第18話 盗賊との戦闘
「ムッ! 誰だテメェら!」
「曲者ね」
「おい、今すぐ戻って仲間にこの事を知らせてこい!」
「判った」
洞窟の奥から歩いてきた四人組。斧持ち一人と、杖持ちの女が一人、後はクロスボウを所持しているのと小柄な男だ。
そのうち、小柄な男が三人に言われ奥へと駆けていく。おそらくこの中で一番脚が速いのだろう。だからこそ伝令係に選ばれた。
しかし、それをみすみす見逃すほどカルタは甘くはない。矢を射ると疾駆していた男の左膝を見事射抜いてみせた。しかも神装甲もなしである。
カルタはあの空間での修行でかなり成長している。狩猟神の教えもあって、スキルなしであっても弓の腕はかなり上昇していた。
膝が折れ、倒れた男に向けて更に数発矢を放つ。躊躇などはしていられない。男はそのまま動かなくなった。
殺したのか? と己の頭を擡げる自問自答。だが、状況はそこに逡巡を許さない。クロスボウ持ちが照準を向けてくる。
既に矢を放った後だ。事前にセットされているクロスボウ相手にこの距離では間に合わない。
「ウィンドカッター!」
咄嗟に術式を組み、風の魔法を行使。刃がクロスボウを持った賊の腕を切り裂いた。
「ギャッ!」
悲鳴を上げ片手が離れる。反射的に引き金は引いたようだが、本体が上に傾いてしまっていた為、ボルトは天井へと突き刺さっただけである。
カルタは更に続けざまにウィンドカッターを行使。風属性の魔法は、同ランクの他の属性に比べると術式が単純であり、連発しやすいという特徴がある。
その分威力は火属性などと比べると劣るが、射程と速度は上回っているので手数で責めたり牽制に向いている属性と言える。
カルタによって風の刃が三発、クロスボウ持ちに命中。威力が低いとはいえこれだけあたれば流石にただでは済まない。
ふたりの離脱を認めた後は、今度は杖持ちの女に向けて風の刃を放った。女だからと躊躇してはいられない。何より杖持ちなら魔法を使える可能性が高く、早めに片付ける必要がある。
「あ、アースガード!」
だが、女は術式を完成させていた。地面が盛り上がり壁となってカルタの魔法を防ぐ。
「甘いわね! 土魔法は防御に優れて、グェっ!」
得意がる女魔術師。しかし、その瞬間ふわりとその肢体が浮き上がり、次の瞬間には勢いよく天井に叩きつけられていた。踏み潰された蜥蜴のような声を残し、女は完全に気絶する。
「助かったよヘア」
誰がこれをやったのかはすぐにわかった。ヘアの髪の毛による援護だったのである。
正面だけを守る程度の女の魔法では忍び寄るヘアの髪の毛には対処しきれなかったのだ。
「こっちも片付いたぞ」
包帯男が言う。見ると、斧持ちの胴体が切り株のようになって転がっていた。当然絶命している。全く容赦がない。
「生きてるのは三人か」
「そっちの矢が刺さってる方はわからないけどな」
「いや、見りゃ判るさ。生きてるし、この矢の刺さり具合からして――人を殺すのにまだ躊躇いがあるってところか」
図星かもしれない、とカルタは思った。躊躇したつもりはなかったが狙いは自然と死なない程度の部位に向けられていたかもしれない。
「とりあえず――このロープで手足は縛ってくれるか?」
包帯男が懐から短いロープを取り出した。片腕では相手を縛ることが出来ないためカルタにお願いしてきているのだろう。ただ、どうみても長さが足りない。
しかし、怪訝な顔を見せたカルタの前で、包帯男が器用にロープを何度かこするとその長さが変化し、三人を縛れるぐらいにまで伸長した。
「これは、魔道具か?」
「そうだ。特殊な植物の魔物の素材を利用して作られたロープでな。さっきみたいにこすると長さが変わるんだ」
変わった道具もあるんだな、と感心しつつ、長くなったロープで三人の手足を縛っていく。
「よし、おい、起きろ」
包帯男が盗賊三人の腹を蹴り上げ無理やり起こした。矢の刺さっている方と風の魔法を受けた方は意識を取り戻したことで痛みがぶり返したようで、苦しそうにうめき声を上げている。
女はダメージは残ってなさそうであり、顔を背け不貞腐れたような表情を見せていた。
「時間がないから聞きたいことだけだ。お前らの仲間は奥に何人いる? それとこの洞窟の構造を大まかでもいいから教えろ」
「……クッ、馬鹿じゃねぇのか。誰がテメェらなんかに教えるか! 漆黒の避役を舐めるなよ! 今に仲間たちが――ツッ!?」
そこまで話し、男は絶命した。包帯男の剣で喉笛が掻き切られたからだ。喉から大量の血潮を吹き出させ天井を見上げ、声にならない声を上げながら男は死んだ。
男の包帯に返り血が浴びせられる。女が悲鳴を上げそうになったが口を抑えてそれを押し込めていた。もう一人の男は恐怖のためか失禁して気絶した。
「この程度で騒ぐな。それより今の話だ。言っておくが俺からすればこんなのは温情みたいなもんだ。喋る気がないなら時間の無駄だすぐに殺す。だが情報を言うなら今すぐ命を取るのだけは勘弁してやるよ。判ったらもう騒ぐなよ? 大声を上げたらそっちのと同じく骸として転がるだけだ。判ったら頷け、返事がないなら殺す。お前がしゃべらないなら始末してからそっちの情けないのに聞くだけだ」
女は頭を何度も上下させた。その容赦の無さにヘアなどは若干顔が青ざめている。
とは言え、情報を得るために恐怖を植え付けるのは単純だが効果的だ。
「ご、ごめんなさい。違うんです。私、元々は冒険者でぇ、護衛で、でもぉ、ここの連中に仲間は全員殺されて、私は魔法が使えたから、仲間になって協力するかどうか選べって、それで、でも、本当は私だってこんなことぉ、えぐぅ、えぐぅ」
意外だったのは、あまりに怖かったからなのか、女が突然ボロボロと泣き出し身の上話を始めたことだ。
その様子に、やれやれと頭を振る包帯の彼であり。
「お前、まさかそれで自分は悪くないと被害者面するつもりか? 言っておくが俺はお前の過去なんて興味がない。そして今ある確かな事実は、最初は脅しであろうがなんであろうが、今のお前が盗賊であることに変わりはないってことだ。事情がどうであれお前が連中の仲間に成り下がり悪事に手を染めてきたのは確かなんだろうが」
「う、うぅ……」
女の境遇に、全く同情できないわけではないが、包帯男の言う通り、それとこれとは別の話だ。いくら最初は脅されていたとは言え、結果として今は漆黒の避役のメンバーであり、これまで散々罪もない人々を襲ってきた中の一人なのだから。
「それと女、大事な事を忘れてるぞ」
「え? だ、大事なこと?」
「あぁそうだ。俺は中にいる仲間やこの洞窟の構造を教えろと言ったんだ。今のじゃ全く答えになってねぇ。次余計なこと言ったら殺すぞ? 判ったら必要な情報だけ教えろ」
女から情報を聞き出した後、三人は洞窟の奥を目指し始める。約束通り女は殺さず縛ったまま気絶だけさせていた。
だが、移動中ヘアの表情はどことなく暗くもあり。
「もしかしてさっきの女のことで悩んでるのですか?」
包帯男が問うと、ヘアの肩がビクッと反応した。判りやすいなとカルタは苦笑する。
「……この手の盗賊には積極的に女や子どもさえも仲間に引き込む連中がいます。それは何故か判りますか?」
「え? え~と……」
「同情心を煽るためか?」
ヘアは疑問顔を見せ、代わってカルタが思った答えを口にした。
「あぁ、そのとおりだ。人間ってのは不思議なもので例え相手が悪人だと判っていても女子供が相手だと躊躇いが出てしまう。しかし、奸智に長けるような盗賊はその心を利用し、漬け込もうとしてくる。これほど厄介なものはなくてね。相手は殺しに来ているわけですから、もしそこで躊躇いが出てしまったら、その隙をついてあっさりと命を奪われたなんてことになりかねない」
「さっきの女の話をバッサリと切り捨てたのもそれがあったからなのか?」
「あぁ、盗賊の話なんて嘘か本当かもわからないしな。真剣に耳を傾けるべきじゃない。だから、相手が女だからって心が揺れてしまうようならここから先は進まないほうがいい。それは命のやり取りにしてもそうだ。なまじ中途半端に手負いにしても回復系の魔法が使えるのが近くにいたら意味がないし、その結果逆に危機に陥る場合もある」
これは、自分に言われていることだな、とカルタは感じ取った。
「……判ってる。盗賊相手にもう容赦する気はないさ。ただ、ヘアはそう割り切れるものでもない。実はまだ戦闘経験そのものが少ないんだ。まぁこれは俺も人のこと言えないんだが、その分俺が働くから――」
「待ってください! 私だって戦えます! 確かに今は貴方の言ったように心があの人に傾いてしまったけど、もう大丈夫です!」
表情に落ちていた影が取り払われ、目に強い力が宿っていた。
それを見た包帯男の口元に、フッ、と笑みが浮かんだ気がしたカルタであり。
「強くなられましたね、お嬢様――」
そう、独りごちる包帯男である。
そして、三人は更に奥へと進む。女の話が正しければ特に分岐もなく、盗賊の集う空洞につながっている筈だ。ただ、奥は横穴が何箇所かあり、そこから別の小さな空洞につながっていたりするらしい。
この情報に嘘がないことは、途中で狩猟神ノ装甲に切り替えたことで判った。神知網で洞窟内部を調べたからである。
こうして三人は遂に漆黒の避役の連中が集まっている空洞に出たわけだが――




