第47話 ギルドマスター
前回のあらすじ
作者が洗脳された。
敵側の視点がほぼメインの回です。
「マスター、申し訳ねぇ。追い詰めたんだが、妙な邪魔が入って逃げられてしまった」
「油断してました。他の冒険者は全員追い払ったつもりだったのですが」
「……某としたことが不覚であった」
「ハハッ、ご、ごめんねぇ~ヘヘッ」
多種多様な四人の冒険者がマスターの前で深々と頭を下げる。尤もリリパト族のパルパルだけは卑屈でありながら謝罪も軽々しいが。
「……まぁいいさ。気にするな。お前らは十分な時間稼ぎをしてくれた」
そんな四人の謝罪を――マスターは寛大に受け入れた。いや、そもそもこれは想定内だった。私は秘書として後を引き継ぐように彼らに話す。
「あなた方の本番はむしろこれからです。今回は買い手が決まるまで少々時間がかかりましたからね」
「ん? 買い手ですかい? てっきりいつもどおり適当に賞金首に出来そうなのを見繕って狩るだけの簡単な仕事かと思いましたが」
ギリアンが首をかしげる。たしかにいつもならそうだ。特に今回はうちとしても目障りなあの英雄豪傑から流れてきた情報を元に細工した形だ。
マスターは抜け目ない男だ。稼げると分かればそれが今となっては小銭稼ぎにしか思えないようなことでも平気で行う。
だけど、今回の件はそれ以上に大きな意味が三つあった。一つは元の情報源が英雄豪傑絡みであったこと。
もう一つは集めた情報で、あの娘が髪の毛を操るという希少なスキル持ちであることがわかったこと。
最後の一つは、これはある意味では想定外だが、挑戦者の心臓を潰せるきっかけが作れたこと。ギルドそのものはマスターの工作もあって既にボロボロの状態なうえ、あそこには今マスターがいない。
借金もある以上、放っておいても潰れそうなものだが、マスターは受付嬢がどうしても欲しいと見えて確実に潰そうと考えている。今回の件を上手く利用すれば一旦追い込んだ上で恩を売れる可能性が高い。そこまでいければマスターの勝ちだ。
「マスター情報操作はまだ続けますかい?」
「あぁ、ライアー計画通り頼むぜ。今度は挑戦者の心臓について、適当に【嘘八百】並べておいてくれや」
「御衣に」
嘘つきライアーが部屋を離れた。彼は今回の件で、いやこれまでの件も含めて一番の功労者と言えるだろう。
その理由はあの男のもつスキルにある。
嘘八百
タイプ:影響系
総合評価:B
パフォーマンス:B
コスト:E
リスク:B
ついた嘘を本当だと信じ込ませるスキル。ただし既にその嘘が嘘だと知っている相手には通用しない。
ライアーは戦闘力は決して高くないが、技能レベルの高さとこのスキルの効果が買われている。しかもこの嘘八百でついた嘘は人伝に広まる効果がある。どのぐらい広がるかは技能レベルによるが、彼自身が喧伝して回ったのも含めるとシルバークラウン内でも相当広まったと言える。
尤も賞金首に仕立て上げることが出来たことに関してはマスターの力によるところが大きい。
なぜなら本来、これだけの早さで手配書が回ることなんてありえないからだ。
何せ賞金が出る以上、当然それを支払う出資者が必要だ。この賞金首の賞金に関してはその罪の重さなどで出処は変わってくる。
例えば領地として見れば大したことがなくても村や町の規模で見れば放っておけないような罪人などであれば村長や町長が自分の権限内で手配書を貼ることもある。この場合罪もそこまで大きくない事があるため、生け捕りが条件となることも多い。勿論賞金も安い。
逆に領土全体に影響がありそうな、例えば小~中規模の盗賊団などの場合領主が賞金を出す場合が多く、国全体に影響を及ぼす盗賊団で騎士団だけでは手に負えないような場合は国が賞金を出す。
勿論盗賊ではなくても個人でそれぐらいの危険度があるとされる場合もあるし、盗賊に限らず闇の勢力など様々なパターンがある。
また冒険者が犯罪に手を染める場合もあるが、この場合は大体冒険者連盟が賞金を出す。連盟はギルドから加入料やロイヤリティーを徴収しているので資金は潤沢だ。普段はマスターもこちらを利用することが多い。
そして当然だが、本来は手配書を回すにも連盟なり、国や領主なりに許可を取る必要がある。
しかしマスターの場合はこれが必要ない。なぜならマスターの場合は後付でどうとでもなるからだ。だから手配書を偽造して回しても問題ない。尤も偽造と言ってもこれは後には本物となるので結果としては本物と言えるだろう。
これもマスターの力あってこそ。だからこそ息のかかった人間は非常に多い。そもそも国や領主の許可とは言っても直接領主や王が判断して調印することなどない。当然だがそれ専門の侍従なり文官なりが行う。マスターはそれらの一部を押さえており、その結果偽造の手配書でしっかり賞金を貰うような強引な真似が出来るのである。
侵食の大軍はこういった情報線も駆使し時には強引な手も行使し規模を広げていったギルドだ。他のギルドを追い落とし吸収することで勢力を増していったギルドだ。そのやり方はまさに侵食。このギルド名にふさわしいと言えるだろう。
数年前は五十人足らずだった所属冒険者も今や五千人超にまで増えた。冒険者ギルド連盟が公表している冒険者ギルドランキングでも100位以内に名を連ねている。
数多くの冒険者ギルドが乱立する昨今において数年でこの位置にまでこれたのなど類を見ないことだろう。
「全く、今回はあの忌々しい英雄豪傑が自ら墓穴を掘ってくれてありがたい限りだ」
マスターの機嫌は良い。四人が特に罰せられないのも、今の所すべてが目論見通り進んでいるからだ。
恐らく情報の出処であるリャクという冒険者はあの連中に何かしら恨みがあったのだろう。だからこそ今回のような噂を広めることで、どこの冒険者ギルドも相手しなくなることを期待したのかも知れない。
だけど、それがマスターの耳に入ったのが不運だったと言えるだろう。いや、単純にその連中を追い込むつもりだったならリャクからすれば御の字と取られるかも知れない。
だけどマスターはその先を見据えている。一旦広めた情報を覆す程度マスターに掛かれば造作も無いことだ。しかもギルドにとってベストなタイミングで、今回で言えばヘアを抜かした三人全員をこれからの手で上手く処理し、首にかかった賞金をこの四人に受け取らせ、ヘアに関しては偽物の両親に引き取らせた後、奴隷として高値で売り飛ばし、罪人の逃亡を助けたとしてあの受付嬢を追い込む。
その上で、情報を入れ替えて全てが間違いであり、嘘の情報を流したのは英雄豪傑の冒険者だと嘘八百も併用して浸透させる。これに関してはリャクという男が最初に噂を流したのは間違いないので連中は否定しきれないだろう。
そうなればギルドの評判もガタ落ちだ。マスターの策略通り、首位の座から滑落するのも時間の問題だろう。
勿論、この過程において侵食の軍団には何の罪も齎されない。こちらはあくまで手配書にそって賞金首を狩っただけであり、一度受け取った賞金を返せとも向こうは言えない。それに、その後の責任は取らせようと思えばいくらでも外の連中に取らせることが出来る。マスターはそれだけの力を持っているのだから。
このマスターは素晴らしい。例え手段がどうあれ、天下を取られるとしたらこのマスターをおいて他にはいないだろう。
だからこそ私はマスターの言葉を改めて彼らに伝える。
「さぁお前たち、まだ仕事は終わっていない。ここからが本番だ。近い内にあの三人を狩れるチャンスがまたくる。その時にこそ今度こそ三人の首をとってくるのよ」
◇◆◇
「それで、まだそんな戯言を言い続けるつもりか?」
「そう言われてもな。何度聞かれても俺たちは何もしていない。間違っているのは手配書の方だ」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞこのクソガキが!」
木製の机が叩きつけられた。目下兵士たちに囲まれ詰問中だ。強面の兵士が数人集められ、俺ににらみを聞かせたり恫喝したりしてきてる。
当然暴力も受けたが鍛えていたからかそれほど効いてない。ただ、スキルは例の神罰石製の枷によって封じ込まれているけどな。
「いいか? 手配書が回っている以上言い逃れは出来ないんだ。この手配書は別に何もないところから出てきているわけじゃない。あのヘアという両親もお前のとこの村長もしっかり証言しているんだ。その情報を元に領主様が認めた手配書なんだよ」
「そう言われても身に覚えがない。大体ヘアの両親については彼女も言っていただろ? 既に亡くなっているんだ」
俺たちが捕まる直前までヘアはそのことを訴え続けてくれていた。それも、シルビアが宥めてくれて引き下がってくれたけどな。
「だから、その洗脳の解き方も早く教えろ。そうでなきゃ話が進まないんだからな」
「知らない」
「この野郎!」
鞭で殴られた。長いのではなく棒状の鞭だ。捕まったのは初めてだけど、ここまでやられるもんなんだな。
それにしても、あの村長もやってくれる。ヘアの両親についてはともかく、殺人容疑を掛けてきたのは間違いなく村長の仕業だろうな。
兵士たちが俺が殺害したと言っているのもあの三人だし。ただ、そんなのはちょっと調べれば人の手によるものではなく魔物によるものだと判りそうなものだけど。
勿論そのためにはある程度ちゃんとした魔導検死官の手が必要になるとは思うが。
「……お前がいくら知らぬ存ぜぬを通したところで無駄なことだぞ? このまま嘘を通し続けたとしても最終的には裁判に持ち込まれ神判が教会によってくだされる。お前が何を言ったところで教会の神判長の前では無意味だ。全てが明るみにされ、聖神ディア様の裁きを受けるのだ」
裁判は教会によって行われる。男の言うディアは教会の洗礼を受けたものだけが使用できるという神聖魔法を与えし女神とされていて、同時に秩序を象徴する存在でもある。
全くそれなら出来ればこちらは証人としてスキルダスでも呼んでもらいたいとこだ。あれでも一応女神なわけだし権威もあるだろう。
「その裁判はこの街で行われるのか?」
「当たり前だ。ここをどこだと思っている? 王国五大都市が一つシルバークラウンであるぞ」
「それは判っているけど、何もしてないのにここまで大掛かりなことをされているぐらいだ。下手したらここから更に王都行きみたいなことになるんじゃないかと心配でね」
「王都? はは馬鹿な。確かにお前のやった罪は重いが、王都まで連れて行かれる程となるとよほどだ。なにか特別な事情でもない限りそんな心配は不要だな。尤も、貴様などこのシルバークラウンにおいても間違いなく死刑であろうが」
「……死刑ね――もう一つ聞きたいんだけど、俺たちの賞金ってもしかしてあのシルビアに入るのかい?」
「シルビアに? 馬鹿いえ。むしろあの女はお前らの逃亡を幇助した罪に問われる可能性のほうが高い。下手すればお前らのお仲間入りになるかもな。全く、ただでさえ潰れる寸前のギルドだというのに馬鹿なことをしたものだ。これでもう冒険者ギルドとしては終わりだな」
あの時、兵士がシルビアに何かを告げたことで彼女の顔に影が差していたが、それが理由か。
シルビアに関しては俺たちを助けようとしてくれたことに間違いないと思っていたが、これで確実になったな。ただ、そんな状況で厄介なことを頼んでしまったな……。
しかし、やっぱり賞金はまだ誰の手にも渡っていないか。そうなると――
◇◆◇
「全くあいつら、俺が無抵抗なのをいいことに殴りまくりやがって」
「災難でゴブりましたね」
「ふたりとも申し訳ない。ジェゴブも大分殴られただろ?」
「この程度問題ありません。お気になさらず」
かなりの時間、寝るのも許されず詰問され続けた俺たちだが、ようやく地下牢に戻された。
それにしても、ふたりもやはり手痛くやられたようだ。
「別にこんなのはたいしたことないからいいんだがな。だけどこれからどうするんだ? お嬢も奴らの保護下にあると言うけど正直心配だぜ。何かされるんじゃないかとな」
「それだけど、少なくとも衛兵に関しては大丈夫だと思う」
「大丈夫って、俺たちをこんな目に合わせている連中だぞ?」
「そうだけど――少なくとも兵士は嘘を言ってない、と俺は思う」
「……は? いや、現に濡れ衣を俺たちは着せられてるだろう?」
「そうなんだけど、それは俺たちが知ってるから当然そうなるけど、それと同じであの衛兵達も俺たちを罪人だと信じて疑っていないってこと」
「……言っている意味がさっぱりわからないぞ?」
「つまりカルタ様はこう言いたいのでゴブりますね。少なくともあの衛兵は我々に罪を着せた大本ではなく、ただ我々が罪人だと信じ込んでいるだけだと」
「……なんだかややこしいな。大体それだとどうしてお嬢は大丈夫だって話になるんだ?」
「それは衛兵たちが我らを罪人だと信じ込んでるように、ヘア様も守るべき対象だと信じているからでゴブりましょう。それであれば確かに少なくとも衛兵の側にいる限りヘア様は安心であるともいえます」
そう。ジェゴブの言う通り、一時的とは言え、衛兵の下にいる間はむしろ問題ない。
「しかし、そうなるとこれは一体どういうことなんだ? あの兵士どもに一体何があったと言うんだ?」
「その答えは、ほぼあいつら自身が言ってたさ」
「言ってた?」
「えぇ、確かにそうでゴブりますね。しきりに彼らはヘア様が洗脳されたと言っておりました」
「うん? 待てよ? それって?」
ドヴァンも気がついたようだ。そもそもなぜあそこまでしきりに洗脳だと信じ込んでいるのか? それは逆に言えば洗脳とする以外に手はなかったとも言える。
今回の話は当然あまりにでたらめな話だ。だからこそ、辻褄を合わせる手は限られてくる。それが色々と穴になっている。
尤もだからこそ、俺たちに罪を着せた相手がこのまま俺たちをほうっておくとは思えない。それにしても、なぜ俺たちが狙われたのか……そこがいまいちわからないが。
「まぁ、とりあえず、お嬢の身は安全ということだな」
「いや、それに関しては一つだけ付け加えることがある」
「付け加えること?」
「あぁ、ヘアはこのままだとほぼ間違いなく攫われる――」
あらすじで作者が洗脳されたと書いたな?じゃがあれは嘘なのじゃ~
冒険者ギルドランキング100位以内がどれだけ凄いか教えるのじゃ
なんと累計ランキングで100位以内に入るほど凄いのじゃ!




