第61話 秘書、鋏、オーク
侵食する大軍のギルドマスターであるゲネバルが罪に問われているあの四人について証言する。俺はてっきりこのマスターはあの四人を擁護するものと思っていたのだが……。
「この決して許されない罪を犯した四人には極刑が相応しい、とな」
――は? 今なんて言った? おかしい、聞き間違いか? いや、傍聴人も随分とさわざわしている。
隣を見るとドヴァンも眉をしかめていた。当然だ、同じギルド所属の仲間が罪に問われているんだ。普通なら情状酌量を求めるために被告に有利な発言をする筈だ。
「……極刑を求めるのか? 本当にそれでいいのか?」
団長が確認を取る。だが、オバノンの答えは変わらない。
「確かに彼らは元々は我らの仲間。助けたい気持ちがないと言えば嘘になる。だが、冒険者全体のことを考えるなら、このような犯罪行為に走った連中に甘い顔をすべきではない。私としても心苦しいが、やはり彼らには極刑をもってでしか罪を償うすべはないだろう」
「……気に入らねぇ」
そう呟いたのはドヴァンだ。勿論俺たちだってあの四人に命を狙われたし、ヘアだって攫われかけた。
だから量刑を軽くなんて望んでもいない。だけどあのマスターのやってることには全く納得できていない。
壇上で話している時の顔も傲然としていて正直気に食わない。
「何か納得がいかないです……」
「皆様のお気持ちもわかります。結局のところ、あの男のやってることは蜥蜴の尻尾切りでゴブりましょう」
「違いねぇ。証拠も残さず、あいつらに全てをかぶってもらい、後は死刑にでもなれば万々歳だとでも思っているんだろう。けたくそわりぃ」
ドヴァンの口調もかなり荒々しい。あの四人に同情の余地がないのは確かだ。だがあれだけ大掛かりな真似をあの四人だけで実行したとはとても思えず、ホフマンにしても侵食する大軍の関与を疑っているらしく、証人尋問でも触れていた。
ただ、決定的な証拠がない。事前に相手の嘘を見破るスキルや魔法で取り調べも行ったがそれでも怪しい話は何も出てこなかったという。
だけど、やはり納得は――
「やはり貴様! 某らを見捨てるつもりか!」
「信じたくはなかったぜ大将」
「マスター……それでも私は信じたかった」
「お、おいおい、本当にやるのかよ……」
突如、被告人席でだんまりを決め込んでいたあの四人が立ち上がり叫びだした。一人だけ、どこか浮かない顔をしてはいるけど、ソイとギリアンの二人には怒り、あのンコビッチという耳眼族の女には失望の色が滲んでいた。
「被告人は直ちに着席せよ! 今はお前たちの発言を許可していない!」
「黙れ、こんな茶番はもううんざりだ」
ソイが吐き捨てるように言う。だが、抵抗をしても無駄だろう。何せあの四人は神罰の石製の手枷足枷を嵌められている。あれには魔封じの術式も刻まれているため、ンコビッチの魔法だって行使出来ず、屈強な兵士も一緒に待機している。
何をしようとしたところで取り押さえられるのが落ちだ。結局自分たちにとって不利な結果にしか……。
「ぐはっ!」
「ば、馬鹿な、何故枷を……」
しかし、あの四人はあっさりとそばにいた兵士たちを打ちのめしてしまった。驚いたことに、嵌められていた枷を全て破壊してしまったのだ。
しかし、あの枷は神罰の石製だった筈だ。あれを嵌めてる限りスキルの行使は不可能。それでも外側からなら壊せる場合もあるが、今回は嵌められている四人が壊してしまっている。
そして四人はなんと、そのまま疾駆し証拠品として並べられていた自分たちの武器を取り戻し、マスターであるオバノンの前に並んだ。
「お前たちここがどのような場か判っているのか!」
当然、騎士団長も黙っておらず立ち上がるが。
「まぁ待て、どうやらこの四人はこの私に用があるようだな。こうなった以上、我らのギルドの問題だ。口出しは控えていただこう」
「な、しかし……」
「控えていただこう」
団長を振り返り、ゲネバルが威圧する。彼がそれ以上何かを言うことはなかった。
「さて、これだけの真似をして我がギルドに散々泥を塗っておきながらこの期に及んでどういうつもりかな?」
「黙れ! さんざん利用するだけしておいてこの仕打ち、許してはおけん!」
「利用? 何を言っている? これはお前らが勝手にやったことであろう」
「……やはり、その考えに変わりはないのですね。残念です、マスター!」
ンコビッチが詠唱を始める。巨大な魔法陣がオバノンと四人との間に浮かび上がった。
「グウウォオオオオオオオオオォオオ!」
そして、あのジャック・オー・ガズムが召喚された。全てのジャック系の能力を兼ね添えた巨人。俺たちもまともに相手出来なかったあの化物が再びこの神判の場に姿を見せたのだ。
「マスター、お覚悟!」
「はは、なるほどこれは中々の召喚獣だ。ふむ、ならば――これでいけるか」
あれだけの巨人を目の前にして、ゲネバルは涼しい顔をして立っていた。そしてどこからともなく一枚の紙を取り出し。
「抵当権の行使――」
そして何かを呟いたかと思えば、紙が消え、直後今度は非常に大きな紙とペンが現出した。
「喰らい尽くせ、画竜点睛!」
ゲネバルがペンで何かを書き足す。その瞬間、紙の中から巨大な竜が姿を見せた。蛇のように胴の長いタイプの竜であり、それが大口を開けてあの巨人に迫る。
「ウォオォオォオオオ!」
巨人は土の壁を生み出し竜を阻止しようとした。だが、竜はその壁を噛み砕き、ジャック・オー・ガズムの頭上から喰らいつき、頭からバリバリと喰らい始めた。
冗談だろ? あの化物をあんなにもあっさり……。
「あ、そ、そんな。私の最強の召喚獣が……」
「……やれやれ、しかしお前らもまさかこの私に武器を向けるとはな。こうなっては仕方がない。これは明らかなギルドへの反逆行為だ。侵食の大軍のマスターとしてしっかり粛清せねばな」
「くっ、ギリアン!」
「おう!」
「こうなったら、出てきなさい、ジャック・オー・リッパー!」
「もう破れかぶれだ! 【地鮫】!」
ギリアンとソイがそれぞれ斧と槍でオバノンに迫り、ンコビッチはナイフを持った人形のような召喚獣を行使、パルパルは地の中を泳ぐ鮫で攻撃した。
その時だった、ゲネバルに迫る四人に向けて三つの影が飛び込んできた。ソイだけはゲネバルに迫りその槍を振るうが、他の三人は新たに現れたその三人に阻まられる。
「マスターに対してこれ以上の無礼は許さない」
「ぬぁ! お前は!」
「なんだセクレタ、来てたのか」
「こ、こいつ片手で俺の槍を……」
「チョキラッ!、こんなチンケなナイフじゃ、挺の鋏には勝てないわよ」
「ギャアァアアァアア」
「あ、リッパー!」
――ドオォオォオオォン!
「ひぃ、オレっちの地鮫が~~!」
「ぐひっ、全くマスターも人が悪い。こんな面白そうなことに俺たちを誘わないなんて」
ゲネバルを守るように現れた連中、一人は巨体を誇るガリラ族の斧に何かをして受け流した眼鏡の女。腰には変わった形の剣をさしているが抜いた様子など全く見せなかった。
そしてナイフを振り回してきたジャック・ザ・リッパーに腕から生えた鋏で応じ、逆に切り裂いてしまった男。髪型が鋏のようになっている。
後は、あれは、オーク? そう、オークだ。厳つい顔と豚のような鼻。そして人を凌駕した筋肉のつまり詰まった屈強な肉体が特徴な魔物――だけど、おかしなことにあのオークは人の言葉を介していて、更に所持品と格好も変わっていた。
肩に黒光りする筒状の物を担いでいて、体にはサイズがギチギチの軍服。色合いが変わっていて、あれで森を歩いていたら回りの風景に溶け込めそうなそんな出で立ちだ。
そしてソイのあの槍を片手であっさり受け止めたのは、マスターのゲネバルであり。
「グンジにシザー、お前らもか。全く困った連中だ」
そう言って不気味に微笑むのだった――




