第56話 処罰
sideホフマン
「――以上がこっちで調べて判ったことだが、何か弁解はあるか?」
リャク達のパーティーがようやくギルドに帰還した。こっちはこっちで色々大変なんだが、流石に放ってはおけないのですぐにでも俺のところに来るよう指示を出しておいた。
そして今、俺の目の前にリャクを含めた四人が立っている。
俺の正面にリーダーのリャク。少し控えた位置にレーノ。その後ろにはノーキンとホミングのふたりだ。
「……参ったな。てっきり僕は昇格の話でも頂けると思っていたのですが」
リャクはやれやれと頭を振り肩を竦めた。俺は一通りこいつに説明したつもりだが、まさかこの期に及んで昇格を期待するとはな。
「そうか。だとしたら諦めろ。尤も、何か正当な理由があったというなら話は別だが」
「正当な理由ですか。それなら一つ聞きたいのですが、そもそも今回の件、そこまで悪いことでしょうか?」
「……ほう――」
こいつ、表情から見るにこいつは本当に悪いと思ってなさそうだ。
「ちょ、ちょっとリャク! 支部長の前でそんな言い方!」
「……そもそも俺はそんな話、何も聞いてなかったがどういうことだ?」
「じ、自分もっす! なんなんっすかその話は!」
だが、仲間の三人は全く反応が異なるな。レーノは間違いなく協力しているだろうが、残りの二人はそもそも知らなかったようだ。
「特に話す必要がないと思っただけのことさ。所詮はその程度の話ってことで、そこまで目くじら立てる理由が僕にはわからないね」
「……開き直りか?」
「ははっ。僕は事実を述べているだけですよ。だってそうですよね? カルタが紙装甲なのは神託の結果で事実。そんな男が冒険者としてやっていけるはずがないが、このシルバークラウンを目指していた。途中の魔物の驚異もはねのけてね。だとしたら考えられるのは人頼みでしかないし、そこに同行している豪奢な馬車持ちの少女だ。誰がみても上手いこと利用してると考えるのでは?」
全くまさかここまで性格が捻じくれているとはな。腕があってもこのままじゃ正直上では使い物にならない。少しは現実を知らないといかんころだ。
「……誰が見ても考える? そんなのは捻くれた心の持ち主だけだ」
「それは失礼致しました。でもね、僕はこれでもあいつのことを思ってのことだったのですよ?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。実力も伴わないのに冒険者なんて目指したところで無駄に命を失うだけです。だったら現実を知ってとっとと田舎にでも引っ込んでいた方がいい。だからこそ心を鬼にして前もって事実を広めようと思ったんです」
「……だが、結局依頼のあった村の問題はそのカルタ達が攻略し、途中のレッドライジングも彼らが倒したようだが?」
想定外のことではあったが、報告で依頼そのものは第三者つまりあのカルタ達の手によって解決済みだったとあった。その場合掛かった経費だけは請求できるが、どのみちリャク達の成果には繋がらない。まぁこいつらの場合はそれ以前の問題だが。
「……だからですよ。紙装甲なんて最弱スキル持ちがそんな真似出来るわけがない。そう思ってこのままでは彼のためにならないと感じたのです」
「それでスキルの事も含めて勝手にやったのか。お前、冒険者の情報を漏らすのはタブーだってこと当然知っているだろう? 特にスキルの情報は互いに必要があって教えたり教えられたりするならともかく、そうでもないのに気軽に広めるもんじゃねぇんだよ」
「そうなのですか? それは失礼しました。何せ僕はまだまだ冒険者としては日が浅いですから。そういった暗黙の了解みたいなのには疎いのですよ。わかりました今後は気をつけます」
白々しいとぼけ方だ。こいつはこういうときだけは新人を強調するのだから可愛げのないやつだ。
「……お前は本当にそれで済むと思っているのか?」
「済まないのですか? 勿論全く罰を受けないとは思ってないですから言われた処罰は甘んじて受けるつもりですがだからといってまさか今回の事で冒険者の資格剥奪とかギルド追放なんて真似にはならないですよね? 何せ僕が行ったことはカルタの情報を少し広めただけ。それが誤解を生む結果にはなったのかもしれませんが、手配書が出回ったり、全く関係のない罪を被せられたりといったことは僕とは関係のない第三者によって引き起こされたものなんですから」
このリャクという男はやることにずさんな点はある。今回のことは勿論あってはいけないことだ。それが前提だが、やり口があまりにおそまつだった。レーノを使って精霊魔法での喧伝、こんな真似すれば当然後から調べればすぐに判る。
例えごまかしたとしても精霊は嘘をつかない。精霊魔法は術者が精霊の力を借りて行使する魔法だ。故により高位の精霊術師であれば精霊から真実を聞き出すことが出来る。
そういう意味では浅慮なことこの上ないのだが――だがこいつは馬鹿ではない。問題が起きた時に上手く回避できる手をよく心得ていやがる。
実際こいつの言ってることは間違ってないからな。例えば連盟の基準で見た場合、同業者、つまり同じ冒険者の情報を流した程度ではそこまで重い処分を求められることはない。
今回は敢えて相手を貶めるよう虚偽の情報も混じっているが、本人がそれを信じて疑ってないと譲ってきかないなら証明のしようがない。ましてこの男は本気でそれを信じている節がある。
そうなってくると例えばこれが依頼者の情報漏えいだった場合は、内容にもよるが最低でも依頼料の十倍程度の罰金に課せられた上、しばらく活動停止といった処罰も言い渡せるが――
「……もういい判った。お前たちへの処罰を言い渡す。リャクを含めたお前たち四人を十日間の謹慎処分とし、街から出るのを禁ずる。勿論その間は冒険者としての活動もなしだ」
「……承知いたしました。我らグローリーブレイヴはその処罰を潔く受けましょう」
「……そうか」
一応神妙そうな顔を見せてはいるが、心の中では想定内とでも思っていそうだな。しかし、実際あまりに重い処分をここで言い渡してしまうのは他のギルドに対してあまりに外聞が悪い。
特に英雄豪傑はランキングでも首位を守り続けているギルドだ。俺たちの行動は常に監視されてると言ってもいい。処罰というものは軽すぎても駄目だが重すぎてもやはり問題がある。
だから、少なくともギルドの決定としてはこれぐらいが限界だろうな。
「お前反省はしてるのか?」
「はい。悪気がなかったこととはいえ、こういった結果を招いてしまったことは深く反省させて頂きます。そして――」
「そして?」
「先程も申し上げましたが、僕もカルタのことを思ってのことでした。故に、冤罪によって処刑となる結果など望んでなく、そうなっていればきっと僕もここにいる皆も後悔したことでしょう。そういった意味で、支部長の介入によって最悪の事態に陥らずに済んだことに敬意を払わせて頂きます」
深々と頭を下げるが、その全てが演技であることは見ていれば判る。なので俺はそこにおまけを付け加える。
「ふん、それを今お前に言われても嬉しくはないがな。まぁいい、ついでにもう一つ、今後お前たちには指導員をつけることにした」
「指導員、ですか?」
リャクが眉を持ち上げ反問した。何故今更って顔だな。確かに既にそれなりに活躍している冒険者に指導員というのも異例な話だが。
「あぁそうだ。おい、もう入ってきていいぞ」
「失礼します――」
俺はリャクの向こう側へ視線を向け、あいつに呼びかけた。扉を開き、人一倍図体のでかい奴が入ってくる。
「え? 嘘?」
「……やはりか」
「ちょっと、どういうことっすかこれ!?」
「やっぱりね。ただの御者ではないと思っていたよ」
俺が座る机の右隣に立ったこいつを見て、二人は意外そうな顔を見せたが、もう二人は納得といったところか。
「ふん、その様子だと気づいていたのもいるようだな。なら今更説明する必要もないだろう。今後お前たちの指導員となるBランク冒険者のエリートだ」
そう、それはエリート。この四人と、御者の振りをして一緒に行動してもらっていた。
「――ま、そういうわけだ。騙したようで悪いが、お前らの実力を図るために御者として同行していたってとこだ。ま、改めて宜しく」
「こちらこそ。でもパーティーを組むならともかく指導員とは意外かな」
一応挨拶は交わし、顔も笑顔を取り繕っているが、心中では納得いってなさそうだ。今回は無理だったにしても実力的には間違いなくCランク以上とでも思い上がってそうな面だ。
「お前たちは今回のこともあるしな。指導員であると同時に今後しばらくはお前らをエリートの監視下に置く……それと、念の為言っておくがお前らの昇格はしばらくないぞ」
リャクの肩がピクリと反応した。にこにことした胡散臭い笑顔も張り付いたようになっている。
「――参ったな。ランクに関しては純粋な実力だけが結果に結びつくと思ってたのに」
「勿論実力も足りないと思ってのことだ。勘違いするなよ? 冒険者にとって大事な要素は何もステータスなどによる身体能力や技術だけではない。それを肝に銘じておけ」
「……はい」
「ふん、判ったならもういい。今後のことはエリートに任せる。今日のところはこのまま宿にでも戻るといい」
「……承知いたしました」
「それとエリート、お前は少し残れ」
「はい」
リャクたち四人はおとなしく出ていった。どうやらあいつに関しては昇格できなかったことの方が堪えたようだ。
「それでエリート。奴らはどうだ?」
「どうだと言われてもそうですね」
後頭部をさすり弱ったように眉をひそめた。そして改めて俺に目を向け。
「まぁ、実力は確かですよ。ステータスの伸びもよく、確かにその世代に入ってるんだと思います」
やはりアレが絡んでいるか。この状態の人間は成長率が著しくなる。つまりまだまだ強くなる可能性が高いということだろうが。
「おまけに技の面でも優秀で、このままいけば間違いなく第一線で活躍できる冒険者になれるでしょうが――」
「何だ?」
「残念ながらノーキン以外は心が未熟です。特にリャクに関して言えば性格が捻じくれている」
「ふん、だろうな」
「判っていて聞くのだから人が悪い」
「念の為だよ。同行して直接見たお前の意見も一応聞いておかんとな。しかし――」
一泊置いた後改めてエリートをみやり。
「今回は正式な決定前だったので不問とするが、今後同じようなことがあったら事だからな。しっかり肝に銘じて目を光らせておけよ」
何せこいつ、近くにいたにも関わらず、リャクの行為を阻止できなかったからな。
「勿論、判ってるさ。今回の事も下手したら危うかっただろうし」
「全くだ。情報提供者がいてくれたからまだこれで済んだがな。それでも今回掛かった調査費用の一部はうちが負担することとなるだろう。うちから派遣した冒険者だって当然全て依頼料は持ち出した。だが、それでもまだそれで済んでるとも言える」
「だけど、本当にあいつへの処罰はあの程度で良かったので?」
「……腹の立つことだがあいつの言ってることは間違いではない。それに被害者のカルタという少年が処遇の一切はギルドに任せると言っている。そうなるとギルドとしてはアレ以上の罰は難しい。表向きはな」
「表向き、ですか」
「そうだ。これはあくまで指導員となるエリートお前へだが、今後のためにあいつにしっかり指導してやってくれ。何度も言うが今後こんな事が二度と起きないようしっかりとな」
念を押した。この言外の意味を理解できない程間抜けではないだろう。
「……それは、多少手荒な真似になってもということですかい?」
「おいおい、それを俺に言わせる気かよ?」
「……全く。食えない人だ。流石創設者の一人だけある」
「それは関係ないだろ。全く、あまり好きじゃねぇんだ。創設者とか言われて特別視されるのはよ」
俺のことをそんなふうに呼んでありがたがるやつもいる。そして、利用しようとして近づいてきたのも腐るほどいる。このギルドを立ち上げたことは今でも誇りに思っているが、それをいちいち口に出して近づいてくるやつほど鬱陶しいものはない。
まぁ、あいつみたいに純粋に憧れですと言われるのは悪い気もしないが。
「それは失礼しました。ところで、一つ気になるのですが、あのカルタがもしリャクに対して、除名や追放処分を求めてきたら応じたので?」
「……ま、一つ言えるのは私怨に任せてそんなことを言い出すやつは冒険者として大成しないってことだな」
こいつも判っててそんな質問ぶつけてくるんだから意地の悪いやつだ。
「なるほど――よくわかりましたよ。だが流石だな。あのカルタは」
「その様子だとやはり知ってたか。ま、面白そうな男ではあったな。何もなければギルドに誘ったかもしれないが――」
リャクの野郎は何を勘違いしているのか知らねぇが、あれほどの逸材は中々いないだろう。先に会っていたら間違いなく俺はカルタを取った。
ただ、もうそばにあいつの娘がいたからな。
「誘わなかったので?」
「あぁ、なんとなくその方が面白そうだったしな。だが――今回の件は尾を引かなきゃいいんだがな……」
俺は改めて今回の件が纏められた調査報告書に目を通す。
やはり、このままってわけにはいかねぇよな……。
「さて、俺はちょいと野暮用があるからな。後のことは任せたぞ」
「えぇ、わかりました。ですが、あまり癇癪起こさないでくださいよ?」
バレたか。やはりBランクにしておくには惜しい男だな。実力的にはAランクでも申し分ないのだがな。何せ出世にはとんと興味がないような男だ。昇格につながるような依頼でも気分が乗らないという理由でよく断ってきたりする。
そういった頓着のなさもこいつの強みではあると思うけどな。
「ま、いきなりぶっ飛ばしたりはしねぇさ。流石にな」
「怖い怖い。本当、鬼面にはならないことを祈ってますよ」
そんなことは俺が一番判ってるさ――
そして俺はギルドを出て、目的の場所へ向かう。侵食する大軍のギルドへな――




