第76話 チッコとギルド
チッコと名乗ったその少女は、俺たちがこの街に訪れてすぐの頃、ギルドに一生懸命勧誘していた子だ。名前は知らなかったけど、あの時この子が吹いた笛が全ての始まりだったな。
でも、ここで会ったが100年目とか言われても何がなんだかわからないんだが、今忙しいのに厄介事は勘弁して欲しいんだけど。
「むむむむぅ~」
何か眼力を強くして俺たちを見上げてきてる。この子見た目ちっこいんだよな。正直冒険者だって知らないと子どもと勘違いしそうだ。
「あの、俺たち先を急ぐんだけど、何かあったかな?」
「ほ、本当にごめんなさいなのですぅううぅうぅぅうううう!」
「えええ~~!?」
何事かと思って足を止めて様子を見ていた俺たちだけど、なんとチッコが突然土下座を始めた。見事なまでの土下座だ。土下座女神を彷彿とさせる土下座だ。
だが、これは問題な。何せ俺たちは必死に商会を回っていた途中だ。だからか自然と人の多い往来まで来てしまっていた。そこでこんな真似されたら――
「ヤダ、見てあれ」
「あんな子どもに土下座をさせるなんて……」
「事案かしら? 事案かしら?」
「世も末よねぇ……」
やっぱり! 俺たちの事を見ている人々がひそひそ話を始めた。内容も当然喜ばしいものじゃない。
「おいカルタ、俺たちが悪人みたいになってるぞ」
「うぅ、周囲の視線が痛いです」
「これは別な意味で詰所に連れて行かれかねないでゴブります」
「くそ、おいあんた! こんなところでそんな真似はやめてくれよ。目立って仕方ない」
「え? じゃあ、じゃあ許してくれるの? 皆を困らせた私を許してくれるの?」
「許すも何も別に気にしてない、あぁもう! とにかく場所を変えるぞ!」
このままじゃ悪目立ちがすぎる。俺たちはそそくさと通りを抜けて比較的人の目が少ない場所まで移動した。
「はぁ、全くあんたも謝るなら時と場所を選べよ……」
「な、何かごめんなさい」
「で、でもカルタ。この子も悪気があったわけじゃないみたいだし、ね?」
しょんぼりするチッコという少女を庇うようにヘアが言う。
確かに謝ってくれただけだし。
「とにかく、その件ならもう気にしなくていい。冤罪とは言え賞金首として手配書が回った以上、冒険者としてあんたらは当然のことをしたまでだろう。だからもう責める気はないよ」
「な、なんて心の広い! そうだ! ならお詫びといっちゃなんだけど、うちのギルドにどうかな?」
「いや、何が、どう? なのか」
「そういえば前も勧誘されたんだったな」
「転んでもただでは起きない方のようでゴブりますな」
全く、確かに以前、話を持ちかけられたときは保留にしたけど、もうその必要もないし。
「悪いけど、俺たちはもう他のギルドに所属を決めたんだ。だから勧誘に関しては丁重にお断りさせてもらうよ」
「え? そうなの? 残念だなぁ。でも、一体どこに決めたの?」
「挑戦者の心臓だよ」
「……え?」
俺が答えると、チッコは鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せた後、う~ん、と唸り難しい顔をしてみせた。
「そこ、本当にもう決めたの? 考え直す気はないの?」
「なんだ藪から棒に」
胸の前で腕組みし、不機嫌そうにドヴァンが言う。チッコは何かを言いあぐねているようでもあったけど、しばらく考えた後。
「本当はあまり他者が決めたギルドについてとやかく言うべきじゃないのかもだけど、いろいろ迷惑かけたから敢えて言うよ。あのギルドはできればやめた方がいい。ただでさえもう無くなるんじゃないかって言われてるぐらいだし」
意を決したように語るチッコ。それは俺にとってはあまり耳障りのよい話じゃないけど、彼女はあくまで親切心から教えてくれてるんだろうしな。
「気にかけてくれたことにはお礼を言っておくよ。だけど俺たちはギルドの事情もわかった上で入ると決めたんだ。だから考え直す気はないよ」
「え? そうなの? う~ん、それなら確かに余計なお世話だったかな。でも、結構な覚悟はいると思うよ。ギルドがなくなりそうなのは勿論、あのギルドは色々と悪い話があって嫌われてるから」
チッコのその話だけは妙に気になった。確かにシルビアの父親でありギルドマスターでもあるレオン・ハートは事情があって飲んだくれになり博打もうつようになり借金も作った。
だけど、だからといってそこまで嫌われるものなのか? でも、確かに立ち寄った商会ではギルドの名前を聞くだけで嫌悪感を示され追い出されてしまった。
「あの、ある程度私たちも事情は知ってるつもりなんですが、でもだからってどうしてそこまで嫌われる必要があるのでしょう?」
俺の気持ちを代弁するようにヘアが尋ねる。
「確かに商会でもあそこまで嫌悪感を示されるとは余程のこととおもうのでゴブりますが」
「あぁ全くだ。俺なんて途中で暴れてやろうかと思ったぐらいだ」
いやドヴァン、それは駄目だ。確かにイライラしていた様子ではあったけど、そこまでだったか……。
「商会もか~でもそれも仕方ない部分もあるかもしれないよ。何せ仲間を見殺しにしてマスターが自分だけ生き残って戻ってきてしまったんだから」
「うん? 仲間を、見捨てて?」
それは、初耳かもしれないな。
「やっぱり……仲間殺しのレオン、だったか……」
すると、ドヴァンが一人つぶやくように言った。もしかしてドヴァンは知っていた? そういえばレオンの名前を聞いた時、何か思い当たる節がありそうだったな……。
「あれ? もしかしてこの話は知らなかった? 仲間殺しのレオンはこの街では有名な話なんだけど……」
「いや、それは聞いてなかったけど……もしかして血の終日に関係しているのかな?」
シルビアからレオンがあの最悪の1日の経験者だったことは聞いている。仲間と息子さんを失ったということも――
「そうそう。あの日、レオン・ハートは迫る帝国の軍勢に恐れをなして仲間と、そして我が子さえも見捨てて逃げ出した、そう言われてるんだ。実際レオンの背中には大きな傷跡が残っていて、それこそがレオンが逃げた証明に他ならないと責められたみたい」
「おいおい、背中に傷って、それが必ずしも逃げたからつくとは限らないだろ?」
ドヴァンが怪訝そうに返す。仲間殺しでレオンの事を思い出したようだけど、この説明では納得がいかないようだ。
確かに、場合によっては敵に囲まれて止む無くと言う場合も有り得る話だ。
「そうなんだけど、かつてのレオンはどんなときにでも相手に背中を見せないことで有名だったみたいで、実際その日以外は一切背中を切られていないんだ。でもその日だけは背中に大きな傷を残していて……」
「それで、仲間殺しという不名誉な異名をつけられたでゴブりますか?」
「それが、それだけじゃないんだ。もう一つ、多分これが1番重要なんだけど――目撃者がいたんだ。レオンが自分の仲間を斬り殺した瞬間を見たというね」
仲間を、斬り殺した?
「だが、その件は確か決定的な証拠に欠けると冒険者の間でも意見がわかれたって話じゃなかったか?」
「あれ? あなたは知ってたんだね。うん、そういう話もあったけど、どうやら本人が一部認めたらしくて、それでSランクの称号は剥奪されたって話だよ。だから、今でも卑怯者として扱われている」
そういうことか……どの商会からも門前払いを食らったのはその話が広まっていたからなわけだ。
「以上が私が知ってる仲間殺しの全貌だけど、どう? ギルドについて考え直す気になった?」
「うん? いや全然」
「え!? でも今も言ったけどかなり曰く付きのギルドなんだよ?」
曰くかどうかはともかく、確かにはっきりとした問題は抱えてる。それは確かだ。でも――
「そんな話だけで考え直すぐらいなら最初から入ってないさ」
「でも、マスターが仲間を裏切るようなギルドなんだよ?」
「それについては俺自身が見てもいないし直接本人から聞いたものでもない。だから同じギルドに所属した以上レオンは誰も裏切ってないし一人で逃げ出してもいないって信じるだけさ」
チッコがポカーンとした顔を見せた。だけど、少しの間をおいて、笑いだした。
「あははは、なるほどね。自分でみてないものは信じないか。確かにそうかもね。それなら私もこんなのは人伝に聞いた話でしかない。そうだね、ごめんね結果的にマスターの事を悪く言ったみたいになって」
「いやそれはいいさ。こっちから聞いたところもあるし」
「……だけど、その考えはやっぱカルタらしいな」
「そうでゴブりますね。そしてそれがご主人様のいいところだと思うのでゴブります」
「うん、そうだよね。だから凄く安心できる」
「あらら。どうやら仲間同士の絆も硬いみたいだね。これはつけ入る隙はないかな~」
どうやらチッコはまだ勧誘する気があったようだけど、今のやり取りで完全に諦めたようだね。
「でも、何か笛の件といい不安がらせてばっかだね。何か申し訳ないし、協力できることないかな? 私にできることなら何でもするよ?」
「う~んそう言われても、あ! いやあった。そうだ、実は俺たち素材を買い取ってくれるところを探してるんだ」
「素材?」
俺たちはチッコに事情を話す。すると、う~ん、と唸り。
「本当ならうちで買い取れるといいんだけど、レッドライジングとなると大物すぎて独断では厳しいな……もっと大きなギルドに伝でもあれば可能かもだけど……」
そうか、やっぱりそう上手くはいかないか……大きなギルドか。そんな都合よく伝なんて、あ!
「そうか! そうだよ! ありがとうチッコ! おかげで助かったよ!」
「え? でも私別に……」
「そうと決まれば善は急げだ! それじゃあ、またなチッコ!」
「え? ちょ、なんなのよもう!」
チッコの叫び声が聞こえたけど、思い立ったが吉日ともいうしね。
だから俺は皆を連れて思いついた伝を頼ることにした。そう、大きさで言えば文句のつけようもない――
「なるほどな。確かにここの規模なら十分すぎる」
「十分というか、事実上トップですよね」
「えぇ、冒険者ギルド連盟が定めるギルドランキング不動の1位でゴブりますからね」
そう、今俺たちは天まで届きそうなほど高い塔の前まできていた。実際は塔などではなくれっきとした冒険者ギルド――剣を掲げた英雄を象った看板が目に眩しいここはそう、英雄豪傑。
ここに来た目的はレッドライジングの素材を買い取ってもらうこと。普通に考えれば所属していない冒険者からの買い取りなんてありなのか? と考えるけど、別に冒険者は所属しているギルド以外に素材を引き取らせてはいけないなんて定めはない。
尤も普通はわざわざ他のギルドから買い取るようなことはしないだろうけど、ここは恥を忍んでお願いさせて貰おうと思う。困ったことがあったら相談にのるとも言ってくれたわけだし、門前払いってことはないだろう。
「よし、それじゃあ早速入ってみよう」
「うぅ、でも何か緊張します……」
「大丈夫です。お嬢のそばには俺がついてます!」
「スムーズにいけばいいのでゴブりますが」
ジェゴブ、何かそう言われると何かありそうな気がしてしまうんだけど……それにしてもヘアの気持ちもよくわかる門構えだな。
何か高級な宿みたいだ。そういう貴族御用達の宿をホテルというんだったな。そんな雰囲気のある格式高そうな扉が先ず出迎えてくれた。
だけど戸惑ってはいられない。ギルドの内部に入る。うわぁ、一面大理石のロビーが広がってるよ。ここ、本当に冒険者ギルドか?
造りの凝った柱も等間隔で並んでるし、赤絨毯とかまで敷かれてるよ。
何かやたらと広いし。あ、でも案内図があるな。
……むしろ案内図が必要なぐらい広いのか。
「挑戦者の心臓とは偉い違いだな」
「資金からして差がありそうだもんな……」
そんなことを話しながら案内図の前にいき目を向ける俺たちだが――
「おいテメェ、見ない顔だな? しかも見すぼらしいし、ここを天下の英雄豪傑だとわかってんのか? 一体なにもんだコラ!」




