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第90話 魔の山脈越え、突破

 魔物の気配が――ない。


「……本当に、全然出てこないな」


 思わず呟いた俺に、ドヴァンが頷きつつも周囲を見回した。


「ええ、しかし油断は禁物ですぞ、お嬢様も」

「う、うん……そうだね」


 ヘアが控えめに会釈しながらも、視線は鋭く茂みの奥へ向けていた。


 いつもなら、一歩踏み出すたびに何かしらの魔物が飛び出してくるのがこの山脈の常だった。それが、今日はまるで山そのものが眠っているかのように静かだ。


「ふむふむ、やはりサーチス様との合作は完璧だったようでゴブりますね」


 自信満々な表情で香炉を掲げるのは、ゴブリン紳士――ジェゴブ。


「名付けて“無臭之香むしゅうのかおり・改式”、通称“ムゴブ香”。これでゴブります」

「いや、ゴブ要素後付けだよな……」

「カルタ様、言語に関するご指摘、まことに痛み入ります」


 言っていることはシュールだが、効果は本物だ。


「良い素材が見つかったのが良かった。分析を重ねた甲斐があったよ」


 その声の主は依頼主――サーチスだ。


 彼女は小柄で、眼鏡の奥の視線は常に冷静。控えめな微笑みを浮かべながら、落ち着いた口調で話していた。


「僕としては、ジェゴブさんの調合技術にも敬意を表したいところ。あれだけの安定性はなかなか出せるものじゃないからね」

「恐縮でゴブります」


 ジェゴブが優雅に一礼する。こうして見ると、この一行の中で一番まともな“大人”って、実はジェゴブなんじゃ……と少し思ってしまった。


「カルタ、見てください」


 ヘアが指差した先には、岩肌の合間から見える乾いた大地。あの地平線の先に、目的の荒野がある。


「……よし。もうすぐだな」


 ようやく、山を越える……そう思いホッと一息ついたその瞬間だった。


――ドゴォン!


 地響きと共に木々がざわめき、地面がわずかに揺れた。


「なんだ!?」


 俺が声をあげた直後、斜面を駆け上る巨大な影が姿を現す。


 体高は三メートル以上。甲殻に覆われた巨体。複数の目がこちらを睨み、尾は獣のように地を叩く。


瘴壊獣(しょうかいじゅう)グラファング……っ!」


 咄嗟にサーチスがゴーグルを下ろし、鋭い視線を向けた。


「なるほど……この個体、嗅覚じゃなくて熱感知と振動による索敵型のようだ。“香”の効果は通じない」

「やっと抜けられると思った瞬間にこれかよ!」

「お嬢様、後方へ! こちらはお任せを!」


 ドヴァンが即座に前へ出て、ヘアをかばうように体を張る。俺も剣を構えて隙をうかがう。


「――見えた。左前脚の関節部、甲殻の継ぎ目が甘くなっている……構造的にもそこが弱点です。さらに、熱に対する耐性も低めなので、集中して狙えば一撃で致命に届くはずです」

「……助かる!」


 ドヴァンが地を蹴った。隻腕でもその突撃はまっすぐで鋭い。


「喰らえっ!」


 斬撃がグラファングの注意を引き、俺はその隙に力を集中させる。


「喰らうでゴブります」


 ジェゴブが指をパチンッと鳴らすと雷がグラファングを射抜き、その動きが一瞬止まった。


「なるほど。雷によって生じた熱、それで動きを止めたわけだね」


 サーチスが冷静に分析した。熱に対する耐性の低さ、それを突くには必ずしも火である必要はないってことか。


「――神装技しんそうぎ・ブレイブゲイザー!」


 ドヴァンとジェゴブが作ってくれた隙を無駄にはしない。技の発動で光が刃に収束し、俺はサーチスの示した継ぎ目を正確に斬りつける。


 ――ズガァン!


 大音響と共にグラファングの脚が砕け、バランスを崩したその巨体が地に伏す。


 さらに俺は技を続けた。


「剣昇神武落!」


 地面を蹴ると同時に斬り上げた剣でグラファングの体が軽く浮き上がり、そこから振り下ろした刃でグラファングの体が地面に叩きつけられた。


「倒した……か?」


 慎重に近づき、確認する。動かない。完全に沈黙していた。


「……皆、怪我は大丈夫かい?」


 サーチスが軽く息を整えながらも、冷静に周囲を見渡していた。


「お見事でゴブります、カルタ様。サーチス様の鑑定も実に見事でございました」

「ありがとう……僕としても、実地での検証ができたのは収穫だ」

「お疲れ様です、皆さま……」


 ヘアが安堵の表情を浮かべて、荒野の風を感じながら呟いた。


「ドヴァンとジェゴブのおかげでもあるよ。二人の連携で隙が生まれたからこそ、大技を決めることが出来た。もちろんサーチスの鑑定があってこそだけどね」

「恐れ入ります」

「ま、チームワークの勝利ってことだな」

「チーム――確かに……そうかもしれないな」


 ドヴァンの言葉にサーチスが静かに呟く。その表情は心なしか穏やかだった。


 サーチスは専属鑑定師にはならないと言っていたけど、この依頼をきっかけに心を開いてくれたなら……もしかして。


 そんな淡い期待を心に留めつつ、俺たちは、ついに山を越えた。

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