第65話 最速
sideドヴァン
俺と女の切り結ぶ音が鳴り響く。互いの剣戟がぶつかりあうたびに火花が散る。
だがなぜだ? 全く優位に立てる気がしねぇ。
「ちっ! ならこれだ! 螺旋流破鎧術捻氣百――」
その瞬間、ぞわりと冷たい手で背中を撫でられたような感覚。慌てて足を引っ込めたその場所を音もなく何かが通り抜けたのを感じた。
「――差別的な割に、反応だけはいいようね」
セクレタの腰の刀は変わりなく、鞘に収められたままだ。だが確実に抜いている。無音流の名の通り、音もなく切る抜刀術。
足技は危険だ。今のも本能に従ってなければ俺は片足さえも失っていたかもしれない。それにしても厄介な斬撃だ。
あれは俺でも抜く時に手がブレる程度しか認識できない。構えている間、迂闊に相手の制空圏に踏み込めば飛んできた斬撃に容赦なく切り刻まれることだろう。
たっぱの違いがある分、腕のリーチは俺のほうがあり、剣の長さも分がある。だから俺は相手の間合いの外から攻撃を仕掛けるのが基本となる。
だが、それは相手の抜きで全て防がれていた。後の剣であるにも関わらず、俺の斬撃は尽く軌道をそらされる。
しかもこの女、明らかに余裕を残している。
「こうなったら仕方ない。正直女相手に使うのは躊躇われるんだがな」
「女相手に? また差別的な発言ですか? 男だ女だとちっぽけな人ですね。世界中の女性からフルボッコにあってくたばればいいのに」
くそ、いちいち癇に障る女だ。しかし実力は本物。躊躇している場合でもないな。
「螺旋流破鎧術――竜巻横截」
間合いの外からの行使。直線上に伸びる竜巻が、セクレタに襲いかかる。これは流石に捌くわけにはいかないだろう。
だが、セクレタの姿が消えた。竜巻に呑まれる寸前に音もなく移動したんだ。
「そこだ! 螺旋流破鎧術――真空閃!」
判っていた。そんなことは判っていたのさ。竜巻横截は俺の技で最も威力が高いが、技の使用には溜めが必要で放つタイミングが読まれやすい。
当然、それを行使すればこいつは避ける――だが、そのためには相手は上か左右どちらかの選択肢しかない。後は注意深く見ておき、動いた方向へ向けてのカウンター。
真空閃はようは飛ぶ斬撃だ。竜巻横截のような溜めもいらず、速度も十分で速い。タイミングは完璧だ、これは避けられない。そう思った、そう避けられはしなかった、だが、俺の斬撃がセクレタに当たる直前、軌道が逸れ明後日の方向へ飛んでいった。
「おま……ソレを、受け流したのか――」
飛ぶ斬撃を、抜刀で軽々と……なんて女だ。
「やはりこんなものですか。所詮差別的な男なんてものは口ばかりで大したことないものです。もうこれ以上は時間の無駄ですね」
腰を落とし、構えを取った。彼我の距離は目算で7、8mは離れているが――何かが来る!
「無音流抜刀術――瞬火瞬凍」
「ガハッ!」
何だ今のは、一瞬にしてあの女が距離を詰めたかと思えば、熱と寒気が同時に全身を駆け抜け、俺の身が炎と氷に包まれた状態でふっ飛ばされていた。
「無音流の高速抜刀は、摩擦によって炎を生み、同時に瞬時に周囲の温度を奪い凍てつかせます。炎と氷の同時攻撃、差別的な男に耐えられるものじゃありません」
「――おいおいおいおい! テメェ何倒れてるんだ! 俺様に勝ったテメェが、何あっさりやられてんだよ!」
ギリアンの声が耳に届く。
「所詮その程度だったということです。お前も、この男も」
「く、くそが! だったら、だったら俺様がお前に勝てば、俺が一番だ!」
「愚かですね」
「グボオオォオォオオオ!」
「一体、何度同じことを繰り返すつもりですか? いい加減気づきなさい。所詮お前など、ほんの少し人より体が大きなだけの出来損ないでしか無いんだということに」
「あ、が……」
「いい加減鬱陶しいです。その首を刎ねれば、問答無用でおとなしくなるでしょう。さぁ、死になさい」
「――だから、やめろと言ってるだろうがぁあああああ!」
力を振り絞って立ち上がり、斬りつける。勝手なことばかり言いやがって。くそ、何だって俺はこんなに無理してるのか。
「……差別的な癖に、中々タフですね」
「はぁ、はぁ……」
なんとか割り込んだが、俺の斬撃なんて届きもしねぇ。
「いい加減理解に苦しみますね。黙って寝ておけばそれで良かった話ではありませんか。わざわざ痛い目に合わなくてもいいでしょう。どうせそんな塵はここで助けたところで死刑台おくりでしょう。私が殺すか、処刑されるかの違いだけです。貴方が庇う価値などないと思いますが?」
「うるせぇ勝手にきめんな」
「はい?」
「テメェが、命の価値を勝手に決めんなって言ってんだよ糞女が!」
「……なるほど、学習能力のない人ですね。ここにきてまだ差別的な発言を繰り返しますか。どうやら死にたいようですね」
セクレタが構えを取る。俺も迎え撃つ姿勢を見せた。こんなもの半分意地みたいなもんだ。この女の言うように、ここで凌いだところで処刑台に送られるのかもしれない。だけどな――
「やっても無駄だから、今助けないなんて選択は俺にはないんだよ。例え殺されかけた相手でも、今俺がやらせないと決めたんだ」
「そうですか。愚かですね」
「なんとでも言え。とは言え俺も限界が近い。だからこれで決める。これが、俺の最速の技だ」
「……差別的で最低な人間ですが、貴方の最速とやらには多少興味を持ちました」
これが決まらなければ、いやそんなネガティブな考えはなしだ。絶対に決める。
「行くぜ、螺旋流破鎧術螺旋燈突!」
――ピキィイイィイイン。
一瞬の煌めき。放った刹那最速に達する俺の突き。だが――セクレタの間合いに入った瞬間、俺の刃が粉々に砕け散った。
俺の最速の突きに、この女は抜刀で合わせ、俺の剣を砕いたんだ。
「残念ですがそれでは届きません。終わりです。無音流抜刀術――無音百刃」
一瞬にして無数の斬撃が俺とギリアン、双方の肉体を蹂躙した。くそ、ザマがないな、剣まで失っちまうんだからよ――
◇◆◇
sideジェゴブ
「ひ、ひぃひぃ、助けて!」
パルパルはさっきから逃げ惑うばかりでゴブりますね。それにしても、このオークは奇妙な武器をいろいろ出してきます。
一体どこにそんなに……いえ、きっとこれはスキルの一種なのでしょう。そうでなければ説明がつきません。
「ならば、これで如何でゴブりますか。ダッシュラッシングピアス!」
オークに向けて突きを連打します。ですが、オークは避けようともしませんでした。すべてを受け止め平然としております。
「ぐふふ、言った筈だろ? 俺のこの迷彩服にはあらゆる耐性が備わっているのさ。そんな突き程度、屁でもないさ。さぁ、これで終わらせるぜ!」
オークが今度は角型の箱のようなものを肩に乗せました。
そして引き金を引き――
「特製のミサイルを受けな!」
ミサイルと称された物体が飛んできました。ですが、それほど速度はありません。私は後ろのパルパルにも声をかけ逃げようとしますが。
「ぐふふ、弾けて広がれ!」
オークの声に従うように、ミサイルが突如分裂し、私の両脇をすり抜け、背後に重畳する爆発音。
振り返ると、もくもくと立ち込める煙。それが晴れた時、パルパルの姿はありませんでした。
「ぐふふ、悲鳴すらあげる間もなく、まさに木っ端微塵ってとこか」