第5話 旅立ちの朝
「か、体が痛い――」
あの白い空間から元のベッドに戻ってきたカルタは、全身を襲う痛みに小さな悲鳴を上げていた。
あの後、幼女神スキルダスはあの像と同じ美女然とした姿に変身し、カルタをみっちりと扱いてきた。
しかもこちらの時間で言えばざっと十日間という日数をだ。
全く容赦がなかったが、それもわからなくもないことではある。神に言われとりあえず神装甲のスキルを試したカルタであったが、最初はあまりに体力や生命力の消費が激しく、三秒とその状態を維持できなかったのである。
『だから言ったのじゃ。どんなに凄いスキルであっても扱いきれるかどうかは本人しだい。しかし三秒とは情けない。そんなことではとても役に立たないのじゃ。とんだ宝の持ち腐れなのじゃ』
だが、挑発するようにそんな事を言われ黙っていられるほどカルタの人間は出来ていない。
こうなったら意地でも神装甲を使いこなしてやると、十日間の扱きに耐え抜いた。
そしてその過程で初期に顕現出来る四つの神装甲についても学んだ。
そしてあっというまに十日が過ぎていたことを知り、その時になって初めてカルタは慌てたものだが。
『安心せい。この神界と外界では時の流れが異なる。ここで十日が過ぎていてもお主の世界では瞬きしている間程度のことよ。とは言え、神があまり個人に肩入れするような真似は本来好ましくない。故に私がお前にここでしてやれるのはここまでなのじゃ。後はスキルも活用して励むがよい』
こうしてカルタは自分の部屋に戻されたのである。外を見てみると白い空間に引き込まれた時と同じく、外は暗いままであった。
念の為部屋を出てみると、瞼をこすった妹のフィモが出てきて、どうしたの? と聞かれたので、お兄ちゃんと会ったのは何日ぶり? と尋ねたら変な顔をされ、寝る前に一緒に夕食を食べたよね? と返された。
どうやら幼女神の言っていた事に嘘偽りはなかったようである。
とりあえず、ごめん寝ぼけていたとごまかし、部屋に戻る。
そして改めて自分のステータスを確認した。
総合レベル30
戦闘レベル15
魔法レベル5
技能レベル10
スキル
紙装甲(神装甲)
共通神装技
・神行の間
神装甲一覧
□剣神ノ装甲
加護:剣神の加護
神装技
・剣神の教授・ブレイブハート
片手半剣専用
・ブレイブゲイザー
□知識神ノ装甲
加護:知識神の加護
神装技
・知識神の賢身・神鑑
□伝令神ノ装甲
加護:伝令神の加護
神装技
・神通信・念話・伝布鳩
□狩猟神ノ装甲
加護:狩猟神の加護
神装技
・狩猟神の訓練・気配察知・神知網
弓専用
・ウィツィロポチトリ・ウルアロウ
うん、やはりあの女神との修行は夢ではなかったんだな、とカルタは改めて思い知る。
スキルより下の項目は神装甲の詳細で普通は見ることの出来ない隠された部分だ。
ここで重要なのは【神行の間】。これはあの白い空間に近い、外界と時の流れの異なる空間へ繋がる扉を開ける能力。
空間内ではこちらの一分が一日となる上、内部では肉体的成長はあっても、細胞分裂というものがなくなるので一切年を取らないそうだ。
ただ、開けるのは一ヶ月に一回だけで開ける日数は技能レベル×日数となる。
つまり今のカルタの技能レベルは10なので、十日間を別空間で過ごせるというわけだ。
後は剣神ノ装甲は神の扱う剣を手にすることが出来る。剣の形状は後々に増えていくようだけど、最初は片手半剣だけだ。
剣神の加護によって戦闘レベルが上昇する恩恵もある。戦闘向きといえるだろう。
知識神の装甲はあまり戦闘向きではないが、強力な鑑定効果のある神鑑のスキルが使えるようになる。また知識神の加護は魔法レベルに上昇効果が見込める。
あの女神によって密かにカルタは魔法も覚えた。といってもあまり魔法の才能はないということで、ウィンドカッターぐらいしか覚えられなかったわけだが。
伝令神の装甲は――これも全く戦闘向きではない。他の装甲とは一風変わっており、加護も速筆になったり字がうまくなるといったものや、どんな字でも再現できるなどである。
狩猟神の装甲はその名の通り狩りや弓に特化したタイプ。装甲と言っても弓の他は狩人然とした緑一色の服装に羽根付き帽子と弓矢。
加護によって動きが速くなるのと、戦闘レベルも剣神ほどじゃないが上昇する。
特にこの装甲は周囲の状況を探れる神装技が使用できるのが大きい。
とは言え――実際はそこまで浮かれていられる程ではないであろう。何せ修行を付けてもらいはしたが、それでもカルタが神装甲を維持できるのは未だ三分が限度だ。
それを使い切ったら数時間は休まないと再使用は不可能でもある。
だから、神装甲だけ使っていればいいという話でもない。
尤も修行のおかげで戦闘レベルは上がったわけだし、スキルなしでもある程度はやっていけるだろうとは思われるが。
――まぁとにかくだ、今は寝よう、とカルタは再び瞼を閉じる。体中がバキバキでありこんな事では明日の出発すら怪しいからである――
◇◆◇
一方、神界では全能神スキルダスに謁見する一人の天使の姿があった。
「――随分とあの少年にご執心のようですね」
「なんじゃ、ルシフェルか。相変わらず耳が早いようじゃな」
「天使の間でも噂になってましたから。全く、神があまり個人の人間に肩入れするのはどうかと思いますよ?」
「そういうでない。ちょっと誤字っちゃったが、あの神装甲を手にしたカルタに、興味はわくというものじゃ」
「――それについては、酷なことされるなと言う思いですが」
嘆息しつつルシフェルが述べる。それに、ふむ、と幼女神が唸り。
「それはまたどうしてじゃ?」
「神装甲であればそのまま役立たずのスキルと認識していた方がまだ幸せだったことでしょうということです。神装甲などというスキル、本来ならば人の手にあまる能力。きっとその人間はスキルを発動することも叶わず一生を終える事でしょう。そして嘆くのです。下手に希望を持つぐらいなら、知らないほうが良かったと」
「なんじゃそんなことか。だとしたらそれはお前の杞憂なのじゃ」
「……杞憂、ですか?」
「そう、なぜならあのカルタという人間、まだ何も知らぬうちから神装甲のスキルを発動し、三秒間も維持してみせたのじゃ。全く調子に乗らぬよう敢えて小馬鹿にしておいたが、正直驚いたぞ」
ルシフェルの美しい羽がピクリと揺れた。
「人間風情が、神の力を三秒もですか?」
「その通り。しかも私が外界の感覚で十日程修行を付けてやったら三分間維持できるまでに成長した。全く、これだから人間というのは面白い。時折神でも読めないような可能性を見せてくれる。あれの成長が今から楽しみなのじゃ」
全能神スキルダスはいたずらっ子のような笑みを浮かべながら話を締めるのだった――
◇◆◇
「寂しくなるわね。でも忘れないで、貴方は私がお腹を痛めて産んだ最愛の息子」
「……」
「うむ、私にとっても大事な息子だ。冒険者になるには様々な困難が待ち受けていると思うが、決して負けるなよ」
「……」
「お兄ちゃん、寂しくなるけど、きっと立派な冒険者になれると信じているから!」
「あぁ、フィモ。ありがとう。フィモにとって恥ずかしくない冒険者になれるよう頑張るよ」
なんというか、両親だったソレの言葉は白々しすぎて逆に腹も立ったが、妹だけは別だなとカルタは思った。
それはカルタにとって唯一の心の救いだ。妹の頭を撫でると、くすぐったいと太陽のような笑顔を浮かべてくれた。
だけどソレを見た母親だった女の顔が明らかに崩れている。隣の男も顔をしかめていた。あの話を耳にしてなければ気づかなかったであろうが今ならば判ることだ。
もうこのふたりにとってカルタは、妹に触れることすら嫌悪してしまうような存在だということだろう。お互い様であろうが。
だが、そのおかげで心置きなく村を出て冒険者への道を目指すことが出来る。
恨み言の一つでも言ってやりたいという気持ちが無かったと言えば嘘になるが、一応は旅の資金も用意してくれた。
だからこそカルタは家の前で両親や妹と別れた後、まっすぐと村の出口を目指した。あのリャクやレーノと違って、誰も見送りになんて出てはこない。
唯一フィモだけが村の地盤が高くなっているところに立ち、手を振り続けてくれていた。
彼は愛妹に手を振り返し、村を出て、そして決意する――ここからだ、ここから俺は再出発するそして偉大な冒険者になるのだ、と――
◇◆◇
「あのゴミ虫は村を出ていったようだな」
「えぇ、全くせいせいしましたね」
「本当にあんなの村にとって汚点でしかないからな」
「ところで村長、俺達に用って一体なんですかい?」
村長の家に三人の男が集められていた。そんな彼らに村長は、ふん、と鼻を鳴らした後、険しい目つきで用件を告げる。
「色々考えたのだがな、万が一という事もある。もしギルドのある街にでもたどり着いたりしてあんな役立たずの穀潰しのゴミがうちの村の出身だとしれたら村の評判が落ちる。だから、お前ら三人であのカルタとかいうゴミ屑の後を追って――始末してこい」
第一章はここまでとなります。続きまして第二章となります。
裏切った彼らや村に関してはいずれそれ相応の……といったところです。




