第9話 盗賊団と賞金首
「紙使い、それがヘアのスキル?」
カルタは改めて少女に尋ねる。
うん、とヘアは首肯した。
「それが……役に立たなかったというのはどうして?」
「え~と、そもそもこの祇使いって紙が自由自在に使えるというスキルなんだけど……神父の説明で、おそらくその説明のまま、紙の扱いに長けるようになるのでしょう、と教えられたの。でも、紙ってそもそもそんなに扱いは難しくないから……」
つまり剣使いなどといったスキルと同じようなものと判断されたわけか、とカルタは考える。
剣使いは文字通り剣の扱いに長けるようになるスキルだ。剣が手と一体化したような感覚になりかなり最初は戸惑うも慣れてしまえばかなり剣の腕が上がるという。
ただ――それを紙で出来てもあまり意味がないだろう、というのが伯母の判断だったようだ。
「伯母は私のスキルに期待してたみたいだから、こんな役立たずのスキル! てショックを受けてて。だから期待を裏切ってしまった私が悪いの」
「馬鹿言うな!」
思わず語気が荒くなる。ヘアの肩がビクンッと震え、驚いたような顔を見せてきた。
「あ、いや、ごめん。つい、でも、スキルが何であれ、ヘアがこの宿の為に頑張っているのは確かだろう? それなのにいくらスキルが思っているのと違ったからってそんな事を言うのはおかしいよ」
「……うん、ありがとうねカルタ。何かそう言われると、救われる気がする」
そして、ヘアはまだ仕事が残っているからといって戻っていく。
本当は、カルタは確認してみたいことがあったのだが、あれは装備品が変化するので目立ってしまう。
なのでまだ使うにはためらいがあった。何か装備品が切り替わるスキル持ちとでも言っておけばいいのかもしれないが、それはそれで中々レアリティの高いスキルでもある。
下手に目立つのも考えものなので、とりあえずは次の日にでも装備品の置いてある店に向かってみようと考える。
とりあえず荷物は持ち歩くことにして一階の食堂に向かう。そこではヘアが宿泊客に応対していた。
厨房ではガタイの良い褐色肌の男性が包丁を振るっている。
ヘアも忙しそうなのであまり余計な雑談は挟まず、夕食をお願いした。
間もなくして木製の器と皿にスープとパンが盛り付けられヘアの手で配膳される。
「この肉は……」
「はい、カルタ様のご厚意で頂いたウサグマ肉でございます」
ニコリと微笑んで教えてくれる。流石に仕事中は口調も変わるか、と思いつつ、ありがとう、と言葉を返すカルタであったが。
「ちょっとどういうことだい!」
突如、またあの伯母であるフトーメが怒り心頭でやってきた。
「肉は別料金で取れと言っておいただろう! あんたも、それ食べるなら追加で五百オロ払いな! 他の客もだよ! 食べたやつは全員五百オロおいてきな!」
おいおい、とまくしたてるその守銭奴のような様相にげんなりするカルタ。大体出されたものを食べて追加料金を支払わされたのではたまったものではない。
「ヘア! 全くお前は言ったことも出来ないのかい! 本当につかえな――」
「それは俺の判断で出した。何か文句があるか?」
更に矛先がヘアに向けられたその時、厨房からやってきた料理担当の男が口を挟んだ。
すると、キッ、とフトーメが彼を睨み。
「クック! あんたかい! 勝手な真似をしてどういうつもりだ!」
「どういうつもりも何も、俺はこれが一番ベストだと思ってやっている」
「なんだって! こんな上等なウサグマの肉を、基本料金だけで提供する馬鹿がどこにいる! 何を考えているんだい!」
「だが日持ちはしない」
「な、なに?」
「今いったとおりだ。このウサグマの肉は良く火を通して今日食べる分には問題ないが、明日にはもう駄目になる。それならば、基本料金内で提供したほうがいいだろう? 流石に追加で五百オロは無理がすぎるし、それで誰にも食べられずに廃棄するぐらいなら少しでも多くの人に食べてもらった方がいい」
「そんなもの! 余ったら干し肉にでもなんでもしてとっておけばいいだろう!」
「無理だ。魔物の肉を干し肉にするには特殊な製法が必要となるが、その手の技術は滅多なことでは表に出てこない。無論俺も知らない。だからウサグマの肉は追加料金無しで提供する。折角の肉を腐らせたくはないからな。問題があるか? 廃棄となれば逆に余計な手間が掛かるだけだぞ?」
クックという調理人に正論を言われ、むぐぐ! と何も言い返せなくなるフトーメ。蟀谷に血管を浮かび上がらせ、もういい! とだけ言い残して去っていった。
「あ、あの! ありがとうございますクックさん!」
「……いや、俺は当然の事を言っただけだ。それより、他の宿泊客へのフォローをお願いしていいかな?」
「は、はい勿論です!」
クックに言われ、各テーブルの宿泊客への説明に周るヘアであったが――クックはなぜかその場に残り、カルタを見下ろしてきた。
妙な緊張感がただよい、俺何か怒らせることしたかな? と彼を見上げるが。
「……さっきは、お嬢さんを庇ってもらって助かった。感謝してる」
ん? とカルタは目を白黒させる。庇った件に関しては宿をとる前のあの時のことだろうと予想は出来たが。
「お嬢さん?」
「あぁ、俺はあの子の両親がご存命の頃からこの宿で調理を担当していたからな」
あぁ、と納得しうなずくカルタである。
「それでお嬢さん、か、それにしても両親の事は会ったことがないので知らないのだが、あの伯母は、なんというか、凄いな」
「恥ずかしい限りだ。俺もいるという話は聞いていたが、会ったのはあの子のご両親が亡くなり後見人となってからだ。だからお嬢さんは恩義を感じているらしいんだが、俺は正直言えば嫌いだ」
「は、はっきり言うんだな」
「あんたはなんとなく信用できそうだしな。それに……お嬢さんを守ってくれそうな気がする」
その口ぶりに首を傾げる。
「ヘアは誰かに狙われているのか?」
「……俺もはっきりと断言は出来ない。だが、あの伯母はどこか怪しいと思っている」
「そうなのか……何かそう思う根拠があるのか?」
「先ずはこの宿だ。本当はこの宿は料金にしてももっと安かった。中古で購入した宿屋だったが、この通り中々年数も経っていて老朽化しているからな。当初は一泊二〇〇オロという値段で料理もつけていた」
それなら納得がいくどころかむしろ安いぐらいだな、とカルタは考える。
「おまけに亡くなる直前には改装の計画も持ち上がっていた。本来なら大浴場や個別に手洗い場も付く予定だったのだが――あの伯母が経営を引き継いでからその計画は中止になった。それに料金もご覧のとおりだ。そもそもお嬢様の両親は行商をやっていたから宿の経営は別の親子にまかせていたのだが、それも突然クビにしてしまった。まぁ、料理が出来るのぐらいはいたほうがいいという理由で調理を任されていた俺だけは残されたが給金は以前の三分の一まで減らされた」
随分と徹底してるな、とカルタは苦笑する。
「とにかくあの女は金に汚い。お嬢さんは感謝しているらしいが、後見人として名乗りを上げたのも、元のオーナー、つまりあの子の両親が残した遺産目的と思えてならない。行商としては稼ぎもあったからな。本来ならお嬢さんに相続されるべきだが、成人を迎えるまでは後見人がつくこともある。それを狙ったのだろう。後見人にさえなってしまえばお嬢さんの為という名目で財産も利用できてしまえるからな」
「遺産か、そんなことがあったんだな。でも、ヘアは最近成人を迎えたのだろう? それなら遺産はもう引き継げるんじゃないのか?」
「それだ。それがあるから俺は不安なんだ。今の所、あの女がその件に触れている様子は感じられない。それどころかお嬢さんのスキルが使い物にならないと以前より当たりがきつくなったぐらいだ。だから、何か嫌な予感がして仕方ないんだ――」
そこまで話をしたところで、そろそろ不味いか、とクックは厨房に戻っていった。フトーメがカウンター側からとんでもない形相で彼を睨んでいたからだ。
料理そのものは味付けもよくとても美味しかった。だが、その話もあってか素直に楽しめないカルタでもある。
翌朝、ヘアに話を聞き、カルタは装備品を新調するため雑貨店へと向かった。そこは武器や防具から道具類まで一つの店で扱ってるようなところらしい。
大きい街なら武器なら武器、防具なら防具と分かれていることが多いが、この規模の町ではそのやり方だと儲けに繋がらないのだろう。
「いらっしゃい。何かご入用で?」
店には三十代そこそこといった男性の店主が立っていた。店に入るなり接客してくれたので、ひとまずツノウサの角とウサグマの毛皮を買い取っては貰えるか聞いてみる。
「この角は矢の材料として扱われてますし買い取りますよ。消耗品ですからそこまでの値はつきませんが、毛皮も人気がありますからね。問題ないです」
「とりあえず見てもらってもいいか?」
「よござんすよ。ふむ、貴方解体がお上手ですね。全く傷がついていない」
「それは良かった。ただ、そのおかげで解体用に使っていたナイフもボロボロでね。あとで見せてほしい。武器と防具も」
「ふむ、ということは冒険者ですかな?」
「予定だけどな。これからシルバークラウンに向かってギルドに登録しようと思っているんだ」
「そうでしたか。それならば出来るだけ頑張らせて頂きましょう。とはいっても角はそうですね、一本五〇オロ、毛皮は五〇〇オロといったところですか。ですがこの角は二〇本纏めてで毛皮も一緒なら合計一六〇〇オロでご購入いたしましょう」
「判ったそれでお願いするよ。後は買い物もあるからそこから差し引く形でいいかな?」
「よござんす」
そしてカルタは店を見て回り、防具として鉄の胸当て。学者に見えそうな服と帽子、鉄製の剣と解体用のナイフに、弓と矢もセットで購入した。
どれも質はそこそこであったが、それでも手持ちの鉈やナイフよりは遥かに良い。
「この片手剣が二五〇オロ、胸当てが三〇〇オロで、服と帽子はセットで一五〇オロかな。ナイフは八〇オロ、弓矢はセットで四〇〇オロ。合計一一八〇オロですが色々買ってもらったのでよござんすサービスいたしましょう。端数は切って一一〇〇オロでよござんす」
つまりナイフ一本分はおまけみたいなものだろう。売却分と差し引きで五〇〇オロを受け取る。
「まいどあり。また何かあったら宜しくでござんす」
「あぁ、助かったよありがとう」
挨拶を交わし店を出る。古いナイフと鉈は引き取ってもらった。ボロボロなので流石に値はつかなかったが、捨てる手間を考えたらそれでも引き取ってもらった方が良い。
「これで多少は冒険者っぽく見えるかな?」
新調した装備を眺めながら、少しだけ得意げなポーズを取ってみる。近くを歩いていた子どもに指をさされ恥ずかしくなったのですぐやめたが。
町を一周りしてみたが、それほど規模は大きくないので探索に時間は掛からなかった。
民家以外では今カルタが宿泊している宿屋とさっき買い物をした雑貨屋以外では、小さな教会と鍛冶屋、それに飯屋がある。
見て回っている内に昼になったので、飯屋にはいり昼食を食べた。五〇オロでサービス定食が食べられたので中々お得感がある。
肉と野菜の炒めもの、それにパンのセットだったが、量は多めで味も悪くない。腹を満たすには十分だろう。
基本多くの町や村では主食はパンである。この町は周囲に麦畑が豊富なので特にその傾向が強いのだろう。
ただ場所によっては麺と呼ばれる白くて細長いものが主食になったりもする。また東の島国伝来の米と呼ばれる物を主食にしている地方もあるようだが、どちらもカルタはまだ食べたことがない。
昼食を食べた後は今度は広場に向かってみた。人が多く集まる場所であり、町民にとっても憩いの場として利用されるのが広場だ。
重要なのは広場には木製の掲示板が設置されていることだ。
そこには討伐対象となる魔物や賞金首などが掲示される場合がある。冒険者ギルドがあればギルドでも確認できるのが普通だが、ギルドがないような町であればここで確認するのが早い。
これが大きな街であれば冒険者ギルドも至る所に存在しているところだが――小さな町ではギルドそのものが無いことも多い。
「討伐対象はいないか……だけど――」
カルタは掲示板に貼られた四人の人相書きと、罪状に目を向ける。
・ものまねのドルーサ
賞金額:一〇万オロ
罪名:殺人、強盗、強姦他多数
概要
盗賊団漆黒の避役の頭。近接戦闘だけではなく魔法さえも使いこなす。
・千投ナイフのエッジ
賞金額:五万オロ
罪名:殺人、強盗、強姦他多数
概要
盗賊団漆黒の避役のメンバー。ナイフ投げの名手。
小さき力持ちリトラ
賞金額:四万オロ
罪名:殺人、暴行、無賃飲食他多数
概要
盗賊団漆黒の避役のメンバー。見た目は幼い少女だがありえないほどの怪力を誇る。
百面相のフェイス
賞金額:六万オロ
罪名:無数
概要
盗賊団漆黒の避役のメンバー。姿形をころころと変えるため本当の顔を見たものはいないとされ、何の犯罪を犯したのかも実は定かではない。
(これ百面相のやつだけ人相書き意味ないだろ……)
どうやら証言者の情報で描かれたらしいが、確かに姿形をころころ変えるなら意味はない。
この賞金首に関しては、どういった危険人物がいるのか? という確認のために見に来るものも多い。
特に街から街への移動が多い商人などにとっては賞金首の情報は大事である。
ただ、妙にこの盗賊団が気になるカルタでもあり。
「まだこの盗賊団捕まってないのかい……」
「あぁ、なんでも小規模なキャラバンやキャラバンには加わらず個人で護衛を雇ったような商人ばかりがピンポイントで狙われているようでな」
カルタは聞き耳を立てる。キャラバンは目的地が比較的近かったり同じ商人同士が集まって出来る商団だ。こうして団体で動くことで護衛も団で分担し雇うことが可能で結果的に費用は抑えた上で腕っぷしの強い護衛を雇うことが出来る。
キャラバンは基本、規模が大きければ大きいほど護衛も数や質が上がる。ある程度規模が膨れ上がると武装キャラバンなどと呼称されることもあるほどだ。
ただ、逆に言えば小規模なキャラバンはよほど資金が潤沢でないかぎり護衛もそれなりという事も多い。
どうしてもキャラバンに加われない商人もそうだ。特に行商などはその傾向も強く、盗賊にも狙われやすい。
「ヘアちゃんのご両親もこいつらにやられたのよね……」
「あぁ、本当に可愛そうなことをしたものだよ――」
「その話、詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
そこで、思わず知ってる名前が出てきたことでカルタは話に飛びつく。最初は不思議がってたが宿に宿泊した時に知り合いになったと話したら親切に教えてくれた。
それによるとヘアとその両親は行商として次の目的地へ移動している途中で、漆黒の避役に襲われてしまったらしい。
そして両親は殺され、ヘアだけが気絶している状態で見つかった。
その後のことも親切に教えてくれたが、やはり今後ヘアがどうするかは一つの問題として上がっていたらしい。だが、そこへあの伯母が駆けつけ、ヘアの後見人に名乗りを上げたそうだ。
どうやら彼女の両親は先ず父方の両親は早いうちに事故でなくなったようであり、それからはヘアの父親は商人になる為努力し、行商としては中々の稼ぎを得るまでに成長したようだ。
母方も似たような境遇であり、両親は流行病で他界しており、残ったのは姉だけ、つまりあの伯母だけだったようだ。
ただ、その後は結婚し子どもも授かり幸せな日々を送っていたようだが――それが盗賊の手で突如奪われたわけである。
何ともやるせない話だが、とにかく今の話を聞くに、ヘアの後見人になれた血筋は伯母しかいないようではある。
話を聞き終え、頭で内容を整理しているカルタであるが。
「――こいつら、絶対に、許せねぇ……」
ふと、賞金首の手配書を見つめながら怨嗟の言葉を漏らしている人物が目に入る。顔は包帯で包まれており薄汚れた外套を纏っている。声の感じからするに男、そして、左腕がない、隻腕であった。
「絶対に、絶対に、絶対に……」
恨み言をブツブツと呟きながら男はその場を去っていった。
気にはなりもしたが、鬼気迫るものを感じたため声を掛けるタイミングは完全に逃してしまった。
とにかく、たまたま立ち寄った町ではあったのだが、何やら色々と気になる点が多い。
本当ならもうそろそろ旅立つところなのかもしれないが――もう少しだけ留まってみようと考えるカルタなのであった。




