第57話 侵食する大軍
sideホフマン
奴らはシルバークラウンを拠点に活動していたギルドだ。過去形なのは今はあくまで建前であり、ソードクラウンでも大きく手を広げているからだ。
尤もそっちはギルドのマスターとしてではなくいち事業者としてらしいがな。
とにかく冒険者ギルドとしてはシルバークラウンを拠点としてるわけだが、にも関わらず侵食する大群のギルドである施設はシルバークラウン内には存在しない。
都市から離れた丘の上に奴らの拠点はありやがるってわけだ。
それにしても――久しぶりに見たが、やはりどうみてもこれは砦だろって造りだな。重量感のある石材を利用してこしらえた建物なんだろう。
色は濃茶がベースで全体的にゴツゴツとした建てもんだ。流石にうちと比べれば高さはないが、敷地面積自体はかなり広い。
尤も建物もでかいが所属している冒険者の数も多いのだが。何せその数は二千人を超えている。しかもその殆どは自ら登録してきたのではない。他のギルドを吸収して増えていったものだ。
流石、侵食の名は伊達じゃないな。ギルドに近づくと世界地図と骸骨を組み合わせたエンブレムの描かれた看板が出迎えてくれた。
看板はギルドの顔とも言えるものだが――正直これで本当に冒険者ギルドか? と思えるようなデザインだな。何も知らんやつが見たなら盗賊のアジトと勘違いしそうだ。俺なら間違いなくする。
「ようこそいらっしゃいました」
そういって出迎えて来たのは、スーツ姿の女だ。髪は後頭部の上の方で纏めている。キリッとした眼鏡をしていて黒髪碧眼の凛々しい美人ってとこだ。スラリとしていて上背は俺よりあるか。
目につくのは腰に吊り下げられた武器だな。これは確かブシドスキナで主に使われている刀という武器だ。てっきり受付嬢かと思ったが、受付嬢がこんな物騒なもん持ち歩かないわな。
「あんたは受付嬢じゃないのか?」
「私はマスターの秘書をさせて頂いております」
秘書かよ。だったら納得、出来るかよ。どこの世界に刀持ち歩く秘書がいるってんだ。そもそも纏っている空気はどう見ても剣士のソレだ。
「どうぞこちらへ」
案内してくれるようだから従って後ろからついていく。普通に歩いているように思えるが、足運びが違う。ヒールの癖に滑るような独特な動きだ。足音一つ響かせない。
敷地から予想できたがギルドはかなり広い。そしてこの時間でも結構な数の冒険者が目につく。俺に気がついた何人かの視線が届く。
中には睨めつけるような目つきの奴もいやがる。全く若いな。まぁ俺ぐらいになるとそんな連中気にもしないが。
「ホフマン様。できればその殺気を抑えて頂けると助かります。失礼な態度をとっている者にはあとでしっかり注意いたしますので」
「あん? 何いってんだ。こんなことで俺がムキになるわけないだろが」
「顔が完全にそちらへ向いてます。睨み返しながら言われても説得力に欠けますが……」
「チッ」
まぁ他のギルドだろうと礼儀のなってないやつには躾も必要だな。にしても、先に睨んできておいてちょっと氣を込めただけで慌ててそっぽをむき出しやがった。根性のない連中だ。
「こちらでございます」
階段で三階まで上がり、随分と豪華な扉の前で秘書が立ち止まった。
全く、随分と仰々しい扉だな。取っ手には髑髏の意匠が施されてやがった。しかもデカい。
「グレイト・ホフマン様がお見えになりました」
「通せ」
低い声が返ってきた。扉を開いた秘書に通され俺は室内に足を踏み入れる。
真っ赤なカーテンをバックに、背もたれ付きの木製の椅子に腰掛けた男が俺を出迎えた。オーガやトロルを思い起こさせる太い腕を机の上に乗せ、両手を組んでいる。
部屋は広く、剥製や置物がやたらと目立つ。貴族なんて偉ぶる奴らにも動物の剥製や毛皮の敷物を飾っているのは多いが、ここにあるのは全て魔物、いや魔獣や竜種の類を加工したものだ。
どれもこれもランクの高い物ばかりだ。これらは恐らくこの男が自ら狩ったものを剥製にしたりして飾っているのだろう。
床に広がっている敷物も、レベル100近いグランドサーベルタイガーのものだ。
飾られてる置物や武器なんかも神試の迷宮で手に入れた物が多いんだろう。
全く自己顕示欲の強い男だな。
「よく来てくれたな。お互い存在こそ知っていたがこうやって対面して話すのは初めてとなる。歓迎しよう」
組んでいた両手を広げ、侵食する大軍のマスターであるゲネバル・レ・オバノが不敵な笑みを浮かべる。
心にもないことを言いやがって。それにしてもデカい男だ。座っている状態でも俺と目線が変わらん。
肌が赤く、金色の髪を立ち上げている。人相が悪いからか笑っていても悪人にしか見えん。まぁ俺が言うのもなんだけどな。
「立ち話もなんだ。そこのソファにでも座り給え。良かったら酒でもどうだ? いい蒸留酒があるぞ?」
立ち上がり、壁際の棚に足を進める。透明度の高いガラス戸の向こうにズラリと酒瓶が並んでいた。正直酒は嫌いじゃない。むしろ好きな方だが。
「結構だ。俺は別にお前と親睦を深めるために来たわけじゃねぇ」
「つれないことだ」
ガラス戸に掛けようとした手をピタリと止め、振り返る。酒は好きだが旨い酒を呑むには酌み交わす相手が大事だ。この男と呑むぐらいなら一人で安酒でも呑んでいたほうがマシだろう。
好意的に接してきてるように思えるが、その声は高圧的だ。元が低い声であろうがやけに広がる声で、それがやたらと空気を重くしてやがる。
「それならば、一体今日はどんな要件でこられたのかな?」
「――そんなこともお前も判ってるんだろ? 全く、きっかけはウチにあるとは言え、随分と舐めた真似をしてくれているようだな?」
ふむ、とゲネバルが顎をさすった。この余裕がより腹立たしい。
「それはもしかしてあの件か? うちの連中がしでかした罪の捏造――」
「まるで自分は関係ないみたいな口ぶりだな?」
ゲネバルが大きな肩を竦めた。うっすらと笑みまで浮かべている。判っちゃいたことだが。
「実際そのとおりだろう。勿論責任は感じているよ。うちのギルドからあのような犯罪者を出してしまうとは、あまりに情けなく恥ずかしい思いだ。だからこそ、今度の裁判には私自らが出廷し証言するつもりだ」
「証言? 全ての責任をあの四人に被せて、ギルドの罪を逃れるためのか?」
「随分と棘のある言い方だが、こういっては何だが今回の件は全て君たちのギルドの冒険者がきっかけで起きたものだろう? 勿論それを利用しようとしたあの四人に情状酌量の余地はないが、そのことさえなければこのような結果にならなかったと思うと、恨み言の一つでもいいたいのはむしろうちの方だと思うが?」
「……うちはうちで責任は取るさ。だがお前らの、いやお前のやり方が気に食わん。お前らのやり口を何も知らないと思っているのか?」
「さて、何のことかな?」
チッ、やはりこんなことでボロを出すわけはないか。だが、こいつらの黒い噂は何かと耳に届いていた。
ここに関わったギルドは大体どこも潰されている。それはあるいは突然借金が膨らみギルドを維持できなくなったり、あるいは主要な冒険者やギルドマスターの不審死であったり、これまでクリーンだったギルドから問題がどんどん明るみになっていったりなどだ。そして侵略する大軍はそれらのギルドを踏み台にしまたは吸収しランキングを上げ規模も大きくなっていった。
だが、どれだけ疑わしくても決定的な証拠は見つからなかった。そう考えると今回ギルド内から裁判までいくのが出てきたのは綻びに繋がるかもと思えたのだが、実際は大した痛手には繋がっていない様子だ。
調査報告書にしてもそうだ。あの四人に関しては証言も含めて不自然な程に関与に関わる物が出てきた。だが肝心の侵食する大軍に繋がる証拠は何一つ出てこなかったとある。
しかもあの四人も今回の件は黙秘を決め込んでいるらしい。どう考えても蜥蜴の尻尾切りにあってるような状況だ。義理立てする意味などないようにも思えるのだが解せん。
どちらにせよ、今回こいつらの一番の狙いはうちだったことは確かだ。そしてその途中であのギルドを上手く落とすことが出来たらと考えていたような節もある。
冒険者達の間では、何故あんな落ちぶれたギルドに拘るのか? と囁かれていたりもするが、何故かこの男はあのギルドに強く執着しているようだ。
どちらにしても――
「……二兎を追う者は一兎をも得ず――随分とすかしちゃいるが、一つだけ言えるのは今回お前らは下手を打ったということだ」
「……それはお互い様だろう」
「舐めるなよ。不動の1位と称されるまでになったうちはそんなに脆くはないさ。この程度の罅はすぐに修復可能だ。だがお前らは違う。小物らしくおとなしくしとけばいいのによ。身の程わきまえず虎の尾を踏んだのさ。今後英雄豪傑はお前らから決して目を離さない。絶対にだ!」
断言する。これは警告だ。この発言で俺はここに視えない線を引いた。決して超えちゃいけない境界線をな。
「随分な言い草だな。しかし、いくら英雄豪傑といってもお前は所詮、支部長でしかない。それがそこまで言い切っていいのかね?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。お前だって知らないわけじゃないだろ? ギルド同士の抗争は連盟からも固く禁じられている。勿論俺だってそんな真似は犯したくない。だが、あんたがそんな調子じゃ一体何がキッカケで爆発するか判ったもんじゃない。そうなった時、お前は責任が取れるのかい?」
「安心しろよ。追い詰めている側から手を出すことはないさ。あるとしたらお前が馬鹿やった時だけだ」
「追い詰めてねぇ。つまりうちは追い詰められた鼠ってところか。ところでこんな話を知っているかな? 鼠はな、猫に追い詰められると猫を思いっきり噛むそうだ」
「……何だ? お前がその鼠だとでも言いたいのか?」
「まぁまぁ、話は最後まで聞けよ。俺はな、こんな馬鹿らしい話はないとずっと思ってるんだ。鼠が一匹で猫に挑んだところで、勝てるわけがない。例え噛めても、反撃を喰らえばすぐ死ぬ」
「…………」
「だから、俺はこの話がそもそも間違いじゃないかと思ってるのさ。この話はそうじゃない。本当は鼠の目的は反撃じゃなくて囮だ。猫に追いつめられたと思い込ませて誘導していたのさ。仲間の場所までな。そしてしめしめとやってきた猫を大群で逆に仕留めたのさ。群れになった鼠ほど怖いものはないぞ? 猫だろうと虎だろうと、後には骨一つ残らない。全てを――喰らい尽くす」
「……それがお前だって言いたいのか?」
ゲネバルは口では答えず、ただニヤリとだけ笑みを浮かべた。狡猾な憎たらしい笑みだ。
「――忠告はしたぞ」
「あぁ、今日は中々有意義な話が聞けた。セクレタ、客人はお帰りなようだ。外まで案内してあげなさい。丁重にな」
「結構だ。例え美人でも、背後から殺気を浴びせ続けてくるような女は御免だしな。全く人のこと言えるかっての」
「――それは失礼。今にも飛びかかりそうな雰囲気がありましたので」
「ふん!」
「ホフマン。よかったらまたいつでも顔を見せるといい。その時は今度こそ酒でも呑もうじゃないか」
「――お断りだ」
「つれないねぇ」
そして俺は侵食する大軍のギルドを後にした。全く、腹黒い奴だ。とにかく、今後はこいつらの行動にもしっかり目を光らせておかねぇとな――




