第71話 ギルドの問題
挑戦者の心臓にズカズカと入ってきて、開口一番失礼極まりない言動を見せてきたのは、いかにもといった雰囲気のある柄の悪い男たちだった。
三人組で、一人は黒のスーツに丸い鍔のシルクハット。サングラスをしていてステッキで床をついている。
年の功は50代そこそこといったところか。後ろ髪が肩に向かって末広がりとなっている。黒髪だが一部白も混じっているようだ。
そしてサングラス男の右隣にいるのは荒れ地の中心に僅かに残った雑草のような毛を残した巨漢だ。革の鎧を身に着けているが、それも革だけではなく、脇や肩など部位の一部が鱗状になっている。
左隣には面長の男。左腕には半身程度なら軽く隠せそうな程の金属製の円盾を装着していて上半身にはチェインメイルといった出で立ちだ。
「いきなりやってきて随分な物言いだなおい」
三人組に真っ先反応したのはドヴァンだ。連中を射るような目で睨んでいる。
するとステッキを持った男が目を眇め、2人を促す。
「全く、邪魔な連中だ。おい」
「へい。おいお前ら、これからここにいるラッドリ様がそこにいる雌豚とお話されるんだ。わかったらとっとと立ち去れ」
「だいたいこんなクソみたいなギルドに用なんてないだろうが。邪魔なんだよ」
なんとなく予想はついたが、この連中はシルビアに話があるらしい。にしてもなんて言い草だ。
そんな連中に対し肝心のシルビアは眉を落としていてどう見ても好意的には思えない。
「なんで俺たちが出ていかないといけないんだ? 後に来たのはお前らだろ? しかも随分と好き勝手言ってくれる。そんな連中の言うことなんて聞くと思うか?」
「……妙だな。そもそもこんなギルドに客がいるということがおかしいのだが、一体お前らは何だ?」
「俺たちはこのギルドに所属する冒険者だよ」
「何だと?」
「ちょ、カルタさん」
「構わないだろ?」
困った顔を見せるシルビアだけど、ここまで来て引き下がるわけにはいかない。
それは他の皆も一緒だ。
「そういうことだ。自分たちのギルドに不審者が現れたらそれ相応の態度になるってもんだろ?」
「大切なギルドを馬鹿にされては黙っていられないでゴブりますからね」
「そのとおりです。さっきの発言も謝罪して欲しいです!」
俺たちはシルビアを庇うように三人組との間にたった。するとラッドリの左右に並んだ2人が顔を見合わせ――笑った。
「プッ、ブァッハッハ! おいおいマジかよ! こんな潰れかけのギルドにまだ所属しようとする馬鹿がいたなんてな!」
「全くだな。全く揃いも揃って可愛そうなことだ。どうせ他のギルドじゃ相手もされなかったような雑魚なんだろ?」
「違いねぇ。さっきから俺らを睨んでるその野郎なんて隻腕だしなぁ」
盾持ちの男がドヴァンを一瞥し蔑むように笑った。全くとことん腹の立つ連中だ。
「おい、俺の仲間を馬鹿にするな」
「は、馬鹿を馬鹿と言って何が悪い?」
「大体そんななりでどうやって冒険者やんだよ。遊びじゃないんだぜ? あぁ、でもこんなギルドじゃ仕事なんてこないし、ままごと遊びにはぴったりか! まともに戦えない隻腕でもフリなら可能だもんな!」
ドヴァンが前に出た。明らかに不機嫌だ。こんな奴らに好き勝手言われるのが耐え難いんだろう。
「……だったら試してみるか? そこまでいうからにはテメェらも多少はやれるんだろ? それともその盾や脂肪は飾りか?」
「あん?」
「脂肪だと! テメェこの野郎!」
盾持ちの目つきが変わる。巨漢についてはどうやら体型を気にしていたようだ。確かに腹も随分と出てるしな。
「よさねぇか! こんな安い挑発に乗ってんじゃねぇ!」
もしかしたらこのまま荒事に発展するか? と思ったんだけどな。
ラッドリの一喝でそれも収まった。この様子を見るにこの三人の中で主導権を握っているのはこのラッドリという男なんだろう。
ギルドに入ってきてから口汚い言葉で罵り続けていたのは取り巻きと思われる左右の2人だ。
一方でこいつは俺たちを邪魔だとは言っていたが、それ以上のことは口にしていない。おそらく荒っぽいことは完全にこの2人に任せていたんだろうが、それを咎めたってことは、あまり面倒なことになるのは避けたいってところか。
「悪かったな。この2人、腕はそれなりに確かなんだが、血が濃くて口も悪いんだ。とは言え、俺としても文句の一つもいいたいところではあるがね。とりあえず説明して貰おうかい。なんでこんなギルドに見たこともない冒険者が増えているのか」
「おいおい、失礼って意味ならあんたも一緒じゃないか? 言うに事欠いてこんなギルドはないだろ?」
「それにここは冒険者ギルドでゴブります。冒険者ギルドに冒険者がいて何か問題が?」
「やれやれ、こっちはそこのシルビアに聞いてるんだがな」
シルクハットを手をやり、嘆息混じりに男が言う。
「まぁいい。俺が言いたいのは、うちから散々借金しておいて、冒険者なんて増やす余裕がどこにあるのかって話だ」
「……借金?」
俺がシルビアを振り返ると申し訳なさそうにうつむいていた。なるほど、最後に言おうとしたことはもしかしたらこのことだったのかも知れない。
「その様子だと、どうやら借金のことについては何も聞かされていないようだな」
まぁ……正直言えば正式な登録手続きも終わっていないし、話を聞く前にお前らがやってきたからな。
「へっ、つまりそこの女は借金のことを隠してお前らをギルドに加入させようとしたってわけか」
「それは違う」
「そうです。私達は望んでここに来たんですから!」
「ふん、そんなことはどうでもいい。問題は借金があるのにそんな冒険者を引き入れたってことだ。そんな余裕があるなら返済に当ててもらいたいもんなのだがね」
「お前らどうかしてるんじゃないのか? 借金があるならそれこそ冒険者が必要だろ」
「そのとおりでゴブりますね。冒険者がいなければギルドは仕事がこなせません」
ドヴァンやジェゴブの言うとおりだ。冒険者が誰もいなければギルドとして機能出来ず、当然依頼も請け負えない。
「今現在仕事が有り余ってるようなギルドならその理屈も通るだろうよ。だが、見たところこのギルドには依頼の一件もきちゃいない。そんな状況で冒険者なんぞ入れたところで経費を圧迫するばかりで意味がない。そんな金食い虫を増やすぐらいなら借金を返すかそれが出来ないならとっととギルドを締めて土地を明け渡して欲しいのだがね」
「おいおい、土地を明け渡すって穏やかじゃないな。大体その借金てのは幾らなんだよ? 10万か? 20万か?」
「500万オロだ」
「なんだたった500,500万!?」
ドヴァンが素っ頓狂な声を上げた。ヘアもあわあわ言ってる。俺も正直驚いた。500万なんて見たこともない金額だ。
「なぁシルビアさんよ。あんたもこんな機能してるんだかしてないんだかわからないギルドにこだわり続けても仕方ないだろ? こっちとしてもこれ以上返済を待ってられないんだ。この土地は借金の担保にもなってるんだ。とっとと明け渡して楽になったらどうだい?」
借金の担保だって!? おいおい冗談だろ? 折角このギルドでやっていくと決めた側から、ギルドがなくなるのは流石に勘弁願いたい。
だが、そこでシルビアがすがるような声を上げる。
「それだけは、どうかそれだけは! もう少しだけ待って頂けませんか! そのためなら私、なんでもしますから!」




