幕間1 Bランクのエリート
「うへぇ~うじゃうじゃいるよ。どうしようかこれ?」
「何? トリスってば今更ビビっちゃっているわけ?」
「そういうわけじゃないけど、ほら、僕は元々昆虫とか苦手だし?」
やれやれ、とトリスの顔を見る。確かに嫌そうな顔はしているが、いつもどおり本気の台詞ではない。
こいつとも長いが、よほどのことがない限り真剣さは薄く、いつもどこか飄々としていておちゃらけている。
一方でアイシャはいつもどおり気が強い。下手な男性顔負けな胆力を持った女魔術師だ。
戦闘前に燃えるような赤髪を後ろで纏め直し、気合はバッチリといったところか。
「ここまで降りてきたのに今更後にはひけないだろう? それにあそこにキラークィーンホーネットの姿もある。アレが間違いなくこのダンジョンのボスだろう」
すべてのルートを見て回ったが、もうこの空間以外探索できるところは残っていないしな。その上クィーンと来れば間違いない。
「蜂系なら戦利品は蜜も期待できるかもね。魔法を使った後は、甘いものが欲しくなるから楽しみ♪」
「ははっ、この状況で食い気とは恐れ入りました」
茶化すように述べるトリスにジト目を返してから、アイシャが俺に問いかけてきた。
「それでエリート、作戦はどうするの?」
「う~ん、別にいつもどおりでいいだろう。状況判断で合わせていこう」
「そういうところ、わりとエリートも適当ね?」
「そうか?」
とは言え、この三人でパーティーを組んでから長いからな。確かにトリスは真剣味が薄く軽薄なイメージも持たれるが、しかしやるべきことはしっかりこなす。
アイシャも紅蓮のアイシャに恥じない程の魔法の使い手だ。
ま、ふたりとも後衛職だから、その分前衛の俺が頑張らないといけないんだけどな。
話が決まり、いよいよダンジョンでのボス戦が開始される。
「凍てつけ! 石と化し固まれ!」
トリスが弓術・流星射ちで攻撃。様々な属性に変化した矢が次々に命中していきキラークィーンホーネットを守るキラーホーネットが次々と凍りつき石化し感電していった。
トリスのスキルは属性矢。矢に様々な属性を持たせることが出来る。これに弓術を組み合わせるのがトリスの戦闘スタイルだ。
「炎に染めよ、滅羅滅羅染めよ、我は紅蓮の支配者なり――燃え上がれ! パイロタワー!」
詠唱が完成し、アイシャの魔法が発動した。クィーンよりかなり前で壁になっていた兵隊蜂の集団の真下に真紅の魔法陣が浮かび上がる。一瞬にして魔法陣から巨大な火柱が立ち昇り、数百匹のキラーホーネットを呑み込み灼熱の渦の中で蹂躙した。
火柱はあっという間に見上げるほどの高さまで達し、ダンジョンの天井に達した。勢い余った分厚い炎が雲のように天井を覆い尽くしていく。
全く容赦のないことだ。燃料というスキル持ちのアイシャは、火系の魔法や攻撃の火力を増大することが出来る。
だから、加減を考えないと威力が過剰になりすぎてしまうわけだが――自分で生み出した炎を見ながらウットリしているアイシャを見るに、そんなことを言ったところで聞かないことはまさに火を見るより明らかだ。
まぁ結果的に露払いにはなったか。洞窟系のダンジョンだけにアイシャの魔法のおかげで熱がこもって汗が吹き出してくるが仕方ない。
俺はキラークィーンホーネットに向けて一直線に駆け出す。とは言えキラーホーネットの女王への忠誠心は高い。
生き残った数十匹が女王を守るように壁となった。尾を向け、お得意の針飛ばしといったところか。
針には毒があり、刺さると耐性が低ければ死ぬ可能性もある。
「邪魔だ邪魔だ! どけやがれ!」
だけど、そんなのは関係ねぇ。走りながら斧を構え、そして力を込めて放り投げる。
「羅漢流戦斧術破嵐堅廻刃砕!」
手元を離れた斧は凄まじい回転音を残しながら、蜂の群れに突っ込んでいく。予想通り針を飛ばしてきたが、それすらも巻き込みながら斧が飛んでいき、進行上のキラーホーネット達を粉砕していく。
さながら石臼にすり潰される麦のごとく、元の形がなんだったのかもわからない程に粉微塵になった魔物達が飛び散っていき、最終的にその後ろに控えていたキラーホーネットすらも巻き込み、胴体部分が完全に裂け、上下に分かれた女王蜂の骸が地面に転がることとなった。
「全く、スキルも使ってないのに相変わらず呆れた破壊力ね」
「ダンジョンボスすら一撃だなんて、恐ろしい人とパーティー組んでるものだね」
「いや、お前らも十分怖いわ」
改めて戦場を見回すと、逆に気の毒になるような光景が広がっていた。魔核の加護があっても関係ない。石になって砕けていたり、氷漬けになっていたり、内側からの電流で破裂したり、炎で消し炭になったりと俺以上に容赦がない。
「まぁとにかく、回収できるものは回収して、後は魔核をぶっ壊してさっさと帰るとしようぜ」
◇◆◇
ダンジョン攻略分にキラークィーンホーネット分の素材分も合わせて結構な稼ぎになった。戦利品として高価な蜂蜜も手に入れたがそれはアイシャが全部欲しいと言って譲らなかったな。
普段は結構勝ち気な性格なのに蜂蜜を前にしたときだけ子供っぽく駄駄っ子したりしてなんというか、まぁアレだ。
その分他の素材はいらないって話だったし、普段見れない姿も見れたからそれはそれでよしとするか。
ギルドへの報告も終わり、報酬でパーっと酒場にでも繰り出そうかと思っていたら、支部長から呼ばれてしまった。
何かと思って行こうとしたらふと見慣れない顔の冒険者の姿が目に入った。受付嬢から説明が入る。どうやら最近うちに登録したばかりなようだが、驚いたのは既にDランクにまで昇格していたことだ。
俺達のギルド、英雄豪傑は他のギルドに比べて格段に昇格の査定が厳しい。そもそもギルドへ登録するテストも難関として知られているぐらいだ。
ある程度名のしれた冒険者ギルドでは登録テストを行うことも珍しくはないが、その中でもうちは格別だからな。
毎年この支部にすら何千人と登録希望者がやってくるが、その中でギルドに登録できるのは十数名といったところだ。
本部や他の支部を合わせても百人いるかどうかといったところだしな。だからギルドに登録できただけでもかなりのものなんだが、そこから更にDランクとは末恐ろしい連中もいたものだ。
そんなことを考えながらも支部長室へいったわけだが。それにしてもここは、支部の癖に無駄にでかいというか高いと言うか、エレベーターを使うにしても面倒で仕方ない。
「よぉ、待ってたぞ」
目付きの鋭い爺さんが俺を出迎えてくれた。尤もそんなことを口に出したらぶっとばされるが。やけに野性味あふれる灰色髪をしたこの男こそが英雄豪傑の支部長。年齢は五十歳だから、爺さん扱いしたら流石に切れる。
とは言え、あの英雄豪傑の支部長だ。支部長クラスでも当然実力はかなりのもの。並のギルドならギルドマスターでも敵わないだろう。
「全く俺なんかにわざわざ支部長が何のようですか? しがないBランク冒険者に賞与でもくれるのでしょうか?」
「馬鹿いえ。大体冒険者は成功報酬だ。受付嬢や職員でもあるまいし、そんなものが出るか。あと、もうすぐAランクになれそうな分際でしがないもないだろうよ」
「いやぁ、正直俺たちはまだAランクなんて早いと思ってますし、しばらくBランクでいいですよ」
「相変わらずだな。それでスリーメンの後の二人は元気か?」
スリーメンというのは俺たちのパーティー名だ。三人だからって理由で決めただけだがね。
「いつもどおりですよ。そんなことを聞くためにわざわざ?」
「いや――ところでエリート。お前、最近うちに登録したグローリーブレイヴってパーティーを知っているか?」
「えぇ、チラッと見かけて受付嬢から話を聞きましたよ。それにしても偉い新人が入ったものですね。登録して一ヶ月もまたずにDランクだなんて」
「……流石に耳が早いな。ところで向こうはお前に気づいていたか?」
「いや、俺には気づいてないでしょう。でも、それがなにか?」
「何、それなら良かったと思っただけさ」
「……何か嫌な予感しかしませんが――」
「いやいや、そんなことはないぞ。ただ一つ仕事を頼みたいだけだ。そのグローリーブレイヴのお守り役をな」
「――はい?」
思わず間の抜けた声を発してしまった。それにしても、何だお守り役ってのは?
「勘弁して下さいよ。面倒事はゴメンですぜ。大体、どうしてそこまで?」
「まぁ落ち着け、お守り役といってもとりあえずは監視役だ。実はあいつらにダンジョン攻略の仕事を回したところでな。とりあえずは御者としてあいつらに同行して仕事ぶりを見てやってほしい」
「だから、どうしてそこまで?」
「……なぁエリート。お前、今のあいつらでレベルどれぐらいあると思う?」
うん? レベルねぇ。正直うちでDランクなら本来はレベル20は超えて欲しいところだろうけど。
「ま、レベルは10代後半ってところですかね。本来このレベルでDランクは厳しいですが、よほど良いスキルに恵まれていたなら、出来ない話じゃない」
正直言えば、いつものギルドの儀式みたいなものかなとも思っている。
まれにスキルの有用さを実力と勘違いして調子に乗る冒険者がいる。そういった連中を敢えて早めに昇格させ、難しい依頼に挑戦させ失敗させる。
勿論その場合、フォローの冒険者も入るわけだが、そうやって身の程を知るってわけだ。これと似たようなものに敢えて先輩冒険者が絡むという手段を取っているようなギルドもある。
尤もこれはギルドによっては本当に絡んでいる場合もあるけどな。
「なるほど。うむ、まぁそう思うのが普通といったところか。それにお前、今いつもの儀式みたいなものだろうとも思っていただろう?」
「……違うのですか?」
「違うどころか大外れだ。なぜなら連中は、このギルドに登録した時点ですでにレベル20を超えていたのだからな」
「……は? え? 冗談ですよね?」
「冗談ではない。しかも奴らは今も成長中。リーダーのリャクに至っては、既にレベル30も超えている」
いやいや、いくらなんでもありえないでしょう。それは確かに成長系のスキル持ちであったり、他にもやりようによっては普通よりレベルが早く上がることも十分ありえる。
だけど、それでもこの段階で30超えは早すぎる。それこそ神の手でも借りてない限りありえないことだ。
「やはり信じられないか」
「当たり前ですよ。仮にそれが本当だとしたらかなり特別な男ってことですよ」
「ところがだ。実はそれもそうではない」
「……は? いや、なんでですか? この短期間でレベル30超えがそうでもない?」
「いや、それ自体は大したものだ。普通はありえないのもそのとおりだ。ただし、あのパーティーはリャク程ではないにしても殆どが既にレベル20代後半。一番下でも25だ。これすらも本来ありえないほどの成長速度だ。だけどな、問題なのはそれだけではない。なぜならこれと同じような連中が他のギルドからの報告でも上がっているというのだ。そう、丁度この世代でとんでもない成長速度を誇る奴らがこの世に生まれ始めている。この意味、判るか?」
あの連中だけではない、とんでもない成長速度を持った連中が、現れ始めている? 待てよ、それは確か何かで見た覚えが――
「あ、まさか――」
そうだ。思い出した。確か残っていた記憶に――
「どうやら知っていたようだな。そう、これはまさにあれが起こりつつあるってことなのさ――【インフレノシンクロニシティ】がな」
何が起きているのか……




