第8話 ウッドマッシュ到着
この世界の大体の町がそうだが周囲を壁で囲っていることが多い。ウッドマッシュも周囲を丸太の壁で囲まれていた。もう少し大きい街であれば壁の素材は石であったり、要所などでは更に特殊な素材を使う場合もある。
この辺の判断は周囲の危険度によっても異なるが、木製の壁で済ましているあたり、そこまで驚異となるものは多くないという事なのだろう。
川の水も特に何の手も加えず直接引き込んでいるあたり、水棲系の魔物もいないと思われる。
何より周囲には中々整った麦畑が広がっていた。魔物の脅威が大きい土地などではこうはいかない。
「へぇ! ウサグマを倒したのかい! そりゃ凄いねぇ!」
「はい、本当にカルタさんがいなかったらどうなっていたか――」
ウッドマッシュの町には入り口の門も設けられておりそこには当然門番もいる。
カルタは当たり前だが町に来るのは初めてなので最初に誰何されたが、そこから先はヘアが交代し門番の男にウサグマに襲われた事も含めて説明してくれた。
そしてカルタが冒険者になるために王国都市の一つであるシルバークラウンを目指していることも。これは道すがら話していたことである。
その上でウサグマの肉も見せたことで門番も随分と感心してくれた。
それを自分の事のように得意がるヘアでもあり。
「え~と、それで町には入れますか?」
「ん? あぁ問題ないよ。うちは旅人にたいしてもオープンだから通行税を取るような事もしていない。まぁ小さな町だからね。外から来た人は罪人でも無い限りむしろ大歓迎なんだよ」
朗らかな笑みで説明してくれた。ただ一応は建前で素性について簡単な質問はするそうだ。罪人かどうかは回ってくる手配書をみて判断しているらしい。
あとはいかにも挙動が怪しい場合などは個別にチェックすることもあるがその程度なようだ。
「君はヘアちゃんも助けてくれたようだしね。歓迎するよ、ようこそウッドマッシュの町へ!」
町にはあっさりと入ることが出来たカルタだが、そこで申し訳なさそうにヘアが言う。
「あの、私、仕事途中で……」
「あぁ、そっか。それなら先に宿に行って部屋を取らせてもらおうかな」
「申し訳ありません。本当ならお礼に町を案内できればいいのですが……」
「いやいや! そんな大丈夫だから! それに今日は時間も遅いし、町を見て回るのも明日になると思うからね」
しゅんっと頭を垂れるヘアを宥め、そして彼女の働く宿に向かった。
二階建ての宿で、見た目は可もなく不可もなくといった木造の建物だ。
そして、先ずヘアがドアを開けて宿に入る。
「ただいま戻りました」
「なんだい、やっと戻ってきたのかい。全くあんたはグズ、て、なんだいその格好は!」
突然、怒号が飛んだ。宿のカウンターに立っていた恰幅の良い女性が偉い剣幕でヘアに近づき、かと思えば束ねたハムのような腕を振り下ろそうとする。
「キノコや山菜採りもまともに出来ないのかいこの穀潰し!」
ギュッ! とヘアが両目をつむった。殴られる、と思ったのだろうが、その平手が飛んでくることはなかった。
「な!」
「おいおい、事情も聞かずにいきなり暴力を振るうのは流石にちょっと乱暴じゃないか?」
中年のおばさんが目を見開く。カルタが腕を取り、その行動を阻止したからだ。
「誰だいあんた! 関係ないやつが首突っ込むんじゃないよ!」
「関係なくはないさ。山で彼女がウサグマに襲われていたのを発見したのは俺だしな」
「ウサグマだって?」
目を丸くさせる。腕の力も抜けたので掴んでいた手を放すと、フンッ! と鼻を鳴らして手を引っ込めた。
「あ、あのフトーメ伯母さん。このカルタさんが私がウサグマに襲われていたところを助けてくれたんです」
どこかオドオドした表情で説明するヘア。するとギロリとフトーメが睨み。
「何が助けてもらっただい! 余計な手間ばっかかけさせて! どうせあんたがぼ~っとしてて魔物に襲われたんだろ! 本当にろくでもない娘だよ! 魔物に襲われるなんてとんだ恥さらしだこのグズ!」
今度は前掛けから鉄の棒を取り出し、ヘアに殴りかかった。
おい! とカルタが慌てて割って入り棒の一撃を受け止める。
もしかしたらフリなのか? と思ったが込められた力は間違いなく本気のものだ。鍛えているカルタであればどうということはないがか弱い少女では無事ではすまないだろう。
「何で邪魔するんだい!」
「当たり前だ! そんなもので殴って怪我でもしたらどうする!」
「そんな事あんたには関係ないだろ! これはしつけだよ!」
こんなしつけがあってたまるか、と目の前のフトーメに険しい視線を送る。
だが、今度はヘアが割って入り。
「カルタさんいいんです。悪いのは私ですから。本当に迷惑ばかりかけている私が悪いんです」
「馬鹿言うな。魔物に襲われたのは運もあるしタイミングが悪ければ避けようもない。そもそもそんな危険な場所に女の子一人でしかもあんな格好でいかせるほうがどうかしてる」
「ふん、あんたこそ判ってないね。これまでだってこの子に野草を摘みにいかせてたけど無事だったんだ! そんな場所で魔物に襲われる方が間抜けなんだよ! 全く妹夫婦もとんだ役立たずを置き土産に残してくれたもんだよ!」
会話の雰囲気からなんとなく察していたが、やはりこの女がヘアが言っていた伯母なようである。
「大体、食材はどうしたんだい! 魔物に襲われて野草もキノコもとってこれませんでしたなんて承知しないよ!」
「それなら心配はいらない。むしろあの状況でもしっかり採取していた彼女を褒めてあげるんだな」
カルタはそういって肩の袋を下ろしてやった。フトーメはその中身を確認し物色するが。
「ふん! こんなんじゃ全然足りないね! この三倍はないとさ! 全く役立たずが! 今からでもいいからまた採ってきな!」
無茶苦茶だとカルタは思わず口を半開きにさせて、魔物以上にモンスターなそれを見た。
今からなど出たところで完全に陽が落ちる。ウサグマが出て時間もたった。そろそろ別の魔物などがウサグマの死体に群がることだろう。
倒した直後であれば危険は少ないが時間が経てば話は別だ。屍肉を喰らう魔物も集まりだし逆にあの辺りは危なくなる。人間と違って魔物は死骸の肉が腐っていても関係ない。
「そんなのは死ねと言ってるようなもんだ……仕方ない。正直あんたをみてたら気持ちが揺らいだが、これをやるよ。その中にこの肉も加われば上等だろ?」
カルタは背嚢からウサグマの肉を取り出しその場に置いた。それをみたフトーメがにやりと口角を吊り上げる。
「なんだい、いいのがあるじゃないか。ふん、ヘアもこいつに感謝するんだね。これで今回の事は見逃してやるよ」
なんてふてぶてしい女だ、とカルタは眉を顰め気分を害した。見た目もそうだが、これで本当にヘアと血の繋がりがあるのか? と疑問に思う。髪の色もこっちの伯母は茶髪。それが悪いということはないがろくに手入れもしていないのか痛みがきているし、顔も全く似ていない。
でっぷりとした体格も関係しているかもしれないがそれ以上に性格の悪さが滲み出ている。ヘアは年齢的にはカルタとそう変わらないか一、二歳下かといったところに思える。
基本的に女性は十八歳までに結婚し子どもを設けることが多い。ヘアの本当の両親が何をしているのかは判らないが、伯母だとして相当年が離れていたのだろうか? 何せこの女、見た目は五十代、若く見ても四十代後半である。
「それで、あんたは他になにか用があるのかい?」
「……ここは宿だろ? 泊まりに来たんだが、他に宿はないんだろ?」
「ないね。この町じゃうちが唯一の宿さ。一泊素泊まりで五百オロ。食事付きなら六百オロだよ」
カルタはこれまで村から出たことはないが、時折村にやってくる旅人に町の事を聞いたりしたことはある。
それで考えるとこの規模の宿にしては割高感がある。小さい町であれば相場は素泊まりで三百オロ程度のことが多いからだ。食事をつけても四百オロ程度ですむことが多いらしい。
ただ、あくまで話として聞いただけであるし、場所によって多寡はあるだろう。
ただ、この女の態度は明らかにマイナスであり、他に宿があればわざわざこんなところに泊まったりはしなかったかもしれないが――妙にヘアのことが気になるのも事実だった。
それならここで部屋を取ってしまった方が彼女の様子も確認できるかもしれない。
「ほら、これが鍵だよ。荷物の管理は自己責任で。何かあったとしてもうちは責任取れないけど、部屋のものを壊したりしたら弁償してもらうからね」
木製の鍵を受け取る。鍵としてはあまりにおそまつな代物だ。外出時、部屋に荷物は残して置かないほうが良いだろう。
部屋は二階にあるということで、ヘアに案内を頼んだ。
うちはそんなサービスやってないよ! などと怒鳴り散らしているが、チップを渡すと、途端に愛想を良くして、しっかりやんな、と手のひらを返した。
宿がこの一箇所もないからこんなにも横暴なのだろうか? とその不遜な態度にイラッとくるカルタであったが、途中でヘアがしきりに謝るので逆に申し訳なくなった。
「ヘア、君が謝ることはないよ。あの伯母さんに言われたことも気にしないほうがいい。さっきもいったけど魔物が出る山に女の子一人でいかせるほうがおかしいんだ」
そして部屋に入る。第一印象は手狭な閨といったところか。まさにただ寝るためだけにあるといったところだろう。
ある程度値が張る宿などでは、部屋にお風呂やトイレがついているのは当たり前のようだが、この部屋ではそれも望めない。
「色々不便を掛けてしまって申し訳ありません。本当なら改装の予定があったのですが――」
「ちょっとまって。俺の前でそんな堅苦しい口調はしないでいいよ。普通に話してもらえれば」
「え? 普通に?」
「そう。ここに来るまではそんな感じだったよね? それで大丈夫だから」
「えっと、うん、ありがとうカルタさん」
「だからカルタでいいってば。俺だって君をヘアと呼んでるんだから」
「う、うん。それじゃあカルタ、ありがとう……」
緊張してすっかり固まっていたヘアの表情筋がほろほろと解けていった。
やはり彼女は笑顔のほうが映える。
「それにしても……気を悪くしたなら申し訳ないけど、あの伯母さんはちょっと酷いね。暴力も振るうようだし、あの態度もね……」
「ご、ごめんなさい」
「いや、ヘアが謝ることじゃないんだ。ただ、ちょっと心配だったから」
「気を遣ってくれて、ありがとう。うん、でも大丈夫。それにね、確かに厳しいけど伯母は私の恩人だから」
「恩人?」
「うん。実はね、私の両親、行商をやっていたんだけど、盗賊団に襲われて、それでね、亡くなってしまったの……」
それを聞いて、カルタは神妙な顔を見せる。ただ、珍しい話ではない。この世界、魔物や盗賊に襲われて死ぬことなど普通にありえるからだ。
「だけど、私だけは気を失っていただけで助かったの。盗賊は死んだと勘違いしたんじゃないかって。運が良かったんだと思う。でも、両親を亡くして私どうしていいかわからなくて、そしたら遠く離れた地で暮らしていた筈の伯母さんが飛んできて一緒に泣いてくれて、よく頑張ったね、後は私に任せなって……それから父と母が残してくれたこの宿の事も引き受けて私の面倒も見てくれているの」
だから、確かに厳しいところもあるけど感謝をしている、とヘアは言う。
しかし、カルタは逆に釈然としない思いでもあった。わざわざ彼女のために駆けつけてくれた、そんな伯母にしてはあまりに彼女への当たりがキツすぎるからだ。
だが、それに関してもヘアは説明をしてくれる。
「伯母が今、私に厳しいのは仕方ないの。だって私、この間十五歳になって成人の儀を受けたのだけど、その時神託で授かったスキルが【紙使い】だったのだけど、まるで役に立たなかったから――」
それを聞いたカルタは、何故か妙な胸騒ぎを覚えるのであった――