第59話 指導
「謹慎中にギルドの訓練場なんかに来ていいんですか?」
「構わんさ。俺が一緒なんだからな」
私たちはエリートに促されて全員でギルドの地下にある広いスペースまでやってきた。
円状の空間で地面は土で踏み固められている。ここは魔導技術によって地面から的が現れたり、簡単な戦闘訓練が出来るゴーレムを召喚したりが出来るようになっていた。
だけど、それらは今は一切現出していない。その分スペースは十分確保されていてここでなら思う存分腕を振るうことが出来る。
つまり、エリートは私たち相手に模擬戦を行おうというのだ。
正直言うと、これはこれでとんだとばっちりだ。どうしてリャクの癇癪の為に私たちまでこんなことに巻き込まれないといけないのよ。
本当なら、お風呂でも入って嫌なことなんてさっぱり忘れてる頃だ。なのに最悪すぎるわね。
「試合は俺一人とお前ら全員でだ」
「一人ずつじゃなくていいんですか?」
「そんなはなっから勝負にならないことしても仕方ないだろ? それに俺は弱い者いじめは嫌いでね」
とたんにリャクがしかめっ面を見せた。エリートの発言を快く思っていないんだろうな。
あいつ、プライドは人一倍高いから。でも相手は仮にもBランク。私たちと個別にやっても、結果は火を見るより明らかね。
この中で、勝てると思ってそうなのはリャクぐらいなもの。後はノーキンは諦めてはいないとは思うけどそこまで自惚れてはいないだろう。ホミングに関しては言わずもがなね。
ただ、エリートもエリートで私たち相手に随分な格好だ。私たちには普段使ってる装備を身に着けてこいと言っておきながら、彼は袖が肩までしかないシャツと何の変哲もないズボン。
武器すら所持して無くて、唯一小型のバックだけを腰に巻き付けている。
「さてと、一丁もんでやるか。さっさと掛かってこい」
エリートは訓練場の中心に鎮座し、私たちを挑発してきた。
「……後悔しないでくださいよ、レーノ!」
「土の精霊よ、我が声を聞き届け給え――」
土の精霊に呼びかける。すると地面が剥がれだし、それが全員の肉体の上に張り付くようにして消えた。
これで皆の防御力が上昇、そこから今度は風の精霊でスピードを上げた。エリートはそれを、ただ黙ってみていた。
精霊の力で身体能力をあげようが、何の問題もないといった余裕が感じられる。
「こうなったらやってやるっす!」
ホミングがエリートに向けて矢を連続で放った。それを最小限の動きで回避。
だけどホミングには追尾のスキルが有る。無数の矢が軌道を変えて、エリートに再び襲いかかるけど。
「なるほど、追尾スキルか、便利だな。だが――」
「ふぇ!?」
なんとエリートは飛んできた矢を片手で全て掴み取ってしまった。
「これで追尾は意味がないな――あと、あまりボーっとするなよ」
「あ……」
エリートはあっという間にホミングの横に移動し、一発決めて彼の意識を刈り取ってしまった。
予想はしていたけどあまりに動きが違いすぎる。
「レーノもぼーっとするな! 集中しろ!」
私を怒鳴りつけたのはノーキンだ。そしてあいつは筋肉増強スキルで最大限に肉体を強化してエリートへ迫る。
それを認めて仕方ないから私も精霊に呼びかけた。
「ほう……精霊の力はそれなりに使えるんだな」
土の精霊によって地面が巨大な腕に変わった。見上げるほど大きなエリートを更に見下ろす土の豪腕。
それが二本、拳を固めて殴りかかる。でも、エリートは避けることもせず、両手で左右から来る土の豪腕を受け止めた。
「ほいっ」
そして土の豪腕をぶつけ合わせたことでそれはあっさりと砕け散った。
「きゃっ!」
飛んできた飛礫から飛び退くようにして私はその場に転んで見せる。
そして降参の意思を示す。肩をすくめるエリートだったけど、こんなこと馬鹿らしくてとてもやってられないし。
「うぉおおおおぉおお!」
ノーキンが鉄槌を振り回す。如何にも脳筋といった野蛮な攻撃ね。汗臭そう。
「なるほど、パワーは大したもんだ」
エリートはそれをすいすいとかわしていく。私たちのときと違って、受け止めたりはしない。
「だが、攻撃が大味すぎる。ただでさえ、筋肉増強スキルはスピードを殺す。いくら腕力があがったところで、当たらなければ意味がないぞ?」
そういいながらエリートはノーキンの脚を払った。それだけでコロンっと転がされ、更に武器を奪われ顎に突き付けられた。
「ま、まいりました……」
ノーキンもそれであっさり負けを認める。本当にバカバカしいぐらい勝負になってない。本来なら私やホミングが先ず射程外から攻撃を仕掛け、こっちのペースに持っていった上でノーキンやリャクが決めに行くのが王道の勝ちパターン。
他にもノーキンが壁役に立ったりとか、状況に応じて変えてはいくけど、真っ先にホミングや私が潰されてしまっては連携も何もないわ。
尤も、もうちょっとリャクが動いてくれればまだ多少は違ったかもだけど――
「やれやれ、やっぱり僕が決めないと駄目みたいだね」
「随分と余裕だな? それにしても、お前はどうしてずっとそこで何もせず見ていたんだ?」
そういうこと。考えていることは予想がつくけど、あいつが全く動こうとしないから連携なんて三分の一も機能しなかった。
尤も、私もやる気なかったけどね。でも、あの精霊は本気で行使した。それが全く通用しないんだからどうしようもないもの。
「……ギルド長の命令だから従いはしたけど、正直言って僕から言わせてもらえばBランク程度に教わることなんて何もないんですよ」
「……ふむ、それはまた、中々面白い話だ。それが本当なら、俺はすごく楽が出来て助かる」
「ははっ、本当随分と余裕だけど、いいのかな? 正直Bランクごとき、僕にとっては程よい噛ませ犬でしかない」
「そうかそうか。それが本当なら俺は喜んでお前の噛ませ犬になってやろう」
何か互いに牽制しあってる? いや、違う。エリートのあれは、悪ガキを適当にあしらってるような、そんな感じね。
「そうですか。それならお願いしますよ。だけど、怪我にはお気をつけを、何せ――僕の強化装甲は無敵!」
「そうかよ」
「――ッ!?」
刹那、リャクが練習場の壁に激突した。ギルドの壁は一見ただの石造りだけど、特殊な石材を使っているから、貴族が建てるような豪邸を一撃で吹き飛ばすほどの衝撃を受けても傷一つ付かない……筈なのに壁に亀裂が走っている。
しかも全く見えなかった。何が起きたのか、私の目じゃさっぱり……だけど、リャクは間違いなく強化装甲を施していた筈。一緒に行動していらからそれぐらいは雰囲気でわかるわ。
それなのに、あそこまで軽々吹き飛ばされるなんて……。
これでBランクだなんて……実力の違いなんてさっき見ただけですぐ理解できたけど、あんなのはまだまだ序の口、いや、このリャク相手でもかなり手を抜いていそうだ。正直私じゃ底が見えない……。
「お、驚いたな……僕の強化装甲は自分に対しては軽く、相手に対しては限りなく重くなるよう調整されている。それなのに、こんなにあっさりと――だけど! 僕の体はまだ傷一つついてない!」
「左腕だ」
その宣言が耳に届いた瞬間には、リャクの顔は苦痛に歪んでいた。
いつの間にかエリートが彼の左腕をとり、ブンブンと振り回して地面に叩きつけていたからだ。
「ちなみに俺の本来の得意武器は斧だが、お前相手には使う気がないから安心しろ」
「ガハッ、はぁ、はぁ……」
口から血を吐きながらリャクが立ち上がった。エリートのセリフは暗に彼我の実力差を見せつけるために言ったことだろう。
武器なんて使わなくてもお前ごときは赤子の手をひねるより簡単だとでも言っているようだ。
実際、リャクの腕はあらぬ方向へまがって、いやまるでオークが雑巾を絞ったかのように捻られてずたずただ。
あんなのもう、模擬戦じゃない……。
「あは、あはははは! 面白い。いいよ、これぐらいのハンデの方が丁度いい!」
「まだそこまで強気でいられるのか。その心意気だけは買ってやってもいいぞ」
「ふん、これをみてもそれを言えるかな? 強化装甲を僕は更に進化させた! 見ろ!」
リャクの手持ちの剣が、鎧が、その形状を変えていく。剣はより長くたくましく、鎧は革製のはずが光沢のある金属の全身鎧へ。
しかもあれはリャクが前もって宣言したとおり、見た目と裏腹に本人にとっては羽のように軽い。
「さぁこれで!」
「右足だ」
リャクが悲鳴を上げた。限界まで防御力を高めた鎧、その右足部分があっさり砕けたからだ。ノーキンに見せたような足払い。だが、威力が違いすぎる。ゴキッベキッ! と大黒柱が粉砕したかのごとく響き。
あいつの右足は原型を留めていない。関節の部分が粉々になったのか、ありえない方向に曲がってしまっている。
「あ、あぁ! ぎいぃいいいい、ぢぐじょうううぅうおおおおおおぉ! この僕が、こんなでかいだけのBランク如きに!」
「まだそんな軽口が叩けるんだな」
エリートが彼を無理やり引きずり起こした。そして――
「まぁ、俺もここで終わらせる気はない。せっかくだ、俺のスキルも味わわせてやるよ」
「やってみろよ! お前のスキルなんてどうせ大したことないんだろ? だから使えなかったんだ!」
「そうか。なら、味わえ。これで残り全部だ」
リャクをエリートが空中に放り投げる。彼はもう反撃出来ないぐらいボロボロなのに、これ以上何をするというの?
「【オールアウト】――」
静かにエリートが口にした。その瞬間、周囲に広がる圧倒的圧力。立っていられなくなった私は両膝を床にペタンとつけた。
ホミングも腰が抜けていて、ノーキンは立ち続けてはいるけど、それでも歯を食いしばって必死に耐え忍んでいるような様相。
「リャク、お前は俺を雑魚だと思っていたようだが俺からすればお前はまだまだ雑魚にすらなれてねぇよ。どれだけ才能があっても心が未熟じゃ何も活かせはしないんだからな――」
「う、うぁ、くそ、くそおぉおおおおおおお!」
「おらぁ!」
何が起きたかなんて、きっと誰にも理解出来ていなかっただろう。エリートが掛け声を発したその瞬間、リャクの全身に怒涛の衝撃が走った。それだけが確認できた。
残り全部の宣言通り、地面に落下したその四肢は完全に砕け、胸部からは肋が突き出てしまっていた。首の骨も折れていてまるで首の据わっていない赤子のようにだらんとし、頭蓋も陥没してしまっている。
正直、もうこんなのは模擬戦でもない。ただの殺し合い、いや、一方的な殺人だ。
「さて――」
「もうやめて!」
背中にかかる圧は残っていたけど、それでもかなり弱くなっていた。だから私は倒れているリャクとエリートの間に割って入り力の限り叫んだ。
彼にはまだ死なれてもらっては困る、私が将来を見込んで選んだのに、こんなところで……。
「何なのよこれ! いい加減にして! これ以上やったら彼が死んじゃう!」
「……勘違いするな」
「え?」
ふと、私に掛かっていた圧が完全に消えた。エリートの顔をよく見ると、どこか呆れたような表情だった。
「別に俺はこいつを殺したいわけじゃない。俺は指導員としてやるべきことをしただけさ」
「だ、だからってここまで! こんなの殺してるのと変わらないでしょ!」
「だったらおとなしく見とけ」
エリートは私の肩を押して無理やりリャクから離した。そして腰巻きにしていたバッグのかぶせを開け、中から液体の入った瓶を取り出した。
「ポーション? でもそんなのじゃ?」
「これはただのポーションじゃない。それなりに希少な材料を使って錬金術師が拵えた魔法薬だ」
そう言ってエリートはリャクの全身に薬をドバドバと掛けた。
「これでよし。この薬は掛けた奴の自己再生力を強化する。かなり手痛くやったから時間は掛かるが、いずれ治るさ」
そんな薬が? これだけの重症だと、魔法でもそれ相応の腕の神官や司祭クラスじゃないと難しそうだけど、薬でなんとかなるなんてね。
「それならリャクは助かるんですか?」
「当たり前だ。これで死んだら俺が殺人者になっちまう」
「いや、ほぼそれに近いような」
「馬鹿言うな、これはあくまで教育の一環さ。そもそも冒険者ならこの程度の怪我は日常茶飯事だと覚悟しておくべきことだ。それをリーダーにしっかり教えておいたんだよ」
何か論点がずれてるような気もしないでもないけど、助かるならまぁいいか。
「さてと、今日の指導はこれで終わりだが……お前ら宿は変えてもらうぞ。このまま帰っても今泊まっている宿に迷惑がかかるだけだからな」
迷惑? 言っている意味がこの場ではすぐには理解出来なかった。
でも、宿を変えてリャクを寝かせてすぐに判った。とんでもない悲鳴を上げて苦しみだしたからだ。エリートがやってきて、鎖でリャクをベッドに縛り続けた理由もわかる。
「あの薬は強力だが、自己再生力を無理やり上げて再生してるからその間、とんでもない苦痛に見舞われる。お前らには十日間の謹慎が言い渡されたが、リャクはこのまま九十日間は苦しみ続けるだろう。完治までにそれぐらい掛かるしな。ま、その間はリャク抜きでやれることをやっておくんだな」
きゅ、九十日間って流石に長すぎなような……でも、それ以上の事は私たちには何も言えなかった――




