第64話 馬鹿と鋏は使いよう
sideジェゴブ
どうにも見ていられなくなり、パルパルを庇うようにオークの前に躍り出た私でしたが、この喋るオークは突如転生者か? などと問いかけて参りました。
「転生者とは何の事でゴブりますかな?」
「うん? なんだよ違うのかよ。て、ことはゲーム的な進化みたいなもんか? 見た目も普通のゴブリンとはだいぶ違うしな」
顎を摩りながらオークの男がよくわからないことをいいます。尤も転生の意味は判ります。生物の魂は死後、その魂は神の国に誘われ新たな肉体を得て転生する。
そんなことはこの世界に生まれたものなら誰でも知ってることでゴブりましょう。しかし、転生したとしても普通過去の記憶などは失われるものです。
故に転生者か? などという質問そのものがナンセンスと言えるでゴブりましょう。しかしこのオークの口ぶりを聞くに、転生前の記憶を持ったまま自分は転生したみたいな素振りでゴブりますね。
「そういう貴方は転生者なのでゴブりますか?」
「まぁな。お前に言っても理解できないだろうが、俺はいわゆるチート転生者ってやつよ。ぐふふ、つまりだ、俺からすればお前は俺を引き立てるための噛ませ犬というわけだ」
噛ませ犬ですか……随分となめられたものでゴブりますね。ただ、このオークの力があなどれないのは確かです。
使用している道具類は私の知識にもなかったものでゴブりますしね。
「お、おい! おま、ちょ、待てよ! 弱い者いじめってなんだよ! ふざけんな!」
おっと、うっかりしてましたが、後ろからギャーギャーと喚き立てる声が聞こえてきましたな。
「これは失礼。ずっと逃げ回ってばかりに思えたものでゴブりますから」
「あ、あれは作戦だ馬鹿! あぁやって逃げながら作戦を立ててたんだよ!」
「それはそれは、ならば私の助けなど必要なかったでゴブりますね。それではどうぞお好きに」
そこまで言われるなら仕方ないでゴブりますからな。とっとと引き上げて他へ――
「ま、待て待て待て! そこはほら、折角こうやって出てきてくれたわけだし、オレっちを助けてくれてもやぶさかではないんだぜ」
やれやれでゴブりますな。助けが欲しいなら素直にそういえばいいでしょうに。
「ぐふふ、なるほどな。よく見るとお前ら似てるもんな。似た者同士助け合いってことかぐふふ」
「全然似てないでゴブりますよ。どこに目をつけてるのでゴブりますか?」
「いいねぇ! その三下っぽい台詞! まさにチート主人公にあっさり負けるモブって感じだ!」
こちらに太い指を向けながらまたわけのわからないことを。
「一体何を勘違いしているかわからないでゴブりますが」
「なぁ、さっきから言ってるゴブゴブって、それあれかい? メインの敵になる為のキャラ付けってやつかい? ぐふふ、いいねその無駄な努力」
「こう言ってはなんでゴブりますが、さっきから聞いていると貴方の方が小物っぽいでゴブりますよ。とても物語の主人公になれるタイプとは思えません」
「ぐふふ、でたよでたよ負け惜しみ。本当、これから俺にあっさりけちょんけちょんにされるとも知らないで」
どうやらよほどご自分の力に自信があるようでゴブリますね。
「そもそも、彼に戦意がない以上、攻撃する意味がないのでは? 今は裁判中なのでゴブりますよ。素直に神判に委ねるべきと思いますが」
「でたでたよぐふふ、無駄なあがきで油断させて、後ろからドーン! とやる気なんだろ? みえみえだってのぐふふ」
どうにも話が噛み合わないでゴブりますな。自分に都合の良い方向にしか考えられない方のようです。
「ぐふふ、ま、お遊びはここまでだ。ほら、パイナップルやるよ」
パイナップル? 暖かい気候の場所でよく育つという果物の事でゴブりますか。
不思議に思っていると、ひょいっとオークが何かを投げてきたでゴブります。ふむ、確かにパイナップルのような形をしているでゴブります。
ただ片手で握れるぐらいの大きさでゴブりますな。何やら投げる前にピンを抜いていたのが気になります。
どちらにせよ、危険な匂いを感じますな。素直にその場から離れるでごブリます。
――ドォオオォオオオン!
嫌な予感はしたでゴブりますが、随分と派手に爆発したでゴブりますな。衝撃波で眼鏡が飛んでいきそうでしたぞ。
私は片眼鏡の位置をくいくいっと直しつつ、横走するオークに目を向けます。不敵な笑みを零しつつ、変わった形状の武器を私に向けてきました。
飛び道具なのは判ります。弩のように引き金を引くことで鉄の破片が飛び散りました。点ではなく面の攻撃のようでゴブります。
あんなものを撃たれ続けるのも厄介です。仕方ありません。私は反撃の為に指を鳴らしました。選んだのはサンダーストライクでゴブりましたが――
「ぐふふ、指パッチンとかあれですか? 雨の日は無能ですか?」
言ってる意味がわかりませんね。それにしてもこのオーク、私のサンダーストライクを受けてもピンピンしてますね。
「ぐふふ、無駄無駄、この服は防弾に防刃、それに耐火、耐雷、耐水、その他もろもろが組み込まれた自信作なのだよ」
つまり雷系の魔法は効果が薄いということでゴブりますか、まいりましたな。
「おいおい、かっこつけて出てきた割にいいようにやられてるじゃないか! しっかりしてくれよ!」
「そう思うなら、作戦とやらを早くみせて欲しいでゴブりますな」
「そ、それはあれだ。時間がちょっとかかるんだよ!」
やれやれ、全く口だけは達者でゴブりますね。
◇◆◇
sideヘア
「これはこれは刈りがいのある相手が現れてくれたわね!」
「くっ!」
なかなか個性的な髪をしたシザーという方が、嬉々として鋏と化した腕で私の髪を切っていきます。
あれから私だってレベルもあがりました。髪の毛の硬度も鋼鉄並みに変化するのです。にも関わらず、まるで意に介することなく、平気で私の髪をカットしていきました。
「チョキラッ、いくわよ!」
「きゃああぁああぁあ!」
加速し、私に近づいてきたかと思えば、凄まじい鋏捌きでチョキチョキと私を切り刻んできました。し、死んでしまいます!
「ふぅ、久しぶりにセットしがいがあったわね」
「て、え?」
ですが、そうはなりませんでした。私の体には傷一つついていなかったからです。
そのかわり周囲には大量の髪が切り落とされていました。
「ふふ、久しぶりにいい仕事をしたわ。貴方の髪、とても素敵、うっとりしちゃうぐらい。どう、新しい自分を見た気分は?」
そういいながら、手鏡を取り出し私に向けて来ました。
「どう? 確かにロングもいいけどアシンメトリなセミロングもイケてるでしょ? シャギーも加えてメリハリもつけてみたわん。本当、こんなにいい素材は初めてだから興奮しちゃった――」
な、何か髪を切ってくれたようです。私は髪型は自由がきくので正直、切る必要はないのですが、でも専門家でいいのでしょうか? とにかく詳しい方がいるとどこか違いますね。
「はぁん、でも本当いい仕事したわ」
「そ、そうですか。そこまで満足したならもう帰ってもいいですね!」
「うん、まぁそうね。今日の仕事はもう終わりでいいかしら」
「そうですよ! 帰りましょう帰りましょう!」
よくわかりませんが、戦わないで済むならそれにこしたことはありませんね。
「そうね。でもありがとうね、おかげでいろいろとインスピレーションが湧いたわ」
「いえいえ、どういたしまして」
「それじゃあ、またどこかであったら切ってあげる、て! オーマイカット!」
「キャッ!」
突然私に向けて、鋏になった腕を振ってきました。やっぱり危ない人かもしれません!
「ふぅ、危なかったわ。挺としたことがうっかりして大事なことを忘れてたわよ! チョキラッ!」
両手の鋏を斜めに突き上げてチョキチョキし出しました。
「貴方、なかなか策士ね。それに免じて、もう一度貴方の髪を刈ってあげる」
「いえ、もうそんな悪いですから」
「い~え、刈るわ! チョキラッ! キタキタキタキタキターーーー! 湧いてきたわ! 私の頭の鋏がザクザクしてくるーーーー!」
なんということでしょう。ただでさえ奇抜で個性的な鋏型の髪が、本物の鋏になって激しく噛み合ってます。金属音が鳴り響いてます。
「丸刈りね……」
「――はい?」
「だから、丸刈りよ! 決めたわ、今度は貴方を丸刈りにする! チョキラッ!」
「え? そ、そんなの嫌です!」
「チョキラッ! 問答無用よ! 芸術は散髪だーーーー! そうよこのあふれんばかりのカットソウルが貴方の髪を刈れと訴えているの! 訴えているの!」
「に、2回言いましたね!」
私を丸刈りにするのがそんなに大事ということでしょうか? ですが、結局私に意識が向いてくれているなら逆に助かります。
私は髪の毛で指を作り、ジェスチャーでンコビッチさんに逃げてと訴えます。
「……お前は私の事が憎くないのか?」
そんな声が背中を打ちました。許せるか許せないかで言えば許せない方だと思います。ですが、憎いかと言えばよくわかりません。ただ、このまま逃げてそれで終わりというわけにはいかないでしょう。犯した罪にはしっかり向き合ってもらいたいのです。
ですが、この場でこの方達に狙われるのは嫌なんです。
「済まない……」
ンコビッチさんが走る音が耳に聞こえます。
「さぁ、挺の鋏の餌食になるのよ!」
「絶対ゴメンです!」
後はここで私が足止めするだけです。そして当然丸刈りは嫌です!
「チョキラッ! はいざ~んねん」
ですが――私の考えを嘲笑うように、シザーは私の横をすり抜け、逃げたンコビッチさんを追ったのです。
私の考えは完全に見透かされてました。髪の毛を使って止めようとしましたが、あの鋏は止めきれません。
「きゃ、キャァアアァアアァ!」
悲鳴が……聞こえました。
振り返ると、ンコビッチさんの両耳が、シザーの手で切り取られてました。
「ふふ、知ってた? 耳眼族はね、耳が眼であると同時に弱点なの。ここを切ってしまえばひとたまりもないのよ」
「……どうして」
「ん?」
「どうしてそんなことを笑顔で、笑顔で言えるのですか!」
感情が抑えきれませんでした。髪の毛が拳に変わり、シザーに向けて拳を振るってました。
ですが、あいつは拳に変わった私の髪を涼しい顔でカットしていきます。
「悪いけど、相性が悪すぎたわね。挺の鋏は何でも刈るけど、特に髪の毛は意のままに切ることが出来る。強度も質も関係ない、貴方の相手が挺である限り、絶対に勝てないのよ」
そこまで言った後、とにかく回収するまでおとなしくしていてね、などと続け、倒れているンコビッチさんに近寄ったのです。
「……あ、あぁああぁああ!」
「え? 嘘! まだ生きてるのこいつ!」
だけど、その時ンコビッチさんが声を上げ、上半身を起こしました。かと思えば、両手を目に、いえ確かあそこは目ではないという話でしたが、とにかく私たちが目と呼んでる部位に手を添え――自らくり抜いたのです。
「ヘ、ヘア、せめ、て、これを――」
「しまった!」
そして私に向けて投げました。きっと……最後の力を振り絞ったのでしょう。そのまま彼女は糸の切れた人形のように倒れてしまいました。
私は反射的にそれを髪の毛で掴み、引き寄せました。無我夢中でした。
私を振り返ったシザーの顔色が、これまでと全く違ってました。どうやら彼女が遺してくれたこれがどうしても欲しかったようです。
「貴方、それを素直に寄越すなら命だけは助けてあげるわよ」
「絶対に嫌です! 渡しません!」
「そう、なら丸刈り、いえ、お前の髪を全て切り裂いてあげるよ!」




