第66話 意地
sideカルタ
「全く、どうやらどうあっても邪魔立てするつもりなようだな」
「……むしろ、どうしてそこまでこいつに拘る。後は裁判に任せればそれで済む話だろ」
「馬鹿を言うな。そいつは嵌められていた枷を破壊して暴挙に出たのだぞ? 放っておけば私だけではない、この街全体に被害が及ぶかもしれん。だからこそ冒険者として、そしてギルドのマスターとして責任を持って始末しなければいけないのさ」
「建前だろ。そんなものは。お前は自分の罪が明るみにならないよう、こいつを消そうとしているだけだ」
「またそのような妄言か」
「さっき言ってたよな?」
「うん?」
「ソイに向かって、与えられた仕事もまともにこなせなかった、とな。あんたが自分で言ったことだ。油断したな、俺はしっかり聞いたぞ」
俺が突き付けた言葉に、クック、と不敵に笑う。そして俺を見下ろしながらゲネバルが答えた。
「そんなものは何の証明にもならんな。冒険者ギルドなのだから仕事など幾らでもある。うちはこれでも中々多忙なギルドでね。それなのにまともに仕事をせず、こんな犯罪まがいのことに手を出したソイに憤りを覚えていたのさ。だからついつい口に出ただけだ」
ゲネバルの言う通り、こんな言葉一つでこいつらの正体が暴けるとも思ってはいない。だけどな。
「お前みたいのに好きなようにはさせない。こいつのやったことは許されることじゃないが、すべての罪を仲間に被せて我が物顔で振る舞い冒険者を語ってるような男が許されるわけもない」
「……何を言われようと、この場での正義は我にある。罪人をくだらない理由で庇う貴様と、愚かな罪人に制裁を加えようとしている私では、どちらが冒険者として正しいか聞くまでもないだろう」
「黙れ、お前が冒険者を名乗るな」
「……ははっ、何を言い出すかと思えば。私はマスターだ。これでもそれなりに大きな冒険者ギルドのな。冒険者としてのランクも――」
「関係ない」
「……何?」
「ギルドの規模とかランクとか、そんなものは関係ない。お前みたいな小狡いタイプは最も冒険者を語ってはいけない人間だ。俺が追い求めた冒険者像と全くかけ離れた人間だ。お前が冒険者だと? ふざけるな! 俺の冒険者への理想を――汚すな!」
「――カカッ、カカカ……」
ゲネバルが形だけの笑い声を上げる。だが目は全く笑っていない。
「全く、いい加減うんざりだな。お前の独りよがりな理想を――勝手に押し付けるな」
ゲネバルの拳が俺に向けて飛んできた。避けられる速度じゃない。もうこうなってはスキルを隠し続けてる場合でもないしそんな余裕だって無い。
剣神ノ装甲を纏った。抜いてる隙もない、鞘ごと正面に構えて受け止める。これまでの経験で俺だってレベルが上っているし、剣神ノ装甲を纏えば戦闘レベルは三倍になる。
俺の今の戦闘レベルは30、つまり剣神ノ装甲を纏ったことで戦闘レベルは90にまで上昇した。
にもかかわらず、その拳はあまりに重い。受け止めた剣ごと体がもっていかれそうだ。なんとかふんばり、堪らえようとするが、ミシミシと全身の骨が軋むのを感じた。
ゲネバルの拳が振り抜かれる。地竜の体当たりを受けたが如く、擦過音を残し、俺の体は強制的に後ろに持っていかれた。法廷の床に黒ずんだ二本の線が引かれた。俺の足跡だ。黒ずんでいるのは摩擦のためだろう。
靴裏から煙が上がっていた。奴の拳の威力をよく物語っている。もし神装甲を纏うのが少しでも遅れていたら俺の体なんてまさに紙のように吹っ飛んでいたことだろう。
「ほう……これは驚いた。私の拳に耐えるか。しかしやはりお前のスキルは紙装甲などではなかったか。だとしてもどんなスキルかと気になってはいたが――」
こいつは俺のスキルには最初から疑いを抱いていたのか。そして今も俺のスキルについて考えている。
俺は俺で、こいつのスキルについて知っておきたい。何せこいつはさっきから様々なスキルを使い分けている。一人一つのスキルの原則を無視している。
そういう相手は前にもいた。漆黒の避役の頭だ。あいつはものまねのスキルで他者のスキルや魔法を真似していた。
だが、このゲネバルはそれとは明らかに違う。気になるのはあの紙だ。どこからともなく取り出した紙と抵当権というのを行使するとスキルが発動される。
躊躇している場合ではない。明らかに格上だ。ステータスがどの程度かも把握しておく必要がある。
俺は装甲を知識神ノ装甲に切り替える。
「ふむ、見た目に変化があるな」
やはり目ざとい。だが、今の俺に必要なのはこいつを鑑定することだ。幸いあの一撃で彼我の距離が開いた。やるなら今しかない。【神鑑】だ!
――ズキンッ!
「な、あ、いた、目が、目がぁあぁああぁあああ!」
俺の目に激痛が走った。耐えきれず、思わず両手で目を覆う。
「……カハッ、なるほど鑑定か。だが残念だったな。時折いる、お行儀の悪い連中に対応するため、鑑定への妨害は常に心がけている。痛いだろ? それは中々効く」
くそ! こんな手があったのか。鑑定への対抗手段としては、ステータスをごまかす偽装。鑑定そのものを無効化する遮断。もしくは相手の鑑定そのものを封じるなどの手があるが、これらは相手のレベルや鑑定そのものの質次第で防ぎきれない場合がある。
だが、こいつがやったのは恐らく鑑定という行為そのものに対する妨害。鑑定しようとする相手の目に激痛を生じさせる。これであれは相手の鑑定の質など関係ない。
鑑定はその性質上かならず相手を視る必要がある。だが、この痛みではそもそも視る事が出来ない。俺の神鑑は優秀だが、発動出来ないんじゃ意味がないんだ。
「しかし、見る限り、お前のスキルにはかなり強力な強化、それに加え鑑定の力も備わっていると見える。もしかしたら他にも何か隠されている可能性もあるな。これは、異質で厄介だな。非常に――厄介だ」
背中が凍りついたようなゾクリとした感覚。そして明確な殺意を感じ取る。
まずい、こいつは今ここで俺を殺す気だ。今すぐ動かないと、だが、目に痛みが残っている。意識がそこに持っていかれ、体が思うように動かない。
「抵当権の行使――磨穿鉄拳」
な、なんだ? 何かギュルギュルと不穏な回転音が頭に響く。
くそ、だが、痛みが大分減ってきた。視界も開けてきた。後遺症が残るようなものではないようだ。当然か、いくらなんでも鑑定してきた相手の目を行儀が悪いなんていう理由で奪っていたら問題にならないわけがない。
とにかく、目を開けて相手をしっかり見ないと――
「お前は今ここで排除すべきだな」
正面に、ゲネバルの拳が迫っていた。しかも最初の拳とは明らかに違う。何せ拳が猛烈な勢いで回転しているんだ。空気を巻き込んで、拳がまるで竜巻のようになって俺に迫ってきている。
すぐに判った。これは喰らっては駄目なやつだと。何もなかった拳の一撃でもギリギリだったのに、こんなものまともに貰ったら俺の体が粉々に砕けてもおかしくない。
大げさかもしれないが、少なくとも貫通ぐらいは余裕だろう。剣で塞ぐ暇もないし防いでも剣ごと粉砕される可能性が高い。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい、とにかく動け! 動け俺の体! なんでだ! なんでこんな時に限って思うように動いてくれない。
駄目だ、もうこれは逃げられ――
「ぐふぉ!」
うめき声が漏れた。拳は見紛うごとなく、胴体を貫通していた。そう、俺の目の前で、奴の拳は止まった。突如俺の前に躍り出た、ソイの体を貫いて――
「……どういうつもりだソイ」
「……フフッ、見せてやったのさ、意地って奴を、な――」
「な! ちょ、おま、何やってんだよ!」
ゲネバルが腕を引き、胴体に風穴の空いたソイが膝をついた。口からも吐血し、一瞬にして床を真っ赤に染めた。この出血じゃ……。
「ふふ、某も、張ってみたくなっただけさ。テメェで殺そうとした相手に庇われて生き残るなんて、カッコつかねぇからな……」
息も荒い。体も震えている。このままじゃ――
「お、おい誰か! 回復を!」
「よせ、馬鹿。全く、どれだけお人好しなんだお前は……いいのさこれで……」
「そんなものがお前の意地かソイ」
冷たい目で見下ろしてくるゲネバル。それにソイはニヤリと笑って見せ。
「お前は、今、こいつを手に掛けようとしたな? つまり、お前はこいつに、恐れを感じたんだ。ククッ、そうさ。こいつは馬鹿だが、きっと今に化ける。俺を倒した男だからな。だから、これはあんたへの意趣返しだ」
「お、おい、もういいから喋るな!」
「へへっ、覚えておけゲネバル、今の青臭いコイツじゃまだまだお前には届かないが、いずれテメェの喉笛に噛み付く時が来る。ザマァ見やがれ。俺をだしにして殺る気だったんだろうが、お前はもう、ここではこいつは殺せない、さぁ! よく見ておけカルタ!」
ソイが槍を持ち、俺を思いっきり殴りつけた。完全に意表を突かれた。ゴロゴロと俺は転がされ、ソイとの距離が離れる。
起き上がり、アイツを見たら、口元を緩め。
「聞け! 裁判官ども! この事件! 俺たちを嗾けた首謀者は別にいる! そいつの名は――」
――ドゴオオォオオォオオオオオン!
それがソイの最後の言葉だった。爆発が起きたからだ。衝撃波が一瞬にして広がり、ソイの奴が、爆発して、消し飛んだ――