて、これまでの国とは明らかに違うのが分かる。
……前世の感覚で考えるとマヒしてしまいがちだけど、こういう時代において地図はその国の第一の情報だ。この周辺の地図とかならともかく全土を網羅した地図なんて、それが例え略式であっても、本来であればおいそれと出していいものではない。
流石に各国上層部においては、諜報を通じてある程度自前で他国の地図の作製はされているみたいだけど。
にも拘らず、この国では書店で簡単に手に入る。まるでそんなこと、全く関係ないとでも言わんばかりだ。……このスティビアというのは、周辺諸国に比べてどれほどの国力を有しているのやら。
ともあれ、これでエスタリスに向かう準備は整った。
「ええと、エスタリスとの国境は……スティビア側がボーゼンでエスタリス側がアンスブリか。やっぱり国境都市はないみたいだね」
「まあ、スティビアは中部諸国連合外だからね……」
とは言え俺たちが中部諸国のマジェリアに籍を置いている以上、エスタリスに入国するのに別に入国許可が必要というわけでもなく、貨幣に関してもカードを使えば問題ないのでそんなに影響があるわけではないけど。
「それはともかく、ご飯の方はどう? エリナさん」
「流石にこういう街だけあって海鮮もパスタもすっごくおいしい! おいしいん、だけど……正直セパレートとあまり変わらなくて目新しさがないって言うか……」
「まあ、ウルバスクでもスティビア料理って普通に店出てたしね」
もっともあっちでは南スティビア料理が主流だったから、北スティビアであるポーリとはまた違うんだろうけど……いずれにしても慣れたものを食べられるって言うのは、それだけで幸せなことだ。
「それはそれとして、やっぱりこっちの方でもコーヒーとか紅茶とかはないのね……その代わりマジェリア以来の麦茶の復活か」
「まあ麦茶だからね。変な話麦さえ採れればどこでも作れるようなものだし、健康的でいいじゃないの」
……そんな風にエリナさんには言ったものの、ここの麦茶は俺も今飲んではいるけどマジェリアのそれよりも深くローストしている気がする。それに味の系統も麦茶というよりコーヒーのそれで、まるで偽物のカフェインレスコーヒーを飲んでいる感覚だ。
この分だと完全にコーヒーと同じ――例えばエスプレッソとか、そういう飲み方をしている人もいそうなもんだけど……ここからは分からないか、うん。
「あーあ、本当に惜しいなー。セパレートといいここといい、こんなにご飯がおいしいところだったらずっと暮らしててもいいのに」
「……それについては本当に申し訳ないと思ってるよ。でもいずれどこかに定住する予定だし、どっちも候補のひとつに入れておこうか」
「ええ、それがいいわね。それにしてもこんなものまであるとは思わなかったわ」
さっさと食事を終えたエリナさんが、食後のデザートにと注文したティラミスをぱくつきながら言う。俺のよく知るアレと同じで、見てると本当においしそうで注文したくなってくるから困る。……注文しようかな。
それにしてもティラミス、か。見る限りスタンダードなやつだけど、これって確かココアパウダーがなければ作れないはずだよな。実際ココアパウダーが上にかかってるし、スポンジもココアの色してるし。
もしかしてこの世界でもカカオって採れるのか……? いや、もしかしたら違う何かかもしれないけど、これは確認してみる価値がありそうだ。もし採れるんだとするなら、屋台で出すデザートにも色々使えるだろうしな。
「何かトーゴさんから美味しそうな雰囲気がする」
「気が早い気が早い」
まあ、いつものように新作の味見はエリナさんにお任せするかね。
トーゴさんが徐々に定住の方に気持ちが傾いているのが面白い。
そして代わり映えしないのは同じ海を挟んだ地域だからね仕方ないね!(
次回更新は07/24の予定です!