第67話 横槍
ソイの体が爆発した。あいつが何かを言おうとした直後のことだった。ソイは俺に何かを伝えたかったのか?
でも、こんな結果になるなんて。ゲネバルはソイの側にいた。俺はソイの手で範囲外に逃されたがゲネバルは爆発の範囲内だった。
だが――ゲネバルはそこに平然と立っていた。ダメージを受けている様子もない。元々のステータスが高いから、あの程度ではダメージを受けなかったということか?
すると、ゲネバルがニヤッと笑みを深くして、ソイの死を嘲笑うように言った。
「カカッ、まったく間抜けな話じゃないか」
「間抜け、だと?」
「あぁそうだ。結局こいつが処刑される未来に変わりはなかった。折角お前が庇いに出てきても、逆にお前を庇って死んでるのだから世話がない。貴様もとんだ無駄骨だったな。結局塵の運命は――焼却処分が妥当ってことだ」
これがこいつの本性だ。同じギルドのメンバーでも利用するだけの駒としかみておらず、必要なくなれば平気で処分などと口にする。
「俺は、自分のやったことが無駄だとは思わない」
「ほう?」
「ソイは……確かに死んだ。だが、あいつがやったことを無駄だなんて認めたら、死んだあいつが報われない。それにソイのおかげで俺は今この場に立っていられる。それは紛れもない事実だ」
「詭弁だな。結果が伴わなければあんなものただの犬死だ」
俺の心にあるのは確かな怒りだ。命を狙われた相手なのに、今、確かに俺はソイの死に憤りを覚えている。
そしてもやもやもしている。諸悪の根源は間違いなくこの男だ。だが、こいつが今この場で捕まることもなければ処罰されることもない。
これだけのことをしても、ギルドのマスターとして当然のことをしたまでと言って押し通してしまうのだろう。
だけど、やはり俺は――
「ゲネバル。やっぱ俺は納得がいかない。だから、俺を庇ってくれたソイへのせめての手向けとして――ブレイブハート!」
剣神の神装技。己の肉体を限界を超えて強化する。そして――
「お前の面を思いっきり、殴る!」
「な、に?」
ゲネバルの双眸が見開かれた。彼我の距離は一気にゼロとなり、跳躍しながらの俺の拳がゲネバルの顔面に振り抜かれる。
――ズガガガガガガガッ!
押し込まれた拳の圧力で、ゲネバルの巨体が引き摺られるように後ろに下がっていった。床がガリガリと削られていき、轍のように後に残った。
「ぐむぅ、少し驚いたぞ。ここまでやるとはな」
「くっ!」
唸り声を上げ、俺の拳を掴みながら射るような目で覗き見てくる。捉えたと思ったが、ギリギリのところで奴の右手が割り込んだ。顔面には届いていない。
だがブレイブハートの効果は続いている。もう一発くれてやる!
◇◆◇
sideドヴァン
俺の意識はかろうじて残っていた。全身が傷だらけで、出血も相当だろうが、俺の耳にはあの女の声も確かに聞こえる。
「勢い余って両方殺してしまいましたか。差別的な男の一人や二人いなくなったところでどうとでもなりますけどね」
「……待てや――」
だからこそ腹も立つ。勝手に、死んだとか決めてんじゃねぇぞ糞が!
「俺はまだ生きてる。なんだお前、相手が生きてるか死んでるかの判断がつかないのか? やはり女は目が曇ってるな」
気力を振り絞って、ゆっくりと立ち上がりながら、喧嘩を吹っかける。こういう言い方をすればこいつは。
「差別的ですね……そこまでして死にたいですか? 拾った命を無駄にするなど愚かなこと。まして貴方は既に剣もない」
へへ、やはり機嫌が悪くなったな。わかりやすい女だ。
「剣がなくても俺にはまだ両足が残ってるんだよ」
そうさ。俺の武器は剣だけじゃない。それに、このまま舐められたままじゃ終われねぇんだ。
「どうやら足の一本は覚悟してもらう必要がありそうね」
「やれるもんなら――やってみろ! 螺旋流破鎧術――」
「無音流抜刀術――」
セクレタが腰だめで構えを取り、俺は両足にありたけの氣を込め、地面を蹴りその距離を詰めに掛かる――
「そこまでだ」
だが、彼我の距離が近づく前に、爆発が俺の行く手を遮った。熱と衝撃に俺は足を止め、声の主を探す。
「くそ、邪魔しやがって。なんだテメェは!」
「黙れ。これ以上法廷を愚弄するな。もしそれでも戦いを続けるというなら、英雄豪傑所属のこのトリスが、力ずくでもやめさせるぞ」
◇◆◇
sideジェゴブ
「ぐふふっ、弱い弱い。弱すぎて歯ごたえがなさすぎる。ま、所詮臆病なリリパト族じゃこんなもんか」
「……そんなものですか」
「は? 何言ってるのお前。結局、何も守れてないくせに随分と偉そうだな」
オークが顔を見にくく歪め、小馬鹿にする様に言ってきたでゴブります。
ですが、この場であまり刺激しても仕方ないでゴブります。どうやらあまり頭は宜しくなさそうですし、一旦退く姿勢を見せておいた方が無難でゴブりましょう。
「……私もまだまだ未熟だったということでゴブリますね。残念ですが、これもあの男の運命だったのでゴブりましょう」
「おい、待て待て。何勝手に話を切ろうとしてるんだよ」
「……これ以上、貴方と話すことなどありませんでしょう。私は彼を守れなかった。それで決着はついたでゴブりませんか」
「ぐふふ、俺の気がすまないんだなこれが。それによく考えたら街中にゴブリンがいるなんて物騒な話だ。きっちりと退治しておかないとな」
「……そっちはオークの分際でよくそんなことが言えるでゴブリますね」
私もうっかりしてましたが、冷静に考えてみればオークにしろゴブリンにしろ、人間社会に入り込んでるのは妙な話でゴブります。
とはいえ、このオークは自分を棚に上げて何を言ってるのやら。
「俺はいいんだよ。認められて正式に冒険者やってるんだからな。だがお前は違うだろ? まだ冒険者にもなってないって話だ。つまり害獣として狩っても、文句はないよな!」
オークがまた、ミサイルと言っていた飛翔体を撃ってきました。全く手前勝手な解釈でゴブリますね!
「おっとこれを躱すか。さっきのやつよりは多少は追い詰めがいがあるなぁぐふふ――」
品のない笑い声を上げながら次々とミサイルを撃ってきます。速度は見切れる程度でゴブりますが、たとえはずれても床に当たった瞬間爆発するのは厄介でゴブります。
それに、今は狩りを楽しむぐらいの気持ちで、つまり遊び感覚のようでゴブりますが、パルパル相手に使った分裂するミサイルを使われると厄介――仕方ないでゴブりますね。
「まだ、未完成ではあったのでゴブりますがね……」
「未完成? ぐふふ! 何格好つけてるんだか。お前みたいな狩られる運命のモブが使うのは本当に大したことのない未完成に決まってるぐふふ」
「なら試してみるでゴブります――」
付与に使える本数を全て足にまわします。刺突の構えで、狙いはあのオークの胴体。
「行くでゴブります、レイル――」
「待つでにゃざる!」
覚悟は決まっていたでゴブりますが、突如目の前に煙が充満しました。何か黒くて丸いものが地面に当たったのが見えたのでゴブりますが、その球体が破裂し、煙に巻かれてしまったようでゴブります。
「ぐふふ、誰だ邪魔をしてくれたのは?」
オークが不機嫌そうに口にします。私としては、改めて少々冷静さに欠けていたと落ち着く間を与えてもらった気分でゴブります。
そして徐々に煙が晴れていったのでゴブりますが。
「この場はこの犬山 猫助の名のもとに、双方鉾を収めるでにゃざる!」
「にゃ~ん」
そう言って私たちの間に飛び込んできたのは、肩に小さな黒猫を乗せた犬顔の人物、そう。つまり人語を介すコボルトだったでゴブります。
◇◆◇
sideヘア
「ほら、痛い目にあいたくなかったらさっさと挺にそれを寄越しなさいな!」
「い、嫌です!」
私は必死に耳眼族のあの方が遺してくれたこれを守ります。そのために髪を盾に逃げようとしているのですが、鋏相手では分が悪すぎます。
限界まで硬度を高めても、あっさり切られてしまうのです。私のスキル髪使いは無制限にいくらでも伸ばせるわけではありません。
使用すればするほど、生命力は奪われ疲労感に襲われていきます。あまり無理しすぎるとまさに命に関わることもありえるでしょう。
でも、守りたい。これだけは絶対。だけど、このままじゃ……一体どうすれば――
その時、また髪の毛がゾワゾワする感覚に陥りました。何か、妙な力を髪の毛から感じます。
「こうなったら仕方ないわね。痛い目にあってもらうわよ!」
シザーの鋏がすぐそこまで迫ってきました。両手両肘と鋏に変えて、私が伸ばした髪を次々と切って……。
「え? どういう、こと?」
「切れてな、い?」
ところが、途中で鋏の動きが止まりました。私の髪の毛が遂に鋏の進行を食い止めたのです。
これには、私自身驚きました。一体何が? わかりませんが、何か髪が青いオーラのようなものに包まれている気がします。とにかく、今なら押しのけるチャンスかも知れません。
「はぁあああぁああ!」
髪の毛を拳に変えて、願いを込めて殴りつけました。これまでなら拳に変えても全て切り刻まれました。
現に今も、シザーは私の放った金色の拳を鋏でカットしようとしています。ですが、髪に刃は通らず、私の拳は振り抜かれました。
「ぐぼらぁ!」
シザーの頭上から斜めに振り下ろすように入った為、その体が地面に叩きつけられ大きくバウンドしました。
このまませめて気絶してくれるといいのですが。
「舐めるんじゃ、ないわよ~~~~!」
その考えは甘かったようです。シザーはバウンドした後、空中で回転し、全身からにょきにょきと鋏を生やし始めました。
回転力がすごすぎて、空中で静止してしまってます。嫌な予感がします。もしかしてあのまま突撃してくるつもりでしょうか?
あんなものを受けたら、今の状態でも流石に持たない気がします。
「こうなったらもう仕方ないわ! もしかしたら死んじゃうかも知れないけど、あんたの髪は私が形見に貰ってあげる!」
勝手すぎます。私の形見を勝手にもらわないで欲しいです。そもそもまだ生きてます。
「さぁ、いくわ――」
「残念だけどそうはいかないわ。これ以上やるというなら、私のフレイムナイトがその鋏ごと燃やし尽くすわよ」
「え? あ、これって……」
驚きました。いつの間にか周囲に炎に包まれた騎士が現出し、私とシザーを取り囲んでいたのです。
「な、何なのよこれ! あんた誰よ!」
「私? 英雄豪傑のスリーメンの一人紅蓮のアイシャだけど何か文句ある?」
その名前を聞いて、シザーの回転が止まりました。床に着地した表情には、驚きと悔しさが混ざり合っていました。
それにしても――綺麗な方ですね……。
◇◆◇
sideカルタ
「まだ、終わらない! うぉおおおおぉおお!」
右の拳は防がれたが、左がまだ残ってる。強化した力の全てをこの一撃に込めて、ぶっとばしてやる!
「馬鹿が、そんな下らない意地のために、拾った命を無駄にするとはな!」
ゲネバルも俺にカウンターを合わせる気だ。だけど、このタイミングなら絶対に俺のほうが早い筈だ!
「抵当権の行使――ショートカット」
な! こいつまた何かスキルを――俺のほうが早かった筈なのに、既にゲネバルの拳がそこまで、駄目だ、このままじゃ逆に……。
「やめんかこの馬鹿たれなのじゃぁああぁああ!」
だけど、ゲネバルの拳が俺に届くことはなかった。なぜなら、突如乱入した何者かの拳が、俺をぶっ飛ばしたからだ。
てか、い、いてぇ――な、なんなんだよ一体……。