第二話 『暇を頂きます』
よろしくお願いします。
冒険者ギルドの中の食堂。その内、喧騒から最も遠いロフトの一番隅の席でロゼリアは食事をとっていた。
「そういえばロゼリア、王女の暗殺を防いだんだって?」
向かい側に座る男がふと思い出した様に話を切り出した。
「『偶然』だよ。まぐれさ」
ロゼリアは湯気がたっているスープに息を吹き掛ける合間に目を向ける事なく淡々と返す。
もうそろそろ良いだろう。と、スプーンで掬い口に運ぶも、まだ熱かったらしく盛大に吹き込んで目深に被ったフードを揺らした。
「まーた偶然かい...」
「ほ、ぐーげん」
「はぁ...」
ヒリヒリと痛む舌を出しながら答えるロゼリアに男は溜め息を吐いた。
「良いよなぁ、ロゼリアは...そうやって何度も王家の為になるような事が出来てよぉ」
実際、暗殺を防いだのは今回が初めてじゃない。これまでに何度かロゼリアのいう『偶然』のお陰で窮地を免れた事があるのだ。
「うーん。姫さんの為になれてるのは嬉しいけど、好きで功績をあげてる訳じゃないよ。それにほら、ジェイクも全く働けてない訳ではないでしょ? こないだのパレードの時の王さんの演説。あの時だってジェイクの『危機察知』が無かったら王さん、階段から足を踏み外して大ケガしてたよ。王さんの窮地を救ったんだ。もっと誇りに思いなって」
「それもそうだけどよぉ...命を救ったロゼリアと比べるとなんかなぁ...」
今一釈然としない様子のジェイクを無視して先程よりは冷めたスープを飲むロゼリア。
程よい温かさだ。猫舌な自分には丁度いい。
「そうそう、姫さんがロゼリアの事をお呼びだったぞ...褒美の話やらなんやらだそうだ」
「また褒美の話か...正直、お金には困ってないから別に要らないんだよなぁ『騎士が王家を御守りするのは当然の事ですー』とか言って辞退しちゃおうかな」
「やめとけやめとけ。王家にも面子ってもんがあんだ。いくらロゼリアの方から断ったとしても周りからみれば直属の部下に褒美すら与えない狭量な王家と判断されてもおかしくない。どうせ国家予算的に有り余る金だ。何も考えず有り難く頂いとけ」
「そっか...」
ロゼリアは既に四人家族が楽に暮らせる程度の家が、一軒立てられるくらいの財産を抱えている。
騎士が高給取りなのとロゼリアが散財しないのも相まって貯蓄だけがどんどん増えていく結果となっている。
「あ、そうだ」
「どうした?」
「ーーを貰おう」
「まじで?」
「そ。具体的にはーー」
「そんなの許して貰えるのかねぇ」
呆れ気味なジェイク。
「王家には面子ってもんがあるんだろ? 流石にくださいって言って『無理です』とは言えないだろうさ」
先程のセリフを今度はロゼリアが言った。
決意が固そうだと何となく感じたジェイクは特に引き留める事もせず、「そうか。なら勝手にしな」と適当に返したのだった。
□
「騎士ロゼリア。前へ」
「はっ」
堅苦しい空気の中、格式張った応答をして華美な服装の王が座る玉座の前へ赴き、ひざまずく。
そして形式である、王からの顔を上げる許可が出るのを待つ。
「ふふ、面をあげてくださいな」
しかし、許可を与えたのは王女の方であった。
これはどうしたものかと困惑ている、それを見ていた王が、「娘もこう言っている。面をあげてはくれないか?」と口を挟んだ。
「はっ!」
他でもない国王に頼まれてしまってはあげる他にないだろう。
本来、ロゼリアはこういった格式張った行事や祝典が嫌いで、基本的にはサボっていた。騎士の癖にサボるなど言語両断なのだが、ロゼリアは特段他の騎士と比べ王家に懇意にされている為、重要なモノ以外は欠席を黙認していたのだ。
それにより、こういった式典のイレギュラーな場面での即応性は皆無であるのは仕方の無い事だろう。
「ふふ、ありがとうございます。騎士ロゼリア。お変わり無いようで」
「はっ。王女殿下もお美しく在られまして...」
「そんな固くならなくて良いのですよ。そして私の事は名前で呼んでくださいな。ここにいるのはお父様とハーツ宰相、そして私とロゼリアだけなのですから」
「...そうですね。ではお言葉に甘えて。お久し振りですね、アイリス殿下」
「それでも固いです。もっといつもの様に」
「はぁ、わかりましたよ。姫さん」
気が緩むのと同時にロゼリアの表情も柔らかいモノとなり、王女は満足気に頷いた。
「ごほん。今日の用件はずばり、騎士ロゼリアが私を救った事に対する正当な報酬の話です。お父様」
「あぁ。娘を救ってくれて感謝する。それで、褒美の件なのだが...何を与えれば良いのかさっぱりなのだ。こちらとしては娘の命に釣り合うモノを贈与したいものなのだが...そうなると国庫が拙い事になりそうなのでな」
「も、もう! お父様ったら! ...ご、ごほん。そ、それで、あの、ちょっとした案なのですが、私に釣り合うモノが無いなら、あ、あの私をーー」
モジモジと頬を赤らめているアイリスは眼中になく、既にロゼリアは国王の方を向いていた。
「あぁ! それならば実は、頂きたいモノが既に決まっていまして」
「...ふむ。それは何かな?」
「それはーー」
きっと大丈夫な筈だ、と意を決し、
「僕に三ヶ月程、休みをください!」
場の空気が固まった気がした。
宰相は「あぁ、なんだそんな事か... 」と安堵の息を吐き、国王はロゼリアが居なくなった場合の防衛力の計算や影響を素早く行う。ロゼリアはそんな二人の顔色を緊張気味に伺っており、決死の覚悟をしていた王女に至っては既に泣きそうである。
「...なるほど、言われてみれば確かに、新参のロゼリアには長い休暇を与えた事がなかったな」
「はい。それ故に休暇を頂きたいのです」
「ふむ、そうか...。まぁ、良いだろう。しかし何故休みを望むのだ? もっと他にもあっただろうに。帰省でもーーすまん。今のは不躾だったな。忘れたくれ」
国王の質問の返答は、やや気恥ずかしいモノではあったが、正直に自分の考えを伝える。
「...自分を見つめ直したいのです」
「ほう?」
予想外であったのだろう回答に興味深そうに眉をあげた国王。
当然だろう。自分の信用する騎士がまるで思春期に入ったばかりの少年の様な事を言い出したのだ。
「僕は、過去の記憶を失っています」
「あぁ、それはアイリスから聞いた」
「僕は、この異形な眼の意味と、僕の人生が運命に弄ばれるその理由が知りたいのです」
「探しに行くのか?」
「いえ、少しその辺について調べるだけです。後はただの休息ですよ」
「なるほど...アイリスも、それでいいか?」
「え、えぇ! 平気よ! 大丈夫なんだから!」
明らかに大丈夫そうではない様子のアイリス。宰相と国王は溜め息を吐くが、ロゼリアは何が何だか分からないでいた。
そう、この男、鈍感なのである。
「それでは騎士ロゼリアへ報酬を与える。その報酬はこれまで勤勉に職務に励んできた事と私の娘、アイリスを救ってくれた事に対する正当なモノである。騎士ロゼリアに三ヶ月の休暇を与える事とする。明日より三ヶ月後の四月の同日に再び王城へ参れ」
「はっ。ありがとうございます」
最敬礼をして敬う仕草を見せるロゼリアに対して、国王は笑みを浮かべた。
□
コンコンと木の戸がノックされた。
読んでいた本から目を離す。
「姫様、紅茶とお菓子をお持ちしました」
ノックの主はメイドのアルテだ。
時計を見るに、気付けば三時に差し掛かっていたらしい。
今さら思い出した様に減りだしたお腹を押さえながら入室の許可をする。
「ありがとう。入って」
「失礼します」
そう言って扉が開かれ、金属製の台を押して見慣れたアルテが入ってくる。
アルテはアイリスの幼い頃からのメイド役の女の子であり、年齢も一歳差とほぼ変わらない。言わば幼馴染みの様な存在だ。
そんなアルテが静かに紅茶を入れるその仕草を見るとどこか落ち着いて、アイリスは大好きだった。
「ねぇ、アルテ」
「なんでしょうか?」
「あ、手は止めなくて大丈夫よ」
紅茶を注いでいた手を止めこちらを振り向くのを制して話を続ける。
「今日、ロゼリアに褒美を与えたのよ」
「騎士ロゼリアですか...この間の件ですね?」
「えぇそうよ。直接じゃないけど、今度は命を助けて貰ってしまったの」
「彼は騎士の中ではジェイクに次いで比較的ましな性格をしていると聞きます。騎士としての義務を果たす、勤勉で素晴らしいお方なのでしょう」
「そうなの!」
ロゼリアにしているであろう評価を先読みして、それをアルテが予め先に言った事でアイリスの気分が良くなった。
「それで、アルテがこの間言ってた、『褒美に悩むなら己を差し出せば良いのでは?』って案をーー」
「まさか試したのですか!?」
「いえ、言おうとしたんだけど言えなかったの」
テヘヘと気恥ずかしそうに笑うアイリスにアルテは溜め息を吐いた。
「冗談で言ったつもりだったのですが...姫様は相変わらず冗談が通じないのですね」
「う、うそ!? 冗談だったの!?」
謁見の間での事を思い返し、羞恥で顔が真っ赤になるアイリス。
何でも真に受けてしまう純粋さがこの王女の良い所なのだが、このままではやはり心配だと思うアルテであった。
ありがとうございました。