第25話 グリース・マミエル
カルタが吹っ飛んで言ったのを認め、フトーメが苦々しそうに口を開いた。
「全くベラベラと煩い男は嫌いだよ」
「え? そんな! カルタ!」
ヘアが緊迫した声を上げた。突然の出来事に戸惑いが窺える。
衝動に駆られたのかすぐにカルタの飛ばされた方向へ向かおうとするヘアだが、その肩を掴み包帯の彼が引き止めた。
「落ち着くんだカルタならきっと大丈夫だ。あれぐらいでどうにかなる相手じゃない。それより、目の前のこいつだ、ここまで追い詰めたんだ。逃がすわけにはいかない」
「は? 何いってんだお前? 私が、逃げる? 逃げるだって? お前たちから? ギャハハハハッハハハハハハ!」
だが、包帯男の考えなどは小馬鹿にするように、腹を抱えてグリースは笑い出す。
「何がおかしいんだ……」
「ハハッ、これが笑わずにいられるか。いいことを教えてやる。逃がす気がないのはお前らじゃない、私だ。ここまできたらもうまどろっこしいのはやめだ。容赦の必要もないしな、てめぇら全員ぶっ殺して奪ってやるよ。この漆黒の避役盗賊団大頭、グリース・マミレル様がな!」
女性の拳ほどもある親指で自らを示し、グリースが遂に正体を明かした。
それに動揺を見せるのはヘア、逆に怨嗟を強めたのは包帯の男であり。
「そんな、じゃあ、やっぱり伯母は、なら、なら伯母は本物の伯母はどこに!」
ヘアが狼狽した顔で訴えた。実はその答えは先程暗に包帯の彼から明かされたのだが、ヘアはそのことにまだ気がついていない。事実はカルタも告げてはいなかったからだ。
だが、グリースはそんなことなどお構いなく、あん? と目を眇め。
「あぁ、なんだそういうことか。お前、死体が誰なのかも聞かされずに来たのか。はは、全くのんきなものだねぇ本当に」
「え? ど、どういうことですか?」
「だから、さっきそこのが言っていた骨だよ。見つけたんだろ? アジトで白骨になったあれをさ。それが、あんたの伯母だよ、正真正銘本物のね」
グリースの明かした真実に、ヘアが絶句する。ワナワナと肩が震えていた。
「すみません、本当はカルタから話を聞いた時に伝えさせるべきだったかもしれないですが、俺の方で止めておいたんです。知るにしてもこいつを完全に追い詰めてからのほうが良いと思ったもので」
「はは、私を追い詰める? 馬鹿言ってるんじゃないよ。追い詰められてんのはあんたらの――」
「どうして?」
「あん?」
「どうして! 私の両親だけじゃなくて伯母まで! 伯母は、遠く離れた町で静かに暮らしていた筈なのに!」
「あぁ、なんだそんなことか。だったら、先ずその伯母のバカさ加減を恨むんだね」
過去を思い出し、蔑むような表情でグリースが語る。
「あのフトーメって伯母はねぇ、【虫の知らせ】っていうスキル持ちだったのさ。それが働いたんだろうね。妹になにかあるのでは? と心配になってわざわざ護衛を連れてやってきたのさ。そこを私が率いていた連中と遭遇して護衛はあっさりと殺してね。しかもちょうどいい事に別の連中があんたと両親の馬車を襲ってたのさ。そこから偶然にも別々の場所で襲った馬車の女共が姉妹だって判ってねぇ」
「そんな、そんなことで……」
「あぁ、そんなことさ。でも運が向いてきたと思ったよ。あの時丁度手配書も回るようになっていたからね。私は出来るだけ表には出なかったから見つかってなかったが、仕事がこのままじゃやりにくくなる。そんな時に宿持ちで行商やってるあんたの両親は渡りに船だったのさ。ま、アンタに関しては伯母に感謝すべきかもねぇ。本当なら闇で奴隷として売り飛ばす予定だったけど、伯母から情報聞き出して、ヘア、お前を利用する作戦に切り替えたんだ」
ニタニタと醜悪な笑みを浮かべながら真実を明かすグリース。包帯男が険しい目つきを見せ。
「……心の底から腐ったやつだな」
「ふん、なんとでもいいな。おいヘア、あんたの両親はねちょっと拷問しただけであっさり死んで本当使い物にならなかったよ。まぁ特に母親に関しては部下も随分とやんちゃしたから最後気が触れてしまってねぇ。どうしようもなくて始末させたのさ。そこで仕方がないから残った伯母に全て請け負わせたのさ。それでも最初は私達の拷問に耐えてたんだけど、気絶してるあんたの首にナイフあてて、情報を言わなかったら殺すって脅したら全て話してくれてね」
「もういい、黙れ……」
「うるさいねぇ。ここからがいいところなんだからちゃんとききな!」
グリースの腕が膨張し、軽く叩きつけただけで床の一部が抜けた。包帯の彼に緊張の色がにじむ。
「ヘア、実はね当たり前だけど私の姿はあんたの伯母と似ても似つかないのさ。あんたの伯母は確かに多少肉付きは良かったけど、そこがまた男ウケが良さそうな感じでね。本当に憎らしかったよ。あんたの母親、つまり妹とはまたタイプが違う愛らしさがあった。だから、話を聞いた後は部下にアジトまで持ち帰らせて好きにさせてやったさ。だからアジトに骨が残ってたんだろうね。それなのに情報にあったとおり誰も伯母の顔を知らないから、ちょっと私が情報を元に昔話なんかを聞かせてやっただけでころっと騙されてくれて本当におかしかったさ! スキルだって別のに偽装してたのにねぇ、こんなマヌケなことはないよ! さぁどうだい? ずっと伯母だと思っていたのが、実は伯母を殺した張本人で、あんたの両親の仇だって知って、今どんな気持ちだい! あんたはその仇に一年近くも何も気付かず、のんきな顔して育ててもらってたんだ。おかしいねぇ! こんなおかしいことはないよ!」
「黙れぇえええぇえええええ!」
包帯男が飛び上がり、螺旋の蹴りをグリースに叩き込む。だが、それを受けてもグリースは平然としていた。厚い脂肪によって邪魔をされ、衝撃が内側まで届いていない。
「なんだい? それで攻撃のつもりかい? 攻撃というのは――」
グリースが両手を握り込むようにして組み、大きく振り上げた。両腕が一気に膨張し、神殿を支える石柱の如く太さとなり、こうやるのさ! と叫び一気に振り下ろした。
途端に宿全体に衝撃。天井が壁が床が揺れ動き、包帯男がいた場所に大きな穴。だが、それだけでは済まず。
「お嬢様危ない!」
攻撃はなんとか躱した彼だが、あまりの衝撃に二階の床そのものが崩壊し落下しはじめた。
包帯の男がカバーに入ろうとするが、大丈夫です、と静かにヘアが告げ、髪を伸ばしてクッションにし落下の衝撃から免れた。
「ふぅ、良かったご無事で……」
「あ、あの、気になっていたのですがどうして私の事をお嬢様なんて?」
あ、と包帯の彼が慌てた。だが、ふぅ、と息を静かに吐き出し。
「そうですね……もう、隠しておく必要もないでしょう」
そして、彼は剣先を包帯に引っ掛け、器用に外していき――中からは傷だらけの男の顔が顕になった。古傷なようだが相当に痛々しい。
すると、その正体にヘアが驚きの声を上げる。
「え! その顔、まさか、ドヴァン?」
「はい、お久しぶりですお嬢様」
傷だらけの顔でニコリと微笑んだ。傷を感じさせないほどのいい笑顔をヘアに向けている。そして、どうやらヘアは彼の事をよく知っているようである。
「あ、それでクックの事も知っていたんだ」
合点がいったようにヘアが呟く。何せ彼はクックの名前など教えてもらっていなかった筈なのに、さきほどその名を口ずさんでいた。
だが、以前からの知り合いであるならそれも当然である。
「なるほど、あんただったのかい」
野太い声がふたりに届く。声の主はグリースだ。そして口ぶりから察するにこの女もドヴァンを知っているようであり。
「全く、しぶとい男だねぇ。宿から追い出してついでに部下に始末もさせたつもりだったのに、そんな体でまだ生きていたとはね」
「……あの盗賊とお前への復讐心で地獄から舞い戻ってきたんだよ。まさか、テメェが伯母なんかじゃなく漆黒の避役の頭だったとは思わなかったけどな」
「え、それじゃあ、ドヴァンのその怪我は、伯母のふりをしていたアイツが原因……」
「はい。本当は、もっとあの野郎を追い詰めてから正体を明かそうと思ったんですがね。黙っていて申し訳ありませんでした」
ドヴァンがすまなそうに言う。彼の正体はかつてヘアの両親が宿を任せていた夫婦の夫の方であった。
そこでヘアも思い出す。確かに彼には綺麗な奥さんと可愛らしい娘がいたことを。そして夫婦はそろって大切な宿の経営を任せてくれたヘアの両親に感謝していた。
その影響でドヴァンはヘアのことをお嬢様と呼んでいた。当時からそれが気恥ずかしくもあったヘアであったが、しかし伯母が自ら宿の経営に乗り出すと決めてからは問答無用で辞めさせられてしまい、逆に申し訳なくも思っていたヘアである。
しかも、まさか町を出てからそのような悲惨な状況に追い込まれていたとは――
「どうして、どうしてこんな酷いことを! ドヴァンと家族は、関係なかったじゃない!」
ヘアが叫ぶ。グリースに向けてありったけの声をぶつける。
「念の為さ。後から妙な勘ぐりをはじめて色々嗅ぎ回られても面倒だからねぇ。私は用心深いのさ。まぁそれ以前に、辞めさせられても妻と子どもさえいればいくらでもやり直せるみたいな臭い空気が癇に障ってね。だからめちゃくちゃにしてやりたくなったのさ!」
「酷い……」
「そんなことで、そんなくだらない理由でお前は俺の家族をーーーー!」
怒りに任せてドヴァンがグリースに突きかかった。家族のことがその逆鱗に触れてしまったのだろう。
激しい回転からの旋風圧――蹴りではなく今度の剣による攻撃。斬撃と衝撃がグリースの体に一文字を刻む。
「効かないねぇ」
しかし、怯まない。微動だにしない。その場に立つ巨体は、ドヴァンの攻撃など全く意に介すこと無く小馬鹿にしたように言い放つ。
「ファットアタック!」
「グハッ!」
膨張化したグリースの腕がドヴァンの顎を捉えた。尤もあまりに巨大なため顎どころかほぼ全身を殴打しているが。
「ドヴァン!」
飛ばされたドヴァンをヘアが髪の毛を伸ばして受け止めた。
お、お嬢様すまない、とお礼を述べる彼を地面に下ろす。
「なるほどねぇ。何かおかしいと思ったら、あんたのスキル、さては紙使いじゃなくて髪使いってところかい? ハハッ、全く参ったね。こんなバカげたことにこの私が騙されていたなんてね。あんたも偽装出来る魔道具でも持っていたのかい?」
「そんなもの、持ってない! 私は貴方とは違う!」
「そうかいそうかい。まぁいいさ。どっちにしろ関係ないからね。恐らくあんたのそれも操作系のスキルなんだろ? だけどお生憎様。私もなのさ! 私のスキルは脂肪操作。見ての通り自分の脂肪を自由自在に操作するのさ」
「……怠慢だな。わざわざ自分のスキルを明かすなんざ」
得意げに語るグリースにドヴァンが返した。だが、グリースはひと笑いし。
「怠慢? 違うね。余裕さ! そして宣告だ! 私が自ら正体もスキルも明かしたんだ。つまり、もうお前たちを生かしておく気がないってことだ。本当に楽しみだよヘア! あんたはあの母親や伯母と同じ綺麗な顔をしている。そういう女を特に私は許して置けないのさ! これで心置きなくあんたをぐちゃぐちゃにしてやれるよ! お前の母親がやられたように、伯母がされたように、惨めに潰されて死ね!」
「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れーーーーー!」
「お嬢、様?」
ヘアの髪が一斉に立ち上がる。まるでヘアの怒りに呼応するように、怒髪天を突くとはまさにこのことか――
◇◆◇
一方その頃カルタはなんとか剣でグロースアドラの掴む力を弱め、逃れることで自由落下を始めていた。
だが、空の魔物は存外しつこい。落下中のカルタに向けて羽を飛ばし、更に再び急降下で捕まえようとしてくる。
「しつこいんだよ!」
カルタはふと思い出したようにガムボールを取り出し、グロースアドラにぶつけた。奇声を上げ、翼をバッサバッサと動かそうとするが、ガムボールの効果で思うようにいかないのか結局バランスを崩して落下を始める。
間もなくして、カルタはギリギリのところで一瞬だけ神装甲に切り替え着地。難を逃れ、魔物は為す術もなく墜落した。
その上で土雷針で痺れさせ、しっかりとどめも刺す。
これでもう邪魔されることもないだろう。
「ふぅ、よし、大分時間と距離を取られた、待ってろヘア! 今行くぞ!」
そしてカルタは宿屋に向けて全力で走り始めるのだった――




