第89話 魔の山脈越え
「クソ! また来やがった!」
ドヴァンの苦虫を噛み潰したような声が聞こえてきた。山脈に入ってからこれで何度目かわからない魔物の襲撃だった。
「リトルワイバーン。文字通り小型のワイバーンだ。だけど小型だから弱いというわけではないよ」
冷静に鑑定結果をサーチスが教えてくれた。総合レベルは38。ワイバーンらしく尻尾には毒があるらしい。それ以外では直接的な攻撃が多いタイプだ。単体ならそこまで問題にならないだろう。
ただしこの手の魔物は数が多く、空中から小型のワイバーンが十数匹まとめて襲いかかってきた。
「ヘアシックル!」
ヘアが髪の毛を鎌に変えて迫るワイバーンを迎え撃ていた。ヘアの柔軟な髪の毛は空中を動き回るワイバーンにも有利に働く。
「空中の敵は苦手なんだがな――螺旋流破鎧術旋風圧!」
ドヴァンが回転しながら蹴りを放つと同時に発生した衝撃波でリトルワイバーンの何体かが吹き飛ばされた。
空中の相手は苦手らしいけどそれでも間合いに入った敵は逃さないところが流石だ。
「無粋な敵でゴブりますね。ジェントルさに欠けますよ――」
そういった直後ジェゴブが合計三回指を鳴らした。そのたびに雷が落ちリトルワイバーンが三匹墜落していった。ジェゴブは指に込めた魔法を瞬時に発動できるのが強みだな。
「俺も黙ってはいられないな――狩猟神ノ装甲」
神装甲を発動。狩猟神の装甲で俺の手に弓矢が顕現された。空を飛ぶワイバーン相手にはこれが一番だろう。
「ウィツィロポチトリ!」
叫び矢を放つと途中で無数の細かい矢に変化しワイバーンの群れを貫いていった。
「また凄いスキルを見せてくれたね」
サーチスが俺が矢を放った様子を見て言った。俺たちの戦いぶりに関心を示しているようだ。この調子でギルドにも興味を持ってもらって正式に専属鑑定師として所属してくれると嬉しいんだけどな。
「ふぅ。片付いたな」
「小型とはいえあれだけのワイバーンをこんなに簡単に倒してしまうなんてね。ただ魔物の数が多い。息切れには注意してくれよ」
サーチスからの忠告。たしかに休憩が終わってから何度もこの手の襲撃が続いている。今はまだ余裕があるがこのまま続くと体力的にもキツくなりそうだ。
「しかし山脈では逃げ道がないでゴブりますからな」
「たしかにな。その都度しっかり処理する必要はある」
「体力を温存しながらの戦いは意識する必要はあるかも」
「少しでも敵を減らせる手があるといいんですけどね……」
「ふむ――」
俺たちが話しているとサーチスが顎に指を添え一考した。かと思えば周辺に生えている草花を探り始める。
「ジェゴブだったね。君はある程度調合も可能じゃないかい?」
「少々嗜む程度にはでゴブりますが」
サーチスに聞かれジェゴブが答えた。紅茶を淹れるのが上手いのは知ってたけど調合も出来るんだな。
「それならばこれとこれ、あとはこれかな。これらを――」
サーチスが草花を摘みジェゴブに何かを伝えていた。
「出来るかい? 薬研なら僕の手持ちがあるけど」
「それならば可能と思われますな」
そしてジェゴブはサーチスから道具を借りて何やら調合を始めた。嗜む程度といっていたけどその所作は鮮やかであっというまに粉末状の薬、らしきものができた。
「これをどうするんだ?」
「焚くのさ。それで多少はマシになると思う」
ドヴァンに答えサーチスはジェゴブが調合した粉末を皿に乗せて火をつけた。煙がもくもくと上がっていく。
「これを御者台に置いて移動するといい」
サーチスに言われた通りにして俺たちは山脈越えを再開させた。すると不思議なことに魔物に遭遇する確率が減ったのだ。
「すごい! これは魔除けなのですか?」
「少し違う。魔物が獲物を狙うとき大抵の場合は匂いを頼りにしてやってくるんだ。逆に言えば獲物の匂いさえしなければそれだけで魔物が寄ってくる確率は減る」
「それはつまり」
「はい。サーチス殿が教えてくれたのはこちらの匂いを掻き消す効果のある調合でゴブりました。匂いがわからなければ魔物も狙ってはこなくなるというわけですな」
ジェゴブの話で合点がいった。それで魔物が出なくなったんだな。
「これで安心ですね」
「油断は禁物だ。今の話はあくまで一般的な魔物の話。当然中には匂い以外の方法で獲物を狙ってくるタイプもいる。そういう魔物には効果は薄い上、その手の魔物は強敵だからね」
確かに――例えば感知タイプの特技を持つ魔物だったなら匂いは関係ない上、敵としても強敵と言えるだろう。そういう意味ではこの状況でも出てくる魔物には注意が必要なのかもしれない――