話中話
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「あの男、少しは警戒しておいた方がいいかもな――」
ギルドに戻ったゲネバルは、己の右手をまじまじと眺めながらそんなことを口にした。
秘書として、懐刀として、常にゲネバルに寄り添うセクレタが、一歩前に出て言葉をかける。
「お言葉ですが、そこまで気にするような男でしたでしょうか? まだまだ子ども同然で、彼我の力の差も考えず無手っ法に向かってくるだけの愚か者にしか思えませんでしたが」
「……これが何に見える?」
おもむろにゲネバルが手を翳し、セクレタに問いかけた。目を丸くさせた後、眼鏡をクイッと上げ一考する。
「……もうしわけありません、右手にしか見えませんが」
「そのとおりだ。右手だ。そして、あの時、あいつの拳を受け止めた右手だ」
「……マスターに殴りかかるなど万死に値する行為です。命じて頂ければいますぐにでも始末にいきますが?」
「全く、お前は私に本当に忠実だな。だが、言いたいのはそうではない。まだ、痺れているのさ」
腰の刀に手をやり、物騒なことを言い出すセクレタだが、ゲネバルはフッ、と笑みを浮かべた後、己の指を動かしてみる。
だが、どことなくぎこちない。
「まだじんじんしていてな。あの時、あいつが見せた力、正直あれは未知数だ。特に最後に見せたアレは、一瞬にして戦闘力を跳ね上げた。今はまだ取るに足りん相手だがな」
「……マスターにそこまで言わせるとは――」
「セクレタ、お前も油断していては足をすくわれかねないぞ。あのドヴァンという剣士にしても、髪を操る女や妙なゴブリンにしてもだ」
「しかし、あの隻腕は確かに並よりは上ですが、正直恐れるに足りません」
「目釘を改めるんだな」
隻腕の剣士であるドヴァンを相手したのはセクレタであった。差別的で野蛮な男が嫌いな彼女はドヴァンに良い感情は持ち合わせていない。
第一印象からして最悪であった。その上で剣の腕でも圧勝だったと自負している。
だが、ゲネバルに指摘され、愛用の刀の目釘を確認しその表情が曇った。
「小狐丸の目釘が、折れている?」
セクレタの愛刀『小狐丸』はブシドスキナで打たれる多くの刀の中でも名刀と呼ぶにふさわしい業物である。
当然、目釘一つとってもそう簡単に折れるものではなく、普段から手入れを欠かさないだけに脆くなって自然と折れたとも考えにくい。
「まさかあの時……」
セクレタの脳裏に過るのは、ドヴァンの剣が折れる直前に放った一突き。完全に抜刀であわせたつもりだった。実際あの男の剣は粉々に砕け散った。
だが、あの一撃による衝撃は刃を伝って目釘に届き、そして折ってみせた。たかが目釘、されど目釘。
それに、ドヴァンの所持していた剣はそれなりの代物ではあったがあくまでそれなり。セクレタの小狐丸に比べたら相当落ちる代物だ。
にもかかわらず――もしドヴァンがセクレタと同程度の得物を持っていたなら、果たして結果はどう転がっていたか。
「お前もまだまだだな」
「不徳の致すところでございます」
神妙な面持ちで頭を下げるセクレタ。その拳は固く握られぷるぷると震えていた。
「先程も申し上げましたが、不穏な存在であれば早めに始末しておくのも手かもしれません。何か手は打ちましょうか?」
「……今はやめておいた方がいいだろう。今回のことでうちも目をつけられた事は間違いないからな。派手な動きは暫く控えるべきだ。英雄豪傑にしても、嗅ぎ回ってきているようだからな」
正直いえば、今回の作戦は色々と手を回した割に実入りは少なかったと言える。とは言え、多少なりとも英雄豪傑の名声に傷はつけられたかも知れない。
尤もこんなものはゲネバルにとっては余興にしか過ぎず。
「さて、そろそろ来る頃か」
ゲネバルが視線を扉に向けると、図ったように扉が開き、二人の男が入ってきた。
「よぉ、来てやったぜ」
「……」
二人の内、一人は3mは優にある大男。頭には牛の角のようなものが生えた鉄兜。そして巨大な戦斧を肩に乗せている。
もう一人は細身の人物で緑色のローブに包まれている。フードを目深に被っていて先端が竜の頭のように象られた杖を握っていた。
「あなた方がマスターの言っていたふたりですか。私は秘書のセクレタ・サイレスです」
「ふ~ん、中々の美人だな。夜の相手はしてもらえるのかい?」
「……差別的で下品な男ですね。もしマスターに雇われたのでなければたたっ斬っているところです」
「なるほど、中々勇ましい女だな。気に入ったぜ、俺はガリラ族のカプラカン・ル・ド・バッシュルーバーだ」
「魔導師のドラコ・トエリクだ。知っていると思うがな」
ふむ、と顎を擦るゲネバルの前まで二人が近づいていく。カプラカンを名乗る大男が踏み出すごとにズシンズシンと巨人の行進のような足音が鳴り響き部屋が揺れた。
「ふむ、体格を変化できるということは聞いていたが、重みは変化しないのかな?」
「あぁ、俺の『自由自体』は、質量は変わらないからな」
「元は何メートル級なのかしら」
「10mはあるさ」
「流石にギリアンよりでかいな」
「当然だ。あんな劣等種と一緒にされちゃたまらねぇぜ!」
ふんっ! と強く鼻息を吹き出し叫んだ。
「先に伝えておきますが、ギリアンは任務に失敗したので私の方で始末させて頂きました」
「ガハッ! そうかあの野郎は死んだか。あいつはガリラ族の恥さらしだ! もしまだおめおめと生きてるような事があったらこの俺様が自ら始末していたところだぜ」
同胞が死んだと言うのに、カプラカンは嘆くどころか死んだことを歓迎している様ですらあった。
ガリラ族にとっては力こそが全てだ。弱き者に生きる資格はない。ギリアンはただでさえガリラ族の中では体格にも恵まれず、村からも逃げるように出ていった存在だ。彼らにとっては恥さらし以外の何物でもないのだろう。
「そこまで言うからには、相当腕に自信があるということかな?」
「なんなら今すぐあんたとやりあって証明してやってもいいぜ? ガリラ族最強と謳われたバッシュルーバー家の実力を見せてやるよ」
「カカッ、いいね。中々頼もしい。だが今はやめておこう。これでも結構な金を掛けて作ってある建物だ。壊したくはない」
鼻息荒くさせるカプラカンであったが、ゲネバルは軽く躱し、その視線をドラコに向け直した。
「遠方のマギナスキナからようこそドラコ。歓迎するぞ」
「マギナスキナ? 別大陸じゃねぇか。こいつ俺様が話しかけても何も語りやしなかったが、そんなところから来てやがったのか」
「腕力だけが自慢のガリラ族はどうも苦手でな。そもそも話が合わんだろう。脳筋に魔法の話を聞かせたところで理解できるわけもない。それならゴブリンやオークにでも聞かせてやったほうがマシというも――」
その瞬間、部屋全体が大きく揺れ、床が陥没した。カプラカンの斧がドラコに向けて振り下ろされたからだ。
「おいおい、部屋を壊されるのは勘弁して欲しいのだがな」
「すまねぇな。馬鹿にされて黙っていられるほどガリラ族の男は腑抜けではないのさ。だが、折角海を渡って来たってのに殺しちまったな」
「勝手に殺すな。全く、これだから脳筋は」
「な、何? 馬鹿な! どこだ!」
「上ですよ」
キョロキョロとあたりを見回すカプラカンにセクレタが答えた。
上? と呟き、カプラカンが天井を見上げる。この部屋の天井はかなり高いが、天井スレスレにドラコの姿があった。
「な、なんだそりゃ? 背中に、竜?」
カプラカンが目をまん丸くさせる。天井スレスレでドラコは軽く上下に揺れていた。背中には小さな竜の姿。その前足で肩を掴み、翼をバッサバッサとさせて空中に浮かんでいる。
「それが、噂の竜造魔法か。それにしても随分と小さな竜も造れるのだな」
「あぁ。そこの脳筋みたくデカければいいというものでもない。このサイズの竜もこのように活用すれば十分役に立つ」
「てめぇ! いいからとっとと降りてこい! 今度こそぶっ殺してやる!」
「落ち着け。お前たちは二人共このギルドで雇う事に決めている。ドラコも大陸柄、魔導主義なのは判るが上手くやってくれ」
「……ふん、そこのデカブツが勝手に騒いでいるだけのことよ」
「なんだと貴様!」
二人の様子を見ていたセクレタがやれやれと肩をすくめる。
「ところでだ。確かに今回私はお前の依頼を受けたが、目的は金だけではない。そのことは判っているな?」
天井から降りてきたドラゴがゲネバルに問いかけた。表情は判らないが、突き刺すような声であり、彼にとってその事が一番重要なのであろうと察せられる。
「勿論だ。目的が達成できたあかつきには東の一部を開放しよう」
「ならばいい。そこのデカブツとも上手くやるさ」
「魔法しか能のない脆弱な奴が何の役に立つんだかな」
皮肉を込めて口にするカプリカンだが、ドラコは気にもとめていないようだ。
「それで、この国はどうかな?」
「そうだな。戯れに一体、造った竜を適当に泳がせたが、そこそこやる冒険者はいるようだ」
「なんだ? 偉そうなことを言ってやられたってことか?」
「戯れだと言っただろう? 余り物の素材で生み出した竜だ。むしろその程度で何も出来ないようでは歯ごたえがなさすぎる」
「なるほど……それで本気で生み出した竜ならどの程度の事が出来る?」
「素材次第だ。私の竜造魔法は素材次第で生み出せる竜のランクも変わる。先に言っておいたと思うが、素材の確保は出来ているか?」
ふむ、とゲネバルは顎を摩り。
「素材にピッタリの人材がいたのだがな。大事な部位が他所の手に渡ってしまった。今すぐ回収は少々厳しいが、直になんとかするとしよう」
「頼んだぞ。素材は保有魔力が高ければ高いほうがいい」
「ふん、面倒な魔法だな。そんなものより力ですべて破壊した方が早いだろう」
「これだから脳筋は。国を相手取ろうと言うのに個の力がどれほど強かろうと意味がないだろう」
カプラカンがギロリと睨めつける。この二人はどうにも水と油な関係なようだ。
「カプラカン、私はガリラ族の戦士の力にも当然期待している。そしてドラコの可能性にもな。安心しろ準備ができ次第、舞台はしっかり用意してやろう。勿論報酬分の仕事はしっかりとやってもらうがな……」
ゲネバルは不敵な笑みを浮かべて言った。今回起こした事件など、ゲネバルにとっては正に余興でしかなかった。そう、その目は更にその先を見据えていたのだから――
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購入特典についてなどは活動報告でも上げてます。
ツギクルブックス様にて特設ページを立ち上げて頂きました。キャラ紹介やイラストが見れますよ。
あとインタビューなんかにも答えていたり……下のリンクから見ることができますので興味がありましたら是非!