第45話 冒険者の実力
前回のあらすじ
四つ巴の戦いが始まった。
いま私はンコビッチという人と相対している。
皆を援護しようとしたらこの人が邪魔をしてきたから、私は戦う決心をした。
私のことはカルタが救ってくれた。最初は紙使いというスキルが何なのか全く判らなくて伯母の役にも立てないと絶望仕掛けていた。
だけどカルタと出会ったあの日から全てが変わった。凶暴な魔物から救ってもらい、不思議な空間に連れて行ってもらって、そこで本当の力も鍛えることが出来た。
だから、私はカルタの助けになりたいと思った。恩返しがしたいと思った。それに彼が目指す冒険者の世界を一緒に覗いてみたいと思った。
正直言えば、冒険者のイメージはカルタから聞いていたのとは違っているかも知れない。
だって、都につくなりいきなり皆が犯罪者扱いされるんだもん。
でも――これはきっと何かの間違い。そう、誤解や思い込みは些細な歪みから起きるもの。私だってずっと仇の相手を伯母だと思いこんでいた。
だから、こんなことで冒険者そのものに絶望するわけにはいかない。何よりカルタが諦めていないのだから。
だけど、それならそれで、私は出来ることをやる。もうこれからはただ守られてばかりじゃ駄目なんだ。
今、私の目の前には一人の女性の姿。ジェゴブは耳眼族と呼んでいた。私はそんな種族は見たことも聞いたこともない。
でも、召喚獣を呼び出すということはきっと彼女は召喚士なのだろう。
いま召喚されているのはジャック・オー・ランタンという火を吐き出すカボチャ頭の召喚獣と、ジャック・オー・リッパーという人形が刃物を持ったような召喚獣。
問題なのは、火にしろ刃物にしろ髪には天敵ということだ。
「全く、黙って震えていればいいのに、そんなに痛い目をみたいの?」
「仲間が大変な時に黙ってみていられるわけがありません!」
不安はあるけど――こんなことで怖気づいているようじゃ皆についていけない。カルタの背中を追いかけられない!
「仕方ないわね、ランタン、ジャック、少し相手してあげなさい。ただし殺すんじゃないよ」
「ホイサッサ~」
「シャシャシャ、ザックザックだ~!」
カボチャ頭のランタンが炎を吐き出してきた。末広がりな火炎だ。髪の毛を盾にしてもこれは防げない。髪の毛は火で燃えるから。
だけど、なら無理して防ぐことなんてない。たくさん練習してきたんだ。私だってこれまでと違う。
私は髪の毛を楔のように周囲に打ち込んで、その上でゴムのように変化させた髪の毛を上手く利用して炎の範囲から逃げ出した。
「お前、なまいムグぅ」
ランタンが苛ついた様子を見せて口を開いたけど、そのチャンスに髪を伸ばし口を塞いだ。これで口から火は吐けないはず。
「ザッシュザッシュにしてやるぜ!」
リッパーがランタンに近づいていく。だけど私は髪の毛を鎌に変えて迎え撃った。確かに髪のままなら刃物に弱い。だけど、鎌や槍に変えてしまえば強度は負けはしない。
髪の刃とナイフが激しくぶつかり合い火花が散った。かなりの量で同時に攻めてるのに、この召喚獣は全く怯む様子を見せない。
二本のナイフで捌き続け、攻撃が当たる気がしない。刃物の扱いはこのリッパーの方が遥かに長けている。
ふと、目端にカボチャ頭のランタンの姿。いつの間にか取り出していたワンドを私に向けている。嫌な予感がした。
ワンドから拳大より一回り大きな火の玉が連続で発射される。横に駆ける私の後を追うように着弾した火の玉が爆発していく。
しかも私の正面から投擲されたナイフが近づいてきていた。あきらかに避けられないタイミング。だけど髪の一部はある場所で楔のように打ち込まれている。
弾力のある髪を利用して、楔に向けて一気に引っ張らせた。ナイフは私の残像を捉えたに過ぎないだろう。
「逃げ足だけは早いようね。だけど、逃げてばかりじゃ意味がない」
ンコビッチという女性が言っている。すっかり高みの見物を決め込んでいるけど――もう準備は整ってるわ!
「ヘア――ホールド!」
「「「――ッ!?」
召喚獣とそれを使役する召喚士の顔が驚愕に変わった。まさかそこから、地面の下から髪が伸びてくるとは思わなかったようだ。
正直、私もうまくいくかは不安だった。ただ、私と髪はまるで血がつながっているかのように感覚が共有されている。別に痛みがあるというわけではないのだけど、そのおかげでたとえ見えていなくても髪の動きは手に取るように判る。
だから楔を打った時に、尖端側を伸ばして地面の下を掘り進めるという作戦を思いついた。
三つに分けて動かすにはかなり精神を集中させる必要があったし、生命力がかなり消費した気もするけど、そのおかげで上手く三人の動きを封じることが出来た。
これで、少なくとも召喚獣に邪魔されることは――
「フンッ!」
「え!」
思わず、身じろぎしてしまう。だって、あの女の人、私の髪を、引きちぎるなんて――
「どうやら驚いているようね。だけど、召喚士は召喚獣任せで戦えないなんていつから思い込んでいたのかしら? でも、私も少し舐めすぎていたようね」
ンコビッチの周囲に突如無数の魔法陣が展開された。そして、中からゾロゾロと別の召喚獣が――
「貴方が厄介な存在なのは認めるわ。だからもう手加減はなしよ」
◇◆◇
相変わらず厄介な槍だった。しかも伸縮自在なようで、どれだけ距離があってもどこまでも槍が伸びてくる。
しかも突きも戻りも速い。手元で槍を動かす動作は妙にゆったりしているように感じるのに、攻撃動作に入ると素早く重い。
しかも――
「クッ、また!」
槍頭が肩を掠めた。間違いなく避けた筈なのに、まるで最初からそこになかったように槍が消え、別方向から攻撃がくる。神装甲で反射神経が向上しているからまだ避けられているが、そうでなかったらとっくに串刺しだ。
「…………」
「え?」
俺の視界からソイが消えた。馬鹿な、目なんて離してなかったのに――ゾワリ、気配がすぐ横に現れた。
「フンッ――」
刺突が迫る。剣で防いだ。でも攻撃は止まらない。しかも槍の可動域を超えたしなり。まるで鞭のように変幻自在な挙動で、俺の視界の外側からでも容赦なく槍が迫る。
刃が備わっているタイプだから、薙ぐような軌道でも俺の肉が余裕で持っていかれた。
全身の傷が加速度的に増えていく。この槍の速度は片手剣状態でなければ対応できない。だけど、こいつの攻撃、本物と偽物が混じっているような――妙な感覚。
「こ、の!」
無理矢理斬撃をねじ込む。しかし、そんな場当たり的な攻撃が当たるわけもなく、柄で受け止め後方に飛び跳ねた。
そしてまた槍を回転させる妙にゆったりとした動き。これがシルバークラウンの冒険者の実力か。はは、それにしてもいいとこなしだな。逆に笑える。
誤字っ子女神様が言っていたな。どれほど優れたスキルでも活かせないと意味がないと。全くもってそのとおりだ。
それに――あの女神様と最後に話した時に言っていた。俺の神装甲はまだまだ完璧には程遠い。それは修行が足りないとかレベルが低いというものではなく、根本的な点からしてその資格がない。
だから、俺は神装甲を使いこなすためにもラビリンスに挑戦しなければいけない。別名神試の迷宮――神々が試練の為に用意したとされる迷宮。
だけど、この大陸ではラビリンスの管理は冒険者ギルド連盟が任されている。だから俺は意地でも冒険者になる必要がある。まぁ元々の夢だし、そのために来たんだけど。
「キャッ!」
その時、ヘアの悲鳴が耳に届く。反射的に悲鳴の方へ視線が動くが、ほぼ同時に地面が揺れ、生き物のようにうねりだした。
足がとられて、動きが制限される。しかもあのソンの槍は関係ないと言わんばかりに俺へ牙を向けてきた。
くっ、こんなことで――
『この声が聞こえた皆さん目を閉じてください!』
え? なんだ? 直接脳内に? よくは判らなかったが、何故か逆らう気になれず、聞こえたとおり俺は目をつむった。
その瞬間、猛烈な光が瞼に降り注いだのを感じた。
「うわああぁああ! 目が、私の目がーーーー!」
「うおおぉおおぉおおぉ! 目が、目がーーーー!」
「むぅ! 目が、目が!」
「め、め、め、め、目ッガァアアアァアアァアアア!」
唐突に響き渡る目を痛めたらしい叫び。その後ふたたび脳内に、こっちです貴方の後ろです、という声。
まぶたを開くと目を押さえて呻き声を上げるあの四人、ただ、なぜかンコビッチという女だけは目ではなくイヤリングの玉を押さえていた。
そして後ろを振り返ると、一人の少女が杖を振り回しながら、俺たちを呼ぶジェスチャーを見せている。
どうやら他の皆も少女には気がついたようだ。色々気になる点はあるが、とにかく俺は少女の下へ急ぐ。
「君は一体?」
「私は挑戦者の心臓で受付嬢をしているシルビア・ハートです。とにかく詳しい話は後で、ここから逃げましょう!」
受付嬢? 言われてみれば確かにその格好は受付嬢そのものだけど――それにしてもまさか助け舟を出してくれる人がいるとは。
勿論それをそのまま信用していいのか? という点もあるけど、この状況でわざわざ俺たちを騙すメリットもないだろうし、とにかく俺たちは彼女についていくことにした――
受付嬢に悪い人はいないですよね!