航海、暗転、後悔
目が開けると、木の天井が見えた。
背中にはひんやりとしたシーツの感触。
そこで、意識が覚醒した。
「俺っ………!!?」
そうだ。たしか、はるが本を開くと、本が光って、目の前が真っ白になって、そこで意識が途切れた。
がば、とすぐに起き上がってあたりを見回した。
木でできた壁や天井、同じく木製の机や椅子。隅にはキッチンらしき石製の台も見える。
そこは木造の民家のような様相で、とてもではないが病院の一室ではない。
部屋は10畳ほどの広さで、俺以外には誰もいない。
何が起きたのか、さっぱりわからない。
ーー本の世界に入れるって言ったら、どうする?
不意に、はるの言葉が脳裏をよぎった。
冒頭までしか読んではいないが、あの小説もたしか舞台設定は中世ヨーロッパのようなイメージで。今いるこの部屋とぴったりマッチする。
「あっ!!目が覚めた!?」
バタン、その瞬間、扉が勢い良く開いた。そこには麻の白いブラウスと赤茶色のハーフスカートを履いたこの世界観にすっかり馴染んだはるがいた。
「はる!?…どうなってんだ、これ…?」
玄関らしいその扉から入ってきたはるは、扉を閉めると部屋中央のテーブルに座る。
「いやぁ、ごめんね急に”引き込んじゃって”…でも、こうでもしないと信じてくれないと思ってさ。」
「まて、話が読めない。」
マシンガントークのはる。どうやらよくみると俺もはると同じような麻のシャツと茶色のズボンを履いている。
ベッドから降りて、はるの向かいの椅子に座る。
話を聞く気が満々だというその姿勢を察し、はるは少しばつの悪そうな顔をしながら、言った。
「私ね、どういうわけか”本の中に入ることができる”能力を持ってるの。それで、久しぶりにたっくんに会って、そのたっくんが家のこととか、将来のことで悩んでるって思いつめた顔をするから…しかも、小説の世界に浸るのが好きって言ってたからさ。ここで一度気晴らしっていうか、そういうのにはなるかなって思って、”引き込んじゃった”。」
ハイテンションなはるにしては珍しくちょっと申し訳なさそうな、元気のない表情。
「本の中に引きずり込む」能力。
そんな非現実的なもの、確かに言われるだけでは信じられないだろう。けれど、こうして実際に引きずり込まれたという事実を考えれば、すべてつじつまが合う。
ここは、まずこの能力を信じるほかなさそうだ。でも、問題はそこからだ。
「うーん…まぁ、まずあの小説…「ドラゴニック ファンタジア」に”引き込まれた”ってとこは信じる。俺のことを思って能力を使ったんだから、そこは怒らない。
…でも、ちょっと確認したいことがある。 」
すると、はるはぱっと顔を上げた
「何!?」
「これ、現実でも同じように時間が流れてるのか?」
すると、はるは慌てたように言った。
「ううん!そこは大丈夫!物語の中にいる間は、現実では一秒たりとも時間は進まないの!」
その言葉を聞いて少し安心した。病室でまた二人して倒れているとなっては父さんと母さん、それからはるの親がどう思うかわからない。俺は質問を続けた。
「これ、俺たちは物語でいうとどういう立ち位置なんだ?」
「立ち位置っていうか、完全に”私たち”っていう存在がこの物語の中に新たに誕生したって感じかな。主人公が私たちになるとか、登場人物に成り代わって存在しているとかじゃなくて。」
なるほど、では登場予定のキャラクターは全員登場、プラスアルファ俺たちといった様相か。理解した。そして、最後の質問が一番重要だ。
「…これ、どうやったら戻れるんだ?」
すると、質問を受けるうちにすこしずつ元の調子を取り戻したのか、はるはどこか得意げに人差し指を立てていった。
「物語の”結末”を見届けたら、帰ってこられるよ!」
それを聞いて、固まった。
静寂が流れる。
「…はる?」
「ん?なぁに?」
俺は、静かに言葉を続ける。
「俺さ、今日発売の小説を今日買って、病院までの電車のなかの20分で冒頭をちょこっとだけしかまだ読んでないんだよ。」
「じゃあ、何が起こるかワクワクドキドキだね!」
その言葉に、ガタッと立ち上がり、はるの両肩を掴んだ。
「”結末”を見届けるったって、俺この話の結末知らねぇんだよバカ!!!」
肩を勢い良く揺らす。「あぅ〜〜〜」という声が聞こえるが気にしない。
どうする。これは終わりが見えない道をとりあえず終わりが見えるまで走れってい岩れているようなものだ。話の流れによっては、数年、数十年と時を経る話かもしれないのだ。それは息抜きの現実逃避にしては、いささかハードすぎる。
はぁ、はぁ、と肩を揺らす手を止めて、考える。
「…お、落ち着け、考えろ俺…たしかあらすじやネットの告知では、これは王国騎士団の精鋭がドラゴンを倒すストーリーだ。つまりおおよそドラゴンを倒すことがこの話の結末に当たるはず…」
ブツブツと呟く俺を、はるはなぜだか不思議そうに眺めている。
すると、先ほど「バカ」と言われたにも関わらず、はるは得意げに笑って、言った。
「そんなの、簡単だよ!」
「…一応聞く。」
再開して数時間だけれど、確信している。こいつはそこそこバカだ。
けれど、この能力に関して熟知しているはずだ。
何か対応策でもーーー
「あらすじに沿って、騎士団に入ればいいんだよ!」
前言撤回。