第70話 頑なだよシルビアさん!
「あの、お気持ちは嬉しいですが、その、ご、ごめんなさい!」
「「「「ええええぇえええぇえええええぇえええぇええええぇ!?」」」」
俺たちが賞金首にされていた事件も一旦落ち着き、何かと助け舟を出してくれていたシルビアのギルドに所属しようと決めたわけだが。
しかし、ギルドに入りたいと申し出た俺たちに返ってきた言葉は、なんとごめんなさいだった。
「本当に、本当にごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさーーーー!」
そしてめちゃめちゃ頭を下げられた。ここまでされると何か逆にもうしわけなく思える。
まぁ……勿論俺たちだって絶対にここなら所属させてくれる! と確信していたというわけではない。だから、断られるって可能性も多少は……いやすみません、あまり想定してませんでした。
「いや、何か逆に申し訳ない。ただ、理由を聞いても?」
とにかく、せめてそのわけぐらいは教えてほしいなと思った。それはきっと他の皆も一緒だろう。
俺たちがここに所属したいと決めたのは、あの一件もあって、シルビアと心が通じ会えたような気がしたから。そして彼女とならいい関係を築けると思ったからだ。
勿論、その考えを押し付けようなんて思ってないけど、もしかしてシルビアは違ったのかな? とどうしても気になってしまう。
「理由ですか……そうですね理由ぐらいは話しておかないと失礼ですね」
「いや、失礼なんてことはないし、思ったことは遠慮なく言って欲しい。力不足と思ったとか理由がわかれば俺たちも直せる点があるかもしれないし」
「力不足なんてとんでもない!」
後頭部を摩りつつ答えた俺だったけど、シルビアがぐいっと前のめりになりそれを否定した。ち、近い顔が、ちょっと照れる。
「……むしろ、逆なんです」
「逆?」
反問する形になる。しかし、この場合の逆というと……。
「皆さんこのギルドを見て何か気づきませんか?」
そしてシルビアのさらなる問い。気づくこと、う~ん、そう言われてしまうと。俺たちはキョロキョロとギルド内を見回してみる。
「ま、パッと見で判ることと言えば随分とガランとしていて寂しいギルドだなってことだな。俺たち以外誰もいねーし」
「ど、ドヴァン、はっきり言い過ぎ。悪いですよ」
「ハッ、す、済まないお嬢! つい思ったことをそのまま口にしてしまった!」
「あまりフォローになってないでゴブりますね」
本当ドヴァンは遠慮がないな。でもそこがドヴァンのいいところでもあるんだけど。
「いえ、ドヴァン様の言うとおりです。見ての通りですがこのギルドには私以外誰もいません。だからこそ本来であればどこのギルドも依頼を求める冒険者で溢れるこの時間にもかかわらず、誰一人このギルドに来ていないのです」
……実際、俺もギルドに入ってすぐ気になったことではある。村に来ていた冒険者に聞いていた時も、ギルドが混むのは朝と夕方の数時間だと。
朝はギルドから依頼を受けるために冒険者が集中し、夕方は依頼をつまり仕事を終えた冒険者が報告と報酬受取りの為に集中するからだ。
だけど、今はまさにその本来なら忙しいはずの朝の時間なのだが、確かに誰一人として見当たらない。冒険者の姿が全く見られないんだ。
「……僭越ながら私からも忌憚なく述べさせて頂くなら、みたところ本来なら当然依頼書が貼られていて然るべき掲示板にすら1枚も依頼書が貼られていないのが気になるところでゴブりますね」
「ジェゴブ様のおっしゃられているとおりです」
そういってシルビアはどこか自虐的な笑みを浮かべた。
「もうお判り頂けたかと思いますが、実はこの挑戦者の心臓は今や開店休業状態。つまりギルドとしては全く機能していないのです」
「ギルドとして機能して、いない?」
「はい……」
俺から目をそらしうつむき加減で答えるシルビア。そしてそれこそが、俺たちのギルド加入を断った理由らしい。
「先程もいいましたが、そういうわけなので皆様を受け入れるにはこのギルドではあまりに力不足。私の目から見て、皆さんの実力は間違いなく本物です。その才能を、このようなギルドで埋もれさせるわけにはいきません」
胸の前で拳を握り、どこか淋しげな顔で言葉を続けていく。
「きっと皆さんならもっとふさわしいギルドがあるでしょう。それこそ英雄豪傑から声が掛かってもおかしくない程だと私は信じてます。だから、どうかここのことは忘れて皆様にあったギルドを選んでください」
「一応確認だけど、シルビアが俺たちを受け入れられない理由は、現在ギルドとして活動出来てないからってことなんだな?」
「はい。そのようなギルドに来てくれとはとても言えませんから」
「俺たちの事が気に入らないとかこのギルドにはふさわしくないとかそういう理由ではないんだね?」
「そんな! 滅相もありません! むしろ皆さんがこうしてギルドまで来てくれて、うちに入りたいと言ってくれただけで光栄です! それだけでもう十分です!」
「そうか、ならよかった」
「はい、ですから心置きなく他のギルドへ」
「あぁ、これで俺たちは心置きなくこの挑戦者の心臓に入ることが出来る」
「ふっ、なるほどな確かにそうだ」
「はい! 嫌われているかと思って心配になりましたが、それなら問題ありませんね!」
「えぇ、光栄とまで申されているのでゴブりますから、逆に入らなければ失礼にあたるというもの」
「……はい?」
キョトンっとした顔でシルビアが首を傾げた。俺たちが何を言っているのかすぐには理解が出来ないって感じだけど。
「シルビア、俺たちはそんな小さな理由で諦めるような志でここにきたわけじゃないんだぜ? 見くびってもらっちゃ困るよ」
「え? え? ですが、今このギルドには冒険者が一人もいないんですよ?」
「だから俺たちが入る。それで問題ないだろ?」
「ぎ、ギルドだって見すぼらしいですし、あっちこっちがたがきていて、薄汚れていますし」
「私、頑張って掃除しますね」
「こうみえて大工は得意な方だから任せとけ」
「で、でも! 見ての通り依頼だって一件も入ってないんです!」
「そうでゴブりますね。それなら私は一件でも多く依頼が届くよう宣伝活動を頑張らせて頂くでゴブりますよ」
「……そんな、どうしてそこまで?」
「俺たちがシルビアを気に入ったから。そしてシルビアがいるこのギルドで冒険がしたいと思ったから。それじゃあ駄目かな?」
「ま、あんたには助けてもらった恩もあるしな」
「はい! おかげで私も売られずにすみました!」
「馬車もしっかり見ていただきシルベスターも喜んでおりました。動物というのは人を見る目があるのでゴブりますよ。シルベスターが認めたなら間違いありません」
俺たちの意見は一致している。正直例えシルビアに嫌われていたとしても、その原因を聞いて直すよう努力しただろう。
ましてや俺たちを光栄と思ってくれるほど評価してくれているというのに入らない理由がない。
「……皆さんは勘違いしてます」
「勘違いというと?」
「私が皆さんを助けたと言いましたが、それは、それは本当は違うんです。実は本来なら私のスキルで占えば、皆さんをあのような目に合わすことなどきっと、なかったはずなんです」
「いや、でもあのときシルビアが俺たちを助けてくれたことは事実だし、その後も色々と助けになってくれたじゃないか」
「確かに、あの時私はみなさんを占い助けに向かいました。でも、実はあの時私は思ってしまったのです。もしかしたらここで助けることが出来れば……このギルドに加入してもらえるんじゃないか? そうすればまたこの挑戦者の心臓を再開できるんじゃないかって」
「それなら、むしろ何も問題ないじゃないか」
「だな、現に俺たちはこうしてこのギルドへの加入を望んでるわけだし」
「違うんです。私が考えたのはつまりは打算……助ける代わりに見返りを求めた恥ずべき所為……私の占いは私利私欲のために使ってはいけないという誓約があります。だからこそ、私の占いは完璧には当たらず、皆さんを危険な目にも合わせた。後から思い返してみて私は恥ずかしくなりました。なんて姑息でズルい女なんだろうって。だから、こんな私に皆さんはふさわしくな――」
「打算の何が悪いんだよ」
「え?」
「いいじゃないか別に打算でも。理由はどうあれシルビアは俺たちを助けてくれた。それに、例え打算だったとしてもそこでこうやって出会いが生まれつながりができたんだ。だったら問題ないって」
「そうですよ。それに、世の中に完璧な人なんていません。それに私からすればその程度のこと打算でもなんでもありませんよ」
「よく言いましたお嬢! 本当にそのとおりだぜ!」
「そもそも冒険者なら何かを行う為に対価を求めることなど何の不思議でもないでゴブります。何も気に病むことなんてないと思われますが」
「……皆さん――」
「シルビア、もう何を言っても無駄だぜ? 俺たちはもう決めたんだ。そんな、他に冒険者がいないとか依頼がないとかギルドの手入れが必要とか、打算だったとか本当ちっぽけな話だよ。そんなことじゃ俺たちの気持ちは変わらない。だから、俺たちをこのギルドにいれてくれ。いや、入る!」
「そ、そんな、そこまで、そこまで……」
シルビアが涙ぐむ。もしかしたら彼女にも色々思うところはあったのかもしれない。色々悩むこともあったのだろう。
でも、だったらもう一人で悩む必要なんて無い。問題があるなら一つ一つ片付けていけばいい。一人で無理なことでも、仲間がいればきっと乗り越えられるんだ。
「皆さん本当にありがとうございます。その気持ちはすごく嬉しいです。でも、でも……」
「でもじゃないって。大体さっきシルビアは英雄豪傑の名前をだしたけど、もうあそこは断ってしまったんだ。だから、ここが駄目だと本格的に行く宛がない」
「え? ええええぇえええぇえ! 英雄豪傑を、断ったんですか!?」
涙から一転、驚きの表情に変わるシルビア。アワアワと両手を振り回している。
「そう、だからさ俺たちを助けると思って、あ、でもこれだと俺たちが打算的かな?」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
「なるほど、このような打算的な我々を迎え入れてくれるギルドなど、きっと他にはないでゴブりますな」
「う、うぅ、何か反撃されてる気分です」
「ま、意趣返しってやつだな。あんたもいい加減あきらめるんだな。俺たちはしつこいぜ? 一度食らいついたら離さないからな」
「うぅ、でもでも」
「……もしかしてまだ何か懸念材料があったりするのかな? だったらもう全部話してしまいなよ。俺たちで出来ることならいくらでも協力――」
「邪魔するぜ」
俺たちがシルビアを説得していると、何者かの声が背後から聞こえてきた。どうやらお客さんのようだが――
「うん? おいおい見てみろよ! こんなクソボロい廃業寸前のギルドに人がいやがるぜ!」
「全く信じられないな。こんな吹けば飛ぶようなオンボロギルドにまだ出入りしてる馬鹿がいるなんてな」
うん。どうみてもただの客じゃないな。それにしてもシルビアの様子から、何か他に心配事があるんじゃないかと俺は推測したわけだが――どうやらその理由が向こうからわざわざやってきたようだ……。




