第75話 素材がない!
なんてことだ。確かに馬車に保管しておいた筈の竜の素材が綺麗サッパリなくなってしまっていた。
正直頭が痛くなる思いだ。これでは随分と予定が狂ってしまう。
「くそ! どうして素材が、さては、泥棒か!」
「まさか止めてある馬車を狙うなんてな」
「しかも町中の冒険者ギルドの横で大胆不敵ですね……」
「ど、どど、どうしましょう! とりあえず衛兵に報告に!」
「皆様少々お待ちを」
俺の頭に浮かび上がったのは盗賊の二文字であり、シルビアは慌てた様子でどこか駆け出そうとする。
だけど、それを止めたのはジェゴブだった。
「恐らくでゴブりますが、これは盗まれたわけではないと思われます」
「え? でも確かにここにあった素材がなくなってるだろう?」
ジェゴブの言葉に首を傾げてしまう。あるはずのものがなくなっているのだからやはり窃盗の可能性が高いと思うのだが。
「一見するとたしかにそうでゴブりますが、盗まれたと考えるならおかしな点が多く見受けられるのでゴブります」
「おかしな点? 一体どこがだ?」
ドヴァンが聞き返す。ヘアとシルビアもジェゴブの推理に興味津々だ。
「先ず無くなっている素材が竜の素材だけという点です」
「それは、竜の素材が高級なら当然なのでは?」
「他にこれといった素材がなければそうでゴブりますが、この馬車には他にレッドライジングの素材も積んであります。しかし、見ての通りそちらには一切手を付けられておりません」
そう言われてみれば、レッドライジングの角なんかは竜ほどじゃないにしても希少な素材だ。しかもとてもわかりやすい場所に置かれている。
だけど、それはそのまま残っているんだよな。
「竜の素材を狙うような相手であれば当然こちらの素材にも目が行かないわけがないと思われます。それに、シルベスタが全く反応を示さなかったのもおかしい点でゴブりますね」
「言われてみれば確かに解せないな。シルベスタほどの馬なら、知らない相手に近づかれたら何かしら訴えてきてもいい」
馬鑑定を持っているドヴァンもシルベスタの賢さは理解している。だからこそジェゴブの話にも納得がいくのだろう。
「でも、だとしたら……一体素材はどこに消えたんだ?」
「どこにというよりも……これも推測ではありますが、まさに文字通り消えてしまったのかもしれないでゴブります」
「え? 消えた?」
なんとも不可解な話だ。だけど、ジェゴブは何の根拠もなくそんなことを言うわけがない。
「これを見てほしいでゴブります」
するとジェゴブは馬車から何かを掴み俺達の前に差し出してきた。
「これは、灰?」
「そうでゴブります」
「確かに灰だけど、これがどうかしたのか?」
ドヴァンが怪訝そうに眉を下げる。
「この灰は元々この馬車にはなかったものでゴブります。それは間違いありません」
馬車の管理はジェゴブに一任している。そのジェゴブがここまで言うなら確かなのだろう。普段から彼の管理は完璧だ。
「つまり、この灰は元々竜の素材だったもの……それが私の考えでゴブります」
「え! 竜の素材が灰に?」
「そんなことあり得るのか?」
「私は聞いたことがありませんが……」
シルビアは顎に指を添えて?顔を見せた。受付嬢をやっているシルビアでも聞いたことはないらしい。
するとジェゴブがシルビアに顔を向け尋ねる。
「一つ確認でゴブりますが、シルビア殿はこの辺りで竜が出るという話は聞いたことがありますでゴブりますか?」
「え? この周辺では竜なんて出ないと思いますけど……」
「それは全く? たまに出るとかじゃなくて?」
思わず俺はシルビアに聞き返す。何せあの竜が出たのはこのシルバークラウンからそう離れていない場所だ。
「そもそもこのあたりには竜が生息してませんから、恐らくワイバーンの被害すらないと思いますよ」
竜の中で比較的小柄なタイプはワイバーンと呼ばれている。竜と比べると能力は低いが、基本単独で行動する竜とことなり群れを成す事が多い。
「私たちが倒した竜はこのあたりで現れたものなんです」
「え! そうなんですか?」
「あぁ。でもだとしたら妙な話だよな」
そういえばリーダーさん達も竜があらわれたことに相当驚いていたもんな……でも。
「そもそも出るはずがない竜が現れた。それがこの件と何か関係あるとジェゴブはみているのかな?」
「左様でごブリます。実はとある文献で目にしたことがあるのでゴブりますが、どうも世界には竜を創り出す魔法というものがあるようなのでゴブります」
竜を、創る魔法? そんなものがあるのか……。
「つまり、ジェゴブはこれがその魔法によるものだと?」
「その可能性が高いと考えております。それであれば素材が灰になるのも納得出来ること。魔法で創られた竜であれば、採取できる素材も込められた魔力がなくなればその形を維持できなくなりますゆえ」
つまり、その結果がこの灰ってことか……。
「だけど、それが理由として魔法を使った奴は竜なんて創って何がしたかったんだ?」
「そこまでは判断材料が乏しいのでなんとも言えないでゴブりますが、気をつけておくにこしたことはないかもしれませんな」
ふむ、なんとも奇妙な話だ。それにしても、シルビアでさえ知らない魔法についてこんなに詳しいなんて、ジェゴブは博識だな。
「う~ん、しかしなぁ。どちらにしても竜の素材がないのは確かだろう? あてが外れちまったけどどうするんだ?」
「あ、そういえば……」
「そうでゴブりますね。確かに竜の素材は消失いたしましたが、レッドライジングの素材は残っております。これもかなり価値がつくと思われますがどうでゴブりますか?」
「はい。確かにこれだけの素材であれば100万オロほどの値段はつくと思います」
100万オロ……それならとりあえず利息分だけでも支払うことは可能だな。
「ただ、その、一つ問題が」
「また問題かよ」
「ご、ごめんなさい!」
「ドヴァン、その言い方は失礼かも……」
「す、すみませんお嬢つい!」
ドヴァンが謝る。まぁ確かに色々と出てはきてるけどね。
「もう何を聞いても驚かないよ。だから遠慮なく言ってみて」
「は、はい実は……」
◇◆◇
「まさか鑑定師と解体師がいないとはな」
「でも、よく考えたら仕方ないかもな……」
シルビアから出た問題はギルド専属の鑑定、そして解体師がいないということだった。
基本魔物などの素材は冒険者ギルドが先ず冒険者から引き取る。その際に査定するのは鑑定師であり、査定後に処理するのは解体師だ。
まぁ、解体師に関しては解体以外にも市場に卸すための処理も仕事に含まれるらしいけど、とにかくそれらがいないと冒険者が持ち込んだ素材などをギルドで引き取ることができなくなる。
しかし冒険者ギルドが扱う素材はギルドの査定があるから品質が保証されているところがある。実際ギルドで査定された素材などはギルド連盟の鑑定証つきで卸されることになる。
だからそれが出来ない現状はかなり不利でもある。更に言えば冒険者ギルドには最低一人ずつ鑑定師と解体師が必要なので、次のギルドの更新までに見つけないと更新不可になってしまう。
なんだか、また厄介な問題が増えたな……挑戦者の心臓には前までちゃんと専属の人がいたらしいけど今がこんな状態だから辞めてしまったようだし。
それにしても鑑定か――
「一応聞くけど、俺が鑑定出来るとしたらこの問題は解決するのかな?」
「え? カルタさん鑑定出来るのですか!?」
シルビアが食い気味に顔を近づけてきた。まぁ一応出来るんだよなぁ。ただスキル名は鑑定ではなくて神鑑なんだけど。
「それに近いことは――鑑定という名前ではないのだけど大丈夫なのかい?」
「そ、そうですか。近い、ですか――」
シルビアの反応は芳しくなかった。どうやら近いというだけでは駄目なようだ。
「――もしかしたらと考えましたがやはり簡単ではないのでした。うぅ、第一前提としてギルドの鑑定師になるにしても解体師になるにしてもそれ用の資格が必要なのです。認定試験も受けなければ行けないし鑑定師と冒険者はまた別扱いなのもありますので、鑑定師になるとギルドの仕事は受けられなくなってしまいます」
そ、そうなのか。それは困るな。俺は冒険者として活動したいし。
「一応一緒に同行したりは可能なのですけど、カルタさんの力を考えるとやはり冒険者として活動してもらいたいのもあります」
シルビアも同じ考えのようだ。それにどちらにしてもこれから認定試験を受けている時間もないからどうしようもない。
「どちらにせよ、急ぎではありますから、ギルドの鑑定証なしで直接売りさばくしかないでゴブりますね」
色々と話をした上で、ジェゴブが話をまとめてくれた。俺の能力でもこればっかりはどうしようもないからね。
だからこそ直接という話になるのだけどそれにしても問題はある。
「でも、それだと価値は落ちるんだよな……」
そう冒険者ギルドの鑑定証がなくても直接商人などに売ることは可能だ。だがその場合、買取価格は鑑定証つきより落ちる。
シルビアやジェゴブの話をまとめると適正価格の半額ほどになるだろうとのことだ。
とは言え、それでも50万オロには届く計算だ。ギリギリではあるね。
「鑑定書無しの買い取りねぇ……まさか盗品じゃないだろうな?」
「それは安心して欲しいでゴブります。私たちも冒険者ですので」
「冒険者なのに鑑定書つかねぇのかい?」
とりあえず商会を見つけて買い取りをお願いしてみた。交渉はジェゴブに任せている。
「ギルド所属の鑑定師が倒れてしまったのでゴブリます。ですので仕方なく……」
本当はいないのだけど、そこまで素直に話す必要はない。ただ、何も理由がなければ今のように盗品と勘違いされかねない。
だから矛盾が発生しない程度にごまかしているわけだ。
「冒険者証はあるかい?」
「今発行中でごブリます」
これも本当だ。正式に挑戦者の心臓に入ることは決まったがしばらくぶりの登録なので証明書のストックがなかったらしく慌ててシルビアが取りに向かっている。
「ですが、ギルドの名前は言えるでゴブります」
「ふ~ん、どこだい?」
「挑戦者の心臓でゴブります」
「挑戦者の心臓ね、うん? あんたらあそこに所属しているのか!」
「そうでゴブりますが……」
「チッ、そうとわかれば話なんて聞かなかったのによ! とっとと帰りな! あんなギルドからの持ち込みなんてまっぴらゴメンだ!」
「……は? え? ちょ、どういうことですかそれ?」
「どうもこうもねぇ。あんな恥知らずのギルドの話なんて聞く気はないってことだ。いっておくがうちだけじゃないぞ。どこも同じだからな! おい塩だ! 塩もってこい! おら! はやくでてけ! 塩を樽ごとぶつけるぞ!」
な、なんだってんだ一体……仕方ないから俺たちはその商会をでたわけだが、その後も色々な商会を回ったがどこも対応は一緒で名前をだすだけで問答無用で岩塩をなげつけてくるものまでいる始末だ……。
「はぁ、まさかここまで相手にされないとはなぁ」
「たく、なんだってんだあいつら」
「挑戦者の心臓の名前を聞くのも嫌だって感じでしたね……」
「しかし、これは参ったでゴブりますね。どれだけ良い素材があっても、買い取ってくれなければ話にならないでゴブります」
たしかにそのとおりだ。素材は売らないとお金にならない。まさに宝の持ち腐れだ。
「あ! あんた達!」
すると、俺達の耳に女の子の声が届いた。振り返るとそこには……。
「あぁ! あの時の笛吹きの子!」
「チッコですよ! でも、良かった! 探してたんだよ! ここで逢ったが百年目!」
な、なんだこの子? 百年目って……誤解は解けたと思うんだけど――
そのころとあるパーティー。
リーダー「ぬうぅぅおおお!ドラゴンの素材が消えたーー!」
アイズ「あらら……参ったよね」
リーダー「そんなのですむか!これを当て込んで借金して装備品新調したのに!」
冒険者一同「「「「「俺達も借金が!」」」」」
アイズ(こんなに計画性なくてこのパーティー大丈夫なのかな?)




