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魔人の生まれた日  作者: 珈琲
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魔人の生まれた日 ~to the magic world~

 この日誌は、いわば時間を持て余した私の暇つぶしである。いつか誰かがこの日誌を読み上げてくれれば幸いである。


一日目 晴れ 


 私は今、海の上にいる。

 その理由を最初から言えば、剣道の試合に勝ってしまったことに起因する。

 厄介だったのが、相手がそれなりに身分の高いとこの息子だったことだろう。

 いつも茶髪であることを馬鹿にされ、つい本気でやってしまったのが運のつきだ。

 お上に恨まれては、いっぱしの鍛冶屋は太刀打ちできまい。理不尽な裁判にかけられたのだ。


「判決は島流しだ。貴様を船に乗せ、二度と戻ってこれぬ海流にて―――」


 もはや最後まで聞いてやる道理はない。

 私には、痛みを忍んで守るべき家族もいない。


 私は、そこにいた憎きお上を切り伏せ、海の上まで逃げてきた。


 ……までは良かったのだが。

 どうしたことか、判決と同様に、二度と戻ってこれぬ海流に乗ってしまったらしい。

 これが運命だというのであれば、神も仏も信じまい。


 まだ、船に様々な準備があって助かったと言える。

 釣り道具に、火を起こす錐もみも数多くある。また水を溜める道具まであるから、一月程度の航海なら何とかなるかもしれない。


 未だかつてない旅路に、なぜか私は少しだけ、胸を躍らせていた。


二日目 雨

 水は何よりも大事である。私は決して溢さぬよう、厳重に飲み水を保管した。


三日目 晴れ

 今日は大漁である。

 見たことのない魚は毒があるやもしれないので、飢餓に陥った時まで保存しておこう。


五日目 曇り

 夏も終わりに近いのか、少しだけ朝晩が冷えてきた。

 毛布も常備してあるとはいえ、真冬では堪えられぬであろう。

 もし今が冬だったらと思うと、背筋が凍る。


十日目 晴れ

 今日は海藻が釣れた。

 ここのところ魚ばかりだったので、趣向の変わった食材はありがたい。

 ただ、米が食いたい。


二十日目 晴れ

 一向に地平線が顔を覗かせぬ。ここまで来ると、このままずっと一人なのではと勘繰ってしまう。


三十日目 雨

 もはや一月が過ぎた。

 もし次に地平線が見えたとしても、それは日本ではないかもしれぬ。

 私は異国の言葉がさっぱり分からぬので、それは困る。


五十日目 くもり

 流石に栄養が偏り過ぎたのか、疲労が重なってきた。もはや夢が現実に重なりつつある。

 魔法の世界で、自在に雷を操り空を翔け、魔王と呼ばれる女子と共に行動していた。

 我ながら、面白い趣向を思いつくものだ。


五十二日目 晴れ

 朝、目が覚めると、遂に地平線が見えた。ここが何処だかは解らない。

 だが、私は狂喜乱舞していた。

 午後には、その地へ降り立つことができた。

 実に51日ぶりの地面を踏むと、何とも言えない感触が足に伝わる。

 だが、喜んでばかりはいられない。

 ここは一体どこなのか。そして何より米が食べたい。




 海岸には誰もおらず、話を聞ける相手もいなかった。もう少し、内陸を探索してみよう。

 そう思ったのだが、栄養不足と海上生活での運動不足がたたったのか、数十歩歩いただけで私の意識は落ち、海岸で倒れ込んでしまった。



 ……次に目を覚ますと、そこは布団の上だった。

 ここまで運んでくれた人が居るのだろう。体は怠いが、眠ったままでいるわけにもいかず、その人に感謝しなくてはならない。


 上体を起こし、周りを見渡してみる。

 すると、女の子が一人おり、目を覚ました私に気付いてくれたようだ。

 長い黒髪が特徴な女の子だ。

 20を迎える私より3つほど年が下の女の子は、私に向かって何やら話しかけてきた。


「・・・・・・」


 しかし残念ながら、私にはその言語を理解することは出来なかった。


「申し訳ない、私には貴方の言語を理解できず、そして貴方も私の言葉を理解できないだろう。それでも、お礼を言わせてくれ。有難う」


 私が頭を下げると、女の子は困ったような態度を見せながらも、どこかはにかんだ表情を浮かべた。


 その女の子の笑顔を、瞳を見る。瞳は紅く、まるで宝石のような輝きを放っている。

 よく見れば、鏡のように私の顔が映っている。それほどに、澄んだ瞳だった。

 それに見惚れていると、何故か女の子は怯えるような素振りを見せる。


 困ったな、怖がらせるようなことは何一つしていないつもりなのだが。こういう時、言葉が通じぬと、誤解一つ解くだけでも一苦労だ。

 しかしながら丁度良いと言うべきか、腹の音がぐぅと鳴る。

 どの地でも、それは空腹の合図である。女の子は慌てた様子で食事を用意してくれた。


 お世辞にも豪華な食卓とは言えなかったが、この50日魚しか食べていなかった私にとっては、ご馳走であった。空腹は最高の調味料と言うが、これほどに旨い飯は初めてかもしれない。

 そして、時々不安そうに見つめてくる女の子の顔が、無性に愛おしく感じた。


「ご馳走様」


 完食し、食後の挨拶を終えると女の子は嬉しそうな顔をする。どうやら言葉は通じなくとも、感謝の意は伝わるようだ。

 さっきまで寝ていたはずだが、腹が満たされるとまた睡眠欲が襲ってくる。

 しかしながら、この50日間風呂に入っていない。海で体は洗っていたが、潮でべたつくし、これ以上他人様の布団を汚すわけにはいかない。

 身振り手振りで、体を洗いたいと表現すると、女の子は小さく頷いた。


 女の子は何故だか、辺りを窺うようにそろそろと外へ出る。まるで、何かに警戒しているようだ。

 近くに山はないので熊の類はいないだろうが、この土地特有の危険な生物がいるのかもしれない。

 私はそれに習って、目立たぬようゆっくりと女の子の後に付いて行く。


 少し歩くと、そこには清らかな川が流れていた。

 私は袴以外を脱ぎ去って、体と服を洗う。それを見て女の子は、無邪気に笑っていた。

 そして私が上がると、今度は女の子が服を脱ぎだした。

 さすがに、その場面を見る訳にもいかず、後ろを向いていたが。

 

「名前、何て言うんですか?」


 もちろん、言葉が通じることはない。

 だがその夜、明かりを灯して私たちは語り明かした。言葉は通じずとも、何とか名前くらいは分かった。 女の子の名前はウィズ、というらしい。どういった意味が込められているかは分からないが、呼びやすい良い名前だと思う。

 年齢、私の住んでいた場所、好きな食べ物、剣道など、半分も伝わっているか分からないが、ウィズは目をキラキラとさせて私の話を聞いてくれた。しかし、ウィズは一向に自分の事を話そうとしない。

 そのため、ずっと私が喋り続けていた。


53日目 曇り時々雷

 いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。ウィズも隣で小さな寝息を立てている。こんな生活も悪くない、とも感じたが、さすがにずっとここに居る訳にもいくまい。

 私はその日、ウィズの家を出ることとした。

 私は元いた場所に帰るつもりはないが、日本には帰るつもりだったので、どうしても地図が欲しかった。しかしながら、この家にはないらしい。

 一宿一飯の礼として、船とその備品をあげた。とは言っても、ウィズがいなくとも捨ててしまうのだから恩着せがましいことではあるのだが。


 しかし、ウィズは私の袖を引っ張り、悲しげな表情を浮かべた。

 確かに、この年頃の女の子が一人暮らしというのは、些か寂しいものがあるだろう。

 しかし、私の言葉とこの土地の言葉に精通した人が居るならともかく、独学で一から言語を学ぶと言うのは途方もない道のりである。それなら、ここがどんなに遠い地であったとしても、日本に帰る方が早い。

 ウィズには申し訳ないが、長居しても余計に情が移ってしまう。


 私は後ろ髪を引かれながらも、ウィズの家を後にすることとした。




 私はまず地図を求めて、辺りの家を回った。

 しかしながら、その対応は酷く冷たいものだった。


 相手の声を聞くことすら叶わぬ。

 腰に差した刀が相手を怖がらせているのかもと考え、刀を隠して話しかけたが、対応に変化はなかった。

 排他的な土地だと思う。確かに日本にも似たような村はいくつもあると聞いた。なれば、適当に移動して外部の人間と友好的な村を探すほかはないだろう。


 明日はやぶれかぶれでも遠くまで赴いてみよう、そう決意して野宿をしようとした時だった。

 夜になったにもかかわらず、まるで火事でも起きたかのように明るい場所がある。

 野次馬根性であるのはみっともないが、興味をそそられたので私はそこへ向かうこととした。


 近づくにつれ、喧騒が大きくなっていく。

 しかし、それは火事などではなかった。

 木の茂みから覗いた先には、信じられぬ光景が広がっていた。


 意図的に燃やされた木材の中心に、女の子が磔になっている。

 しかも、それは紛れもない、ウィズであった。


 私は絶句した。

 生贄として何かに捧げている、といった様子ではない。もしそうであるならば、生贄も神聖な存在として扱われるからだ。

 まるで、周りを取り囲む人間の、全員の親の仇であるような、そんな軽蔑の眼差しがウィズに向けられている。


 しかし、そんなことは有り得るだろうか。

 外部の人間である私に対しても優しかったウィズが、そんなに大勢の人から憎しみを向けられるようなことをするだろうか。


 どう考えても、周りを取り囲んでいる人間の方がおかしい。

 吐き気を催す程の狂気が、ここら一帯を覆っている。


 私の取るべき行動は簡単だ。

 周りにいる人間を斬り伏せ、ウィズを助け出すこと。

 そうでなくてはならない。


 しかし、私の中の悪魔が囁いた。

 お上を斬って逃げてきた結果がこれだ。栄養不足の航海に悩まされ、言葉も通じぬ異国の地へ流れ着いている。もしそれが運命の悪戯だというのなら、また今度も同じような結果になるのではないか。もしくは、もっと酷い結果になるかもしれない。


 その悪魔は、結局は私の心の一部である。だから、後れを取ったのは私のせいだ。

 迅速に動いていれば間に合うはずだった。しかし時は待つことを知らない。


 ちょうど、ウィズのいるところに雷が落ちてきた。

 鼓膜が破れるかと思う程の雷に、辺りは一瞬だけ沈静化する。しかし、まるで神の啓示かと言わんばかりに、周囲の人間は囃し立てた。


 きっと、私はここに居る全員を敵に回しても勝てるだろう。丸腰の人間など、簡単に斬り伏せられる。

 しかし、私は恐怖せずにはいられなかった。

 こいつらは、本当に人なのだろうか、と。


 私はそこで、ウィズが珍しい紅い瞳をしていたことを思い出す。そんな瞳の色をした人間は、ここでもウィズ以外に見たことがない。

 そこで合点がいった。私も、髪が赤みがかっており、子供の頃はよくいじめられていたものだ。


 人と違う身体的特徴を持っているということは、それだけで差別の対象になってしまうのだ。

 

 ……しかし、ここまでやるものなのか。


 私はがっくりと膝を落とした。

 後悔の念が体中を押しつぶしている。

 今までウィズのいた場所は雷によって勢いを増した炎が赤々と燃え盛り、まるで私の肉を焦がしに来るのかと錯覚するほどに成長していく。

 私はただ、そんな炎を見つめることしかできなかった。


 ……だが。

 人の背丈の5倍はあろうかという業火の中に、人のような影が映った。

 その瞬間、消えはせずとも、炎の威力は一気に弱まった。


 そして、中から出てきたのは。


 ―――ウィズ。


 あり得ない話だ。

 雷が直撃して、無傷でいられる人間がいるはずもない。

 しかしウィズは生きていた。

 あれほど騒がしかった周囲の人間からも、言葉一つ出てこない。


 しかし、信じられぬのはそれだけではなかった。


 次の瞬間、ウィズの腕から炎が噴き出したのだ。

 周囲の人間は、その炎に呑まれて焼けていく。

 逃げ惑う人間には雷撃が襲い掛かり、次々と焦がしていった。


 あらゆる自然災害が、ウィズの手によって引き起こされ、周囲の人間を葬り去っていく。

 それもまた、人の為せる業ではなかった。

 もしそんな能力を元から有していれば、磔になることはなかっただろう。

 ならば、その能力は今身に付けたと言っていい。


 周囲にいた人間の1/3ほどは逃げ果せたが、残りは全て肉塊へと変貌した。

 その中心で、まだ残り火のある木材の上で、ウィズは呆然と立っている。

 そして、力尽きたかのように、ウィズは前のめりに倒れ込んだ。


 私はようやく我に返り、ウィズの元へ駆け寄っていった。


 抱えて上体を起こす。 

 ウィズの目線は私ではなく、どこか遠くへ向いていた。

 その視線を辿って後ろを振り返って見ると、満月が顔を覗かせ、嫌に明るく光っている。

 しかしウィズの瞳には、月も何も写っていなかった。


 あの鮮やかな光彩が嘘だったかのように、瞳は黒ずんでいる。

 例えるならば、それは血であった。

 負の感情を連想させるようなほどに濁り、痛々しささえ覚える。


 変わり果てたウィズを、私は力強く抱きしめた。

 もはや、それ以外にしてあげられることがなかった。

 ウィズはそれに呼応するように、大粒の涙を流していく。

 ……それにつられたかのように、何時振りだろうか、私も涙を流していた。


 歪んで見えた月は、まるで狂ってしまった運命を象徴するかのようだ。


 残り火が消えると同時に、月も雲に隠れてしまった。

 静寂と暗闇が私たち二人を囲み、不安が心を覆う。


 ウィズは私のせいで人間ではなくなった。


 今日は、魔人の生まれた日。

 私はこの日を一生、忘れることはないだろう。



××日目 晴れ

 ウィズが、超能力のようなものに芽生えてから何日経っただろうか。私はウィズと一緒に暮らすことを心に決め、頑張って異国の言葉を習得中である。

 何度かウィズを討ち取ろうと結成された討伐隊が来たこともあったが、ウィズにそんなものは通用しなかった。雷に、大炎に、氷河に、竜巻に、普通の人間が敵うはずもない。

 そして、最近は一切の音沙汰がなく、平和な日々が続いている。


 それでも、私はあの時ウィズの周りを取り囲んでいた人間と、私自身を許すことができない。

 ウィズは私と話している時に笑顔を浮かべてくれることも多くなったが、それは本当に心の底から楽しんでいる表情なのだろうか、私にはどうしても自信がない。


 いつか、ウィズに本物の笑顔が戻ったら、この日誌の続きを書くかもしれない。

 それまで、どれほどの期間になるか分からないが、筆を置くことにする。


加藤 一










○○○○日目 あめ


 まじんになって、年をとることがなくなって、いつかはこんな日がくると分かってた。

 どうかな? 日本ご、うまくなったかな?

 わたしはあなたにあえて、ほんとうによかったとおもってる。

 だから、さいごに言わせてもらうね。

 ありがとう。


うぃず


もし興味が湧きましたら、『理不尽な世界へようこそ~魔人になって復讐&ハーレム』の方も読んでみてください。作風は大分違いますが。

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