第6話 追手
本来なら、村に定期的に訪れる馬車に乗って街まで移動するところなのだが、カルタは出来るだけ早く村を出たかったということもあり、馬車を待たずして村を出た。
尤も自分のスキルにも慣れておきたいという意味合いも強い。女神スキルダスとの修行である程度は扱えるようになったとは言え、それでもスキル発動時の消耗が激しく、今のままでは精々三分間程度しか持続できない。
なのでこの時間もしっかり活用し少しでも力を伸ばしておきたいところだ。とりあえず先ずは狩猟神ノ装甲を試す。
この装甲になることで先ず気配には遥かに敏感になれる。その上、神知網という神装技も行使可能だ。
スキルの中には感知という周囲の状況が手に取るようにわかる能力があると聞いたことがあったカルタだが、神知網はそれより遥かに強力であり、今のカルタでも半径五〇〇メートル以内の地形から生命体の有無、それがどれだけの力を有しているかまで手に取るように判ってしまう。
「うん?」
ふとカルタは何かに気がついたように声を漏らす。かと思えば一旦装甲を解き、若干足を早めて先を急いだ。そして森の中を適当に進んでいき、ある程度まで進んだところで足を止め装甲を戻し振り返る。
「誰かいるのか?」
カルタが誰何すると木の陰から三人の男が姿を見せた。厳しい顔をしている。明らかに狩る者の目だが、動物などを狩りにきたというわけではなさそうだ。
「中々勘がいいなカルタ」
「へっ、紙装甲で普段からビクビクしてるからですよきっと」
「違いねぇな」
三人の内、二人は明らかにカルタを小馬鹿にしていた。残り一人は多少警戒しているようだが、ふたりの会話を耳にして嘲けるような笑みを浮かべるあたりカルタに対しての評価は低そうである。
「お前たちか……」
三人の顔をざっと認め言葉を漏らした。三人の口ぶりからカルタの事を知っているのは明らかだが、カルタもまたこの三人をよく知っている。
名はそれぞれアックス、アクロ、パワー。
アックスとパワーは筋骨隆々な体格をしており、アクロは細身の体つき。三人ともカルタと同じ村の出身だ。
何せ小さな村である。同じ村というだけで名前と顔は自然とおぼえてしまう。ただ、あまり親しい間柄ではなく、特にここ最近は馬鹿にしてくるような態度の方が目立った相手だ。
(確かアックスは手斧、アクロは軽業、パワーはチャージだったな――)
カルタは念の為、頭の中で彼らの能力を想起し、整理した。装甲を変えればスキルも含めて丸裸にすることが可能だが、明らかに見た目が変化するので出来れば避けておきたい。
「……それで、俺に何か用なのかな?」
雰囲気的にたまたまではない。そもそもこの三人は明らかにカルタの後をつけてきていた。村からは煙たがられて、妹以外ろくな見送りもなく村を出てきた彼に対する行為としては明らかにおかしい。
そうなると考えられることは限られてくるのだが、それでも出来ればその一線は越えてほしくないという思いがあった。
「別に用というほどでもないんだけどな――悪いがここで俺たちに殺されてくれるかな?」
だが、それはあっさりと越えられた。三人の一人、アックスの右手が斧に変化する。
これは彼の持つスキル手斧の効果だ。このスキルは自らの手を斧に変化させる。
普段は木こりとして生計を立てている彼だが、このスキルを得たことでわざわざ斧を持ち歩く必要がなくなった。
そして当然だが斧に変化した手は凶器にもなりえる。
カルタは深めに息を吐き出した。可能性としては十分考えられた。あの村長はカルタの存在そのものを許せない様子だった。
だからこそ、カルタが他の街に赴いた後、紙装甲のスキル保持者として出身を知られることに危惧した可能性がある。
そのため、村の評判をそんな事で落とされてはたまらないと、この三人に自分への処分を依頼したのだろうと、そう考察した。
いや、殺す気満々な様相な三人を見るに、間違いはないだろう。カルタはなんともやるせない気持ちになったが、かといっておめおめとやられるつもりもない。
アックスのスキルは手斧だが、手が斧に変わってるという点以外は普通の斧で攻撃してくるのとかわりはしない。
あとは残りふたりだが、パワーは背中から長柄の槌を取り出した。チャージのスキルは力を溜めることで次の一撃の威力を高める。これは溜めた時間に比例して威力も上がるが、溜めている途中は次の攻撃を打てない。
アクロの軽業は文字通りスキルの効果で動きが軽くなりアクロバティックな動きが可能になるスキルだ。スキル保持者になった瞬間から効果が常に及ぶようになる。
三人のスキルはどれも決して悪くはない。だが、紙装甲だと勘違いしているが、カルタのスキルは神装甲。発動させてしまえば性能差は歴然である。
カルタはとりあえず弓を引き、鏃を三人へ向けた。
「これは警告だ。それ以上近づくなら射つ」
「ん? こいつ、いつの間に弓矢なんて?」
「村を出る時にそんなもの持ってたか?」
疑問顔を見せる三人。だが、持ってなかったとも言い切れない様子だ。
それも仕方のないことだろう。今カルタは狩猟神ノ装甲を展開している。
装備としては狩人のような軽装だが、この装備の特徴の一つが、緑の多い森などであれば周囲に溶け込み存在感が希薄になる、というものだ。
消費の事もあるのでカルタは小刻みにスキルを発動していたわけだが、それでも自分の格好がどんなものかをはっきりさせない程度の効果は三人にもたらすことが出来た。おかげでスキルに勘付かれるような事もなさそうである。
「ま、紙装甲なんてものを持ってるんだから弓に頼るのもわからないでもないがな」
「けっ、それにしても情けないやつだ。飛び道具に頼るなんざ卑怯者のすることだぜ」
アクロが吐き捨てるように言う。カルタを明らかに侮蔑した瞳だ。
「全くだな。そんな戦闘で飛び道具に頼るような軟弱な精神だから紙装甲なんてゴミみたいなスキルしか手に入らないのさ。村民から嫌われるのも当然だぜ」
パワーが鼻息を荒くさせ眉を吊り上げた。いかにも力自慢といった風貌の彼には弓に頼るカルタが女々しく思えたのだろう。
「ま、紙装甲は文字通り一撃でも喰らえば死ぬわけだしな。卑怯者の代名詞ともいえる弓なんざに頼るのもわかるけどな。ま、でも人間様が弓なんかに頼った時点で、テメェは畜生以下のクソ野郎だって証明したようなもんだろうけど」
そこまで言った後、ゲラゲラと笑い出す。その姿にやれやれと肩をすくめるカルタであり。
「悪いがあんまり馬鹿にかまけてる時間はないんだ。俺の弓に射たれたいのか、素直に引き返すか、どちらかさっさと選んでくれ」
「調子にのんじゃねぇ! 誰がテメェの下手くそな弓なんかに当たるかよ! とっとと死ねや!」
キッ! とカルタを睨めつけたかと思えば、アクロが飛び上がり、ベルトからナイフを抜き数本まとめて投擲してきた。
だが、狩猟神ノ加護には反射速度を上げ、動作が機敏になる効果もある。投げナイフは軽やかなステップで躱し、ムキになって二投目を振り上げたその肩を矢で射抜いた。
「あぁあああぁ! イッてぇええぇえ!」
空中でバランスを崩し地面に落下。そのままゴロゴロと転げ回る。
「て、テメェよくもアクロを! この卑怯者が!」
「絶対に許さねぇ、ミンチに――」
しかし全てを言わせる前に二本の矢がふたりの脇腹を貫いていた。
飛び道具を随分と馬鹿にしていたが、ふたりの持つスキルではその飛び道具とあまりに相性が悪い。
ましてや神装甲を行使しての一撃だ。耐えられるわけもなく悲鳴を上げてアクロと同じように地面を転げ回った。
「これでもう判っただろう? 俺だって日々成長している。はっきりといってお前らじゃ相手にならないよ」
「ぐ、な、なんだ、と?」
「……一応は同郷の身だし、命だけは取らないで置いてあげるよ。だけど、これは最後の忠告だ。痛みが引いたらもう余計なことは考えず、すぐに村へもどれ。従わないなら命の保証は出来ない」
うめき声を上げる三人をおいて、カルタは先を急いだ。そしてその途中で神装甲は解く。この時点で危険地帯は通り過ぎることが出来た。
なので暫く神装甲に頼る必要はないだろう。あとは、あの連中が素直に忠告を聞いてくれるかだが――
◇◆◇
「くそが! 舐めやがって!」
アックスが歯ぎしりし、地面を思いっきり殴りつけた。カルタにいいようにやられてしまったのが悔しくて堪らないようだ。
「で、でもよ。あいつ、弓の腕、結構良かった、よな? 流石にこのまま挑んでも分が悪くないか? 忠告どおり引き返したほうが……」
「ばかいえ、あんな卑怯者に何を弱気になってる! 大体アクロ、お前毒を持ってきていただろ? 最初に躊躇なくそれを使っておけば問題なかった筈だ」
パワーが責めるようにいう。確かにアクロは毒煙を巻く玉を持ってきている。最初にそれを使っていればまた違っただろうというのがパワーの言い分だが、そんなものを使わなくても余裕で殺せると豪語していたのもこのパワーだ。
「ふん、まぁいいさ。痛みはもうそうでもないし、後を追って今度こそ殺すぞ! 今度は三人で同時にかかるんだ! そうすれば問題ない!」
「そ、そうだな……」
「おうよ! 今度こそこの俺様の槌の錆に――」
その瞬間だった。何かの影が飛び出し、パワーを攫っていく。いや、正確には悲鳴をあげる間もなく、影がその腰から上だけを攫っていった。
「……え?」
「な、なんだと!?」
その衝撃に、思わずアクロは尻もちをついた。だが、それが良くなかった。最初にパワーの上半身を瞬時に引きちぎって持っていったソレは、獲物の見せた僅かな隙も逃すこと無く豪腕を振り下ろす。
普通なら絶対届かぬ距離。だが、腕から斬撃が飛び、尻餅をついていたアクロの身を縦半分に割った。左右別々に倒れたそれぞれの半身の中身がドロリと外側にこぼれ落ちる。
そして最後に残されたアックスが驚愕の表情を見せ叫ぶ。その影の正体は、それほどまでに絶望的な代物であり。
「し、しまった、縄張りを、移動してたのか! こいつが、山の主――デスグリズリーが! くそ、ち、畜生がぁああぁああぁあ!」
◇◆◇
「やっぱり、忠告は聞いてくれなかったようだな」
あの連中の悲鳴は先を急ぐカルタの耳にも届いていた。そしてそれを聞き、何が起きているかを察した彼でもある。
実際のところ――あの三人だけであれば神装甲なしの貧弱な装備でもどうとでもなった。鉈に古びたナイフ、それに綿を多めに詰めて多少は身を守れる程度の布服が現在の装備ではあるが、それでも女神様の修行でかなり力はついているのである。
ただ、神知網で発見したあれだけはそうもいかない。デスグリズリー――この山の主だ。総合レベルは50。基本ステータスで言えば総合レベル30程度のカルタではまともに戦っても勝ち目はない相手だ。
基本的に餌場となる縄張りの範囲内にさえ入らなければ襲ってくることがない魔物だが、しかし大食漢な為か、定期的に餌場となる縄張りは変更する。
そしてまさに今、デスグリズリーが縄張りを変更した直後であろうことは神知網によって察することが出来た。
一応距離はまだ少しあった為、あの場で遭遇する可能性は先ずないとは予想したが、それでも念の為ということもある。
なので、狩猟神ノ装甲は維持していた形だ。おかげで三人に関しては楽勝過ぎたが、その後デスグリズリーが近づいてきていることは判ったため、あの三人には忠告だけしておいたのである。
あの場所であれば、逃げれる段階で村に引き返していれば、縄張りからは外れデスグリズリーもそれ以上は追ってこなくなる。
だが――その忠告も結局は無駄に終わったようであり。
「……悪いが、自分を殺そうとした相手をわざわざ助けに戻るほど、俺はお人好しじゃないんでね」
そう独りごち、カルタは歩みを再開させるのだった――




