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幼馴染が俺を本の中に引きずり込んでくる  作者: まに
第1章 ドラゴニック ファンタジア
4/4

対面、体面、合致

「違うよ!」


何が違うと言う。違う意味で今後のことに絶望しかけていたその時、はるはスカートのポケットから一枚の紙を取り出した。


「…「王国騎士団員新入騎士募集中」…?」

紙面には、騎士団員の募集要項が載っていて、ご丁寧に下部には名前や出自を書くための記入欄まで用意されていた。

どうやらこの紙に必要事項を記入してどこかお役所に提出するだけで、応募ができるらしい。パッと見の世界設計にしては随分システマチックだ。

「そういうこと!2枚もらってきたから、これを騎士団の駐屯所に出してまずは騎士団員になろう!」

なるほど、能天気に「騎士になろう」と言う以上ある程度の算段はあったというわけだ。

「けど、「王国騎士」だろ?ちょっと応募したくらいで簡単に入れるものじゃないんじゃないのか?」

「ちょっと騎士について聞き込みをしてきたんだけどね、「入るだけ」ならそこまで難しくないみたいだよ!でも、入ってからの訓練が大変らしくって。来るもの拒まず去る者追わずって感じかな。」

「じゃあ、なってしまえばあとはその訓練に耐えてドラゴン討伐の日を待てってことだな…」

だんだん話が見えてきた。さすが、この能力の張本人だ。「本の中に入ってから」することを熟知している。

ここははるに従うのが得策だ。おれはため息をひとつ吐いてから言った。

「じゃあ、まずはそれ出して「王国騎士」とやらになりますか。」

「うん!」




不思議なことに普通に文字は読めるし書ける。

この世界に来た時点で、俺たちはこの世界の住人として存在を得たのだろう。さしずめ村人Cと村人Dといったところだ。

俺たちは募集要項に必要事項を書き込み、外に出た。

家は小高い丘の上にあった。あたりは草原で、玄関からつながる雑草を抜いただけの土の小道の先にはこの家と同じく小さな民家がたくさんある。そのそばにはちらほらと畑も見える。そして、その奥には一際大きな城が見える。赤いとんがった屋根が何本も並んでおり、その先にはおそらくこの王国の国旗であろう旗が揚がっている。おそらくあれが王城だろう。

ざぁ、と爽やかな風が吹き抜けた。異国情緒、というかあまりにも現実感のないその景色に俺は息を呑むばかりで。

けれど目の前に見える景色や感じる風、草花の匂いは紛れもなく”本物"で。

これが小説の中の世界で、本当に引きずり込まれたのだと理解した。

「…綺麗だな。」

ぽろ、とでたその言葉にはるは俺の顔を仰ぎ見て、そして、いつもの屈託ない笑顔を見せた。

「えっとねぇ、駐屯所はあっち!」

小道をたどり、どんどん進むはるの後ろをついて街の中でも最も栄えているだろう市場を通る。

果物、野菜、魚に肉。一通り食材は揃っていて幸か不幸か食に不便はないだろう。

中には屋台まであって、焼いた肉とバーベキューソースのような匂いが漂ってきて、自然と食欲を刺戟した。駐屯所に行く前に食事を済ませてもいいかもしれない。

「はる、お腹空かない?」

「空かない!」

はるの性格からして、こういうのに興味を示しそうな気がするのに。

そうきっぱりと言われると俺が食い意地を張っているように思えて妙に気恥ずかしくなる。

けれど、その瞬間、ぐうううぅ、とそこそこの爆音で気の抜ける音が鳴った。

この国の住人であろう通行人も何人か俺たちの方を振り向いた。

「………」

「………はる、本当は腹減ってるだろ。」

覗き込んだ顔は、耳まで真っ赤だ。すると、恥ずかしそうに言った。

「〜〜〜っ、し、仕方ないじゃん!だって、あの家に、お金がなかったんだから!」

あたりを見渡すと、確かに通行人たちは金貨のようなものを使ってものを購入している。なるほど、貨幣が流通している以上食事をするにもお金がいるわけだ。

ズボンのポケットを探っても、確かに何も出てこない。

これではいくら腹が減っていようと食べられない。

「こんな世界に無一文で放り込むとか、結構つらいな…」

「だ、大丈夫だよ、騎士団に入ってしまえばお給料も食事ももらえるから!た、たぶん!」

「多分かよ」

「ほら!着いたよ!ここが王国騎士団駐屯所!」

市場を通り抜け、その先にあったのは石造りの建造物だった。

他の民家より幾分大きく、立派だ。壁には窓口のようなカウンターが設置されていて、どうやらそこで用件を伝えるらしい。カウンターにはこれまたヨーロッパの軍服のような服を纏った中年の痩せた男が暇そうに顔を覗かせていた。

「あの!王国騎士団に入りたいんです!」

はるはバン、とカウンターに2枚の募集要項を叩きつけた。

すると、軍服を着た男は要項を一瞥し、俺たちに向かって言った。

「わかった。あとでまとめて案内するから、中で待ってな。」

要項を受け取り、男はやる気なさそうにカウンター横の扉を指した。

「わかりました!」

「わ、わかりました。」

俺たちは駐屯所の重い木の扉を開ける。

建物が石造りだからか、中は外よりもひんやりとしていた。

市場の熱気にやられかけていた体には心地よい。仕切りのないその部屋は思っていたよりも広く感じる。

軍の駐屯所らしく壁には様々な旗や絵画、勲章や礼状が並んでいる。

中央には木でできた丸テーブルと、それを囲むように並ぶ簡素な丸椅子が並んでいる。

そして、その椅子はすでにひとつ埋まっていた。

丈の長い紺色のワンピースに、青色の短い髪の女の子。前髪は長く、片目が隠れている。傍らには木を削って丁寧に装飾を施した杖のようなものも見えた。

彼女はこちらに気がついたようで、こちらを見ると気恥ずかしそうにぺこりと一礼した。

「はじめまして!あなたも入団希望者!?」

さすがはる、初対面の人間にも臆することなく声をかけた。

すると、女の子の方も驚いたようにはるを見てから、言った。

「は、はい!私、魔法部隊志願のエイブリーと申します!」

魔法部隊。この世界に魔法が存在するとは。そう思うと、彼女は確かに魔女のような服装で、傍らの杖にも合点が行く。

エイブリー。正直、冒頭部分ではまだ登場しておらず名前に聞き覚えがない。

ひょっとしたら小説本編にも登場しないモブ的な立ち位置である可能性すらある。

というか、俺が現段階で名前を知っているのは、主人公の騎士だけだ。

「よろしく!私はコハル!あだ名ははるだから気軽にそう呼んでね!」

はるは女の子、もといエイブリーの手を掴んでそう笑った。

ファンタジーの世界だ。ひょっとしたら平民に苗字が存在しないということもありえる。悪目立ちしないためにも、名前のあれこれもわからないままフルネームを名乗るのはあまり得策ではないであろう、下の名前だけを名乗っておくのがベターだ。

俺もはるに見習い、言った。

「俺はタクミ。よろしくな、エイブリー。」

たぶん、自然に笑えたと思う。自己紹介をする機会なんて、高校に入った初日ぐらいで、ろくに友達もできなかった俺は同年代の初対面の人間と話すことは緊張する。

「は、はい!よろしくお願いします!」

彼女は頬を赤らめながら俯き加減になり、さらに顔が髪で隠れた。

きっと彼女も人付き合いが得意の方ではないのだろう。

「もう、敬語なんて堅苦しいよ〜、タメ口でいいよ、えっちゃん!」

エイブリーだから、”えっちゃん”か。随分日本的なあだ名をつけたな。

すると、エイブリーは遠慮気味に、でも新たな友達ができて嬉しいのか、口角を上げた。

「う、うん…わかった、ハル、ちゃん。」


「よし、これで今日は閉館だ。今日の志願者はお前ら3人だな…」

しばらくして、カウンターの男がこの待合室に声を投げかけてきた。

トン、トン、と書類をまとめる音が聞こえる。

1日に入団志願者3名。多いのか少ないのかはわからないが。このまま軍本部まで連れて行かれるのか、と少し椅子から腰を上げたその時、扉を勢い良くノックする音が聞こえた。


「すいません!!今日の入団希望の受付、もう終わっちゃいましたか!!?」

馬鹿でかい男の声に、耳が劈く。

カウンターの男も驚いたように扉を見てから、扉を開けた。

「いや、もう閉めようかと思ってただけだから別に受け付けてやるが…」

男は要項らしき紙を受け取り、記入漏れが無いかチェックしている。

「よし、じゃあ準備するから中で待ってろ。」

「ありがとうございます!」

やはり声がでかい。

もう一人の”同期”たる男は、俺たちのいる待合室に通されたらしい。

一同が注目する中、その男は俺たちを見つけるや否や言った。

「よぉ!俺はライオットだ!

よろしくな!これから一緒に頑張ろう!」

「……え?」

俺たちと同じような、平民の格好をした背の高い男。

精悍な顔つきで、体も逞しいが屈託のないその笑顔は少年のようだった。

けれど、俺が気になったのはそこではない。



”ライオット”。それこそーーー

このファンタジー小説、「ドラゴニック ファンタジア」の主人公の名前だ。

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