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魔人の生まれた日  作者: 珈琲
2/3

魔の無き世界 ~to the real world~

線で区切っている所までは、第一部とあまり変わりません(少しだけ違いますが)

 この日誌は、いわば時間を持て余した私の暇つぶしである。いつか誰かがこの日誌を読み上げてくれれば幸いである。


一日目 晴れ 


 私は今、海の上にいる。

 その理由を最初から言えば、剣道の試合に勝ってしまったことに起因する。

 厄介だったのが、相手がそれなりに身分の高いとこの息子だったことだろう。

 いつも茶髪であることを馬鹿にされ、つい本気でやってしまったのが運のつきだ。

 お上に恨まれては、いっぱしの鍛冶屋は太刀打ちできまい。理不尽な裁判にかけられたのだ。


「判決は島流しだ。貴様を船に乗せ、二度と戻ってこれぬ海流にて遠い地へ送る」


 私は溜め息を吐いた。

 何とも理不尽な判決だ。だが二度と戻ってこれぬとはいえ、死ぬわけではない。

 大人になれと自分に言い聞かせ、私はお上の言いなりになった。


 船も勿体ないのか、島流しには私が所有していた船に乗せられた。

 釣り道具に、火を起こす錐もみも数多くある。また水を溜める道具まであるから、一月程度の航海なら何とかなるかもしれない。


 幾人か友人が見送りに来てくれたが、私は笑顔で別れを告げた。


 何故だろうか、私は未だかつてない旅路に、少しだけ胸を躍らせている。


二日目 雨

 水は何よりも大事である。私は決して溢さぬよう、厳重に飲み水を保管した。


三日目 晴れ

 今日は大漁である。

 見たことのない魚は毒があるやもしれないので、飢餓に陥った時まで保存しておこう。


五日目 曇り

 夏も終わりに近いのか、少しだけ朝晩が冷えてきた。

 毛布も常備してあるとはいえ、真冬では堪えられぬであろう。

 もし今が冬だったらと思うと、背筋が凍る。


十日目 晴れ

 今日は海藻が釣れた。

 ここのところ魚ばかりだったので、趣向の変わった食材はありがたい。

 ただ、米が食いたい。


二十日目 晴れ

 一向に地平線が顔を覗かせぬ。

 といっても、何時かは何処かに着くだろう。

 楽観的な思考を持って、仰向けに寝転がった。


三十日目 雨

 一月が過ぎた。もし次に地平線が見えたとしても、それは日本ではないかもしれぬ。

 まあ、それはそれで一興かもしれない。


五十日目 くもり

 流石に栄養が偏り過ぎたのか、疲労が重なってきた。もはや夢が現実に重なりつつある。

 遠くの人と会話ができたり、姿そのものを映すからくりを、一般人が持っている。

 私は海を隔てた友人と、なにやら楽しげな話で盛り上がっていた。

 我ながら、面白い趣向を思いつくものだ。


五十二日目 晴れ

 朝、目が覚めると、遂に地平線が見えた。

 ここが何処だかは解らない。だが、私は狂喜乱舞していた。

 午後には、その地へ降り立つことができた。

 実に51日ぶりの地面を踏むと、何とも言えない感触が足に伝わる。

 だが、喜んでばかりはいられない。

 ここは一体どこなのか。そして何より米が食いたい。




 海岸には誰もおらず、話を聞ける相手もいない。もう少し、内陸を探索してみよう。

 そう思ったのだが、栄養不足と海上生活での運動不足がたたったのか、数十歩歩いただけで私の意識は落ち、海岸で倒れ込んでしまった。



 次に目を覚ますと、そこは布団の上だった。ここまで運んでくれた人が居るのだろう。体は怠いが、眠ったままでいるわけにもいかず、その人に感謝しなくてはならない。


 上体を起こし、周りを見渡してみる。

 すると、女の子が一人おり、目を覚ました私に気付いてくれたようだ。

 長い黒髪が特徴な女の子だ。

 20を迎える私より3つほど年が下であろう女の子は、私に向かって何やら話しかけてきた。


「・・・・・・」


 しかし残念ながら、私にはその言語を理解することは出来なかった。


「申し訳ない、私には貴方の言語を理解できず、そして貴方も私の言葉を理解できないだろう。それでも、お礼を言わせてくれ。有難う」


 私が頭を下げると、女の子は困ったような態度を見せながらも、どこかはにかんだ表情を浮かべた。


 その女の子の笑顔を、瞳を見る。瞳は紅く、まるで宝石のような輝きを放っている。

 よく見れば、鏡のように私の顔が映っている。それほどに、澄んだ瞳だった。

 それに見惚れていると、何故か女の子は怯えるような素振りを見せる。


 困ったな、怖がらせるようなことは何一つしていないつもりなのだが。こういう時、言葉が通じぬと、誤解一つ解くだけでも一苦労だ。

 しかしながら丁度良いと言うべきか、腹の音がぐぅと鳴る。

 どの地でも、それは空腹の合図である。女の子は慌てた様子で食事を用意してくれた。


 お世辞にも豪華な食卓とは言えなかったが、この50日魚しか食べていなかった私にとっては、ご馳走であった。空腹は最高の調味料と言うが、これほどに旨い飯は初めてかもしれない。

 そして、時々不安そうに見つめてくる女の子の顔が、無性に愛おしく感じる。


「ご馳走様」


 完食し、食後の挨拶を終えると女の子は嬉しそうな顔をする。どうやら言葉は通じなくとも、感謝の意は伝わるようだ。

 さっきまで寝ていたはずだが、腹が満たされるとまた睡眠欲が襲ってくる。

 しかしながら、この50日間風呂に入っていない。

 海で体は洗っていたが、潮でべたつくし、これ以上他人様の布団を汚すわけにはいかない。

 身振り手振りで、体を洗いたいと表現すると、女の子は小さく頷いた。


 女の子は何故だか、辺りを窺うようにそろそろと外へ出る。

 まるで、何かに警戒しているようだ。

 近くに山はないので熊の類はいないだろうが、この土地特有の危険な生物がいるのかもしれない。

 私はそれに習って、目立たぬようゆっくりと女の子の後に付いて行く。


 少し歩くと、そこには清らかな川が流れていた。

 私は袴以外を脱ぎ去って、体と服を洗う。それを見て女の子は、無邪気に笑っていた。

 そして私が上がると、今度は女の子が服を脱ぎだした。

 さすがに、その場面を見る訳にもいかず、後ろを向いていたが。


 夜、明かりを灯して私たちは語り明かした。

 言葉は通じずとも、何とか名前くらいは分かった。

 女の子の名前はウィズ、というらしい。

 どういった意味が込められているかは分からないが、呼びやすい良い名前だと思う。

 年齢、私の住んでいた場所、好きな食べ物、剣道など、半分も伝わっているか分からないが、ウィズは目をキラキラとさせて私の話を聞いてくれた。

 しかし、ウィズは一向に自分の事を話そうとしない。

 そのため、ずっと私が喋り続けていた。


53日目 曇り

 いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。ウィズも隣で小さな寝息を立てている。

 こんな生活も悪くない、とも感じたが、さすがにずっとここに居る訳にもいくまい。

 私はその日、ウィズの家を出ることとした。

 私は元いた場所に帰るつもりはないが、日本には帰るつもりだったので、どうしても地図が欲しかった。しかしながら、この家にはないらしい。

 一宿一飯の礼として、船とその備品をあげた。とは言っても、ウィズがいなくとも捨ててしまうのだから恩着せがましいことではあるのだが。


 しかし、ウィズは私の袖を引っ張り、悲しげな表情を浮かべた。

 確かに、この年頃の女の子が一人暮らしというのは、些か寂しいものがあるだろう。

 しかし、私の言葉とこの土地の言葉に精通した人が居るならともかく、独学で一から言語を学ぶと言うのは途方もない道のりである。

 それなら、ここがどんなに遠い地であったとしても、日本に帰る方が早い。

 ウィズには申し訳ないが、長居しても余計に情が移ってしまう。


 私は後ろ髪を引かれながらも、ウィズの家を後にすることとした。




 私はまず地図を求めて、辺りの家を回った。

 しかしながら、その対応は酷く冷たいものだった。


 相手の声を聞くことすら叶わぬ。

 腰に差した刀が相手を怖がらせているのかもと考え、刀を隠して話しかけたが、対応に変化はなかった。

 排他的な土地だと思う。確かに日本にも似たような村はいくつもあると聞いた。なれば、適当に移動して外部の人間と友好的な村を探すほかはないだろう。


 明日はやぶれかぶれでも遠くまで赴いてみよう、そう決意して野宿をしようとした時だった。

 夜になったにもかかわらず、まるで火事でも起きたかのように明るい場所がある。

 野次馬根性であるのはみっともないが、興味をそそられたので私はそこへ向かうこととした。


 近づくにつれ、喧騒が大きくなっていく。

 しかし、それは火事などではなかった。

 木の茂みから覗いた先には、信じられぬ光景が広がっていた。


 意図的に燃やされた木材の中心に、女の子が磔になっている。

 しかも、それは紛れもない、ウィズであった。


 私は絶句した。

 生贄として何かに捧げている、といった様子ではない。もしそうであるならば、生贄も神聖な存在として扱われるからだ。

 まるで、周りを取り囲む人間の、全員の親の仇であるような、そんな軽蔑の眼差しがウィズに向けられている。


 しかし、そんなことは有り得るだろうか。

 外部の人間である私に対しても優しかったウィズが、そんなに大勢の人から憎しみを向けられるようなことをするだろうか。


 どう考えても、周りを取り囲んでいる人間の方がおかしい。

 吐き気を催す程の狂気が、ここら一帯を覆っている。


―――――――――――――――――――――――――――――


 考える前に体が動いていた。

 私は最短距離でウィズの元へ駆けて行く。

 途中、周りを取り囲んでいた人間が私に気付き、何やら攻撃を仕掛けてきた。しかし、刀を携えた私に丸腰の人間などカカシ同然である。

 真剣で人を斬ったことなど初めての経験だったが、そんなことはもはやどうでもよかった。


 心頭滅却すれば何とやら、火の海の熱さも気に留めず、私はウィズを縛り付けている十字の形をした木材を横一線に斬った。縄をほどく時間すら勿体ない。

 私は木材とそれに縛られたウィズを抱え、周囲の人間を蹴散らしながら、逃げに逃げた。


 どれだけ走っただろうか。

 もはや、位置も方向感覚も分からない。手の届く範囲だけは、月明かりでなんとか判別できる。

 ウィズをゆっくりと降ろし、刀で縄を斬った。


 今まで追手だけ気にしていたせいか、ウィズまで気が回らなかった。

 改めてウィズを見ると、涙目になりながら身体を震わせている。


「大丈夫か?」


 通じる訳もない言語で語りかけるが、反応はなかった。

 いや、もし言語が同じだとしても、言葉は返ってこなかっただろう。

 それほどに、ウィズは傷心している。


 どうしようもなかった。

 私には、ただウィズを抱きしめることしかできなかった。


 震える身体を、崩れた心を。そっと包んで、自ら収まるのを待つしかなかった。

 ウィズは私の服をギュッと掴み、身を隠す様に顔をうずめている。


 どれくらいたっただろうか。

 ウィズは泣き疲れたのか、頬に涙の痕を造りながら静かに寝息を立てていた。

 ふと空を見上げると、月明かりではなく、地平線がぼんやりと明るい。


「もう、朝か」


 昨晩は奇襲だったから良かったものの、一般人とは言え準備を整えた武装集団からウィズを守り抜けるとは到底思えない。

 この土地からは、一刻も早く脱出しなければならない。


 どこへ向かうか。

 言葉が通じないと言うのは、非常に厳しいものだ。

 

「……帰るか、私のいた国へ」


 地図もない。正確な道標があったとしても、行き着くまでどれほどの時を要するかも分からない。

 それでも、起床したウィズは文句を言わずに付いてきた。


 

 ……どうやら、逆走していたらしい。しかし外には優しい人もいた。シルクロードと言う陸路を辿れば、大陸「明」に行き着くらしい。

 そこまで行けば、何とかなるかもしれない。


 その行路は、果てしなく長いものだった。

 海路よりも時を要し、様々な土地を超えて行かねばならない。

 時には山を、時には砂漠を。

 

 それでも道中の辛さは、航海に比べれば大したことはなかった。

 ウィズと二人でいたからか、むしろ楽しいと思える程だった。


 ウィズも、少しずつ言葉で意思の疎通ができるようになった。

 険路もあったが、時には息を呑むような絶景や、見たこともない美味な料理を口にしたこともあった。


 ……そして。

 四年の歳月をかけて、私は故郷に戻ってきた。


 といっても、実際に住んでいた場所とは離れているが、それでも言葉や常識は通じる。

 ウィズはその光沢のある紅い瞳や、珍しい容姿から何かと注目されていたが、土地が良かったのかすぐに馴染んでいった。


 今思えば、私は幸運なのだろう。

 島流しにあってから、辛いことも多かったが、それでも替えがたい経験を得た。

 そして―――


「あなた。夕ごはんできた。今日は、お隣さんからお魚をもらったの」

「ああ、今いく」


 ちゃぶ台に並んだご馳走を前に、いただきます、と手を合わせる。


「なにをやってたの? 書きもの?」

「日課なんだ。だが、それも今日で終わりかな」

「……終わり? なんで?」

「書き始めた理由が、清算できたからかな。後で、読んでみるか?」

「わたし、まだ、字は読めない」


 喋るのにはずいぶん慣れ、箸の使い方も十分上手くなったが、さすがに読み書きはまだ出来ない。

 朗読してやろうかと思ったが、それも少し恥ずかしい。


「聞きたい。聞かせて?」


 だが、そんな風に上目使いされてしまっては断るのも気がひける。

 まあいいか。

 この航海日誌は、代々残していくつもりだ。

 実際に見た海外の様子を記したこれは、いずれ役に立つかもしれない。子孫に読まれて恥ずかしいものにするわけにはいかない。


「じゃあ今日は、少し夜更かしすることになるな」


 ここで、私は筆を置くことにする。

 いずれ、この日誌が誰かの役に立てれば嬉しく思う。



 加藤 一










―――そして現代


「暇だなー、何か面白いものないかな。……そういや、あの蔵ってなにがあるんだろ」


 日曜日、雨が降っていて外出する気にもなれなかったので、暇つぶしを探すために蔵へ入る。

 錆びた扉に、かびた匂い。嫌いじゃないけど、長居したいとは思えない。早く何か見つけて、部屋に戻りたいところだ。昼だけど、微かな明かりを頼りに一冊の本を手に取る。

 蔵から出て、表紙を見ると、そこには「航海日誌」と書かれていた。


「なんだこれ?」


 いずれその本が、別世界をつなぐ紐となることを、加藤一の子孫である加藤流久はまだ、この時は知らなかった。


次回、最終話は少し重めです

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