表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔人の生まれた日  作者: 珈琲
3/3

EXTRA 魔神の生まれた日 ~World end~

 私は、物心ついた時から孤独だった。

 親も早くに亡くして、親戚もいなかった。

 詳細は知らないけれど、殺されたのかもしれない。


 何故か私の家系は、もれなく瞳が紅かった。

 最近は他人と接する機会が無かったが、前はよく言われていた。


 「魔女」と。


 なるべく、人を避けるように山で独り暮らしていた。

 だがそれでも、食料を調達する時に、どうしても人目に付くことは有る。


 そうすると、石を投げつけられ、罵声を浴びせられ、私は逃げることしかできなかった。


 なぜ、私だけなんだろう。


 子供の頃は、自分の紅い瞳がとにかく嫌だった。

 私も、他の子と遊びまわりたい。色んな人とお話がしたい。

 ずっと、そんな幻想を夢見ていた。齢を重ねるにつれて、諦めたけれど。


 ……いや、諦めているようで、私はまだ諦められないのかもしれない。


 誰もまだ起きていない様な早朝。もしくは日が落ち、星が照らす真夜中。

 私は人目を忍んで海へ行く。


 海は広大で、私の悩みなんて小さい事だと、励ましてくれるように波を繰り返す。

 それだけではない。

 海は食料の他にも、様々な物を運んできてくれる。


 時には、宝石みたいな煌びやかなものが浜辺に落ちていたこともあった。

 時には、使い道が全く分からないけれど、明らかに人工物である人形みたいなのも落ちていた。


 この海の向こうには、まだ私の知らない、面白い世界が広がっているのだと。

 そう期待せずにはいられなかった。


 私は毎日、浜辺へ赴いた。

 何か、私を救ってくれる何かが、もしや遠くの世界から来てくれないかと。

 そんな淡い期待を込めては、落胆する毎日を過ごしていた。


 後から思えば、自分から出て行くべきだった。

 果てしない世界へ単身漕ぎ出していく勇気が、私にはなかった。


 人として、最後に見た海の景色。

 いつもと変わりない、穏やかなさざ波をうつ朝の海。

 なぜか、私はいつもより落胆していた。


 今日こそは。何故か、何かが来ると思っていた。

 何の論拠もないけれど、何故か私はいつも以上に期待していた。

 もちろん、なにも、無かったけれど。




 ―――巷では、穀物の不作で飢餓に陥っていた。

 それでもなお高騰する税金に一般市民は激怒する。


 しかし。

 なぜか怒りは、為政者ではなく私に向けられた。


 私の家は誰にも知られていないと思っていた。

 でも、つけられていたのだろうか。

 夜、就寝していた時間帯、妙な気配に目を覚ました瞬間、後頭部を思い切り殴られた。


 そこから記憶はとんで、再び目を覚ました私の瞳に飛び込んできた光景に、愕然とした。


 真夜中にもかかわらず、人という人が大勢、松明を灯して私を取り囲んでいる。

 そして私は、その中心で十字架に括り付けられていた。


 そこで私は知ったのだった。

 穀物の不作が、私の黒魔術のせいであると。

 市民が不幸なのは、私の呪いのせいなのだと。

 そんな、なんの根拠も無い噂で、こんなにも大勢の人が私に怒りの矛先を向けていることに。


 私が目を覚ますと同時に放たれたのは罵声だけでなく、投石も含まれていた。

 その内の一つが私の額に当たる。

 頬を伝って流れているものが、血なのか涙なのか、私には判別がつかなかった。


 どうして、なんだろう。

 悔しくてたまらない。

 何もできない自分が、悔しい。


 そして最後の仕上げと言わんばかりに、私の足元には火が放たれる。


 私の叫びも、遠雷に掻き消された。

 にやにやと笑っている聴衆の顔が、脳裏について離れない。


 中には、神に祈りを捧げている人までいた。


 ……私が、神に愛されていないことくらい、とっくの昔に分かっていた。

 それだけならいい。

 でも、私にこんな仕打ちをする人間に神が微笑むのかと思うと、怒りで身が震える。


 元々紅い瞳を持つ私が、真っ赤に充血しているであろう目で、聴衆を睨みつける。


 もし、ここで誰かが現れて、聴衆をばったばったと薙ぎ倒し、私を救い出してくれたら。

 そんな妄想が一瞬だけ浮かんできた。

 でも、そんなことは有り得ない。


 私が、どうにかしなければ、ここで死ぬだけだ。


 身を縛る縄が、ミシミシと音を立てる。

 腕が千切れてもいい。

 どうにか、ここから……。



 ―――空は、分厚い雲が覆っていた。

 神の視線を遮るように。

 そして。


 激しい閃光と、唸る轟音が周囲を包んだ。

 何が起きたのか、私には分からなかった。

 それが落雷だったというのは、後からの推論でしかない。


 足元だけでなく、全身を炎が包んだ。

 にも拘らず、熱さというものを感じない。

 代わりに、心の中に何かどす黒いものが流れ込んできた。


 吐き気ではないが、非常に気持ちが悪い。

 例えるなら、ヘドロのような、粘性の高い漆黒の流体。

 それが心の中に充満していく。


 早く、早くそれを出さないと、押しつぶされそうだ。

 まるで唾を吐くように、心の中のそれを排出すると。


 目の前を覆っていた炎が掻き消されたかと思うと、前方の人だかりが崩れていた。

 何が起こったのかは分からなかったが、非常にすっきりとした気持ちになる。


 だが、どす黒いそれは、すぐに心の中に充満していく。


 次はちゃんと見えた。

 吐き出すと、それは炎へ、雷へと形を変え、人々を蹂躙していく。


 どす黒い何かが流入してくるのがどうにか収まったのは、目の前の人だかりが全て肉塊へと変貌を遂げた後だった。


 私を縛り付けていた十字架は、炎で耐久性がなくなったのか、いともたやすく折れ、私は地へと降り立った。

 緊張が解けたからか、私は膝から崩れ落ちる。


 いつの間にか晴れ渡っていたのか、月が恨めしそうにこちらを見ている。

 そして私は痛感した。

 どす黒い何かは、先程までの速度ではないにしろ、少しずつ心の中を覆っていて、清算するには空撃ちでは意味の無いことに。

 

 人を、殺さなければ。

 どす黒い何かが、呼吸器を詰まらせるかのように、溜まっていくばかりだ。


 ああ、私はもう、人間ではなくなったんだな。

 周囲の人間が言っていたように、私は、魔女になったのだろう。


 嬉しさと悲しさが、同時に込み上げる。

 これが神の望む結末ならば、とんだ喜劇を好む存在なのだろう。

 嘲笑うように、月が歪んでいった。



 ……そして。


 私はどす黒い何かが満ちるたびに、人間を殺した。

 最初は私を迫害していた人間たちだけだったが、それがいなくなってもどす黒い何かは収まらない。

 日に日に、満ちる速度は上がっていく。


 国中を、大陸中を、そして海を越えて、殺戮していった。

 いつしか、私はそれを愉しんでいた。

 どす黒い何かのせいにして、罪悪感を掻き消しながら。


 ……遂には人間がこの世から消え去った。


 それでも、どす黒い何かは完全には消えなかった。

 自分に雷を撃っても、炎を撃っても、何も起こらない。

 いつの間にか、死ねない体になっていた。


 この先、いつかどす黒い何かが完全に溜まったら、私はどうなってしまうのだろう。


 途方に暮れながら、ふと湖に映った私の顔を覗き込んでみる。

 ただ紅かった私の瞳の色は、どす黒い何かと合わさって、血のような色に染まっていた。


 いずれ漆黒に染まることを想い、私はそれを、ただ嗤うことしかできなかった。


外伝ですが、これで完結です。

興味があれば本編も読んでみてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ