第43話 侵食する大軍
前回のあらすじ
罪人として冒険者に狙われてしまった。
「ぬ、ぬうううぅうううらぁああぁああ!」
「むぅ――」
ドヴァンが片手で受け止めていた巨大な斧を弾いた。巨人、そう巨人にしか見えないその男の腕が大きく横に流される。
「螺旋流破鎧術――捻氣百脚!」
そしてお返しとばかりに飛び上がったドヴァンが相手の面積の広い顔めがけて螺旋の蹴りを纏める。
しかし、ドヴァンの蹴りをまともに受けながら、その顔には笑みが貼り付いていた。それはどこか嬉しそうでもある。
「チッ――」
ドヴァンは放った蹴りの反発力で後方に飛び退き着地した。距離は一旦開いたが――体格差がありすぎる。あれでは多少距離が離れたところで一歩踏み込まれれば相手の射程内に入ってしまうだろう。
それほどまでに差がある。筋肉の盛り上がりはいかにもパワータイプといった印象。それはまるでちょっとした岩山のようだ。
「あいつ、ドヴァンの蹴りを受けておいてあんな涼しい顔で……しかもデカい、あいつ巨人なのか?」
「いえ、正確にはガリラ族でゴブります」
「ガリラ族?」
思わず誰にともなく吐露してしまう。するとジェゴブが答えてくれた。
この世界にたくさんの種族がいることは知っていたけどこの種族については知らなかった。いや、俺はまだまだ世界を知らない。これまでの情報も村で聞けたことが全てだ。
当然まだまだ知らないことも多いのだろう。
「ガリラ族はこの世界で暮らす種族の中で一番の巨体を誇っております。平均身長は三メートルとされておりますが、あの男は四メートルはありそうでゴブりますゆえ、ガリラ族でも高い方でしょう」
「そんな種族があったんだ……」
「はい。しかも全種族一の戦闘力を誇るとも言われてます。尤もその分魔法のたぐいは扱えないようでゴブりますが」
見た目で判断してはいけないのかもだけど、確かに魔法を使いそうなタイプには見えない。髭面で厳しい顔つき。頭には牡牛の角のようなものが生えた兜を被り、体は鋼鉄の鎧で守られている。
右手には巨大な両刃の戦斧に左腕には円盾。どれもサイズが大きすぎて、この装備のためだけに一体どれだけの金属が使われているのか気になってしまう。
「それにしても、少々妙でゴブりますね」
どうやらジェゴブも違和感を覚えたようだ。そしてそれは俺も同じ。
なぜならあのガリラ族の男が現れてから、明らかに周囲の空気が変化したからだ。
「お、おいあいつってもしかして?」
「もしかしてもクソもないぜ。この都でガリラ族なんて一人しかいねぇだろ?」
「あ、あぁ。間違いなくギリアン。侵食する大軍の荒くれ者、ギリアンだぜ」
侵食する――大軍? それはギルド名なのか?
そして、全員が妙に動揺しているように感じられる。
「くかっ、俺様達のギルドも随分と名が知れてきたようだな」
「いきなりやってきて斧を振り下ろすような連中のギルドがかよ? 世も末だな」
「黙れよ賞金首。テメェらは俺達にとってただの餌だ」
ドヴァンとあのガリア族の大男、ギリアンという名前らしいな。そのふたりが睨み合っている。
「カルタ、こんな状況だけど、この人達どうしよう?」
「あ、あぁごめんヘア。とりあえず落ち着くまでは――」
「焼き尽くしなさいジャック・オー・ランタン、刈り尽くしなさいジャック・オー・エッジ」
『キャハッ任せてよ』
『ザックザックにしてやるぜ!』
「え? きゃぁああぁあ!」
ヘアから悲鳴が漏れた。どこからともなく現れたカボチャ頭と手にナイフをもった人形がヘアの髪の毛を燃やし、切り刻み始めたからだ。
それによって、ヘアの髪で自由を奪われていた冒険者も解放されていくが。
「おい! 何をして!」
「ご主人様! 上でゴブります!」
うえ? ジェゴブの声に反応し視線を上げる。すぐそこに穂先があった。
「うわっ!」
思いっきり飛んで既の所で躱す。だけど、全く気配を感じなかった。
しかも槍による攻撃は留まることを知らず、連続で降り注いでくる。
ズガガガガガッ! と石畳を貫く音が周囲にこだました。穴の数が秒ごとに二桁ずつ増えていく。
「いい加減に、しろ!」
こうなったら仕方ない。出来れば使いたくなかったけど、俺はスキルを解放し、弓を構える。
ヘアの方にはジェゴブがカバーに入ってくれていた。あの二体は召喚獣だろう。ヘアと出会って間もなく退治した盗賊の頭がものまねスキルで出していた召喚獣と一緒だ。
ただ、あのときは結局何もさせずに終わったから、実際に召喚獣の攻撃を見たのは初めて。ただ、どうやら縛られた他の冒険者を解放したかっただけのようで、ヘア自身に何かを仕掛ける様子はない。
俺の方は空中に目を向け、相手に狙いを定める。どうやら空中を飛んでいるわけではなく、槍を伸ばすことで落下しないよう調整しているだけのようだ。
槍の攻撃を避けながら、ウルアロウで連射する。相手を無効化させるのが目的だが――しかし飛んでいった矢は男が槍を回転させることで全て防がれてしまった。
「あれで防ぐのかよ――」
男の攻撃は止み、槍を引っ込めて一旦着地する。俺から目を逸らそうとしないが、何かを語ってくることもない。
寡黙な男だ。髪の毛は黒色で、後頭部の上側で纏めている。面長で目つきが鋭く、口ひげは左右にピンっと一本ずつ伸びていた。
身長は特別高くも低くもないが、服装は見たことないタイプだ。
袖だけがついた布を巻き付けているといったところだろうか? 布のベルトで巻き付け腰から下はスカートのようになっている。ローブに近いがあれよりは軽そうである。
そして両手に槍だ。
「わざわざ助けてあげたのだから、自由になった冒険者はここから去りなさい」
すると、一人の女が姿を見せた。
「おう、そうだ! こっから先は俺様たち侵食する大軍が引き受けてやる。判ったらとっとと去れ!」
「お、おいおいいくらなんでも勝手すぎないか?」
「だったらオレっち達とやり合う気かい?」
また、一人追加された。しかも俺達の馬車の上に勝手に乗っている。
それにしても随分と小さいな。まるで子どもだ。頭に半球状の兜を被っていて、どんぐり眼で顔が丸っこい。胴体には鎖帷子でナイフを所持か。
「理もなく人様の馬車に足を乗せるとは、少々ジェントルに欠けますな」
「おっと――」
即座にジェゴブが小柄な男へ突きを放つ。しかし後方に飛び退き、宙返りを何回転か決めながら道路に降り立った。かなり身軽そうではある。
「いきなり攻撃なんて乱暴なやつ。それにおかしな肌の色」
「……ガリラ族だけではなく、リリパト族に耳眼族でゴブりますか。多種多様でゴブりますな」
視線を交互に動かしながらジェゴブが言う。視線の動きからして、小さな男がリリパト族。そしてもう一人、冒険者に去るよう促した女が耳眼族なのか。
なんとも変わった種族名だ。杖を持ち青色のローブを纏った女だった。耳眼族だというけれど、見たところしっかり顔に目がついている。ただ、黒目がなく青白く染まっていた。
銀髪でスパイシーなツンツン髪。そして耳にはイヤリングらしきものがぶら下がっている。先端にはキラキラした球体がついていた。宝石っぽいがそういえばアレはどこか目っぽいかもしれない。
「くそ、流石に侵食する大軍がいたんじゃ分が悪い」
「あいつらが狙うというなら仕方ないね。下手に手を出してとばっちりはゴメンだ」
「チッ、仕方ねぇか。だけどお前ら全員、罪人とはいえ同情するぜ」
すると、そんなことを口々に言い残して、ゾロゾロと冒険者達が去っていった。
結局残されたのは、侵食する大軍の四人だけだ。
「ハハッ、あっさり引き下がったか。ま、それが利口ってもんだな」
ガリアンが大口を上げて笑いあげた。それにしてもあれだけの冒険者を全員ひかせるなんて、こいつらそんなに発言力が強いのか?
だけど、数が減ったなら逆にありがたい。俺たちは別に無理して冒険者と争いたいわけじゃないからな。
「待ってくれ、数が減ったなら丁度いい。俺たちの話を聞いてくれないか?」
「あん? 話だ?」
「……罪人が一体私達に何の話があるというのだ?」
「ンコビッチさぁ、オレっちは聞く必要ないと思うけどな」
ンコビッチ……それがあの女の名前か。随分と変わった名前だな。そしてもうひとりの槍使いは相変わらずだんまりだ。
「とにかく聞いて欲しい。あの手配書には正直全く身に覚えがないんだ。それに彼女は俺たちの正式な仲間だ。騙したわけでも連れ去ったわけでもない」
「本当です! 私は皆に助けられて、自分から進んで一緒にいくのを選んだんです!」
「――くだらん」
ここでようやく沈黙を溜まっていた男の口が開かれた。でも、くだらないだって?
「くだらないなんてことはない。俺たちにとっては重要だ。何せ罪を着せられているんだから」
「だからなんだ? どうでもいい。ギリアンがさっき言っていたとおり、賞金首として回ってきた以上お前らはただの餌だ」
は? なんだそれ、本気で言っているのか?
「ソイツはわかりやすくていい。全くもってそのとおりだ。俺たち冒険者は賞金首の手配書が回ってきたらそれに従ってさっさとぶっ殺せばそれでいい。それで金がもらえる単純な話だ」
「シシッ、そうそう。正しいか正しく無いなんてどうでもいいのさ。そんなものいちいち気にしていたらキリがないってね」
「決まりだ。私達はお前たちを殺す。そしてそこの女を保護する。それで終わり」
な、なんて話の通じない連中だ。
「カルタ、こいつら話にならねぇよ。全く聞く耳持つ気ないぜ」
「そのとおりだ。そしてお前をやるのはこの俺様だ。とりあえずもう一本たたっ切ってすっきりさせてやるよ」
「そう簡単にやるかよ!」
轟音が鳴り響く。向こうではギリアンとドヴァンとが再度激突してしまった。
「馬車に勝手に乗るな、と申し上げたはずでゴブりますが?」
「シシッ、お前こそ何勘違いしてるかな? 罪人がこんな高そうな馬車持てるわけ無いだろ? だからこれも中身もオレっち達が戦利品として貰っておいてやるよ」
「勝手なことを――」
「ウヒョー雷とか怖いね。だったら――地鮫!」
「むっ――」
ジェゴブが雷を落とし、リリパト族の小柄な男を相手している。だが相手は地面から鮫を出して応戦してきた。あれもスキルか……それにしても戦利品とは言っていることが無茶苦茶だ。
しかもこっちはこっちで――
「くそ! どうしてもやる気かよ!」
「……クドい」
こいつ、攻撃が止まらない。槍に対抗するために剣神ノ装甲に切り替えたが、おかげで鑑定用の装甲に切り替えるタイミングを失った。
「みんな! 待っててください私も!」
「ランタン」
「ホイサッサ~!」
「キャッ!」
ヘアの悲鳴が耳に届く。横目で確認するがあのカボチャ頭がヘアに向けて炎を吐き出していた。相手の槍を受け止めながら思わず叫ぶ。
「おい! 保護すると言っておきながら何やってんだ!」
「……大人しくしないからだ。黙っているなら何もしない。でも、それでも罪人を助けようとするなら多少は痛い目も覚悟してもらう」
は? なんだそれ? 冗談じゃない。
「ヘア、今助けに――」
「大丈夫です!」
「え?」
「それは私のセリフなんです。皆を助けるのを邪魔するなら、貴方こそ痛い目にあってもらいます!」
「――言うわね小娘」
そして、いつの間にか俺たちは四つ巴の戦いに発展してしまっていた――
相手は全く話が通じず……。