第4話 紙装甲の真名
「痛いのじゃ……」
頭を押さえる幼女がそこにはいた。とりあえずカルタが一発いっておいたからだ。
「げんこつで済んだだけありがたいと思ってくれ。そのおかげで俺は大変な目にあったのだからな」
「……それは知っておるのじゃ。誤字った相手のことが気になってここから見ておったからな。本来なら、ごめんね。テヘペロ、というメッセージでも送って終わるところなのじゃが痛!」
再びカルタのげんこつが飛んだ。幼女は少し涙目だ。
「そんなもので終わらせていたらこんなゲンコツ程度じゃ済まなかったぞ?」
「むぅ、手厳しいのじゃ。だが、メッセージだけで済ますのをやめたのは、お主の境遇を見たからなのじゃ。あまりに不憫でのう。これはちゃんと説明しておかなければいかん! と思ったのじゃ」
「そうだな。とりあえずその境遇もあんたのせいだと思うと腹立たしいが、説明は聞かせてもらおうか」
腕を組み、仁王立ちで幼女を見下ろす。
「大体、そもそもあんた誰なんだ? スキルを授けたって一体何の権限があってそんな事をしている?」
「そう言われても返答に困るのじゃがな。とりあえず私は全能神スキルダス。地上では女神と呼ばれておるようじゃが、技能を司る神じゃ」
「は? え、えぇええええええぇええええ!?」
それを聞いたカルタは飛び上がらんばかりに驚いた。確かにスキル名を誤字ったという時点で妙な気はしていたが、まさか目の前のこの幼女があの神託を授けてくれる女神その人だったとは。
幼女神とやらをじっと見据えながら少し考え込む。相手が神なのに彼はゲンコツを食らわせてしまった。
だが――
「いや、やっぱり俺は悪くない。アレはゲンコツぐらい当然だ!」
「うむ、その胆力、流石私が見込んだだけはあるのじゃ。まぁ安心せい。そのことを咎めるつもりなど毛頭ありはせん」
「……それにしても、貴方があのスキルダスとは――でも、見た目」
「う、うるさいのじゃ! 見た目の事は言うななのじゃ! この姿だと舐められると思って、あの姿で降臨した結果なのじゃから!」
どうやら今の姿だと威厳があまり感じられないという認識はあるようだ。
しかし、今の話から察するに姿形は自由に変化できるという事なのだろう。そのあたりは流石見た目幼女でも神といったところか。
「ところで、スキル名を誤字ったと言ってたけど、結局本当のスキルは何なのだろうか?」
「おお、そうであったな。では教えて進ぜよう」
「……誤字っておいて随分と偉そうだなこの誤字っ子女神め」
だが幼女神は気にすること無く、なぜか口でドラムロールを鳴らした後、ビシッとカルタに指を突きつけ。
「ズバリ! 【神装甲】なのじゃ!」
「……神、装甲?」
遂に明かされるカルタが授かったスキルの真の名称。
それがしっかり文字としてそして意味も含めてスッと頭の中に入り込んでくる。だが、肝心のカルタは告げられたスキル名を呟いた後、暫し固まってしまう。
「うん? ど、どうしたのじゃ? 神装甲じゃぞ? 作成した私が言うのもなんじゃが、これはかなりレアなスキルであるぞ。それなのに妙に反応が薄くないか?」
「あ、いや、何か逆にすごすぎて理解が追いつきません」
そう、何せずっと紙装甲だと思っていたのが、本当は神装甲だというのだ。天と地ほどに違いがありすぎて、逆にどうして良いかわからないといったところだ。
「……それに神様、ステータスを見てみたけどスキル名変わってませんよ?」
「それは当然なのじゃ。一度決めてしまったスキル名はいくら私でもそんなホイホイとは変えられん」
「え? 変えられないんですか?」
「うむ、無理じゃ、て、痛い痛い痛い痛い痛い」」
カルタはナチュラルに幼女神の頭を拳で挟んでぐりぐりした。ゲンコツより痛そうである。
「お主! 神を何だと思っておるのじゃ!」
「うるせぇ! なんだよ名前変えられないって! スキルはあんたが作ったんじゃないのかよ!」
「……ふぅ、全く困ったものじゃ。確かにスキルは私が作った。じゃがなカルタよ。その作ったスキルはどうやって皆に割り振られているか判るか?」
「だから、神様がその手で――」
「馬鹿言うでない。全く世界にどれだけの生物がいると思っておるのじゃ。スキルを持っておるのは人間だけというわけでもないのじゃ。それなのにいちいち一つずつ手作業でやっていては身が持たんわ」
「……じゃあ一体どうやって?」
「うむ、ガチャじゃ」
「――はい? ガチャ?」
聞き慣れない言葉にカルタは目を白黒させる。
「うむ、聞き慣れないものじゃと思うが、要は自動でランダムにスキルを割り振る、そうじゃな。お主らの世界でいうところの魔道具のような物があるのじゃ。それを使っておる」
「そうだったのか……でも、それならよく俺のスキルの事判ったな」
「割り振られたスキルの情報は本になって記録される仕組みなのじゃ。と言ってもお主のは偶然じゃがな。たまに暇つぶしでスキルのリストを見てニヤニヤしておるのじゃが」
「ニヤニヤしているのか」
「ニヤニヤにしておるのじゃ。自分で作ったスキルとはいえ、やはり楽しいものなのじゃ」
そんなものなのか? とカルタにはいまいち理解が出来なかったが、とにかくそのリストを見ている内に偶然誤字に気がついたのだそうだ。
「全く焦ったのじゃ。でもまぁ、これだけの数のスキルを作っておれば誤字脱字の一つや二つあってもご愛嬌だと思うのじゃ」
「ぶっ飛ばすぞ」
「お主ちょっと怖いのじゃ」
幼女神の顔が若干引きつった。
「ふぅ、でもおかしいと思った。こんなマイナスばかりのスキルがあるわけないもんな」
「うん? そんな事はないぞ。マイナスなスキルとてしっかりあるのじゃ」
「は? あるのかよ。何だってそんなもの……」
「転生の影響じゃ」
指を立てて幼女神が説明してくる。転生? とカルタは復唱する。
そういえば死んだ魂は転生してまた別な人生を歩むという教えもあったな、と思いだした。
「あれ、本当だったのか……」
「事実なのじゃ。しかし、転生する魂には生前とんでもない悪事を働いたものもいるのじゃ。そういった魂は転生時マイナス判定を受ける」
「マイナス判定? それを受けるとどうなるんだ?」
「基本的にはあまり良い人生は送れぬ。ただ、それだけではまた道を踏み外し悪事に手を染める事もありえる。それ故にマイナス判定を受けたものは得られるスキルも良いものがいかぬよう調整されるのじゃ。さっき言ったように何が得られるかはランダムじゃが、その中でもあまり性能の良くないスキル、それこそ持っている事自体がマイナスでしかないようなスキルなども得たりするのじゃよ」
なるほどな、とカルタは納得するが、同時にどこか冷めたような表情を見せる。
「うん? どうしたのじゃ?」
「いや、何か虚しくなってな。俺のは誤字だったのかもしれないが、結局人の人生なんてものはスキルの良し悪しだけで決まるものなんだなって。俺だってこの神装甲というスキルに変われば、きっとどん底だと思っていた人生も変化するんだろう。でも、結局はそんなものはスキルのおかげだ。俺の力じゃない」
「全く、がっかりさせるような事をあまり言うものではないぞ」
「……それは悪かったね。でも、事実だろ?」
紙装甲というスキルを得たこと、だが、それが実は神の誤字で神装甲であったこと。一夜にして地獄から天国に向かったような目にあった彼だが、それが結果的に卑屈な心を芽生えさせてしまったようだ。
「……お主、世の中が平等だと思うか?」
「思わないさ。今も言っただろ? スキルで全てが決まる」
「ふむ、ではそのスキルがなければどうじゃ? 世の中は平等になると思うか?」
「……それは、まぁなるんじゃないか?」
「フッ、甘いのじゃ。そんな事は絶対にありえん。これは断言してもいい」
「……何でそんな事が? 神だから判るとでも?」
「別にそういうわけでもないが、しかし私は一つ知っておるのじゃ。少々交流がある神のいる世界でな。そこには地球という星、まぁ世界じゃな。それがあるのじゃが、なんとそこにはこの世界のようなスキルやステータスが無く、それに魔法も多くの人々に認知されていない」
「は? なんだよそれ。それでどうやって人は暮らしているんだ? 不便だろ?」
「そんなものは元からなければどうとでもなる。魔法の代わりに科学というものが発達しておるし、あくまでこの世界のようにはっきりと目に見える形ではないというだけで、違う概念でのスキルは存在するが、それは個々の人間などが勉強をしたり訓練をしたりで取得するものじゃ。最初から与えられるものではない」
「……すごいな、理想の世界だ」
「そう思うか? しかしなのじゃ、このスキルやステータスがない世界でも人は決して平等ではない」
え? とカルタは驚いた。スキルやステータスで優劣が決まらないのに何故そんな事が起こるのか不思議に思っているのだろう。
「この世界はな、一見裕福にも思えるが、貧富の差は下手したらこの世界よりも大きいのじゃ。特に国レベルで相当な隔たりがある。故に生まれた国によっては安穏とした時を過ごし、いんたーねっつのゲームをだらだらとを続けながらのんびりと怠惰な毎日を送れたりもするが、国によっては生まれた時から戦争やテロに巻き込まれ、食事にさえまともにありつけないなんて事もありえる。そういった世界なのじゃ」
いんたーねっつというものがどういったものかは判らなかったが、その差の激しさはなんとなく理解できた。
「よくわからないけど、そのいんたーねっつというものも悪いのかな?」
「な、何を言うのじゃ! いんたーねっつは悪くないのじゃ! それをどう利用するかは使い手しだいなのじゃ! あんな素晴らしいものは他にないのだぞ! ガチャのアイディアもあれから貰ったのじゃ。アレをやるために地球の神の無茶振りにも対応したり――ゴホン、それはともかくなのじゃ」
目を細めてじっと見つめているカルタに気が付きごまかす幼女神である。
「それにこの世界には遺伝というものがこっちの世界より影響が強かったりもする。これはこちらの世界でいえば一部の一族が行っているスキルの伝承のようなものじゃな」
スキルの伝承――それを聞いて真っ先に思い浮かべるのはこの国の王であるアーサー王の話だ。
アーサー王は太陽が昇っている間、神掛かった力を手にすることが出来る強力なスキルを所持している、これは国中で知られている有名な話だ。
アーサー王という名称も特に太陽が昇った直後の朝にとんでもない力を発揮する事から朝の王と呼ばれた事に起因し、朝の王からアーサー王という家名がきまったとされるほどだ。
「地球ではこの遺伝が重視されるところがあるのじゃ。血の結びつきの大事さはこの世界でも一緒じゃがこだわりは向こうの方が上じゃ。今じゃ遺伝子研究というのも進んでいて、頭の良い者同士や身体能力の高い者同士の遺伝子を組み合わせることで超人を生み出したりもされておる。他にもこの世界では認知されていない魔法を使えたり超能力を持っていたり、合気などというとんでもない力を奮ったり、古武術一つで竜を捻り潰したりそういった者も一部はいるが、ただ、これらの多くは一般人には縁のないものじゃ。だがそれは逆に言えば一部の存在のみが強力な力を有するという意味で平等とはいえんじゃろ」
「……確かに。でもそれを聞いてもますます虚しくなるだけだな。結局生まれ一つで人生が決まるのだから」
「愚か者、私がいいたいのはそうではない。結局どの世界においても生まれ持って平等なんてものはありえない。じゃがな、どんな境遇であれその先の人生を決めるのは己でしかないという事じゃ」
「……己でしかない?」
「そうじゃ。そもそもどれだけ生まれつき良い境遇でいようと、それはそれで苦労だってあるものじゃ。平等ではないと言ったのはそういった事も含まれておる。生まれがどれだけ良くてもそれを活かしきれず落ちぶれるものもおれば、どん底のような人生から這い上がるものだっている。結局の所、生まれついての境遇を活かすも殺すも己次第。それはお主だって一緒だぞ。確かにお主の紙装甲は誤字であり実際は神装甲であった。じゃがな、それを活かしきれるかはお主次第じゃ!」
「――俺、次第……」
カルタはギュッと拳を握りしめ。そしてここにきて初めての笑顔を見せた。
「ふむ、どうやら吹っ切れたようじゃな」
「あぁ、もう俺は迷わない。この神装甲を活かして必ず偉大な冒険者になってやる」
「うむ、その粋じゃ。ならば早速じゃから、ここで少し修行を付けてやろう」
「……え? 修行?」