第73話 シルビアの父親
「本当に何から何まで申し訳ありません……」
「いや、いいんだって。俺たちが好きでやってるんだから」
あれからシルビアは何度も何度も俺たちに頭を下げてきた。それぐらい申し訳なく思っているということなようだけど、俺たちだってこのギルドが借金の為に取られでもしたら行く宛もなくなるしな。
つまりこれは俺たちにとっても必要なことってわけだ。シルビアが気に病むことじゃない。
尤も、それはあくまで立て替えるという点においてだ。俺としては一応確認しておきたいこともある。
「ところでシルビア。そもそもどうしてこんなに借金があるんだ? そこだけはどうしてもきになるんだが」
「それはたしかにな。500万オロと言ったらかなりの大金だ。豪邸とまではいかないかもしれないが、都でもちょっとした家ぐらいなら建てられる金額だぜ」
「……それは――」
「カルタ、もしどうしても話したくなければいますぐでなくても……」
「あ、あぁそうだな。今みたいな事があってすぐじゃな」
「――いえ。大丈夫です。皆さんがここまでやってくれているのに話さないわけにはいきませんから」
ヘアはシルビアの気持ちを汲んで気遣ってみせたが、シルビアは息を整え、どこか決心がついたような表情を見せた。
「それなら紅茶をご用意致しますでゴブりますか?」
「あぁそうだな。俺も喉が乾いてきたし」
「うん、ジェゴブよろしく頼むよ」
「承知いたしましたでゴブります」
喉が乾いたというのはドヴァンなりに気を利かせたんだろう。シルビアだけだと逆に気を遣わせてしまうと考えたんだと思う。
ジェゴブは馬車から紅茶セットを持ってきて、手早く支度を進めてくれた。ヘアがテーブルを拭き俺たちが席についた。
そしてジェゴブが紅茶を入れてくれたのでそれぞれ一口頂き、聞く体勢にはいる。
「……借金のことなのですが、実は全て父の作ったものなのです」
「父親が?」
「また随分と大きな借金をしたものだな。一体何に使ったんだ?」
「それが、そのお恥ずかしい話なのですが、借金は全てお酒と賭け事で……」
うわ、これは駄目なやつだ。何かすごく嫌な予感がするぞ。
「とんでもない親父だな」
「そ、それでそのお父様は一体今はどちらに?」
ドヴァンは顔を顰め今この場にいないシルビアの父親を非難した。その気持ちは判る。
ヘアは表情を固くしながらも、借金の張本人の行方を聞いた。
「父は、もうこの街にはいません。そして今どこにいるのかは私にもわからないのです」
「なんてとんでもない親父だ! 娘に借金を押し付けてトンズラこくとは父親の風上にもおけねぇぜ!」
「あぁ、正直それで何故シルビアが全てかぶらないといけないのか、それに関しては俺も納得がいかない」
ドヴァンは今にも湯気を吹き出しそうな程の怒りを示した。彼も娘を持つ一人の父親だ。だからこそより許せないのかも知れない。
それは俺だって同じだ。俺は家族の本音を聞いて幻滅したたちだが、タイプは違うが子どもに全てをなすりつけるなんて間違っている。
「確かに許せない話でゴブります。こうなったら草の根を分けてでもこのジェゴブが探し出して見せるでゴブります」
「よくいったジェゴブ! 俺も手伝うぜ!」
「ま、待ってください! 違うんです! それは誤解なんです!」
「え? ご、誤解ですか?」
シルビアが声を大にして言った。ヘアが反問するが、一体何が誤解というのか?
今の話を聞いている限りではなんというか……シルビアとは真逆のダメ人間というイメージなんだけどな。
「はい。確かに父は借金をしました。ただ、今この場にいないのは逃げたからではありません。むしろ逆で父は自分が作った借金の責任を果たすため自らの身体をさしだしたのです」
「自らの身体だって?」
話がよくわからない方に転がってきたな。
「シルビアの父親は借金の型になるほどの価値があったということか?」
ドヴァンが聞くとシルビアは顎を引き。
「しばらく酒浸りの日々も続きましたが、父の腕は確かでした。だからその腕を活かして借金を返すため強制労働に行ってくると言い残して取り立て屋と一緒に出ていったのです」
「そ、そうだったのか」
だとしたら思ったほど悪い父親ではなかったのか? いや、でも借金を作ったのは本人だしな。
ただ、それはそれとして。
「でも、そうなるとますます疑問だな。父親は借金を残さなかったってことだよね?」
「それが……確かに父は自らの身体を資本として借金を減らす契約を結びました。ですが、それだけでは借金の完済とまではいかなかったのです」
「そういうことか。つまりその残りが……」
「はい、現在の500万オロということになります、だからこそ彼ら……ルクボッタ商会はこのギルドを明け渡せと言ってきているのです」
なるほどね。それにしても自らを借金の型にしてもまだ500万オロ残るって一体元はどれだけ借金あったんだよ……。
「ところでちょっと気になったんだけど、その父親はもしかして冒険者だったりするのかな?」
「…………」
あれ? 何か俯いて黙ってしまったぞ? まずいことを聞いてしまったのか?
いや、借金の形になるぐらいの腕前があったということはもしかしてそうなのかな? と思ったんだけど。
「ごめんシルビア。まずいことを聞いてしまったのかな?」
「い、いえ! 違うんです! ただ、その、あの――」
「おいおい、どうしたんだ一体? まさか人に言えないような仕事……盗賊とか言うんじゃないだろうな?」
ドヴァンの目つきが変わった。家族の事があってドヴァンは盗賊を恨んでいる。だから、まさかそんなことはないだろうと信じたいが。
「いえいえ! そんな盗賊なんてとんでもない! 父はそんな顔向けできないようなことはしてません!」
「そうか、それなら良かった」
「え、えぇ勿論盗賊ではありません。というか、カルタさんの言っていたことでもうほぼ当たっているようなものなのですが」
「うん? つまりやっぱり冒険者ということ?」
「え、えぇまぁ、そのですね。冒険者は冒険者でも、実は、このギルドのマスター、だったり……」
「あぁ。なんだそういうことか。それならって、ええええぇええぇえ!」
驚いた。思わず腰を半分浮き上がる体勢になって驚いた。
ま、まさかこのギルドのマスターがシルビアの父親とは。いや、別にそれ自体は問題ないんだけど……。
「ちょっと待てよ? このギルドのマスターはシルビアの親父で、でもその親父が今借金のおかげでいない。それなら今のマスターは誰なんだ?」
ドヴァンが小首をかしげる。その疑問は尤もだ。俺が驚いたのはそのことがあったからだ。
「単純に考えるなら、つまるところこのギルドには現在マスター不在で動いているということになるでゴブりますね」
「え~と、でも、マスターがいなくても冒険者ギルドは続けられるものなのですか?」
そこが1番の疑問だ。通常冒険者ギルドにマスターは必須なわけでマスターのいない冒険者ギルドなんて聞いたことがない。
「一応、長期不在という形で続けることは可能なんですが……ただ、それでも1年に一度あるギルドの定期更新の際にはギルドマスターが直接出向く必要があるのです……」
「それに出られなかったらどうなるんだ?」
「……このギルドは冒険者ギルドとしての資格を剥奪されます――」
マジかよ! おいおい、これ借金なんかよりそっちの方が問題あるんじゃないのか?




