第2話 最悪の告白
森での訓練を開始してから早くも十日が過ぎていた。村からそれほど離れていないこの森には、入ってすぐ辺りにはアルマーモやスライム、ラットマンなどの魔物が出現するがどれも総合レベルは5以下が多く、そこまで苦労することはない。
そこから少し奥へ進むとハングリーウルフなどが出現するが、それでも総合レベルは10程度である。
森のなかでは今日もカルタを含めた面々が訓練に明け暮れていた。訓練方法は基本的には魔物の狩り。それ以外の自己鍛錬は各自で好きに行っている。
「ハッ!」
リャクの剣がアルマーモの胴体をスパンっと切り裂いた。アルマーモは硬い鱗を有した魔物で主な攻撃方法は丸まった状態から転がっての突撃。
特に丸まって突撃する時には威力も乗っており、狙って剣で倒すのは難しいとされているが、リャクは難なくそれを行ってみせた。
一刀両断にされたアルマーモが地面に転がる。断面図が中々に気持ち悪いが、魔物の遺骸には既になれている。
リャクは剣を数回振り回し、血振るいし鞘に収めた。彼が所持している剣はかなり切れ味鋭くも思えるが何も特別な代物というわけでもない。
実はそれほど程度も良くない使い古された片手剣だ。しかし、それとてリャクの強化装甲に掛かれば、鍛冶好きで知られるドワーフが精魂込めて鍛え上げたかのような一品に変化する。
鎧にしてもそうだ。リャクが布の服の上から着衣しているのはただの革の鎧だが、強化装甲のおかげで鋼鉄の鎧が如き強度に変化している。
「火の精霊よ、その力を示し悪しきものを燃やし尽くせ――」
レーノによる精霊への呼びかけ。瞬時に大気が燃焼し、数匹のスライムを纏めて燃やし尽くした。
スライムはぶよぶよな本体を有する魔物であり、その特徴から物理攻撃は通りにくいとされている。
だが、魔法であれば話は別であり、レーノの精霊魔法はそういった相手にとても効果的であった。
しかも、本来は森では扱いの難しい火の精霊をこの短期間で相当うまく使いこなせるようになっている。
「ムンッ!」
三匹のアルマーモが同時に体当たりを行い、それをノーキンがその身一つで受け止めた。だがその巨体は全く揺るぐことがなく、堅牢な城壁にでもぶつかったが如くアルマーモは跳ね返され地面に向けて落下する。
間髪入れず、ノーキンの木槌が振り下ろされアルマーノを一体ずつ確実に叩き潰していく。
そして、フンッ、と鼻息を吹き出すと盛り上がっていた筋肉が一回りほど縮んでいった。
それでも十分にいい体をしているが、ただでさえ逞しい肉体をより強固なものにするのがノーキンが持つ筋肉増強である。
「ガルルルルルゥ!」
森の奥から一匹の狼が飛び出してきた。正確には見た目が狼の魔物ハングリーウルフである。
常に腹をすかしたこの魔物は森のなかでは危険度は高い方とされる。
だが、一見彼らに襲いかかってきたかのように思えたこの魔物も、よく見ると様相が異なる。なぜなら全身には満遍なく矢が突き刺さっており、血だらけで今にも死にそうな瀕死状態であったからだ。
「往生際が悪いっすよっと!」
するとハングリーウルフを追うように小柄な男が姿を見せた。どんぐり眼で手にはショートボウ。
そしてハングリーウルフに向けて矢を次々と放っていく。
だが、魔物とて命は惜しいのだろう。ジグザグに動いて何とか矢を躱そうと試みるが。
「だから、無駄なんっすよ」
そう彼が呟くと、真っすぐ飛んでいた筈の矢が次々と軌道を変化させ、吸い込まれるようにハングリーウルフの身に突き刺さっていった。
これは彼の持つスキル【追尾】の効果である。
ただでさえ全身が矢まみれになっていた程だ。更に追加で受けた矢傷が決め手になったのだろう。結局ハングリーウルフはその場で倒れ二度と動かなくなった。
「やったっす! もうこの森の魔物は楽勝っすね!」
ガッツポーズを取り喜ぶ彼。この男、最近になってリャク達の新メンバーに加わえられた。その名をホミングという。
こうして、新しいメンバーも含め、手に入れたスキルを十全に活用して見せる中――カルタは一人ラットマンとの戦いを続けいた。
「キキィイ!」
「くそ!」
爪を立てて飛びかかってくるラットマン。その一撃を彼は大きく飛びのけて躱していた。
ラットマンは二足歩行で歩くネズミ型の魔物であり、小柄で動きは中々にすばしっこい。
ただ、力があまり強くなく、爪での攻撃力そのものもそこまで高くないため、単体での脅威度は低い。
総合レベルは高くても2程度である。カルタが手にしているのは片手で持てる程度の鉈ではあるが――
ステータス
総合レベル4
戦闘レベル4
魔法レベル0
技能レベル0
スキル
紙装甲
このようにレベルは十分に上回っている。相手が群れならばともかく、単体相手であれば本来そこまで苦戦する相手ではない。
だが、カルタは相手の攻撃を避ける際、必要以上に大きな動きを見せてしまう癖があった。理由はそのスキルにある。
紙の装甲になるという紙装甲――そして神父のあの言葉、装甲が常に紙であり脆弱の存在であると告げられた事がどうしてもチラついてしまう。
紙の装甲である以上、彼はリャクとは逆なのである。つまりどれだけいい防具を揃えようと結局スキルの効果で紙に、勿論肉体とてそうなのだろう。
ならばラットマンの一撃すら致命傷になりかねない。だからこそどうしても戦い方が慎重になる。
「くっ、イヤァアァアアア!」
だが、カルタはそれでも勇気を振り絞り、一歩踏み込んで鉈を振り下ろした。刃がラットマンの肩を抉る。
ギッ! と短い悲鳴を上げた。だが、致命傷にはいたっていない。踏み込みがあまかったのだ。
「ギギギギッ!」
今の一撃は逆にラットマンの怒りを買ってしまった。頭に血が昇ったのであろう。ラットマンは一気に距離を詰めその爪を振るおうとするが――
「ギッ……」
その時、ラットマンの首に一本の矢が突き刺さった。短い声を上げ、視線が首に突き刺さった矢に向く。どうやら致命傷に至ったようであり、そのまま前のめりに倒れ動かなくなった。
「な~に、ちんたらやってるんっすか? 全くラットマン相手に情けないっすね」
矢を放ったのは新しくメンバー入りしたホミングであった。
その姿を横目にしながら、クッ、と呻く。カルタは鉈を水平に振るおうとした体勢のまま固まっていた。
攻撃が浅いと判った時、直感的にラットマンは反撃に来ると感じ取っていた。故に条件反射的にカウンターを狙っていた。
基本慎重なカルタだが、ここぞという時には思い切っていく一面も併せ持っていた。戦闘レベルが4まで上がったのも、ここぞというときに踏み込める力があったからである。
ただ、全体を通してみれば慎重すぎる面の方が目立ってしまう為、紙装甲というスキルもあってか、仲間内でもどうしても評価は低く見積もられてしまう。
「――ありがとう、助かったよ」
とは言え、お礼はしっかり述べておく。本来の狙いはどうあれ、結果的に今のはホミングに助けられたと言えるからだ。
「それにしても、未だにラットマンもまともに倒せないとはな」
腕を組み、呆れたように言ってきたのはノーキンだ。ラットマンは決して強い魔物ではない。例えばこのノーキンであれば、一度に七、八体を同時に相手したところで物ともしないであろう。
「ご、ごめん。でも、足手まといにならないように俺、頑張るから」
「カルタ、ちょっと聞きたいんだけど今、総合レベルはいくつ?」
不甲斐ないのは判っているが、とにかく頑張る他ないカルタ。そんな彼にリャクが問いかけた。
思わず返答に窮するカルタであったが――
「……総合レベルは4、戦闘レベルだけが4だから」
とはいえ聞かれた以上答える他ない。これから一緒に冒険者をやっていこうと誓いあった仲間にごまかすなんて真似は出来ないからだ。
「……正直低いよね。例えば今、僕の総合レベルは12。レーノとノーキンは11。後からメンバー入りしたホミングも10だ。全員二桁に届いている。それなのにカルタは一桁でしかも4、このことについてどう思う?」
「……不甲斐ないとは思っているよ。でも、だからこそもっと頑張って!」
「あ~あ、もうみてらんないっすね。あんた馬鹿っすか? ねぇリーダー。そろそろはっきりといってやったほうがいいと俺は思うっすよ?」
「え?」
ホミングがどこか小馬鹿にするような目をカルタに向けながら不穏な事を口にする。
疑問の声を上げ、リャクに目を向けるカルタだが。
「……実はねカルタ。僕たちは四人で明日村を出ることに決めたんだ。勿論ギルドのある町まで行って冒険者として登録するために」
「え? 四人? だって……」
「――彼をメンバーに入れた時点で気づいてくれると思ったんだけどね」
「本当、鈍いっすよねぇ~」
「え? え?」
「……カルタ。まだ判らない? ホミングくんを入れたのはね、貴方に一緒に来るのを諦めて貰うためよ。後からメンバー入りした彼が、自分より遥かに強いとわかれば、居たたまれなくなると思ったのだけどね」
ダメ押しの説明を加えてきたのは、恋人のレーノであった。
だが、何故かその目には愛情のような物が一切感じられない。
むしろどこか蔑んでいるような雰囲気さえ感じられる。
「……レーノ、どうしてそんな。それは確かに俺は今は弱いけど、恋人の君を守れるぐらいには強くなってみせる。明日行くというなら俺だって出るよ! 大丈夫、旅をしながらでも修行して――」
「見苦しいっすよ。正直みてらんないっす。大体恋人って、まだそんな事言ってたっすか? とっくに彼女はリーダーに乗り換えてるってのに」
「……は?」
「おいリャク!」
「あ、しまったつい……でも、こういうのはハッキリといった方がいいと思うっすよ」
「――確かにそうね。私もしっかり言っておくべきだった」
「え? え? ちょっとまって。何をいってるんだよ。だって、レーノは俺と……」
「悪いなカルタ。そういうことなんだ。だけど彼女は恨まないでやってくれ。実は僕もずっと前からレーノの事が好きだったんだ。カルタと付き合うと聞いて一度は諦めたけど、紙装甲なんてクズみたいなスキルを授かったと聞いたらいても立ってもいられなくてね。僕に乗り換えないか? と願い出たんだ」
「ごめんねカルタ。でも、まさか貴方がそんな使い物にならないスキルを手にするなんて思わなかったんですもの。後々の事を考えたら、リャクの方が将来性は高いと思うし……」
「そんな、馬鹿な、そんな……」
「じゃあ、これで信じてもらえるかな?」
すると、カルタの親友であったはずのリャク・ダ・ツーノが恋人であったレーノ・ネトラの肩を引き寄せ、唇を重ね合わせた。
何分にも何時間にも感じられる濃厚なキス――レーノもそれをしっかり受け入れており。
「全く、ふたりともよくやるっすね」
「ふん、趣味がいいとは言えないな」
ホミングがからかい半分に口にし、ノーキンに関しては不機嫌そうに眉を顰めた。
そして、カルタは言葉をなくし、その場で崩れ落ちる。
「こういうことだ。一応言っておくけど、これ以上の事も既に経験済みだよ。レーノのはじめては君じゃなくて僕が貰ったからね」
「もう、貰っただなんて……でも今思えばこれで良かったと思えるの。カルタとは結局手をつなぐ程度だったから、正直言えば付き合っていたという感覚もないわ。おままごとみたいな感じかな? だから、お互いなかったことにしましょう? 正直私も紙装甲なんてスキル持ちの人と付き合っていたなんて汚点でしかないわけだし」
「ははっ、それも酷いな。彼だって一応は僕の元知人だよ?」
「あれ? 親友じゃなかったっすか?」
「僕が? そんなのこいつが勝手に言っていただけだよ。こんなクズみたいなスキルを持っているのが親友だなんて気持ち悪い」
胸に突き刺さるような言葉が次々と降り注ぐ。カルタの頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されているような、あまりに気持ちの悪い感覚。
聞きたくないのに勝手に耳に入ってくる現実に、思わず胃の中のものをぶちまけたくなった。
そんなカルタの気持ちも知らず、全てを吐き出してスッとした面持ちの三人がその場を立ち去る。
ノーキン・デスネだけは、最後に残りカルタを声を掛けたが、同情などと言ったものではなく。
「お前らの関係について俺から言える事は特になにもない。ただ、冒険者にとって体は資本だ。だが、お前は紙装甲というスキルの時点でそれを捨てたも同然。冒険者として生きていくにはあまりに致命的すぎる。だから、お前は冒険者になる道だけは諦めたほうがいい。素直に村で畑でも耕して生きていくんだな」
中々に辛辣な言葉だった。忠告とも取れる物言いであったが、既にカルタの思考はどこか遠くへ飛んでいったような状態であり、半分も耳に入っていたかはわからない。
三人に促され、ノーキンも村へと引き返していく。それから取り残されたカルタだが、そこから一体どうやって村まで帰ったかはよく覚えていない。
気がついたら家に戻り、心配する両親をよそに部屋のベッドに飛び込み、涙で枕を濡らしていた。
悔しい、そんな感情だけが――カルタの心を支配していた。