第60話 注目の裁判
なんというかあれから色々あった。俺たちは確かに釈放されたけど、審問には赴くことになったので、結局あれから五日程度は宿と詰所を行き来する毎日だった。
しかも拘束時間が長いので単純に疲れた。尤も前のような理不尽な暴言や暴行を受けることはなく審問は淡々と繰り返されただけだったけど。
そして一日休みを挟んで、この時は俺たちを助けてくれた皆も呼んで、食事を楽しんだ。まだ全て終わったわけじゃないけど、この時点で俺たちへの容疑はほぼ晴れていると告げられていた。
先ず、ヘアに関しての誤解はあっさり解けた。ウッドマッシュの宿でクック夫婦に確認してもらったからだ。事情聴取に向かった兵士は、むしろなんでそんな馬鹿な話になってるんだ! と怒鳴られたんだとか。
むしろこの程度は疑う前に調べて欲しかったとこでもあるけどな……。
後はリトルヴィレッジだけど……一応、遺体のあった場所をくまなく調査してくれたようで、その痕跡から人間の仕業ではなく大型の魔物の仕業だろうと判断してくれたようだ。
デスグリズリーが生息していることも判ったようで、それが決め手となった。
ただ、予想はついていたけど村長はその件に関して勘違いで済ませてしまったようだ。俺が村で冷遇されていたのは事実だし、そのことを恨んでカルタがやったと考えても別におかしくないだろう、といのが村長の言い分だ。
だからあの村長に直接的な罰は与えられない。ただ遠征費用などは村持ちにさせるし、国として見た場合、村の信頼は落ちることになるだろうと伝えてくれた。
まぁ、元々これに関してはあまり期待してなかったし、仕方がない。
俺たちを襲ってきたあの四人は黙秘を貫いていたらしいけど、なんというか所属していたギルドが協力的で、四人が罪を犯した証拠を次々提出してきたらしい。
だが、肝心のギルドのマスターは本件との関与を否定。四人の犯罪に加担した証拠品も一切出てこなかった。
その上、事件の解決に協力的な上、証人尋問には特別に参加してくれることになったということで、ギルドマスターが与している可能性はない、というのが騎士団や教会の判断らしい。
教会は基本世界の法に関与している重要機関だ。裁判も神判を下すのは教会の人間だ。
そして俺たちは今日、法廷へとやってきた。聖堂の中にある広い空間には判決を言い渡す裁判官(通常は司祭が執り行う)が立つ仰々しい法壇が正面に置かれ、背後には聖神ディアの像が聳え立つ。その隣には神判員が居並んでいた。法廷に向かって右側には既に騎士団長が準備を終えている。
今回は刑罰を求めるのはシルバークラウン騎士団の団長という形で落ち着いたらしい。
俺たちは今回騎士団長側の証人として控えている。団長から少し離れた位置にある椅子に座っている形。
対面には後で俺たちを襲ったあの四人やヘアを襲った盗賊連中もやってくる。
そしてこの裁判は公開裁判となっていた。その為、法壇を正面に見てその後方には多くの傍聴人が詰めかけている。
冒険者ギルドが関係した事件とあって、その殆どが同業者、つまり冒険者だ。
おかげで、裁判は異様な空気の中で開始される事となった。あの四人や盗賊たちが入ってくると早速傍聴していた冒険者たちからの野次が飛んだ。
『出てきたぞこの恥知らず共!』
『全くだ、関係のない子どもたちを巻き込んで最低な連中だ!』
子どもたちね……これは勿論、俺やヘアを指している。まぁ、多くの連中からしたら俺たち二人はまだまだ子どもなんだろうけど、一応成人してるんだけどな。
『これから冒険者になろうとしている未来ある若者に罪を着せるなど言語道断よ!』
『とんでもないことだ! そんな奴は冒険者としてだけじゃない人として最低だ!』
『処刑だ、処刑にしてしまえ!』
「え~と、何か凄いね……」
「正直お嬢にはあまり見てほしくない光景ですね。全く、今野次飛ばしてる連中、どれもけったくそ悪い連中ばかりだ」
「自分たちが何をしたかは覚えてないんでゴブりますかな」
ヘアはハッキリとは言わないけど、ドヴァンはムスッとしていてジェゴブは呆れている様子を見せていた。
俺もそれはよく判る。全員が全員そうとは言えないが、野次を飛ばしている連中には見覚えのある冒険者もいたからだ。そう、俺たちがこの街を訪れた時、罪人だと決めつけ襲ってきた連中だ。
それがこれだよ。手のひら返しとはまさにこのことか。
「静粛に! 静まらないものは出ていってもらうぞ!」
裁判長が語気を荒げた。野次が徐々に収まっていく。流石にすぐに出ていくのは嫌なようだ。
その後は、特に滞りなく裁判は進んでいった。証拠を元に団長が話を進め、俺たちも証人としてありのままを話した。
それを聞いていた盗賊たちの中には騒ぎ出すのもいたが、背後に控えている騎士の手ですぐにおとなしくされていた。
ただ、あの四人は黙って聞いているだけだな。
「なんか不気味だな。あの連中大人しすぎないか?」
「素直に罪を認めて反省しているのでは?」
「なるほど、流石お嬢心が洗われるようなお考えです! ですが……」
「ヘア様のお考え通りであれば宜しいのでゴブりますが、何せあの四人は黙秘を貫いたそうでゴブりますからな」
「ああ、もし本気で罪を認める気なら、何も隠さず話すだろうし」
それが俺にとっても解せないところだ。それに、なんだかあの四人、何かを狙ってる気がしてならないんだよな。ただの勘でしかないけど。
そして遂に――マスターのご登場だ。
「さて、それではここで極めて重要な証人に出廷を願おう。この四人の所属する侵食する大軍のギルドマスター【ゲネバル・レ・オバノン】だ」
「……あれが、あの四人の上に立つ人物か……」
団長の呼びかけに応じて一人の男が姿を見せた。でかい男だ。俺の知ってる中ではノーキンも村一番の巨体を誇っていたが、それより更に一回りは大きい。
肌が赤く、金色の髪が派手に立ち上がっている。虎のような獰猛な瞳で、口から顎にかけてぐるりと髭が生え揃えられている。
肩当てのついた赤いマントに軍服のような服装。顔の堀の深さと相まって、威容さが際立つ。
オーガにも負けてない太くたくましい足で一歩ずつ踏みしめるように進み壇上に立った。
堂々としている。圧力が凄い。ただそこにいるだけでこの都市に住む全ての人間の注目を集めそうな存在感を有していた。
法壇の裁判官も完全に呑まれてしまってるように感じられた。
「こ、コホン。ではオバノンよ。法廷の場において嘘偽ざること無く真実のみを述べることを誓うか? 誓うのであれば聖なる女神ディアの像に向かって宣言するが良い」
聖神ディア、教会にとっての唯一神であり神聖魔法の主張。そして法と秩序の神としても知られている。
証人や罪に問われている被告は法廷の後ろにそびえ立つ神像の前で誓うことが通例となっている。
そして、女神像の前でゲネバルが誓いをたて、証人尋問が始まった。
先ず証拠品としてあの四人が持っていた武器が運ばれてくる。それを確認し、ゲネバルはそれが普段から四人が使用していたことを証言する。
それからさらに騎士団長の尋問に答えていく。彼らが冒険者として普段からどのように振る舞っていたかなども問われ、そして最後に四人への処遇について質問されたわけだが。
「此度の件は、我々としても心が痛いところだ。ギルドの管理を今後徹底し、二度と同じ過ちは犯さないと誓おう。問題を起こしたこの四人に関しては私も含めてギルドに所属する全員がこう願っている」
……これまでの尋問には随分と素直に答えている。ただ、正直納得できる事は少ない。
この問いかけに対しても、恐らくは情に訴えるのだろう。あの四人が黙秘を続けているのは、ギルドから余計なことを言うなと捕まるから徹底されてたからだと思う。
そのかわり、実行犯の四人の罪が軽減されるよう、きっとあらゆる手で――
「この決して許されない罪を犯した四人には極刑こそが相応しい、とな」




