第29話 次への旅立ち
後書きに今後の予定も書いてあります。
カルタはぼ~とした目で空を眺めていた。浮遊感に支配され、ふわふわした感覚が妙に心地よいとさえ思っていた。
神装技ブレイブハートは自身のステータスを大幅に強化し、鋼のように心も強くなるが、その分消費が激しく使用すれば神装甲を保てる時間も大幅に減少する。
それをほとんど残り時間がない状態で行使した。かなり無理のある使い方であり、その為、全てを出し切ったカルタはもはや指一本すら動かすことが出来ない。
その状態で落下して地面に衝突すれば当然ただではすまない。今のカルタに出来ることはただ願うだけであっった。信じることだけであった。
ぐんぐんと地面が近づいてくる。もはや受け身すらとれない。ふと、目端にドヴァンの姿を捉える。何かを叫んでいた。
だが、声は流石に届かない。しかし、無事であるという事は作戦がうまく言ったということだろう。
間もなくカルタの身は地面に激突する。骨がバラバラになったら流石に痛いだろうか? などと考えてしまう。
その時だった、金色の網がカルタの視界に広がった。そして柔らかい感覚に包まれる。極上の寝具に身を委ねたような気分だった。
落下したはずなのになぜかすごく心地よい。
「カルタ! 大丈夫ですか!」
耳に届く優しい声に、我に返る。そしてはっきりと確信する。自分が助かったことを。そう、信じていたとおり、地面に激突する前にヘアに救われたんだという事を。
「カルタ、ポーションです飲んでください」
「あ、ああ、悪い――」
雑貨屋の店主から受け取っていたポーションの残りを少しずつ口に含んでいった。
ポーションは傷を回復する効果は勿論、体力も回復し疲労感もへらす効果がある魔法薬だ。
高価だが傷薬よりも効果が高い。実際ポーションを飲むことで、全快とまではいかないが体がある程度動くところまでは回復した。
「ほらカルタ、肩に掴まれ」
ドヴァンが隣に立ち、右肩を貸してくれた。
悪いな、とカルタも好意に甘える。それをみていたヘアが、ちょっとだけ嬉しそうだった。
ふたりとはまだ出会って間もないはずなのに、なぜか昔から一緒にやってきた仲間であったような、そんな錯覚さえ覚える。しかし、気分は悪くない。
「悪いな」
「気にするな。それにカルタのおかげであいつらを倒すことが出来た」
「そうですよカルタさんはすごいです!」
「ははっ、俺だけの力じゃない、ふたりがいてくれたからさ。それに他にも協力してくれた人もいた」
色々な人の助けがあったからこそ勝てた。カルタはそう思っている。グリースは間違いなく強敵だった。
盗賊として、奪う側として生きてきたことは何も誇れはしないが、その分自らのスキルについて熟知していた。
神装甲が行使できるカルタだが、経験の差というのは大きい。
ふと、さんざん追い詰めてくれたグリースに目を向ける。流石にもう起きてくることはないと信じている。
だが、妙に気になってしまう。
「うぉおおぉおおおおぉおお!」
「な!?」
しかし、悪い予感が的中したと言うべきか。グリースが蹶然し、奇声を発し始めた。
「そんな、倒したと思ったのに……」
「くっ、流石にもう戦えるだけの体力は……」
「いや待て、何か様子がおかしいぞ?」
しかし、グリースの変化に先ず気がついたのはドヴァンであった。そしてそれが如実となりカルタとヘアは唖然とした様子でそれを見つめる。
「あ、ああぁ、あああぁああぁあ、私の、私の体が、おかしく、おかしくなっていくぅうぅうぅうううう!」
グリースの肉体がドロドロに溶けていた。一体何が起きているのか、三人には理解が出来ない。
グリースだった物の形は崩れ、瓦解し、地面に液体が広がっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「……は?」
そして液体化した現象が終わりを告げた時、彼らの目の前には肩で息をする女の姿。カルタもヘアもドヴァンも目を白黒させている。
「くそ、一体どうなってるんだい。何か急に気持ちが悪くなって……」
そして、女は三人を睨む。
「あんたらのせいだ! お前らのせいで私は、だけど、だけどまだ私は戦える! そうさいけるのさいくよ! ファットアタック!」
グリースが右手を突き出す。だが、何も起きなかった。ただ、虚しく握りしめた拳が前に出ただけであり、しかも――
「は? なんで、どうして? それに、なんだいこの枯れ枝のような細い腕は! これが、これが私だっていうのかい!」
グリースが叫ぶ。そして顔に触れ、顔も小さい! と叫び、体に触れ、そんなそんな、とわなわなと震えた。
「……どうやらこれがあいつのリスクだったようだな」
「え? リスクですか?」
「あぁ、強力なスキルにはそれ相応のリスクが伴うことがある。脂肪操作は大量のカロリーを消費するスキル。一時的に脂肪を増やしたり変化させたりは可能だが、無理をしすぎると本来もっている脂肪さえも減ってしまう」
「……それが、あの姿ってわけか」
「あぁ、だけど皮肉なものだな。おいグリース、今の自分の姿を噴水の水で確認して見るんだな」
「な、なんだって?」
何をいっているんだこいつは? と憎悪の視線を向けた。だが、やはり今の自分がどうなっているのか気になったのか噴水の前にたち水面に映った己の顔を見る。
「……え? これが、私、だって?」
そこに映っていたのは、これまで自身も醜悪と認めて疑わなかった顔とは別物の、美しい顔をした女であった。
「うそ、どう、して?」
「生まれたときからずっと太っていたんだったか? 更にスキルもあって、あんたは結局一度も痩せたことがなかったんだろ? だからわかってなかったんだな」
「……それは、つまり――」
「あぁ、そうさ。あんたは本当は醜くなんてなかった。そう思い込んでいただけだ。その身を覆っていた脂肪という衣を脱いでしまえば外面だけなら多くの人がうらやましがるほどだろう。だけど、それでも俺にはさっぱり綺麗には見えないけどな」
「……なんだって?」
「お前が自分の本当の姿に気がつけなかったのは、ただ太っていたからじゃない。自分と向き合うことが出来なかったからさ。見当違いの恨みを抱き、盗賊にまで堕ちて奪うことしか考えられなかったその醜い心じゃ目だって曇る。その結果が、今のあんたってことだ」
「あぁ、カルタのいうとおりだ。そしてグリースよ、いくらお前の見た目が変わったとしてももう意味はない。お前のやってきたことに変わりもない。もっと早く気がついていればまた違う人生もあっただろうが――例え見た目が変わってもその代償に力を失ったお前は――もう終わりだよ」
「う、うぁ、ああぁあ、そんな、そんな、そんな馬鹿な、うぁあああぁああぁああああぁああぁあああ!」
グリースの絶叫が闇に覆われ始めた空に響き渡った。まるで慟哭のような叫びであった。
◇◆◇
それからは三人も色々と大変であった。警備長に呼ばれ至極感謝されたときは戸惑いも覚えた。
何せ結果的に町はひどい有様だ。非難される可能性のほうが高いと思っていたのである。
「馬鹿を言ってはいけないよ。あのフトーメ改めグリースという女はとんでもない力を有していた。正直私達だけでは無駄に犠牲者を増やすだけであったし君たちがいなければただ盗賊の犠牲者を増やすだけであった。感謝こそすれ、責める気なんて毛頭ないさ」
そして大量の報酬さえも受け取る。自らのやってきたことが評価されたのは単純に嬉しい。
一方グリースに関しては罪が罪なので王都に護送され、そこで裁きを受けることになるようだ。正直今は力を使い切っておとなしいが、後々は大丈夫なのか? と心配になるカルタだが、そこは神罰の石で作られた枷を嵌めるため大丈夫なようだ。
神罰の石は触れたもののスキルを封じ込める石である。これで作られた枷をはめればどれだけ強力なスキルであっても意味がない。
それは他の盗賊にしても一緒であった。
◇◆◇
「クック、本当にありがとう。そして我儘言ってごめんなさい」
「何を言うのですか。お嬢さんはこれまで散々苦労したのですからこれからは自由にしてください」
ヘアが今後どうするつもりか、気になってないと言えば嘘になるカルタであったが、それはあっさりとヘアから、一緒に旅に同行させて欲しいとお願いされて解決した。
ヘアはどうやらカルタと同じ冒険者の道を進むことに決めたようだ。宿に関してはクックに任せるという。実は町の復興のために十日ほど逗留し手伝った三人だったが、その時クックは一人の女性と出会い一目惚れしあっさりと結婚を決めた。
なのでちょうどいいからとヘアが宿の経営をふたりに任せたのである。
そして――ドヴァンは娘のこともありシルバークラウンまで行くことになったので同行することに。
三人の目の前には馬車があった。ヘアの両親が残してくれていたもので、クックが大事に馬を世話し、車両もメンテナンスしていてくれたのである。
「本当に色々とありがとうクック!」
「いいってことです」
「皆さんの旅の無事を祈ってますよ」
「ありがとう紙屋の店主様もお元気で」
ヘアは冒険者を目指すと決めた時、紙屋にもお詫びにいったが、そんな気はしていたよと、笑顔で送り出してくれた。
雑貨屋の店主とも挨拶を済ませ、せっかくだからと受け取った報酬で色々必要なものを買い揃えた後、三人はついにウッドマッシュの町を出立した。目指すはシルバークラウンである。
◇◆◇
盗賊を運んでいる途中、突如霧が発生し、護送の馬車の全員が眠っていた。そこへ一人の男が姿を見せる。
「全く全員殺せば早いってのにな」
「いけませんよ。ただでさえグリースの件で目立ってるのですから」
そして男は馬車を開け、よぉ、と枷を嵌められたグリースに声を掛ける。
「回収に来たぜ」
「あぁ、信じてました、マスター」
そして馬車から降ろされ枷はあっさりと壊される。神罰の石で作られた枷はスキルを封じるが、そこまで頑丈ではない。外側からであれば外しようはいくらでもあった。
「マスターへのご恩は忘れません。二度も救い出してもらって」
「あぁ、勘違いするなよ」
「え?」
その時だったマスターの腕がグリースの胸に伸び、そしてズブズブと中に入り込んでいき、かと思えば赤く光る石を引き抜いた。
「え? え?」
「はは、脂肪操作って名前の割に、綺麗な石が取れたぜ」
「な、それは、一体?」
狼狽するグリース。それにマスターと呼ばれた男が答える。
「お前のスキルを石にして奪ったんだよ。言っただろ回収しに来たって?」
「……え?」
慌ててグリースがステータスを確認するが――スキルがなくなっていた。
「そんな! なぜ! マスターは私を認めてくれたんじゃなかったのですか! 好きにしていいんだって! そう……」
「あぁ好きにしていいさ。実力が伴っていればな。だが、今回お前がやらかした醜態は流石に看過できねぇよ。それに、お前は今の状態のほうが売り物になる」
「うり、もの?」
「そうだ。スキルがなくなれば、もう太ることもないだろう。今のお前は見た目でいえばかなりの上玉だ。しかも元盗賊の頭、それにお前生娘だろ? そういうのは需要があるのさ。妙な話だと思うかもしれないが盗賊に恨みをいだく貴族や商人あたりが高く買ってくれるんだよ。嗜虐心を満たすためにな」
それは、グリースからしてみれば死刑宣告と同意義であった。いや、まだ簡単に死なせてくれる分、王国の法で裁かれたほうがマシであろう。
だが、この男はそれを許さない。盗賊に恨みを抱く男どもの慰みものになった上で、拷問に次ぐ拷問を受け死んでいけと、そう言っているのだ。
「い、いやだそんなの。そんなのいや! お願いですマスター! どうか、どうか御慈悲を!」
「おい、連れてけ。スキルもないただの女だ、抵抗もできやしないさ」
「へい」
そして屈強な男に捕まり無理やり真っ黒の馬車に連れて行かれる。奴隷の中でも尤も過酷な運命を辿る奴隷専門に扱った、死神の馬車に――
「ま、どんな形であれ、最期に女として死ねるんだから良かったじゃねぇか」
そして彼らはまるで霧のように、その場から立ち去ったのであった――
ここまでお読み頂きありがとうございます。
さて次回より第三章へと入って行く予定ですが、こちらの作品について現状はランキングが下がってきておりまた評価の伸びも鈍くなってきております。感想ページでもあまり反応が良くないのでこのままであれば第三章は最終章とし10話以内での完結となるかもしれません。
ただ、感想にて頂いたご意見を尊重し、三章から以下の点を考慮して進めていきます。
・展開を早めます(余計だと思われる部分は排除します)。
・戦闘シーンを大幅に見直します。
・主人公を強化します。
・一人称になる可能性があります。
この変更により作品の雰囲気も大きく変わる可能性が高いですが、不満が出ている以上そこは作者として考える必要があると判断いたしました。ただ、それでも結果に結びつかなかった場合は次が最終章となります。どうぞ宜しくお願い致します。




