第39話 闇深き者
前回のあらすじ
ダンジョンもレッドライジングもリャクより先にカルタが攻略していた。
この僕がそのレッドライジングという魔物を退治してやろうと考えていたら、御者を任せていたアイツが口を挟んできた。
しかも、既にレッドライジングは倒された後だなんて宣い出したのだから始末に置けない。
「村長、更にこれも予想ではありますが。レッドライジングを倒したのは迷宮を攻略した彼らだと思います。カルタという少年とその仲間たちがね」
「な! ふざけるな! それこそありえない! でたらめなことをいうな!」
全く、こいつ名前はエリートのくせにとんだ無能だ! 言うに事欠いてカルタがレッドライジングを倒しただと?
「……一体どうしてそう思うのですか?」
「うん? いや難しい話じゃないよ。君たちも知っての通りレッドライジングは赤雷という特殊な雷を操る。そこで思い出してくれるかな? 君たちが狩りに立ち寄っていた時、空は晴天に見舞われていたにも関わらずエサアールの森では雷の音が鳴り響いていた」
ノーキンの問いにエリートが答える。それにしても、まさかそんな浅い推理が根拠とでも言うのかこの男は?
「は、バカバカしい。それはあのカルタという卑怯者が魔道具頼りで狩りをしていたからさ。本人もそう言ってたじゃないか」
「ハハッ、どうやらどうしても魔道具を使っていたことにしたいみたいだけど、彼らはそのことを一切認めていないよ」
「でも、あの妙な肌色した奴はそう言っていたじゃない」
「あれはあくまでたとえ話として述べていただけで、思い出してみれば判るけど、御者を任されていた彼も魔道具を使っていたことは認めていないよ」
「……たしかにそうだ。あの会話はあくまで魔道具を使っていたとしても非難される覚えはないというもので、使っていたことそのものを認めていたわけじゃない」
「ノーキン、またお前は……」
「俺は状況を判断し、適切と思われたことを言ったまでだ」
くっ、あぁ言えばこう言う。こいつは融通もきかないところあるし、実力が伴ってなければすぐに追放するところだ。
「え~と、結局のところ村としては心配はいらないということでしょうか? 確かにダンジョンを攻略したほどの腕を持つあの方ならば、納得のできる話ではありますが」
「馬鹿な、ありえない。いいですか村長。あの男にそんな力はありません。きっと見逃しがあったんだ。だから僕たちが見に行って確実に始末してみせますよ」
「う~ん、それならこうしたら如何でしょう? ここは直接討伐の依頼ではなく、念の為の調査依頼という形とし、もしまだ生き残っているようなら討伐。いないようなら今回のダンジョンも未遂に終わりましたしその分と合わせて調査分だけ請求させて頂くということでは?」
「は、はい。それで構いません。よろしくお願い致します」
結局、最後はこのエリートという御者が纏めてしまった。なんなんだこれは? リーダーはこの僕だぞ? それなのに、大体どうしてこうも突然予定が狂う。
本当ならダンジョンを華麗に攻略し、僕の冒険者としての経歴もより華々しいものになる予定だったのに、ダンジョンは攻略され、レッドライジングも退治されているだと? しかもあのカルタに……ありえないありえないありえないありえない――
「――レーノちょっと付き合ってもらえるかな?」
その日は結局既に時間も遅いということ、そして村の好意もあり、村が用意してくれた宿にて一泊することとなった。
既に夜の帳がおり。いい時間になってきたところで僕はレーノを誘い出す。
「リーダーほどほどにしておいてくださいっすよ」
「も、もう何を言ってるのよ」
ホミングがからかうような口ぶりで見送ってきた。レーノの頬が赤いが関係ない。
僕はレーノを村の外まで連れ出し、近くの森に向かった。
「ちょ、こんな時間に森になんてきてどうするの?」
「……レーノ、やるぞ」
「え?」
「だから、やると言っているんだ」
「ちょ、やだ。だったらこんなところじゃなくても宿でもいいでしょ? それとも皆に聞かれるのが嫌だったとか?」
「いいからさっさと準備してくれ」
「わ、わかったわよ。強引ね」
すると突如レーノがローブの裾に手をかけ捲りだした。何をしてるんだこの女は?
「レーノ、何している?」
「何って、貴方が準備しろって言ったんじゃない」
「あぁ、だからさっさと精霊魔法の準備をしろといったんだ」
「……はぁ?」
眉を上げ目を丸くさせる。全く、一体何を勘違いしているのか。大体こんなところでやるわけないだろ。恥知らずな女だ。
「……一つ聞くけど、一体何をやるつもりだったの?」
「決まってる。レーノの精霊魔法でしっかりと教えてやるのさ。これから向かうカルタがどういう男なのかをな」
「……それって、ねぇリャク。確かにあいつに関して納得いかないことも多いと思うしダンジョンのことも悔しいかもしれないけど、少し入れ込み過ぎなんじゃない? 大体あんなヤツ別に無理してこっちから追い込まなくても冒険者になればメッキが剥がれるに決まってるわよ。元々大したやつじゃないんだから」
「お前はいつから僕に意見を言える立場になったんだ?」
「え?」
全く、ノーキンだけかと思ったらレーノまでか……本当にイライラする。
「それにレーノは勘違いしている。僕は別に追い込もうだなんてそんなことは考えていないさ。入れ込んでもいない。ただ、可愛そうだろ? もしこのままカルタがスキルのことを隠して登録したりしたらそのギルドがさ。それに他の冒険者だって面白くない。だから、これは冒険者としての義務さ。そう、あくまで義務として、カルタの真実をしっかり伝えないとね」
僕は改めて気を取り直し、出来るだけ笑顔を崩さないように気をつけながらレーノに告げる。
そうさ。今のレーノの話だと、まるで僕がカルタより落ちる存在で妬んでいるみたいじゃないか。冗談じゃない。僕のほうがカルタより下だなんてありえないんだ。僕を見上げて悔しがるのはカルタであるべきなんだ。
「……そこまで言うならやるわよ。それでギルドに報告すればいいの?」
「あはは、何を言っているんだい? カルタ達のことなんてギルドに報告すべきことじゃないよ」
「え? じゃあ誰に?」
「冒険者さ。これまで僕たちが知り合った冒険者にありのままを伝えればいい。紙装甲というとても冒険者に向かないスキルをもった男がシルバークラウンでギルドに登録しようとしていると。そいつはろくなスキルも持っていないくせに、道中である商家の娘を言葉巧みに騙し、彼女から得た高価な魔道具の力だけを頼りに、本来ギルドが請負解決すべき依頼を横取りして回っているとね」
「え? でもそれって……」
「何? 一切嘘は言ってないよ。本来僕たちが攻略すべきダンジョンを勝手に攻略したのは事実だし、レッドライジングにしてもまさかと思うけど本当に倒していたとしたら問題だよ。あの場に僕たち正規の冒険者がいたのに、勝手に討伐したということなんだから」
「……でも、それを言ったからって何か変わるの? 確かに聞いた冒険者はいい気持ちはしないでしょうけど」
「そうだね。そしてきっと冒険者は口々にそのことを喧伝して回るだろうね。あれで冒険者の情報網は侮れないところあるから。もしかしたら最初に伝えた情報が勝手に独り歩きして大げさな内容で広がる可能性がないとも言えないけど、まぁ、正直そこまで気にしてられないからね。あくまでこっちは親切心でやっているだけのことなんだから」
そう。そうさ、何も嘘なんてついていない。あの女の子だって騙されて連れ回されているのは間違いないんだから。
「……ふぅ、わかったわ。それじゃあ明日の朝にでも送って」
「今だ」
「え? 今? でもこんな時間からじゃ――」
「はは、何を言っているのかな? 相手は冒険者だよ? この時間からが本番さ。大体の冒険者は仕事終わりに酒場で盛り上がっている頃だし、メッセージを送るには丁度いい」
そう、朝なんかのこれから依頼を請けようとしている冒険者より、今ぐらいのほうが気が利いているというものさ。酒が入っているから多少聞き間違いや思い違いが出るかもだけど、酒の肴にはバッチリだろ。
「……わかったわ。でも、どうなっても知らないからね」
ため息混じりに答える。だけど、一体どうなるっていうのか? 僕は何も間違ったことなんてしていないんだからさ。
「――はい、これで知ってる冒険者全員に送ったわよ。それじゃあ、もう戻りましょう」
「……ちょっと待ちなよ」
「何? まだなにか、ん――」
僕は引き返そうとしているレーノを強引に振り向かせて唇を塞いだ。不意をつかれたその表情はなかなかそそるものがある。
気が変わった。たまには、外もいいかもしれないな――月明かりも綺麗だし。
あぁでも、いずれは、いずれはあの子も、そうさ僕になびかないわけがない。そして自ら僕に求めてきたらたっぷりと可愛がってあげないとね。フフッ、体は勿論だけど、あの美しい髪であんなことやそんなことが出来たら、どれだけ気持ちいいだろうか――
◇◆◇
あの三人の残り滓を見つけたのは、カルタが出ていってから数日後のことじゃった。
カルタ一人を始末するにしては随分と遅いなと思っていたが、まさかデスグリズリーの餌になっていたとは。
だが、これでカルタの始末もついたと私は思っていた。デスグリズリーに遭遇したおかげであの三人すらあっさりとやられたというのにカルタが無事であるはずがないからだ。
しかし――それからしばらくして、私は自分の考えが浅はかであった事をしる。
なぜなら届いたからだ。村に精霊使いのレーノからメッセージがじゃ。
それによると、なんと途中でリャク達がカルタと再会したという。しかもあの男は事もあろうに我が村の希望の星の仕事を卑怯な手で横取りし、嘲笑うかのようにして去っていったという。
正直あのゴミクズのようなスキルを持ったウジ虫がまだ生きていたことに驚きだが、あれのやったことはもはや一個人の問題でもすまないこと。
あの糞虫はリャクだけではなく私の顔にも泥を塗ったのだ。ひいては村の尊厳すら奪ったことになる。
「こんなこと、許しておいてなるものか。こうなったら――」
私は早速羽ペンを走らせ、手紙をしたため、鳥使いのスキルを持つ村人を呼んだ。
そして鳥に手紙を託し、シルバークラウンまで運ばせる。
「カカッ、これで終わりだカルタ。あの三人を殺した罪、しっかりと償ってもらうぞ――」
これにて第三章の本編は終わりです。
この後、幕間を挟んで第四章へと進む予定です。