第19話 頭と賞金首と盗賊と
盗賊団漆黒の避役は、途中の女が言っていたように広めの空間に集合していた。
「頭、あいつら上手くやりましたかね?」
「なに、相手はまだ成人したばかりの青臭いふたりだって言うしな。一人は紙を手も使わず切るみたいなスキル持ちらしいが、それだけだ」
「ヘヘッ、あれだけの人数揃えていって、そんな餓鬼にやられるわけないわな」
「でもつまんな~い、私も戦いたかったな~」
「ハッ、お前がいったらやりすぎちまうだろうが」
「違いねぇ。リトラは容赦ないからなぁ」
盗賊団がどっと湧き上がった。その様子を――包帯男、カルタ、ヘアの三人は物陰から覗き込む。
「賞金首大集合ってところか」
「だな、百面相ってのがいるのかは判らないけど……」
「あ、あんな小さな女の子まで……」
ヘアが目を丸くさせる。先程包帯男が言っていたことがそのまま形になったような、そんな少女だった。
ただ、見た目だけで判断するわけにはいかない。それは周囲の仲間の様子からも明らかだ。そもそもリトラは賞金首としても手配されている。
小さき力持ちという二つ名付きでである。見た目だけで判断していては痛い目を見ることだろ。事実少女の横には身長の倍は優にありそうな鉄槌が置かれている。重量感に満ちておりあんなものを振り回すのだとしたら、確かに相当な腕力だ。
頭と言われていた男はものまねのドルーサという賞金首である。褐色の肌で頭は見事なまでに剃り上げられていた。
エッジと呼ばれているものもいる。これは千投ナイフのエッジの事なのだろう。小柄で背中が常に丸まっている男だ。
その他、盗賊は合計二十人ほどが屯していた。武器はそれぞれ異なり、やはり杖持ちの姿もある。魔術師は女が多いようだ。
空洞内はかなり広く、二十人が余裕で駆け回れる程のスペースは十分にある。天井も二階建ての吹き抜けぐらいは高い位置にあり、戦うには十分だが、所々に大きな岩が散在しているのが気になるところか。
弓持ちなどはこれを壁にして攻撃を仕掛けてくる可能性があるだろう。
どうする? と先ずは三人で相談するが、ここでカルタが提案。先ずは自分が弓術で相手を撹乱する、その直後、包帯男に前へ出て欲しいと、ヘアは援護に回って貰う形で、基本的にはカルタと包帯の彼が矢面に立つ。
作戦が決まり、カルタは早速、狩猟神ノ装甲に切り替える。包帯男には装備を変化させるスキルだとごまかしておいた。
「ケルヌンノス――」
神装技によって放った矢が狩猟犬に変化する。それを合計三匹顕現。盗賊たちに向けてけしかけた。
「な、なんだ!?」
「こ、この犬、一体どこから!」
「いて、いてて! こいつ、噛む力がつえぇ!」
三匹の狩猟犬はカルタの指示に従い集団の中に突撃し、場を引っ掻き回していく。
そして連中の注目がそちらに集まったところで、カルタが飛び出していき、今度は矢を牡牛に変化。
猛牛と化した矢は、ある程度固まっている盗賊たちの中に体当たりを食らわす。同時に衝撃波が広がり、多くの賊たちが紙屑のように吹っ飛んでいった。
「落ち着けお前ら! 襲撃だ!」
周章狼狽といった状況に陥る漆黒の避役だが、流石に頭はこの程度では動じない。また賞金首の残りふたりも落ち着き払った様子であった。
だが、このチャンスを無駄にするわけにはいかない。包帯に顔を包まれた彼が、風のように駆け抜ける。
頭の呼びかけに反応した盗賊たちは、一旦静まるが、逆にその意識が頭に向けられた隙を狙い、隻腕の剣が盗賊連中を次々と切り裂いていく。
「チッ、おいお前らはあっちのふたりをやれ! もしかしたらアレが例の餓鬼かもしれないからな!」
「へいへい、おいお前らはこっちだ!」
「う~ん、少しは楽しめるかなぁ」
ぞろぞろと仲間を引き連れ、賞金首のふたり、エッジとリトラが動き出す。
待て! と包帯男が阻止しようとするが。
「おっと、お前の相手は俺が直接やってやるよ。少しは楽しめそうだしな」
「……頭が直接か、だったら、望むところだ――」
包帯の彼が頭と対峙する。残された右腕を使い、見事な剣さばきを見せる。だが、頭を張っているだけにドルーサの動きもかなりの切れだ。
頭は、ほいほい、と避けながら後ろに下がる。すると、左右から部下の盗賊が迫った。当然だが一対一で戦うつもりなどありはしないのだろう。
「邪魔だ! 【螺旋流破鎧術旋風圧】!」
だが、その程度の挟み撃ち、彼は物ともせず、ギュルン! という捻り音を奏でながら放たれた回転を加えた斬撃によって氣を乗せた衝撃、衝氣波を発生させ盗賊ふたりを吹き飛ばす。
「【螺旋流破鎧術捻氣脚】!」
続けざま、回転力を今度は足に伝え、まるで竜巻が前方に飛んでいくが如く蹴りをドルーサに放つ。
「【ロックウォール】!」
だが、ドルーサが魔法を行使。前方に岩の壁がせり上がる、が、螺旋流の蹴りは粉々に壁を破壊する。
とは言え、威力は削がれてしまい、蹴りが頭に届くことはなかった。
「……まさか魔法も使えるとはな」
「ハハッ、こう見えてレパートリーには自信があってね。それにしても、面白い技を使うな。気にいったぜ」
改めて仕切り直しとなるふたり。漆黒の避役の頭であるドルーサの表情は、何故か愉しそうであった。
一方カルタもやってきた盗賊達との攻防に発展していた。
既にカルタはスキルは解き、通常装備で戦いを繰り広げている。
神装甲は行使しているだけでも多くの生命力を消費する。今のカルタでは連続持続時間は3分が精一杯であり、多用は控える必要がある。
「ウィンドカッター!」
「ガッ、畜生――」
風魔法を行使し、動きを止めた後、剣で片付ける。神装甲に頼らなくてもこの程度の相手ならカルタは既に十分対応可能であった。
それにヘアのサポートもある。相手の中には魔術師の姿もあるが、ヘアは積極的に魔術師の排除に動いてくれていた。
「中々、厄介な連中だな」
そこへ、ナイフがバラまかれる。千投ナイフの二つ名を持つエッジの投擲だ。
不思議なことにこの男、先程から何度もナイフ投げを披露しているにも関わらず、いっこうに得物がなくなる気配がない。
「リトラ! 頼む!」
「ほ~い、と」
エッジが声を上げると、可愛らしい少女の声。なんだ? とカルタが視線を投げると、両手で一つずつ巨岩を持ったリトラの姿。
「いっくよ~」
「じょ、冗談だろ!」
しかし、冗談などではなく少女は己の体の何倍も大きな岩を軽々と投げつけてきた。
「キャ~~~~!」
「ヘア!」
「おっと、お前の相手は俺だよ」
「チッ!」
エッジのナイフを避けている間に、一瞬だけあいたヘアとの隙間。そこへするりと巨岩が入り込み、二人を分断するように鎮座した。
ヘアの下へ急ごうとするカルタだが、エッジや生き残った盗賊たちが邪魔立てする。
しかもその間にも岩の雨は追加され、即席の壁が出来上がった後、目端にリトラの跳躍する姿が映り込んだ。
「女は女同士で相手させようってんだ。ちょっとは感謝しな!」
そういいながら次に取り出したのは指に挟める程度の黒い玉であった。
「ほら、ほらよっ!」
エッジはカルタに向けてそれを投擲。咄嗟に後方に飛び退くが、黒玉は地面に当たると同時に炸裂。爆発を起こす。
「な!?」
「はっはっは! どうだい? ニトロ紅蓮草から取れた蜜を利用した紅蓮爆弾さ!」
土煙によって視界が曇る中、エッジが嬉しそうに叫んだ。ニトロ紅蓮草は衝撃を与えると爆発する花として有名だ。紅蓮色の花で目立ち、比較的判りやすい為、見かけた冒険者は自然とその場所での戦闘は避けるようになるとも言われている。
そしてこの爆発を引き起こす要因は、紅蓮草の花から採れる蜜であり、この蜜を利用して作られたのがこの紅蓮爆弾なのである。
「ナイフだけだと思ったのがお前のミスってわけだ。まぁ粉々に吹き飛んだら聞こえるわけないか。ぎゃはははははは――」
だが、高笑いを決めるエッジの頬を矢が掠め、朱色の線と痕を残した。
爆発によって視界を妨げていた土煙が徐々に晴れていき、弓を構えたカルタの姿が顕になる。
「勝手に殺してるんじゃねぇよチビ」
「テメェ、絶対に楽には殺してやらねぇからな――」