第20話 怪力少女と髪使い
突如降って来た大量の巨岩によって壁が出来上がり、ヘアはカルタと完全に分断されてしまった。
しかも、ヘアを狙い一人の少女が凶器を片手に飛び込んでくる始末。
「キャハハハハ、遊ぼうよ~もっともっと、遊ぼうよ~」
無邪気な笑い声を上げ、屈託のない笑顔でヘアに語りかける少女リトラ。だが、その顔と裏腹に手に持たれた鉄槌は容赦のない狂気としてヘアに向けて振り下ろされた。
「キャッ!」
「いや~ん、可愛い声~」
粉々に砕けた地面が弾け飛ぶ。強烈な礫が弾丸となり、ヘアの身に襲いかかった。
「こんなことで悲鳴を上げていたら身がもたないんだぞ~」
地面を蹴り上げリトラが跳躍した。ヘッドから柄に至るまで全てが金属で拵えられた槌を持ちながらとんでもない高さまで飛び上がる。
ヘアはジャンプからの攻撃を仕掛けてくるリトラを伸ばした髪の毛で食い止めようとするが、凄まじい重量感にとても抑え切れないと判断。
着地点を予想し、急いで逃げ出した。今さっき見せた一撃とは比べ物にならない程の衝撃。まるで魔法によって大爆発でも起きたかのように地面が爆ぜた。
「な、なんて破壊力なの……」
「キャハハ、当然だよ~だってこの槌、オールアダマンダイト製だからね~これ一本で六六〇キロもあるんだよ? あたったらその小さな体ならぺちゃんこかもね♪」
何故か愉しそうに語る少女。詳細を聞いてから見ると、まるで悪魔の微笑にも見えてしまう。
「さ~てっと」
リトラは自らの怪力を見せつけるように、とんでもない重量を誇る鉄槌を片手で振り回し、それを左右の手で入れ替えながら近づいてくる。
「わ、私だって!」
「およ?」
ふと、リトラの動きが止まった。目をまん丸くさせ、不思議そうに自身の小柄な体を眺める。
「……なるほどね、変わったスキルを使うんだねぇ」
なにかに気づいたのか、ニマァ、と不敵な笑みをこぼした。かなりの髪を巻き付けた為、もしかしたら気づかれたかもしれないと心臓が揺さぶられるが、力を隠したまま相手できるほど楽な相手ではない。ヘアは覚悟を決める他なかったわけだが――
「でも、甘いんだぞ!」
「キャ、キャァアアアァアア!」
リトラが大きく体を捻った。動きに合わせてヘアの体が浮き上がり、ブンブンと振り回される。
ヘアは己の髪でリトラを封じ込めに入ったが、少女の怪力はそれを逆に利用してしまえるほどであった。
「三回転、四回転、五回転!」
体をグルングルンっと回転させることでリトラを中心に髪の毛で繋がったヘアも大きく回る。このままでは逆にヘアの身が持たないが、かといって今髪を解いたり切ってしまってば遠心力によるダメージも加わって非常に危険だ。
だが、なんとかしないといろいろと危険なことは確かだ。何せ既にヘアの目はグルングルンっと回り始めている。
「ほ、ほへぇえええぇえ」
「キャハハ! 随分とマヌケ面だねぇ~もう見てられないからこれで、トドメだよ~!」
リトラが跳躍し、そのまま大きくヘアを振り回すと、先には巨大な岩。どうやらヘアをそこに直接叩きつけてやろうという魂胆なようだ。
「潰れちゃえ~~~~!」
だがその時、ヘアとリトラを結びつけていた髪の毛がほろりと解けた。これにより、ヘアの身が外側に大胆に吹っ飛んでいく。
おかげで岩に叩きつけられることはなかったが、そのままでは洞窟の壁に叩きつけられるだけ。僅かに延命した程度に過ぎない。
「意味無かったね! 壁にめり込んじゃえ!」
悪意のない笑い。逆にそれが怖いぐらいだが――ヘアが壁にめり込むことはなかった。
本人も無我夢中で発動させた結果なようだが、髪が急激にそして大量に伸び、壁との間で一塊となりクッションとなってヘアを助けたのである。
「あ? あれ? 私いつの間に?」
そしてこれにはヘア自身が一番驚いているようだ。まさに無意識の内に行動していたようだが――影が覆う。
見上げると、大岩が頭上から迫ってきておりそれが落下。
しかしヘアはヘアで信じられないほどの跳躍力を見せ降り注ぐ岩から脱する。勿論ヘア本人にはそのような身体能力はない。
髪の毛をバネのように操ることでこれほどまでの跳躍力を実現したのである。
「髪の毛を操るなんて変わった力を持ってるんだね~。でもおかしいよねぇ、確かペラペラの紙を切るだけの力なんじゃなかったっけ?」
「え? どうしてそれを?」
怪訝そうに片眉を持ち上げリトラに問う。
ニコニコと愉悦に浸った表情を見せる少女だが、鉄槌をその場に叩きつけ。
「え~? そんな細かいことどうだっていいじゃん。だって、何を聞いたってお前がここで私にぴちょんっと潰されてミンチになる未来に変わりはないんだし~あ、でも殺しちゃ駄目なんだっけ~? ま、それなら半ミンチ? キャハッ!」
答えをはぐらかされた。だが、相手はヘアを倒しにかかっている以上、余計な情報を話すわけもない。
ただ――ヘアはそのことよりもどうしても気になることが出来てしまった。
「……どうして?」
「え?」
「どうして貴方みたいな子どもが盗賊の仕事なんかに加担しているの? 私、信じられないよ。だって、だって……」
ヘアには到底納得が出来なかったのだろう。だからこそ、少女の真意を知りたかったのかもしれない。もしかしたら先程出会った魔術師のように、何かどうしようもない事情があるのかもしれない。
リトラはキョトンっとしていた。目を丸くさせ、だが、直後顔を伏せ。
「そっか……お姉ちゃん優しいんだね……でも、もう遅いよ。私の手は、血で真っ赤。今更何を言ったところで意味なんてないよ」
「そ、そんなことない! おそすぎるなんて事ないよ! 私で良かったら話を聞くから!」
己の手を見つめて何か思いつめた様子で語りだす。そんな少女へ必死に訴えるヘア。やはり、このような少女が悪事に手を染めるからには、それなりの理由があるのだろう、とそう考える。
「……私ね、両親に売られたんだ。貧乏な家でね、性格も最悪だった。暴力も耐えなくて、私毎日のように殴られて、それにあいつは、実の娘の私にまで手を……最後にね、この盗賊団に闇で売られたんだ。本当は奴隷として処理される予定だったけど、私はどういうわけか気に入られてこの盗賊団に入れられた。でも、本当は嫌だった! もう、罪もない人を襲ったりするのなんて嫌だったのぉおおお!」
少女がボロボロと涙をこぼす。それにつられてヘアも涙目になってしまう。
「お姉ちゃん、こんな私でも、戻れるっていうの? こんな私が平和な日常なんて、戻れるわけないよね?」
「そ、そんなことない! それは、全く罪に問われないというわけにはいかないだろうけど、後悔してるなら、まだ遅くない。立ち直れると信じてる。私も協力するから」
「……お姉ちゃん。エヘヘ、私、もっと早く、お姉ちゃんと会いたかったな。そうすれば……」
「だ、だったら! 私のことをお姉ちゃんと思ってくれていいから! だから、ね?」
「……お姉ちゃん、お姉ちゃ~~~~ん!」
リトラがヘアに向けて駆け寄ってくる。それを両手を広げて迎えようとするヘアであったが。
「うわ~~~~ん、お姉ちゃ~ん」
その時だった、急に髪がざわめきだつ。背中に悪寒が走り。
「死んじゃえぇええええ!」
リトラの鉄槌が振り下ろされ、地面が爆散。モクモクと土煙が立ち込める、が。
「あれれ~? どうして避けるの?」
「はぁ、はぁ……」
少女が顔を向けた先に青ざめた顔のヘアがいた。キョトン顔を見せるリトラに、どうして? とヘアが疑念のこもった言葉をぶつける。
「うん? あぁ、どうしてって、私のほうが驚きだよ~あんな作り話信じちゃうなんて、もしかして頭の中にお花畑が出来てるのかな~?」
「え?」
「え、じゃなくて~ありえないでしょう。あ、でも避けたんだから完全には信じてなかったわけかな? だったら酷いよねぇ~お姉ちゃん♪」
「……騙したんだ――」
「そりゃそうでしょ~相手が単純ならその方が手っ取り早いし~あ、でも全部が嘘ってわけじゃないよ。家が貧乏だったのは本当だったし。でも、一つ違うのは、暴力を奮ったのは私ってことかな~? ろくなもの食べさせてくれなかったし~ちょうどいいスキルも手に入ったから、私が殺しちゃったんだ~両親も村の皆も~」
「……そんな」
「それと、もうわかったと思うけど、スキルを手に入れてる以上、私があんたより年下ってことはないからねぇ。見た目で判断してんじゃねぇよ。これでも二十歳超えてんだっての」
再び鉄槌が振り下ろされ、轟音が響き渡る。既に周囲には数え切れない程のクレーターが出来上がっていた。
「……それじゃあこの盗賊団に入ったのは?」
「そんなの望んでに決まってるじゃん。馬鹿なのかな~? 見ての通り自分の力には自信があったしねぇ~この力があればその方が手っ取り早く稼げるでしょ? あの人もすぐに採用してくれたし~私には見込みがあるってねぇ~」
「そっか、あはは、馬鹿だ私。言われたばかりなのに、油断は禁物だって、判ってたのに。でも、これで吹っ切れたよ。もう、遠慮しなくて、いいよね!」
黄金色の針がリトラにむけて連射される。それを少女は跳躍し回避、近くにあった岩の上に飛び乗った。
「そんなことも出来るんだ。本当、それおもしろ~い――」
ケラケラと笑うリトラだが、ヘアの攻撃はまだまだ終わらない。纏まった毛先が鎌状に変化して伸長し、次々とリトラに向けて振り下ろされていく。
「な、なによこれ! どんだけ髪の毛操れるのよ!」
「こんなものじゃない! もう絶対許さないんだから!」
「調子に乗ってるんじゃ!」
リトラが岩から飛び降り、ヒョイッとその岩を持ち上げ――
「ないわよーーーー!」
ヘアに向けて投げつけた。ヘアの力では避ける以外の手はない。
大岩の軌道から逃れるように動くヘアだが、狙いすましたように鉄槌の一撃が降り注ぐ。
「キャッ!」
「逃げ足だけは早い! 本当ムカつく!」
リトラの表情がすっかり変化していた。これまでのどこか相手を侮っていた子どものような態度は改め、すっかり凶暴化している。
「ふん! でもあんた、さては戦闘経験殆どないね? いろいろ拙いんだよ! いくらいいスキルを持っていてもそれじゃあ宝の持ち腐れってもんだ!」
続けざまの遠心力を利用した鉄槌攻撃。これは避けきれず、ヘアは髪の毛をカーテンにして防ごうとするが、六六〇キログラムある槌の衝撃を完全には殺しきれず吹っ飛んでしまった。
「キャハハハハ! 軽い軽い! やっぱりあんたは弱いよ。弱い弱い。キャハハ!」
地面を鉄槌でガツンガツンと殴りつけあざ笑う。ヘアは地面を転げた後、上半身を起こし、悔しそうに呻いた。
確かに、戦闘経験が違いすぎる。ヘアにとって本格的な実戦はこれが初めてなことであった。
その時であった、リトラの頭上、天井の岩が――崩れ落ちた。何せあれだけの重さの鉄槌を利用しさんざん暴れまくったのだ。その上、巨大な岩を投げつけたりもしている。天井の一部が脆くなり、崩れてきても何らおかしくはなかったわけだが。
「チッッッ!」
舌打ちしながらリトラが大きく後方へ飛び退いた。当然、彼女のいた位置に崩れた岩が落ちてきたわけだが。
(あれ? 何か、今――)
違和感。そう、確かにヘアは今見せたリトラの行動に違和感を覚えた。
「ちょっと驚いたけど、丁度いい物が手に入ったわね。どうせ生け捕りする必要があるのだし、このぐらいのサイズ感の方がちょうど良さそうよね。キャハッ!」
落石に近づいていくリトラ。今まで投げてきた巨大な岩に比べれば、確かにその四分の一程度の大きさでしかない。
尤もそれでもかなり大きく、直撃すればただではすまないだろう。
その様子を眺めながら、ふとヘアの脳裏で乱れていた糸が、すぅっと解けたようなそんな感覚。
ヘアは考える。それを利用する気なら、なぜわざわざ避けたりしたのか? と。
なにせあれだけの鉄槌を振り回し、巨大な岩石さえも持ち上げる腕力だ。あそこまで大げさに逃げなくてももっと上手い手はあったようにも思える。
それに、直前に見せた表情、今思えば、相当に焦った顔であった。
そう、万が一にでも避けそこねたなら、命の危険でもあるかのように――
ハッとした。そうだ、と一つの答えが導き出された。
「さぁ! そろそろ終わりにしてあげる!」
鉄槌を地面に立たせ、両手で岩を持ち上げた。これまでより小さいとは言え、そもそも岩というものは重いものだ。
鉄槌に気を取られていたが、今まで投げてきた岩とて、その重さは十トンは優に超えていた。今持ち上げた岩でも二トン程度はあることだろう。
その岩を投げつけられれば、当然それ相応の破壊力が生まれる。
しかし、投げた直後に勢いを殺す程度ならどうなるか?
「え?」
その時、リトラが見せた表情は驚愕。なぜなら彼女が手放した岩は。ヘアに向けて投げつけた岩は、伸ばされた髪によって空中で動きが一旦止まったからだ。
しかも岩はふたつとも、投げ終えた姿勢のまま、固まっているリトラの下へ再び落下を始め。
「ヒッ、いや、うそ、こんなのどうして、いやぁああぁあ潰されるぅううぅうぅうううう!」
直後、隕石のごとく落下した岩石の衝撃で土砂が天をつくように舞い上がったわけだが――
「やっぱり、私も甘いのかな……」
ずるずるずると、髪の毛に引っ張られるリトラの姿がそこにはあった。白目を剥き、完全に気を失っている。どうやら岩が当たって死ぬと勘違いしてしまったようだ。
そう、ヘアの予想が正しければリトラの能力は実は怪力などではない。
なぜなら本当に怪力であるなら降り注ぐ岩程度その拳で、もしくは武器でどうとでも処理できたであろうからだ。
だがリトラはそれをせずそれどころか大げさなまでの動きで落石から逃げていた。
ここから導き出されるのは、リトラのスキルは怪力などではなく、単純に触れた重いものを持ち上げることを出来る、もしくは触れたものが軽くなるのどちらかである可能性だ。
そして能力がもしそうであるなら、落石などまともにあたっていれば確実に命は失われていたことだろう。そうであるなら身体能力そのものには変化がないはずだからだ。
そして直前のリトラの反応を見るに、ヘアの推測は例え当たらずとも遠からずと言ったところなのだろうと予想はつく。
どちらにしても、自らの死を予期し、下半身まで濡らしてしまった彼女のことを、見捨てることは出来ず――結局命だけは助けてやった形である。
尤も、だからこそヘアらしいと言えるのかもしれないが――




