第74話 マスターの事情
「まさかここのギルドマスターがシルビアのお父さんで、しかもマスター不在が続くとギルドの資格が剥奪されるとは……」
「ご、ごめんなさい! 本当はもっと早く伝えておくべきだったんですが……」
「いやいや、俺達も納得したつもりでそこら辺ないがしろにしていたところもあるかもしれないし。タイミングだって悪かった。君が謝ることじゃないよ」
シルビアがしゅんとしてしまっているけど、彼女がまだ何かいいたげだったタイミングで奴らがきたからな。
「それにしても、父親がギルドマスターならなんで自分からそんな強制労働に出向くみたいな真似したんだ? そんなことしたらギルドがなくなりかねないってわかりそうなものだろ?」
ドヴァンが首をかしげる。
「それに、担保の件もあるでゴブりますな。なぜギルドを守るべき立場の者が借金の方にギルドを失うような契約を?」
「きっと、何か事情があってのことじゃないのですか?」
「あぁ、ヘアの言うように、何か詐欺まがいの真似をされたとか考えられそうだ。あの連中もまっとうな相手に思えなかったし」
俺の考えにドヴァンもジェゴブも確かにと頷いた。そもそもこの借金も本当に支払う必要のあるものなのか? 疑問が残る。
「……その件なのですが――実はこのギルドを1番手放したいと思っているのは……その父なのです」
「え? シルビアの、お父さんが?」
一瞬聞き間違いかと思ったが、シルビアの様子を見るに間違いないようだ。
「なんでまたそんなことを……」
「それはお父様から直に聞いたことなのでゴブりますか?」
「はい。父は借金の為にこのギルドを出ていく際、言っていたんです。このギルドは借金の返済の為に明け渡す。私はもう冒険者なんてくだらない仕事に縛られず自由に生きろと……」
そんなことが……それにしても仮にも冒険者ギルドのマスターを務めた人が冒険者をくだらないなんてな――
「それは、何か理由があるのかいシルビア?」
「……父は、【血の終日】の経験者なのです」
「血の終日……7年前のアレか」
血の終日――この大陸で暮らすものならば誰でも知っている最悪の日。東西冷戦を招いたきっかけと言える出来事だ。
現在このスキルスキナ大陸では勢力が二分した状態が続いている。大陸の丁度中心部から割るように続いているラインウォズ山脈から西と東ではっきりと勢力が分かれている形だ。
このうち東側は俺たちが暮らすここサンシャイン王国が発端となって築かれた東部連合がある。
サンシャイン王国の君主であるアーサー一族は古くから穏健派として知られていた。もちろんかつては大陸の東側でも激しい戦が相次いだこともあった。
しかし戦火が拡がるごとに増大する被害を憂い、争いは破壊と死しか生み出さず、争いで喜ぶのは死神だけだ、と訴え戦いより協和の道をと根気よく各国に講和を求め、そして東部連合を結成した。
一方で西側には東とは真逆のやり方で領土そのものを広げていったサンセット帝国が存在する。とくにサンシャイン王国とサンセット帝国は国境を接している為、東部連合結成後も度々争いがおきていて、そして遂には大きな戦争が勃発。
4年の間で互いに大きな犠牲を生んだが――シルビアの言っていた血の終日。この日、先ずは帝国による進撃サンシャイン王国の兵士の実に2万人もの命が奪われた。
だが、直後直接出向いた当時のアーサー王の出撃により帝国兵に5万人の犠牲が出たわけだが――しかしアーサー王が前線で奮闘している間に帝国の伏兵が連合国の一つであるダムズ公国に攻め込み、主要都市の一つを殲滅。地図上から跡形もなく都市が消え、23万人の命が奪われた。
アーサー王はこの時点で半日で更に10万もの兵と100を超える将校を討ち取っていたというが、これ以上続けても互いに犠牲が増えるばかりで意味がないとし、帝国側も要所となる砦を失いたくはないという理由から、停戦協定を結ぶに至った。
しかしその日たった1日で4年間で損なわれた戦死者を遥かに超える40万もの犠牲者が生まれた。戦火に見舞われた数多くの村や町が地図上から消える事となり、それゆえにこの日が血の終日と呼ばれるようになったわけだ。
この話、犠牲者は勿論だけど、この日のうちに5人の王の子供のうち3人が戦死したのもあって大騒動になっていたんだよな……俺はまだ8歳だったけどそれはなんとなく覚えてる。
しかもこれだけの犠牲者を出してしまった責任を取って当時の王は退位し、まだ15歳だった3男が急遽戴冠することになっとわけだし。
まぁそれはそれとして――
「シルビアの父親はあの日の経験者だったのか」
「はい、しかも最前線で戦ってました。当時から冒険者は戦争への参加を強要されないというルールがあったのですが、やはり国のことですから自分の力が役立つならと……当時最も信頼を置いていたパーティーと兄を連れて向かったのです」
「え? 兄?」
「……はい。私には兄が一人いました。ですが、兄は父と一緒に戦争に向かい――」
そこでシルビアが喉をつまらせる。それで俺たちは大体のことを察した。そしてなぜシルビアの父親が今のような状態になったかも。
「あの日、帰ってきたのは父一人でした。そして父は誰も守れなかったことを悔いました。それからです父が変わったのは……そしてこのギルドから冒険者が次々辞めていったのは――」
つまりそれでシルビアの父親は自暴自棄になってしまったってわけか。だけど――
「事情はだいたい判ったよ。でも、やっぱり納得できないし、何より俺はシルビアのお父さんにどうしても会ってみたくなったよ」
「え? 父に、ですか?」
シルビアの目が丸くなる。俺は首肯し。
「ギルドに入る身としてはシルビアの父でありギルドのマスターであるお父さんには挨拶しておきたいところだしね、て、そういえば今更だけど名前はなんていうんだろう?」
「あ、はい。そうでした。私の父の名前はレオン・ハートです」
「うん? レオン、ハート?」
「ドヴァン、もしかして知っているのか?」
「……あ、いや聞いたことがあったかなぐらいだ。結構有名だったりするか?」
「……そうかも、しれないですね」
何かシルビアの顔が浮かないな。何かあるんだろうか?
「とにかく、一度あってみたい。シルビア、お父さんがどこに行ったかはわからないの?」
「それが……行き先は一切教えてくれず、手紙はくるのですが、所在はかいていなくてただ、早くギルドは畳めとしか書かれてないんです」
「そこまで嫌なのか……」
「……もしかしたら、私は余計な事をしてるのかなって、心配になる時があります」
「それじゃあ困るな。折角ここならってギルドに決めたんだから」
「そ、そうですね。ごめんなさい」
「……それに、俺はどうしても君のお父さんが本気でこのギルドを手放したがってるとは思えないんだ」
「え? それは、どうして?」
シルビアがすがるような目で聞いてきた。勿論おれも確信があってのことではないけど。
「もし本当にギルドを残すのが嫌だったならとっくに手放してると思うんだ。だけど、ギャンブルに明け暮れて酒浸りになってもギルドは残し続けたんだろ? 今は借金の事があって手放せと言ってるかもしれないけどきっと本心じゃないと俺は思いたい」
「カルタさん……」
「そうだよ! カルタの言う通りだと私も思う。きっと手放せと言っているのはシルビアさんの事を思ってのことで、本音ではないんじゃないかな?」
「そう、ですね。私もそう信じたいです」
「決まりだな。これでギルドで何をすべきか見えてきた」
「うん? というと?」
ドヴァンが聞いてくる。なので俺はこれまでのことを頭でまとめた。
「今この挑戦者の心臓には3つ問題があると思うんだ。それを片付けないといけない」
「3つ、え~と……」
「先ず第一が3日以内に利息分の50万オロを用意するということ。第二が利息分を支払った後の借金について。第三がギルドマスターの居場所を突き止めること、この3点でゴブりますね」
「そのとおりだ。さすがだねジェゴブ」
「恐れ入りますでゴブります」
「なるほどな。しかし簡単ではないな」
「全てを同時には無理だよね」
「あぁ、だから優先順位的に先ずは利息分の支払いだな。50万オロを作らないと」
「その件は本当にありがとうございます。ですが、50万オロは大金ですが――」
「あぁ、それなら安心してくれ。手持ちで50万オロはないけど、俺達にはそれだけの金額になりそうな素材があるんだ」
「え? 素材ですか?」
「そう、素材だ。とりあえず馬車まで来てもらえるかな?」
「え? でも……」
「いいからいいから。馬車には竜の素材とかあるからねそれにレッドライジングも」
「え! 竜にレッドライジング!」
シルビアが驚いているな。やはりかなり貴重な素材なんだろ。そもそも竜が希少だから、それを売るだけでも下手したら500万オロいくかもな。
そして俺たちはギルドの隣に待機させていた馬車の中身を確認するのだが――
「え? お、おいおい嘘だろ! 竜の素材が、ない!?」




