第55話 無罪放免?
「本当に戻ってくるとはな――」
俺たちがシルバークラウンに戻ると入り口の門の前には多くの兵士が居並んでいた。
そして戻ってきたのが俺たちだと判明するなり、驚きの顔を見せたが、その表情の裏には当惑じみたものも感じ取れた。
「おお! やはり思ったとおりだ。お前たちの悪行はとっくに知られてしまったようだな愚か者どもめ! さぁ、あの罪人共をとっととひっ捕らえてくれ! なんならこの場で処刑してもよいぐらいの腐れ外道だ!」
凄い言われようだ。この兵長も俺たちが悪だと信じ切っているからなんだろうが、少しは俺たちが無実の可能性も考慮して欲しかったんだけど。
「こいつやっぱり気絶させておいた方がよかったんじゃないか?」
「全く、困ったものでゴブりますね」
ドヴァンが顔をしかめ、ジェゴブは嘆息する。確かにちょっとうるさいかな。
ただ、この兵長の訴えを聞いても兵士たちは動かなかった。一様に戸惑いの表情を浮かべたまま立ち竦んでいる。
するとその中で一番権限がありそうな兵士が前に出て困ったような顔を見せながら口を開く。
「兵長、残念ながらその命には応じることが出来ない。むしろ、これ以上この者たちを貶める発言を繰り返すのは貴方にとっても良くないので控えて頂きたいのです」
「な、何だと?」
これは意外な展開だな。まさか俺たちが擁護されるとは。勿論その可能性を信じていたのはあるのだが、それはヘアなどがここにいることが前提みたいなところがあった。
だけどざっと見た感じその姿は見えない。尤も後ろで控えている可能性もあるけど。
「そんなものとても納得できない! 一体どういうことなのだ!」
「それは俺から説明させてもらおうか」
兵長がムキになって叫んだ。すると低く野太い声が耳に届き、途端に兵士たちが道をあけた。
「貴方は、ホフマン……」
「よぉ。相変わらず仕事熱心なことだな」
兵士たちが左右に分かれ、出来上がった隙間から姿を見せたのは灰色髪を纏めて後ろに撫で付けた厳つい男だった。年の功は四十代ぐらいであろうか? 歳を重ねた証拠ともいえる皺が顔に浮かび上がっているが、纏っている空気は歴戦の戦士のソレだろう。
上背は決して高い方ではなく、俺よりも低いぐらいだが、全身から漲っているオーラも相まってあのガリア族のギリアンより大きく感じられる程だ。
実際周囲の兵士にはすっかり気圧されてしまっているのもいるし、さっきから俺たちに威勢を示していた兵長もどこか萎縮してしまっているような雰囲気がある。
ただ、それはその威勢だけが理由というわけでもなさそうだ。それ相応の立場にいる人間なのかもしれない。
「ところでカルタってのはどいつだ? そっちの片腕の剣士か?」
「カルタは俺、いや、私ですが……」
ドヴァンに目を向けて問いかけたので、とりあえず俺が答える。一応言葉遣いには気をつけた方がいいかもしれないから私と言い直しておいた。
「うん? こっちか。また随分と若いが……まぁあの野郎がこだわるならそれもそうか」
誰かを思い浮かべるようにしながら語る。あの野郎? 誰のことだろうか?
「私のことをご存知で?」
「あぁ、ちょっとな。それよりそんな固くならなくていいぞ。なれない言葉遣いなんて聞いてるほうがムズムズする。いつもどおりにしてくれ」
「は、はいわかりました。あのところでえ~と……」
「あぁ、わりぃわりぃ。そういえば俺のことを言ってなかったな。まぁなんだ。俺はグレイル・ホフマン。冒険者ギルドの英雄豪傑で支部長やってるもんだ」
「えええぇええええぇえええぇえええ!?」
「何だその顔。俺のことを知ってるのか?」
いやいや、知らないほうがおかしいでしょう。あの冒険者ギルドランク不動の1位を誇る最強の冒険者ギルドなんだから。
「一応俺も冒険者を目指してますし、それに知らないほうが珍しいほどの知名度ですよ……」
「そうか? そんな大したもんじゃねぇと思うけどな」
いやいや英雄豪傑で大したことなかったらどこもそうなってしまうし。
「ま、そうはいっても俺なんかはしがない支部長でしかないけどな」
それも大きすぎる謙遜だ。英雄豪傑ほどのギルドの支部長となれば他のギルドなら余裕でギルドマスターになれるほどの逸材だし。
それにしても、ホフマン、ホフマン、何か聞き覚えがあるような……。
「あ! お、思い出した! 鬼面のホフマン! 英雄豪傑の創設メンバーの一人じゃないですか!」
「うん? なんだそんなことまで知ってるのか?」
「勿論です! 英雄豪傑の創設メンバーといえば英雄譚として本が何冊も出来るぐらいの冒険者で、その活躍と偉業は枚挙に暇がないと言われるほどで、そんな方と出会えるなんて――あ、あとでサインを貰ってもいいですか!」
「お、おぅ。まぁそれはまた今度な」
「……おい、若干引いてるぞ」
「温度差が激しいようでゴブりますが、それほどご主人様にとって憧れの人物ということなのでしょうな」
当然だ。冒険者を目指すなら憧れて当たり前の存在なのだから。
「ゴホン!」
「おっと、話が逸れちまってたな。舵を戻すが、とにかくここにいるカルタ達の罪に関しては再調査が必要ということになった。手配書に関しても一旦破棄されるし、拘束も解かれることとなる」
後ろに控えていた兵士の咳きでホフマンの話が俺たちの件に戻された。それにしても再調査……願ったり叶ったりだけど、なぜその件であの英雄豪傑が?
「ちょっと待て! そんな話、いくら貴方が英雄豪傑の支部長とは言え勝手に決めてよい話ではない! 手配書や罪人の扱いにまで及ぶ権限などあるはずがないのだ!」
「そのとおりです兵長。ですので、この件は英雄豪傑の支部長たるグレイル卿とシルバークラウン騎士団の団長との間で話し合い決定したことです」
え? き、騎士団長って……しかもこれぐらいの規模の都市の騎士団ともなればおいそれと口利きなんて出来ないよな普通。
それをこうも簡単に――流石ギルドランキング1位クラスは違うな……。
「な!? 騎士団長まで、だと。何故だ、何故そこまで。大体今回の件は英雄豪傑とは一切関係がないことだろう」
兵長は納得がいかないのか必死に喰らいついていた。俺達からすれば無罪であることが証明されるのだからこんなありがたいことはない。
だけど何故という疑問はやはりある。
「ところがそうでもないのさ。むしろうちが動いたのはうちの馬鹿の関与があったからでもある。尤も、当の本人はこんな大事になるとは思っていないだろうがな」
だけど、ホフマンから語られた事実に俺は少なからず動揺した。まさか、今回の件にこれほどのギルドが関係していたなんて――
「え? つまり……事の発端は英雄豪傑にあるということで?」
「……そういうことだ。だからこそ俺がこの場にやってきたわけでもある。このシルバークラウン支部の責任者として謝らしてもらいたい。うちのがとんでもないことをしでかしてしまった。本当に申し訳ない」
深々と頭を下げられた。衝撃が俺の胸を貫き、思わず手を振り声を上げてしまう。
「そんな頭をあげてください!」
「いや、うちのリャクがやったことはとても許されることじゃない。勿論必要ならそちらの望むように処罰させてもらう」
「……え? リャク?」
正直ここにきてまさかの事実が続きすぎな気がする。リャクの名前を英雄豪傑の支部長から聞くとは。
うん? でも待てよそれって……。
「その顔、やはり知り合いか……」
「えぇ。まぁ、一応幼馴染なので。でも、その、もしかしてあいつは英雄豪傑に入ったのですか?」
「……そうだ」
静かにそれだけをホフマンは口にした。俺としては、なんとも言えない気持ちになる。まさか英雄豪傑に入れたなんて。
ただ、実力だけ見れば確かなものだったもんなアイツは。だから英雄豪傑に入っていたというだけなら驚きはしたがこんな気持ちにはならなかっただろう。
だけど――支部長のホフマンは俺の目の前で頭を下げ続けてる。こんな真似をさせるようなことをやらかすなんて、逆に申し訳なく思った。
「とにかく頭を上げてください。そして教えて欲しい。あいつが今回の件を全て企てたのですか?」
「……いや、全てではない。ただきっかけを作ったのは確かだ」
そしてホフマンは頭を上げ、リャクが何をしたかを教えてくれた。どうやらアイツは俺がこの街で冒険者として活動出来ないよう、紙装甲であることやヘアを誑かしてその援助だけで成り上がろうとしているみたいなことを吹聴し貶めようとしていたようだ。
ただ、そこから先の尾ひれがついた誤解や冤罪は第三者の介入による結果だという。
「そう、ですか」
そこまで聞いて何故か、少しだけホッとしている俺がいた。正直もう顔も見たくないという気持ちではあったし今の話を聞いてより腹も立ったが、それでもそこまで落ちていなくてよかったという思いでもある。
元カノまで寝取られておいて甘ちゃんもいいとこだけどな。
「それなら、処罰に関してはギルドの方針にお任せします。まだ冒険者でもない俺がギルドのやり方に口を挟むべきではないですし」
「――そうか……判った。まぁだからといって甘い処遇にする気は毛頭ないがな」
俺の答えを聞いても、その瞳には申し訳ないという感情が滲んでいた。ただ、俺に向けてくる目つきが若干変わったと言うか、どこか和らいだ気がした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。貴方は自分で何を言っているのかわかっているのか? ギルド所属の冒険者が原因だと認めるということは、英雄豪傑も何かしらの罰に問われるということなのだぞ!?」
兵長が動揺混じりの大声を発した。それを耳にしハッとなる。確かに今回の事は決して小さな事件ではない
勿論英雄豪傑が悪意を持って関与していたわけではないし、主犯格と言えるのは別の第三者だが、それでも管理不行き届きということで問題視されてもおかしくないのである。
「無論覚悟の上だ。だが、知ってしまった以上黙って見過ごすわけにはいかない。それにこういうことはさっさと認めて対処したほうが早く解決できる」
「それを言うならもっと早くに動いて欲しかったけどな。正直俺たちだって殺されかけたわけだしよ」
「ドヴァン、遠慮がないな――」
遠慮ない発言だった。このあたりスパッと口にできるのは彼らしいと言える。
「ドヴァン殿の言っている事にも一理ありますな。ヘア様についても気がかりでゴブりますし」
確かにそうだ。できれば早くに姿を見て安心したいところだ。
「あぁ、それなら心配いらねぇよ。あのお嬢ちゃんなら兵舎でしっかり保護されている。襲ってきた連中も返り討ちにあったしな」
「お嬢! くそ、やっぱり襲われていやがったのか!」
「ですが、それを聞いて安心しました。助けはもしかして貴方様のギルドが?」
もしかして――シルビアが色々動いてくれたのだろうか? 英雄豪傑が動いているのがどうにも不思議だったが、彼女が何かしを察して助けを求めた可能性だってある。
「いや、確かに俺達も急いで動きはしたが、見つけた頃にはとっくに解決していたさ。シルビアが上手くやったようだけどな」
だけど、英雄豪傑に直接頼ったわけではないみたいだな。とは言え――
「やっぱりシルビアが動いてくれたんだ。あの、受付嬢のシルビアは?」
「挑戦者の心臓のお嬢ちゃんも無事だよ。他の冒険者の手を借りることが出来たようでな。全員にお前のことも心配してたぞ。特にアイズという冒険者がな」
「え? アイズが?」
「あのなよっとした奴か」
「旅の途中で知り合った冒険者同士で助け合う。いいものでゴブりますな」
感慨深そうにジェゴブが言う。たしかにちょっと俺も心を打たれた。それにしてもこんな形で名前が聞けるとは。いや心からありがたい。しっかり後でお礼を言わないとな。
「ちょっと待ってくれ。襲われたって、ヘア……あの少女が? しかしあの子は両親が迎えに来ていた筈では……」
「それが、その両親こそが偽物で盗賊の仲間だったのだ」
他の兵士の回答に兵長は目を大きく見開き。
「そんな、それではまるで我々がすっかり騙されていたみたいではないか!」
「みたいではなくまさしくそのとおりなんだよ。勿論それも含めて調査の必要があるが、とりあえずヘアという少女が洗脳されていたというのは大きな間違いだ」
「何だと! 馬鹿な!」
「本当だ。それも英雄豪傑から魔導師が一人派遣されてきて魔法による診断を受けたが洗脳などの事実はないと認定された」
「疑うならしっかり診断書も作成させるぞ。うちの魔導師は王国からの依頼を受けて診断したこともあるほどの腕だし間違いはないと思うがな」
「そんな、だったら私は一体何のために……」
がくりと崩れ落ちる兵長。正直散々罵詈雑言を浴びせられ暴力にも訴えられたが、この兵長も仕事熱心なだけだったのだろう。
それでも、少しは胸がすく思いにはなれたけど。
「まぁ、気を悪くさせたら申し訳ないが、今回は怪我の功名といえる部分もあるがな。これだけ話がスムーズに進むのもヘアというお嬢ちゃんが襲われていたことが逆に無実たる証明になった。カルタ達に関してもそこに捕まってる四人に聞けばおのずと潔白が証明されるだろうさ」
「……どうやら今回は我々一同反省すべき点が多々あるようです。手配書にしても内部にてそれを手助けしたものがいる可能性がありますし……」
「ぐ、ぐぅ……」
「とにかく、まぁそういうことだからもう手出しする理由もねぇ。だから、兵長を含めた兵士たちは開放してやってもいいんじゃないか?」
「え? あ、そうだった」
うっかりしていたが、彼らは今は一旦拘束状態にしてあるんだった。
なので兵士たちの拘束具は全て外すことにする。
「拘束具を外すのは構わねぇがそこの兵長さんには約束を守ってもらうぜ」
「約束だと?」
「あぁそうだ。裸で土下座、するんだよな?」
ニヤリと悪い笑みを浮かべてドヴァンが言う。いや、確かにそんな話があったけど、いまここで言うとはさすが容赦がない。
「くっ! ま、まだ完全に無実だと決まったわけではないだろうが! これから調査が入るのだからな!」
「おお、なら調査結果が出たらしっかりやれよ」
歯ぎしりしながらメチャメチャ睨んでますけど……ま、まぁでも約束だしな。
何はともあれこうして話は纏まり、俺達も一旦釈放される運びとなった。
その脚で兵舎に通され、俺達はそこでヘア達と再会する。
「ヘア、良かった無事で」
「それは私のセリフです! カルタは、みんなは大丈夫だったのですか?」
「お嬢! 俺なんかにまでそんな心配を。もったいないお言葉です!」
「我々は大丈夫でゴブります。ヘア様こそお怪我は大丈夫でゴブりますか?」
「う、うん。私は全然だよ。シルビアさんやアイズくん、それに他の冒険者さんも助けてくれたから」
見たところ大きな怪我はなさそうではある。ヘア達の無事が確認できて、俺もようやく肩の力が抜けた。
「そうか。それにしても本当に無事で良かった。それに皆も本当にありがとう」
「袖振り合うも多生の縁って言うしね。これぐらいなんてことはないよ」
「そです、なんだそりゃ?」
「あ、これはブシドスキナという島で使われてることわざでね――」
アイズが言うには、ようはちょっとした出会いでも何かしらの因果があってのことだから大切にしようということなようだ。
「アイズはものしりだなぁ」
「旅をしていると色んな人から話を聞くことが多いからね」
「何はともあれ、みなさんが無事でよかったです。それにアイズ様やリーダー様も本当にありがとうございました」
「おう! シルビアちゃんが困ってる時は、またいつでも駆けつけるぞ!」
「全く、相変わらず可愛い子に弱いなリーダーは」
「そ、そんなんじゃねぇよ!」
そんな会話をしながら笑い合う。色々あったけど、とにかく誰一人欠けること無く解決出来てよかった。勿論、まだ完全に無実が証明されたわけではないけれど、調査が勧めばきっと俺たちの身の潔白は証明されるはずだ。
そして――あの四人はそのまま兵士たちに連行されていった。今後の調査はあいつらが所属していた冒険者ギルドである侵食する大軍にまで及ぶようだ。
何せこれだけ大掛かりなことをやってのけたんだ。あの四人だけがそれだけのことをしでかしたとは到底思えず、ギルドマスターの関与も疑われるという話である。
そして後のこった問題は、リャク達の処遇だが……とりあえず、俺としては冒険者を辞めさせられるような真似にはなってほしくないと考えている。
勿論これだけの事件を引き起こした引き金となったわけだから、何の処罰も与えられないってことではないと思うし、俺だってこれまで散々ひどい目にあった。恨みに思ったことだってある。
でも、だからこそ俺は、こんな形ではなく、冒険者として実力であいつの上に立ち見返してやりたい、そう思っているのだから――




