第16話 罠
「伯母さん、来ちゃった♪」
「やめな気持ち悪い。それにしても相変わらず見事な変装だね」
「そりゃどうも」
――キキッ……。
部屋に入ったヘアの態度に顔をしかめたフトーメであったが、その直後、少女の見た目が変化し、かと思えばあのサングラスの男に偽りかわっていた。
「百面相のフェイスの名は伊達じゃないってところかい。全く、私もあんたの本当の顔がどんなだったかわすれちまいそうだよ」
「それは酷い。まぁ、今に始まったことではないですがね」
「……その様子だと言いたいことは判ってるようだね?」
「勿論。一足先に町に潜入していた仲間にも伝えてますから、じきに動き出すことでしょう。しかし、本当に良かったので? 本来なら俺に預ける振りをしてまぁ予定通り体を使う奉仕活動でもしてもらった後、適当なところで伯母に財産を譲る遺言でも残させて始末するつもりだったのに」
「仕方ないさ。あのカルタとかいう野郎のせいで、その手もやりにくくなったからね。それならアンタたちに動いてもらって、直接始末してもらった方が早い」
「だったら、最初からそうしておけばよかったのに。あの時だって、始末しておけば面倒がなかったのでは?」
「馬鹿だね。それだと肝心な物が手に入らないだろ? 生かしておかないと遺産は宙ぶらりんになるからね。それを手に入れるためにわざわざここまでやってきたんだ。だけど、少々面倒なことにはなるだろうけど今ならまだ後見人だった記録があるから、財産受け取る立場ではある。まぁ、本当なら無理やりでも遺言状書かせておいたほうが楽だったんだけどねぇ。それも仕方なしかね」
そう言いながら、ぐふふ、と笑う。
「それで、見つけたらすぐ始末して宜しいので?」
「馬鹿言うんじゃないよ。そんな真似してすぐに遺体が見つかってもことだ。捕まえてアジトに連れ帰ってしばらくしてから始末しな。その間に私はお膳立てを済ませて置くよ」
「ですが、あの女、結構な上玉ですし、女と見ちゃ諍いない連中ですから何をするかわかりませんよ?」
「どうせ殺すんだからいつもどおり好きにさせていいさ。アレの母親みたいにね。なんならもうひとりの餓鬼もね」
「ははっ、そっちは男じゃないですか。ですが、中にはそれでも構わないって奴もいるかもしれませんね」
「まぁとにかく三日ぐらいおいたら始末はそっちに任せるよ――」
――キキッ
伯母の部屋で行われた不穏な密会。そして男は再びヘアの姿になり、何食わぬ顔をしてクックに挨拶し宿を後にした。
一人自室でほくそ笑むフトーメ。その会話を知るのは当事者であるふたりと、一匹の鼠だけであった。
◇◆◇
(やっぱりな。そんなこったろうと思った)
宿の近くで神装技を通して状況を盗み見ていたカルタの目が鋭く光る。
矢から鼠に変化させていたソレは既に霧散していた。カルタはカルタで狩猟神ノ装甲に切り替わっていたが、情報を聞き届けた後は装甲は解除させている。
これは狩猟神ノ装甲で新たに覚えたケルヌンノスの効果だ。
この神装技は矢を動物に変化させることで様々な挙動を見せる。その一つが鼠であり、これは戦闘能力こそ低いが偵察向きな形態であり、見聞きしたものを鼠を通して使用者本人が知ることが出来るのが特徴だ。
「カルタ、どうかしたの?」
カルタが神妙な顔を見せていると彼の目の前にクリクリっとした青い瞳が迫る。ドキリ、と心臓が跳ね思わず頭を引いた。
「あ、いやちょっと考え事をね。それより、伯母さんのことなんだけど――」
「あ! うん、驚いちゃった。私、勘違いしてたみたいで……何かカルタにも色々気を遣ってもらったのにゴメンね?」
「え? あ、いや……ヘアはもうあの伯母さんの事怒ってないの?」
「う~ん……確かに最初はあんな人に預けられるなんてどうして! と思ったけど、事情は判ったし。それに、私、伯母さんの事は会うまで良く知らなかったんだけどお母さんから話は聞いていたの」
「……そうなんだ」
「うん、それでお母さん言ってたの。お姉さんとはたまに喧嘩もしたりという事はあったけど、結婚してからお互い離れ離れになって中々会えてないけど、お互い想い合ってるって」
そう聞くとなんとも言えない気持ちになるカルタである。何せ今まさにその伯母が妹を殺す為に盗賊たちに依頼した張本人である事を知ったばかりだ。
正直言えばあの伯母が百面相のフェイスの変装であった可能性も考えたのだがそれは密かに行った鑑定で判っている。
だから伯母なのは確かなのかもしれないが、ただ――人は変わる。それはカルタ自身が経験し理解したことだ。あれだけ仲のよかった家族が、信頼していた両親が、カルタのスキルが使い物にならないと知った途端あっさりと切り捨てた。
唯一妹だけはカルタを見捨てなかった為、それだけが救いだったと言えるが、父と母だった者に関しては最後は汚らわしいものを見るような目さえ向けてくる有様だった。
人は変わる。そのきっかけは様々だが、彼女の伯母は金に目が眩んだといったところなのだろう。非常に判りやすい。
その後、カルタはヘアと宿に戻りフトーメから遺産についての話を聞く。ヘアから許可を貰ったと告げカルタも話に立ち会った。
怪訝な顔はされたし、カルタが疑いの目を向けている事も気がついているだろうが、それは最初からだ。故に、まさか自分たちの計画がバレているとまでは思ってもいないだろう。
余計な感情を与えないために、ヘアにもまだ伯母の本性を伝えていなかった。カルタは来るべきときまで伝える気はない。
ヘアは盗賊団の漆黒の避役に恨みを抱いている。町でも被害が相次いでいる。この件を解決しない限り彼女は一生恨みに囚われ続けることになるだろう。
こんなことは早く終わらせる必要がある。そのためには団ごと潰すのが一番であり、この事は逆に利用すればチャンスでもある。
宿を出て予定通りカルタは山菜とキノコの採取という名目で山に入る。
しばらくしてカルタは狩猟神ノ装甲に切り替え、神知網で周囲の状況を確認。そして――
「ヘア、今オレたちを狙っている連中がやってくる。間違いなく漆黒の避役の盗賊だ」
「え!?」
ヘアの顔が強張り、そして真剣な目つきに変わる。だが、そこでカルタは今回の作戦を話して聞かせた。
その直後である。
「死にたくなければ動くな」
「ヘヘッ、おとなしくしておけば悪いようにはしないからよ」
「ひゅ~女の方は確かにまだ餓鬼だが悪くないぜ」
カルタの言ったとおり、武器を持った盗賊たち五人がふたりを取り囲んだ。
ヘアに向けられる好色な笑みに、すぐにでも始末したい衝動にかられるカルタだが、なんとかこらえ。
「おとなしくすれば危害を加えないと約束するか?」
「あぁ、こうみえて俺たちは優しいからな」
ウソつけ、と心の中で毒づいたが、その場ではとりあえず言うことを聞き、おとなしく捕まることにした。カルタもヘアも後手にされ縄で縛られ武器は取り上げられる。
尤もカルタは既に神装甲は解いているため、その件で怪しまれることはない。
アジトまでは妙に複雑な道のりで移動していく。出来るだけ緑の深いところを選んでるようで、例え逃げ出しても帰り道がわからないようにという考えなのだろう。
尤もカルタには狩猟神ノ装甲による神知網がある為、町までの道がわからなくなる心配はなく、何よりヘアが気付かれないようにポイントポイントで目印を付けてくれている。
こうしてふたりは盗賊につれてこられ断崖になっている岩山までやってくる。そこにはこれといった出入り口も見えなかったが、盗賊の一人が何か断崖に向けて呟くと、突如崖の一部が崩れ、闇穴が姿を見せる。
どうやら洞窟の入り口を上手いこと隠していたようだ。出てきたのは杖を持ったローブ姿の女だったので、何らかの魔法なのだろう。
「ほら、いくぞ。とっとと歩け」
促され、四人に前後左右を挟まれながら歩く。一人は洞窟の入口前で魔術師の女とふたりの様子を窺っている。
移動しながら、カルタとヘアは距離を計っていた。ある程度まで近づいたら一斉に行動に移すつもりだったわけだが。
「え?」
正面にいた魔術師の女から声が漏れた。その首にナイフが深々と突き刺さっていた。
女が傾倒し、隣の男がナイフが飛んできた方向に首を巡らすが、既に飛び出していた黒い影と刃が首から上を切り飛ばしていた。
動揺が走る。ふたりを挟む四人の空気が変わる。カルタは影の正体に気がついた。町にいたローブ姿の隻腕。
顔を包帯でぐるぐる巻きにした男だ。それが瞬時に彼我の距離を詰め、カルタの正面にいた男の喉を貫いた。ズブズブと肉に刃が食い込み、両腕をバタバタさせるも、男が刃を抉ると絶命しその場に崩れ落ちる。
そこから無駄のない動きで回転し、ヘアの横にいた盗賊の正面に移動したかと思えば即座に心臓を貫き蹴り飛ばした後、背後にいた男を袈裟懸けに切り裂き、残った一人の頭を背後から踵落としで地面に叩きつけた後、逆手に持ち替えた剣で顔面を抉った――




