第63話 半端者と面汚し
「どういうつもりだ貴様!」
俺の背中に怒りの声が突き刺さった。声の主はゲネバルではなく、ソイだった。
「某はお前の命を狙った! 殺そうとした男だぞ! それをまるで庇うように、さては恩でも売るつもりか? その上で何か某から聞けるとでも思っていたか? だとしたら甘い考えだ! 某にだって意地がある!」
……あ、なるほどその手があったか。いや本当、それは考えてなかった。ただ邪魔になったから始末しようとでも思ってそうなこの連中の思い通りにされるのが癪に障っただけだったからな。
「……理由は今いったとおりだよ。お前がいたギルドのやり方が気に入らない。だけど、別にお前を許すとか助けたいとか思ってるわけじゃない。ただ、この男がそれをやるというのは間違っている」
「それはまた聞き捨てならない話だな」
ゲネバルが口を開いた。でかい男だ。俺は目に力を込めて奴を見上げる。
俺に向けられた視線はどこか鬱陶しげで、虫けらでも見ているかの様は冷たさも感じられる。
「この男は私のギルドに仇なし、そればかりが私の命までも奪おうとした。そうなった以上、私のやっていることはあくまで正当防衛であろう?」
「そうかい。だったらここまでだ。俺がこいつを止める。それでいいだろ? このまま裁判を続行させて結果を待てばいい」
「……カカッ、何をいうかと思えば。大体、今そこのソイが言ったように、お前は命を狙われた方だろう? それなのに何故庇い立てするのか理解に苦しむ」
「確かに俺はこの男に命を狙われた。だけどな、本当の黒幕は別にいると思っている。そしてその黒幕さんはこの男に生きていられると困るんだろ? 今も命を狙ってるようだしな」
ふむ、と薄い笑みを浮かべてきた。同時に、圧が増す。こいつ、やはり一ギルドのマスターだけあって強い。ただそこに立っているだけなのに凄まじい威圧感だ。
出来れば、神鑑を試したいとこだが、今までみたいに装備変化という形でごまかせるだろうか?
「どうも貴様は被害妄想が過ぎるな。このような目にあったのならば仕方ないと思うが――」
「どけっ!」
「なッ!?」
ゲネバルに意識を向けすぎた。その隙にソイが俺を押しのけ前に出る。槍を構えて完全にやる気だ。せっかく俺が間に入ったのに意味がないだろうこいつ!
「ふむ、どうやら折角の好意も無駄に終わったようだな。しかし、お前も懲りないものだ」
「黙れ! 俺にはまだとっておきがある!」
とっておき? あの時、戦った時に見せた技以外に何かあるのか?
「――幻槍流変槍術奥義・狂幻廻死」
「ほぅ……」
ソイの体が急にぶれだし、かと思えば分身が現れ、ゲネバルを中心に回転しだした。
大量に生まれた分身はまるで壁のようであり、ゲネバルの逃げ道を完全に塞いでいる。
「どうだ! この技からは逃げるすべなし! 全方位からの一斉攻撃だ。例え魔法で防ごうと思っても防げまい!」
自信の漲る口調でソイがいい放つ。あれは、あいつのこれまでの技を考えれば残像だと思うが、残像が生まれるほどの速さで攻撃すればすべて本物みたいなものだ。
「……くくっ、はは。なるほどこれはなかなかの演芸だな。いや面白い見世物だ」
「み、見世物だと!」
「あぁそのとおりだ。さて、それで一つ聞くが、まさか本気でこれが奥義とでも抜かすつもりじゃないだろうなソイ?」
「くっ、だったらその余裕を消してやる! 死ねゲネバル!」
ソイの一斉攻撃がゲネバルに降り注ぐ、と、俺はそう思っていた。
だが――実際はそうはならなかった。ソイの目は驚愕に見開かれ、分身は全て消え去っていた。ソイが放った突きはあっさりとゲネバルの手に取られたのだ。
「ば、馬鹿な、何故……」
「おいおい、勘弁しろよ。どれだけ多く見えようが、本物は一本だろ? 全方位だろうがなんだろうが、それを掴めばいいだけだ」
「あ……」
「それで、どうした? まさかこの児戯にも等しい技が、お前のとっておきなどというわけではあるまい」
槍から手を放し、更にゲネバルは続けた。
「さて、折角だ最後にお前の本当のとっておきとやらを見てやろう。どうした? 何か持ってるのだろう? あんな奥義もどきなどではなく本物のとっておきを?」
「あ、ぐ……」
ソイは、今ので完全に戦意を喪失していた。そんなのは見ていれば判る。目を伏せ、歯牙を噛み、肩が小刻みに震えている。腕もぶらりと垂れ下がり、構えすら取っていない。
「……これは驚いた。あんなもので本当にこの私をやれると思っていたのか? とんだお笑い草だ。全く、幻槍流などと大層なもんを引っさげていたから少しはやると思っていたが、やはり駄目だな」
ソイは何も言い返さない。ゲネバルの目はゴミでも見ているかのようで、ついこないだまで同じギルドに所属していた仲間に向けているものだとはとても思えない。
「ふむ、だがそれもしかたがないか。確か貴様は流派を破門され追放されたのだったな。さんざん勝手な真似をして、ゆく宛もなさそうだから拾ってやったが与えられた仕事もまともにこなせない半端者でしかなかったということだ」
道場を、追放されたか。勿論境遇も違うし、意味合い的にも俺とは違うんだろうが、いまこいつが置かれている状況に全く思うところがないわけでもない。それにだ――
「何も言い返せず、完全に諦めたか。所詮貴様のような半端者はその程度ということだ。最早生きている価値もなし、お前などこれで十分だろう――抵当権の行使」
また紙を取り出し、かと思えば奴の手が剣に変わった。ソイに向けて、剣となった手を振り下ろす、がさせない!
「……やれやれ、まだ邪魔をする気か?」
そこまで言ったゲネバルの目つきが変わった。俺は、狩猟神ノ装甲に切り替えていた。それに気がついたのかも知れない。
だけど、これでないと間に合わなかった。狩猟神ノ装甲なら走る速度が上がるからな。戦闘レベルも剣神ノ装甲ほどでなくても上がるから、ソイの首根っこ掴まえてなんとか剣の軌道から逃れることが出来た。
「……何故助けた。貴様は一体何だ? 某の命などどうでもいいはずであろう」
「うっせぇ。俺が好きでやってることだ。文句言うな」
「……馬鹿なのか貴様は」
「馬鹿で結構、それよりもお前、いつまで下見てる気だよ情けねぇ」
「……某のことはもう放っておけ。馬鹿だったのだ。奴の言う通り、某のような半端者があいつに勝とうなどと……」
「ウジウジウジウジうるせぇ! いつまでそんな女々しいこと言ってやがる! いいから顔上げろ! 半端者にだって意地があんだろが!」
俺は思わず叫んでいた。全く敵だった男だってのに、でも見ていたら何故かイライラした。
そんな俺にようやくソイが顔を上げてきた。
尤も戸惑いのほうが大きそうだし――向こうは向こうでイライラしてそうではあるか……。
◇◆◇
sideドヴァン
「いっとくが別に馬鹿にするつもりで言ったわけじゃねぇぞ。女にしては一撃に重みを感じたから素直に驚いたんだよ」
「女にしてはなどという考え方が既に差別的です。女は力では男に勝てないという男特有の傲慢な考え方です。そのような考え方が女性差別を生むのです。とても不快です。死ねばいいのに」
「ひでぇ言われようだな……」
しかしこれはまた面倒な奴の前に出ちまったな……。
「ふざけるな貴様!」
うん? 今度はガリラ族のこいつが立ち上がって文句言ってきたな。
「俺様は誇り高きガリラ族の戦士! 貴様のような矮小な人間にかばわれる筋合いなどない!」
「その矮小な俺に負けてるだろお前」
「あれはたまたま油断しただけだ! 次やったら絶対負けん!」
戦いにたまたまも糞もないだろうに、こいつもいい性格してるぜ。
「誇り高きガリラ族? それは何の冗談ですか?」
「な、何!」
すると、スーツの女剣士……しかしこいつ本当戦いに出てきてるとは思えない格好だな。ハイヒールだし。
とにかく、このインテリっぽいセクレタだったか? そいつが眼鏡の縁をクイッと持ち上げ言った。
「そもそも貴方のような小さき者がガリラ族を名乗るのも烏滸がましいというものでしょう」
「は? お前何言ってるんだ?」
「お前? たいして親しくもない貴方からお前呼ばわりされる謂れはありませんが? 女性を下に見ている証拠です、差別的ですね。最低です。死ねばいいのに」
くっ、こいつやりにくいな。
「じゃあ、なんだ。セクレタよ」
「いきなり下の名前で呼び捨てですか? 差別的ですね、最低です。ピーもげろ」
「そこまで言うかよ! だー! 話がすすまねぇ! とにかく、こいつが小さいわけねぇだろ! どこ見てんだ!」
「……はぁ、これだから男は。女を下に見てるくせに脳が筋肉で出来ていて広い視野で物事を見ようとしない。下半身だけで物事を考えているから女を性の対象としか見ていない。差別的ですね愚劣ですね醜悪ですね。とっとと絶滅すればいいのに」
「いや、お前のソレも大概だろ。男を差別してねぇか?」
「そこのガリラ族は確かに人間から見れば大きく見えるかもしれません」
「こいつ、都合の悪いとこだけスルーしやがったな……」
俺の意見なんて全く無視して話を進めてやがる。なんなんだこいつは。
「ですが、この資料によると」
「いや、その資料どっからだした?」
どっからともなく紙の束を取り出したぞこいつ。
「出来る秘書は必要なものを必要な時に取り出せるのです。女だから仕事が出来ないなんて考えは男の自惚れでしかありません。差別的ですね死ね」
駄目だこいつ、余計なことを言うとすぐそっちに持っていって毒を吐きやがる。
「とにかく、私の資料ではガリラ族の平均身長は約7から8m。最低でも5m以下になることはありません。ですが、そのギリアンは最低以下。これがどういうことかお判りに?」
「ガリラ族にしては低いってだけの話だろが。それがどうかしたのかよ」
するとセクレタがあからさまなげんなりした顔でため息をついてみせた。
「ガリラ族は巨人族とも称される体の大きさが自慢の種族。体格の良さがステータスに直結してるとも呼ばれるほどです。つまりそこのギリアンはその点だけ見てもガリラ族としては失格。現にその男は故郷で居場所をなくして逃げるように出てきた程度の男――噂では僅か10歳の同胞にも負ける有様だったとか。本当に情けない」
「ぐ、ぐぅうううう!」
ギリアンが悔しそうに呻いた。この様子を見るに図星か……しかし、俺は勝ちこそしたが、正直そこまで弱かったとは思ってない。
だけど、そのガリラ族ってのは10歳でもこんなのより強いってのがゴロゴロしてるってのかよ……。
「なんですか? 一丁前に悔しがっているのですか? 全く一族の面汚しとまで呼ばれた分際でよくそんな顔が出来ましたね」
「がぁああぁ! 黙れ! 黙れ!」
こいつ、またあの女に――
「遅い、本当に欠伸が出るほどですね。せめてこれぐらいの攻撃は見せてほしいものです」
戦斧を振るうギリアンだが、やはりあの抜刀術によって軽くいなされている。反撃も的確だ。あの巨体だ、あいつだってそんなやわじゃないはずなのに一撃受ける度に怯み動きが止まり、後退りさせられている。
みていてわかるがあの女は別に特別力が強いようには見えない。
だが、刃を抜くタイミングが、相手の攻撃に合わせるタイミングが、神がかっているんだ。
セクレタの一撃が重く感じたのも、全てが絶妙なバランスの上に成り立っているのがよくわかる。
明らかに体格や筋力が劣っていようとも、体重の掛け方や力の入れるタイミング、それに体の動き、それらが噛み合えば己より巨大な相手でも打ち倒すことが出来る。
悔しいが、あの女はそれらが完璧と言えて、一挙手一投足が実に美しい。
「ぐはぁ!」
「やれやれもうおしまいですか」
ギリアンの巨体がセクレタの足元に転がった。いくらガリラ族の中では小さいと言っても、セクレタと比べれば大人と子ども以上の差があった。
だけど、それでもあの無音流の抜刀術には耐えられなかった。
セクレタは眼鏡をクイッと直した後、蔑むような視線を見せ。
「たとえガリラ族の中で最弱だろうと、下手な人間よりは使えるだろうとマスターが飼い犬にしてやったというのに、やはり所詮は劣等種。全く使い物になりませんでしたね。お前のようなものは一族だけなく我がギルドにとっても面汚しでしかありません。やはり死ぬしかありませんね」
「あ、が、畜生、畜生!」
ハイヒールの踵を後頭部に乗せ、ぐりぐりと踏みつける。悔しそうにボロボロと涙を零してやがった。
『――全く、よりにもよってスキルが【馬鑑定】とはな。出来損ないとは思っていたがとんだ劣等種が生まれたものだ』
嫌な思い出が頭をよぎる。
『剣の腕も一向にうまくならず、せめてスキルでも使えたらと思ったのだがな。全く名門――家の名が泣く。お前など私の息子というだけで汚点だ。今すぐ出ていくが良いこの恥さらしが。もう二度と――』
「惨めですね。所詮一族の出来損ない。生きている価値もない木偶の坊、それが貴方です。判ったらさっさと死になさい――」
「だから、やめろと言ってるだろうが!」
捻氣脚を脇に向けて放った。だが、予想はしていたがセクレタはそれをあっさりと躱し彼我の距離が空く。
「……まだ、邪魔をするつもりですか?」
「するさ。正直庇う理由なんざないが、だけどな俺はお前が気に食わない」
「……女だからとでも? 差別的ですね。最低です」
「関係ねぇんだよ。男とか女とか、そんなんじゃない。単純に人としてテメェが気に食わねぇ」
「……そうですか」
「あぁ、それと一つ聞くが、俺はこれからお前に手を出すが、まさかそれも差別だと言わねぇよな?」
「……互いに剣を持って戦ってるのです。そこに男も女も関係ありません。むしろその考え方が最早差別的です。最低ですね。殺しましょうか?」
「出来るもんならな。あぁそれとだ、お前気づいてるか?」
「何がですか?」
「さっきからテメェが言ってる劣等種や出来損ないってのも、十分差別だろうが!」
「違います事実です」
そして、俺と女の剣が重なり合った――




