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第14話 ヘアの資質

「ふん、逃げたかと思ったらきちんと戻ってきたんだね」

「当たり前だ。約束は守る」


 宿に戻ると待ち構えていたように仁王立ちで入口前を陣取るフトーメの姿があった。

 横にはヘアをいかがわしい場所で働かせようとしているサングラスの男。少し離れた壁際にはクックの姿があり、真剣な眼差しをふたりに送っている。やはりこの賭けがどう転ぶか、気がかりで仕方ないといったところなのだろう。


「それじゃあ早速、そいつのスキルが使い物になるかどうか見せてもらうとしようかい?」

「構わないが、外に出てもらっていいか?」

「は? なんでだい! ここでいいだろう!」

「外のほうが判りやすいんだよ。それとも外に出ていたら何か問題があるのか?」


 カルタが問うと、伯母が一考し、ふん、と唸り声を上げた後。


「まぁいいさ。どうせ上手くいかなくて時間稼ぎってところなんだろうさ。だけどね、外に出たらすぐにでもやってもらうからね!」

「問題ない。じゃあ、出ようか」

「は、はい!」


 こうしてフトーメとサングラスの男、そしてクックも一緒になってふたりと外に出る。


 フトーメはクックに、アンタは関係ないだろ! 仕事してな! と命じたが、断る、とあっさり拒否。


「仕込みはもう終わってる。この時間はどうせすることがないし、俺もこの宿に関わってきた人間としてしっかり見届けさせてもらう」


 フトーメは文句を言い続けるがクックは全く退くことがなく、結局、勝手におし! と不機嫌そうに怒鳴り、ノッシノッシと外に出た。


 カルタは改めてフトーメの姿を見やるが、外に出るとより大きさが際立つ。なんなら最初に見たときより更に膨張したのでは? と思えるほどだ。


 指にはめているリングもソレに合わせてサイズが調整されているように思える。赤い石の付けられた指輪だ。前に見た時はあまり気にしてなかったがそれなりに値が張りそうな代物であり、ヘアの両親が残した遺産を勝手に利用して購入してるとしたら腹立たしくも思える。


「さぁ! さっさとはじめな!」

「判った。ヘア、準備はいいかな?」

「だ、大丈夫です」


 首肯しつつ答える。その様子を見てカルタも顎を引き、かと思えば紙の束を懐から取り出した。


「ペーパーウッドの紙かい。そんなものどうするつもりなんだい?」


 ペーパーウッドは採取した樹液が、綺麗な白色の紙の材料となる木である。羊皮紙より生産性に長ける為比較的安価であり、今では主流になっている紙でもある。


 尤も保存性は羊皮紙の方が優れている為、重要な書類や書物の作成には羊皮紙がまだまだ利用されていて上手く棲み分けが出来ている。


「この祇を、今からヘアが見事切ってみせます」

「は?」


 取り出した紙を手にカルタが宣言すると、フトーメが眉をしかめる。


「あんた馬鹿か! そんなものスキルなんてなくても刃物さえ利用すれば誰でも出来るだろ!」

「刃物を使えばね。だけど、手も刃物も使わず、しかも綺麗にしっかりと均等に切り分けられるとしたら?」

「何?」

「論より証拠さ。ヘア」

「はい!」


 すると、ヘアが、ハッ、と紙の束を空中に放り投げ、かと思えば空中にバラまかれた紙に切れ目が入り、そして全て綺麗な正方形に切り分けられひらひらと舞い落ちてきた。 

 

 それをカルタが素早く拾っていき、束にして戻す。勿論サイズは小さくなったが綺麗に分割された分、枚数は大きく増えていた。


「どうかな? これが本当の紙使いの効果さ。ただ紙を使うんじゃない。手に触れなくてもこれだけのことが出来る」


 カルタがフトーメに向けて説明する。尤も、これはあくまでそれっぽく見せているだけで実際は違う。


 何せ本当のヘアの能力は髪使いだ。今の芸も、高速で髪を操り、切ってみせたに過ぎない。等分割に関しては訓練によって髪の感覚が研ぎ澄まされたことで可能となったことだ。


 なぜそんな七面倒臭いことを? と思われそうだが、ヘアの能力(スキル)はあまりに万能で使えると知られるとそれはそれで厄介なことになる可能性が高い。

 

 正直言えばカルタはこの伯母からヘアは離れるべきだと考えている。だから伯母にただ気に入られては意味がない。


 だからこそ、ここで重要なのはヘアが十分独り立ち可能だと言うことを見せつけることだ。


「ふん、なるほどね。だけど、それがどうした? 結局ただ紙を切れる程度の力なんだろ?」

「ただ紙を切るんじゃない。紙をある程度操作することで手を触れずともこれだけ綺麗に手早く切ることが出来る」

「だから! それがどうしたってんだい! そんな力が何の役に立つと言うんだい! 結局役立たずのクズ能力であることに違いはないだろ!」

「ちょっと待て、それはおかしいだろう? 今見せたヘアの力はこれまでと明らかに違う。それを使えないと切り捨てるのは――」

「だまりな! 私はね、この小僧がこいつの力を引き出すって言うから乗ったんだ。それが手も触れず紙を切る? そんなもの何の役にもたちやしないね! さぁ小僧! 約束だよ! ヘアはこいつに予定通り任す! そしてあんたは私に百万オロ支払うんだ! それが条件だったんだからね。今更嫌だとは言わせないよ!」


 ヘアを擁護する為、口を挟むクックだったがフトーメは全く聞き入れようとせず、この程度の結果じゃ認めないと断固たる態度を示す。

 

 その横ではサングラスの男がニヤニヤしながらヘアの全身を舐めるように見回していた。


「ちょっと待ってくれ。その紙、私にも見せてもらっていいかね?」


 だが、ここで思いがけないところから声がかかる。フトーメは目を眇めた。なぜなら、いつの間にかヘアやカルタを中心に人だかりが出来ていたからだ。


「な、なんだいこれは!」

「さぁ? まぁ結構派手にパフォーマンスしちゃったからな。人が集まってもおかしくないんじゃないのかい?」

「な、なんだって?」

 

 大きな都市規模の街であれば、劇場など人々を楽しませる娯楽施設なども存在するが、この規模の町ではそういったものが乏しい。


 故に、時折吟遊詩人や大道芸人などがやってくると大いに盛り上がったりする。ヘアが今見せた行為もその一種と捉えられたようだ。


「これは、見事な断面だ。サイズもピッタリ一緒で、まるで裁断されたかのような鮮やかさ。それでいて早い、むぅ、これは凄い……」


 そしてギャラリーの中からヘアの技能に興味を持ったらしい壮年の男性は、カルタから受け取った紙を矯めつ眇めつ眺め、しきりに唸り声を上げた。


「君、この紙でも試してもらっていいかな?

 今度はどれだけ正確かを知りたいから、半々ずつに限界まで切って見せてくれるかい?」

「判りました」


 ヘアは男性から一枚の紙を受け取り、それを同じように空中に放り投げた後。


「一枚が二枚! 二枚が四枚! 四枚が八枚! 八枚が十六枚! 十六枚が三十二枚!」

 

 周りにアピールするように声を大きく、大仰に演じ、周囲に見せていった。

 ヘアの髪は一本一本は非常に細く、高速で動かせば先ず視認できない。その為、何もないところで勝手に紙が、スパッスパッ、と切れていっているようであり非常に痛快だ。


 こうして空中の紙が五一二枚まで切れたところでパッと散り、紙吹雪がヒラヒラと舞った。


 周囲から拍手が巻き起こり、見ていた壮年の男性も、見事! と声を張り上げ、そしてヘアに近づき。


「いやはや、本当にいいものを見せてもらった。実は私はこの町で紙屋を経営していてね。おかげさまで多数のお客様に贔屓にしてもらっているのだけど、それだけに紙を切りそろえるのも中々大変な作業でね。だから君のような優秀なスキルの使い手がいたら大変助かるんだ。良ければうちで働く事も考えては貰えないかな? 勿論来ていただけるなら給金は出来るだけ――」

「ちょっと待ちな!」


 どうやら壮年の男性はすっかりヘアの腕前に惚れ込んでしまったようだ。

 確かに紙屋であれば今のヘアの力を見れば働き手として欲しがるのも無理はないが、しかしフトーメの待ったがかかる。



「勝手に話を決めるんじゃないよ! その子の後見人は私だよ! 大体何が紙屋だい! ヘアはそんなしょっぱい仕事につかせるために育ててきたわけじゃないよ! 馬鹿なこと言ってないで、とっとと貧乏なしょぼくれた店に帰ってシコシコ一人で紙でも切ってろホケが!」


 凄まじい口の悪さである。まるではなから紙使いのスキルを利用した仕事などやらせる気はないといった雰囲気すら感じられるほどだ。


「伯母さん! それはあまりに失礼です!」

「うるさい! あんたは黙ってな! どっちにしてもそんなしょぼくれた紙屋しか認めないようなスキルじゃ話にならないよ。この賭けは私の勝ちだ。ヘアは予定通りこの男について客の相手をしな。そっちのあんたは私に百万オロを支払うんだよ!」

「それじゃあ筋が通らないな」

「……なんだって?」


 カルタがヘアの前に立ち、ぶくぶくと肥えた醜悪な伯母に向けて言い放つ。


「テメェ! 今更何言ってやがる! 私との約束を今更反故にしようとしたってそうは問屋がおろさないよ!」

「反故にする気なんて無いさ。だからこそ言ってるんだ。どうみても俺たちの勝ちにも関わらず、無理やり勝ちに持っていこうとするそのやり方は筋が通ってないってね」

「何を馬鹿な事を! アンタはその子のスキルが役立つと証明できなかった! それで負けだろ!」

「そう。俺は確かに言った。『彼女のスキルが役立たずなんてことはないってことを証明してやる』とな」

「だから、証明できてないだろうが!」

「できてるさ。あんたの方こそ勘違いしてるんじゃないか? 俺は別にあんたに役立つ為だなんて一言もいってないんだぞ?」

「なに?」

「そのままの意味さ。大体、あんたの言っていることはかなりおかしい。後見人だから口を出すな? 馬鹿言うな。それはむしろヘアの台詞だろ? なんであんたが彼女の将来に口を出す?」

「は? お前は馬鹿か! 私はそいつの後見人だ! だから口をはさむ資格があるんだよ!」

「あぁ、確かにちょっと前までならそうだったかもな。だけどどうやらあんたは敢えてそのことに触れないようにしてきたつもりらしいが、もうとっくにその理屈は通らなくなってるんだぜ? 何せヘアはこの通りスキルを習得している。つまり――もう成人だ!」

「――ぐぅ!」


 それはフトーメにとってみれば核心を突かれた一言であったであろう。

 そう、実のところヘアはフトーメの言うことなど一切聞く必要はない。何せこの国をはじめ、世界の多くの国ではスキルを授かる年齢を成人と定めている。


 そして、本来ならその時点で特別な理由がない限りは後見人としての役目も終わっているのである。

 

「私も、スキルを使える以上、先ずは成人し大人への一歩を踏み出したヘア殿に直接お話すべきと考えたわけですが何か問題がありましたかな?」

「いや、問題なんてあるわけない。フトーメ、あんたはここまで面倒を見たという恩を傘に着せて、上手いこと言いくるめてきたつもりなんだろうが、ここまで来たらもうそれも無理な話だぞ」


 紙屋の主人の発言、それに追従するようにクックも彼女を援護する。


「そういうことだ。そしてヘアが成人している以上、この賭けはヘアが立派に独り立ちしてやっていけるかどうか? に掛かっている。スキルの証明はした。そしてそれを認め彼女を雇いたいという相手まで現れた。にも関わらず、それでもあんたは彼女のスキルが使い物にならないと、そう言えるのか? これだけの大勢が証人になっているこの状況で!」

「あ、あんた! それでわざわざ外に! く、クソが!」


 そして、フトーメがその場にがっくりと崩れ落ちた……。

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